「そこに渡したらどうなるんですか?」
「少なくとも、学会が私を追う事は無くなる筈です。私を殺しても技術は封じられなくなるのですから」
成程。確かに良い案に聞こえる。だが、そうやすやすと出来るとは思えない。それは、学会からの妨害だけでなく……
「そのアンドロメダという組織がレシピを受け取らないと言う可能性は?」
正直、組織だとするなら厄介事の種を抱え込みたくは無い筈だ。レシピを突き返して見なかったことにする、というのは十分にあり得る話だろう。
「その場合は学会の方にレシピを流します。実際、壊晶の事を封じようとしているのは中心の権力者だけですから。その上で、アンドロメダにも流したとハッタリを……」
……予想以上に覚悟の決まった計画が出来上がっている。相当考えたのだろう。
「それだったらそこまで問題も無さそうですけど……どうします?」
「どう……とは?」
「今すぐ向かうか、それとも少し休んでから行くか」
「今すぐ行きましょう」
色々有って疲れている筈だが、一切ためらう事無くカトラさんはそう答えたのだった。
なら、こっちも急がせてもらおう。
「しっかり掴まって置いてください。結構な速度で飛びますから!」
「これ大丈夫なんですか!?」
「大丈夫です!」
展開したブースターを全開で起動し、遥か上空へ飛びあがる。瞬く間に小さな点となった王都から視線を外し、背負ったカトラさんへと聞く。
「起きてますか?」
「……はい、何とか」
よし、大丈夫だったようだ。
「それじゃあ、方向言って下さい。そっちへ向かうので」
「えっと……東……あれ? 西? 山がこっちだから……まずは東です!」
「大丈夫ですか!?」
何か急速に不安になって来たぞ。
「そして不安的中と」
迷子になって八時間。上空を飛び続けるのは俺のエネルギー的にもカトラさんの体力的にも厳しいという事で、俺達は地面に降りていた。
追手の事を考えれば飛んでいた方が良いのだが、まあ王都からもかなり離れた。大丈夫だろう、多分。
『ZZ? そっちは大丈夫か?』
『平気! 今どっかの洞窟!』
ZZの方も問題は無し。つまり、今起きている問題は俺達の迷子だけだ。
「ごめんなさい……昔から地図は苦手で……」
「俺も苦手なので大丈夫です。それより、寒く無いですか?」
既に辺りは真っ暗。一応火を焚いては居るのだが生身のカトラさんは大丈夫なのだろうか。
「寒くは無いですね。……寧ろ、ちょっと熱い気も」
ゴウゴウと音を立てて燃え盛る火柱を見てカトラさんは呟いたのだった。……やっぱやり過ぎたか。
「ちょっと消しますね」
人の身長の数倍の高さまで積み上げられた丸木を握りつぶし、火の高さを物理的に縮める。ぱちぱちと燃える音が耳心地良い。
「大丈夫なんですか!?」
「こんな程度で傷つく体じゃ無いので」
燃えている丸太を直掴みしても火傷何て負わない。俺の体は頑丈なのだ。まあ、鋼鉄の体が火傷したとかありえないが。
「……見てて怖いんですけど」
素手による焚火解体作業を見ていたカトラさんからそんな感想が飛んで来る。生身の人から見たら怖い光景ではあるだろうが、これをこのまま放って置くと俺でも危ない事になりそうなのだ。具体的には山火事とか。
「ちょっと我慢してください」
上の燃えている部分を崩し、下に降ろす。それを繰り返し交差上に組まれた焚火の高さを下げていく。
少しして、俺の目の前には燃え盛る丸太の集合体が出来上がった。
「……それ、まずく無いですか?」
「まずそうですね」
炭になった丸太が集合し、途轍もない炎を噴き上げている。灰と火花が凄い。遠からず辺りに燃え広がりそうだ。
「こういう時は水を掛けた方が……」
「水何てありました?」
俺の疑問に、カトラさんは行動で答えた。
丸木を一本転がし、そこに魔法陣のような物を書き込んでいく。最後に何かを唱えたとたん、丸木の中央が水に変わり、削られた丸木が器となりそれを湛えた。
「これでよし、と」
「凄いですね」
俺は素直に感服する。木をあっという間に水へ変えた。それも、範囲を調整する事で木を器にしている。錬金術の知識は少ないが、これは中々高度な事では無いだろうか。
「私なんてまだまだですよ……よいしょ……」
丸木の器に手を掛け、カトラさんが固まった。
「すみません、コレ持ち上げてくれませんか……」
丸木の元の大きさは人の身長の倍程。太さは四十センチ近い。これを持ち上げるには相当な力がいるだろう。
しかし俺にとっては大した事ではない。片手で持ち上げコップのように水を注いだ。
「……XXXさんも凄いですよ。私じゃ到底そんな事出来ませんから」
「自分で手に入れた体じゃ無いですからね。生身でも無いですし」
「……その、何かごめんなさい」
「大丈夫ですよ。割と気に入ってる体ですから」
……なんかちょっと暗い雰囲気になってしまった。駄目だな、やっぱ体に関わるとどうしても当りをキツくしてしまう。
その後は特に当り障りのない会話を繰り返し、俺達は眠りについた。そして、翌日。
「……ここですね」
「やっとですか?」
目覚めから凡そ七時間。地図を頼りに迷いに迷い、村に山に川に海に行きついた末、ようやく星見の一団……アンドロメダへたどり着いた。
いや、本当大変だった。
今、俺達の目の前には巨大なドームがある。一切内部は見えず、銀に光るそれはこの山岳地帯で物凄い異様を放っていた。だからこそ見つけられたのだが。
「すみません! 四元法術理錬金術学会二等学士カトラ・ルネです! 事後連絡になってしまいますが、天導球キティラ・アンキ様に面会願えますでしょうか!」
ドームに着いている扉を叩き、カトラさんが声を張り上げる。かなり緊張しているようだが、決して気後れはしていない。
と、いきなり扉が開きカトラさんの体が吸い込まれ……
「いやコレ吸い込まれてる!?」
凄まじい勢いで体が扉の内へ引き込まれている! ちょ、これは、まずい!
「うわあああああ!!」
抵抗むなしく扉へと引きずり込まれた。先に入ったカトラさんは大丈夫か?
「カトラさん、います?」
「はい! XXXさんは大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫ですけど……ここは、どこですかね」
視界一杯に暗闇と、そこに浮かぶ瞬く光が映る。まるで夜空だ。
「夜空に見えますが……建物の中にこんな光景を作るとなると……」
「錬金術で出来るんですか?」
「単に似た光景を作るだけなら僕でも出来ます。けど、これは……」
そう言うと、徐にカトラさんは夜空の空間を進み始めた数十メートル程進み、何か機具を取り出して辺りを眺め、こちらへと戻って来た。
「移動してみましたが、星の見え方が全く変わりません。少なくとも、あの程度の距離では観測できない程に。……これは、本物の夜空……いえ、最早宇宙を作っていると言っても」
「そんな大それた物じゃ無いさ。ほんの少し星系を再現しているだけ、星はそれほど離れちゃいない」
ふわりと上から人型が姿を現した。
深い夜を思わせる濃紺のローブは肩から下を覆い隠し、頭にかぶる三角帽は顔の殆どを隠している。
「それで? 壊晶何て持ち込んで、何をしに来たんだい? あたしの所に」
天導球 キティラ・アンキ。この世界の錬金術師の頂点の一角、その姿であった。
「……キティラ・アンキ様」
「アンキで良い。長い名前を態々全部呼ばれなくても分かるさ」
「……では、アンキ様。要件ですが、これを見ていただきたいのです」
カトラさんが懐から冊子を取り出した。恐らく、アレが壊晶のレシピなのだろう。
「壊晶のレシピ。若いのによくまあ見つけた物だ」
冊子を受け取り、空中でくるくると回りながらアンキさんが読んでいく。かなりペースが速い。あの冊子、厚さ二センチはあるのにもう後半だ。
「そして、度胸もある。大方これをうちの連中に見せて学会との全面戦争にでも持ち込むつもりだろう?」
……読まれていた。こうなるとかなりやり辛い。が、サブプランは有る。
……まてよ? これ、まずくね?
「受け取ってくれないのでしたら──」
「次は学会に戻って、アンドロメダは壊晶のレシピを把握した、とでも言うんだろう? そうなったらあんたらを相手している余裕は無くなるからね」
まずい、非常にまずい。この話の流れだと、向こうの出方は……
「さて、この状況、あたしの最適解は何だと思う?」
「カトラさん逃げましょう!」
「えちょっ」
思いっきり手を引いてブースターでカッとんでいく。直後、背後へ途轍もない引力が発生した。