不死の彼岸花   作:兼六園

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飴ちゃんをあげよう

 ──そよそよと風が頬を撫でる公園のベンチで寝転がっていた少女は、仰向けの腹に乗せていた携帯のバイブレーションで目を覚ます。

 パコ、とやや古いガラケーを開けると、その流れで耳に当てて着信に出た。

 

「──ん。もしもし」

()()()、仕事だ』

「……うい、じゃ12時位にいつもの場所で」

 

 女性の声に気だるげにそう返し、少女は電話を切って起き上がる。まだ少しぼやけている頭を起こすように軽く振って、爽やかな風に髪を煽られポツリと呟いた。

 

「仕事の話の時に限っていい天気だこと」

 

 皮肉混じりにそう言って、少女はベンチから降りると、公園の隅に並んでいる段ボールを重ねて作った部屋に立ち寄り、中から上着と帽子を取り出して装備し、扉代わりのブルーシートに『暫く居ません』と書かれた札をぶら下げる。

 

 ──さて行くか。と独りごちた少女に、ふと横合いから声が投げ掛けられた。

 

「おんやぁ、花ちゃん。お仕事かい?」

「んー? んー。そんなとこ」

「そうかいそうかい、気を付けるんだよ」

「おっちゃんも、変な事してまた捕まるなよ~。こないだホームレス狩りの学生たちを逆に追い回したせいで警察呼ばれてたでしょ。男の尻追っかけるのも程々にね」

 

 ()()()()()()()の男にそう言うと、少女──花は背中を向けて、だははは! という笑い声にひらひらと手を振る返事をしながら歩き去った。

 

 

 

 

 

 ──カツカツと歩く少女は、目的の店にたどり着くと開店していることを確認して入る。

 お世辞にも繁盛しているとは言えない喫茶店の中に入ると、おもむろに振り返った黒髪をツインテールにした青い和服の少女と顔が合った。

 

「いらっしゃいませ」

「おや新顔だ」

「はい?」

「うんにゃ、気にせんでくれ」

 

 帽子を取って上着を脱ぎ、カウンター席に座る少女は、赤い和服の少女に声をかける。

 

「千束ちゃん、コーヒーをおくれ」

「ん? ──あ! 花ちゃんっ!」

 

 声をかけられた少女──千束は振り返ると表情を明るくさせて駆け寄ってくる。

 

「久しぶり花ちゃん!」

「うんうん、千束ちゃんは元気だねぇ」

「もー元気だよおバリバリ絶好調」

「見ればわかるよ。さっきも言ったけどコーヒーをおくれ。ブラックでね」

「はーい」

 

 花にそう言われて、犬だったら尻尾を振り回していただろうと思えるほどにご機嫌な様子で店の奥に向かった千束。それを見て、青い和服の少女は他に客が居ないことを確認して問いかけた。

 

「あの、千束とはどういう関係で?」

「いんやぁ、ただの客と店員。お嬢ちゃんこそ、前来たときは居なかったから最近入ったのかな? この時期にバイトは珍しいねえ」

「そうでしょうか」

「そうとも。──ああ、私は『しなず 花』。お近づきの印に飴ちゃんをあげよう」

 

 花は脱いだ上着のポケットから取り出した飴を少女に手渡し、直後にカップを持ってきた千束が花の手元にコーヒーの入ったそれを置く。

 

「……どうも。あの、しなずというのは」

「おまちどー! ん? たきな、どしたの」

「いえ、こちらの……しなずさんのことで」

「あー、花ちゃんのこと? 変人だよ」

「本人の前で好き放題言いなさる」

 

 コーヒーを一口啜り、花は小声でぼやく。

 

「しなずって名字も変だよねえ」

「前にも言ったろう、あの……あれ……島津(しまづ)とかの訛りみたいなものだから気にするなと」

「あと公園でホームレス生活だし」

「慣れれば意外と楽しいぞ」

「…………ホームレス!?」

「たきなちゃん声デカいねぇ」

 

 キィ──ンと響く耳を指で押さえる花が、やれやれとかぶりを振る。少女──たきなは、訝しむように花を見ながら口を開いた。

 

「ホームレス……? その歳で……?」

「…………。まぁ~色々あってねぇ、お陰で子供らしい趣味も持てず仕舞いさぁ」

「花ちゃんってお婆ちゃんみたいな雰囲気出てるよねー。スマホ使えないし」

「ガラケーは使えますぅ」

「お婆ちゃん……」

 

 たきなが渡された飴を見て、なるほどと呟く。それは、どこで買ってきたのかが逆に気になる、シンプルなべっこう飴だった。

 

「──ああそうだ、花ちゃん、今日来たってことはお仕事があるんだよね?」

「うむ」

「仕事?」

 

 千束の言葉に疑問符を浮かべるたきなに、花はコーヒーを飲みながら答える。

 

「私は仕事の前日に、ここでコーヒーを頼むのをルーティーンにしていてねぇ。この一杯で、1~2週間海外に行く辛さにも耐えられる」

「海外、ですか」

「いいよねー海外。私もワイハとか行きたい」

「おや。今度一緒に行くかい?」

「えっ? あー、あはは……」

 

 花があっけらかんと問いかけると、千束は困ったように眉をひそめる。彼女に代わってたきなが答えようとし、千束がその口を即座に塞いだ。

 

「いえ、我々にはこせ「ちょいちょいちょいちょい!! おバカ!!」

「こせ?」

 

 ぽろりと秘密を口にしようとしたたきなを下がらせつつ、花に誤魔化すように笑いかける。

 

「こせ……こせ──い的な私たちが海外に行ったらモテすぎて困っちゃうな~あはは~」

「そうかい? まあ、そうかもねぇ」

「あはは~はは……は、花ちゃん」

「なにかね」

「じ、時間は大丈夫?」

「……おっと、待ち合わせていたんだった」

 

 時計をちらりと見て、花は残りを飲み干して値段ピッタリの小銭をじゃらっと置く。

 席から下りて上着を羽織り直し帽子を被ると、一声掛けてから出入口に向かう。

 

「そんじゃあ、再来週くらいにまた来るよ。ミカくんとミズキちゃんによろしく言っといて」

「はーい、頑張ってね~……」

「……んぐ、ぐっ、千束、もういいでしょう」

「あっごめん」

 

 カランカラン、と音を立てて、花は店を出ていった。ギチギチと口許を手で押さえられていたままのたきなが腕をタップし解放してもらうと、荒く呼吸しながらも失言を謝罪する。

 

「すみません、私もなぜあんなことを口走りそうになったのかわからず……」

「それが花ちゃんの力なんだよねえ。気づいたらこう、ぽろっと隠し事も口走っちゃう」

「……洗脳か催眠の類いでは?」

「いやいやいや、単なる魅力でしょ。会話一つで催眠させるってグランドイリュージョンのマジシャンじゃないんだから」

「──千束」

 

 映画で例えてとぼける千束に、たきなは一瞬ためらいながらも続けて言った。

 

「『しなず 花』がリコリスである可能性は高いかと思われます」

「……それこそあり得ないでしょ、もうとっくに私も疑ったし」

「結果は?」

「当然シロ。DAで調べてもらったし司令にも聞いたけど、『そんな人間はリコリスには居ない』ってさ。嘘つく理由も無いと思うよ」

「そう、ですか」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、そうなのだろう。だが、しかし──たきなの脳裏では警鐘が止まらない。

 

 しなず花。ホームレスだが人当たりよく、わかりやすく善人であり、僅かな会話で自分も警戒心が薄れていた。()()()()()()()()()? 

 

 もし、この疑問が事実なら? 

 もし、花がリコリスを知っていたら? 

 

 すなわち、千束すらも騙し通せる外面の良さを演技で貼り付けられる人物ということになる。

 自分が来る前から千束たちとの付き合いが続いている少女が敵でないことを、たきなは内心で懸念することしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ──それから駅前のキッチンカーでホットドッグとコーラのセットを買い、喧騒を聞き流しながら左半分を空けたベンチでボーッとしながらそれを食べ進める花は、先の会話を思い出す。

 

「DAもケチだねぇ。海外旅行くらい行かせてあげればいいのに。……そのまま逃げられたら困るからかな?」

「失礼します」

 

 と、直後。おもむろに許可もなく、当然かのように、花の隣に一人の女性が座った。

 

「──これまた新顔。前の人は辞めたのかい?」

「そんなところです」

「ふうん。で、今回は何をしてこいって」

「……こちらを」

「ん。ちょい待ち」

 

 ホットドッグの残りを口に放り込み、やや炭酸の抜けたコーラを飲み干すと、ゴミを袋に纏めて縛ると隣の女性からファイルを受け取りながら取り替えるように渡す。

 

「…………。なるほど」

 

 ペラペラとフラットファイルの中をめくる花は、内容に目を通して、面倒くさそうにため息をついてからファイルを閉じる。

 

「何時の時代も、悪人が世に憚るのう」

「一先ずこちらでパスポートを偽造したのでこちらを。出発は二日後、武器は向こうに用意させておきますので要望があれば仰ってください」

 

 ファイルを返すと、今度は手のひらサイズのパスポートを渡される。いつだったかに撮られた顔写真を貼り付けたパスポートを閉じて、それを上着のポケットにねじ込む。

 

「太っ腹だねぇ。いつもは『敵地で現地調達してこい』としか言わないのだけれども?」

「今回ばかりは場所が場所で、人数も多いので、そうも言ってられないのかと。要望によっては報酬金から差し引くらしいですが」

「構わんよ。毎度毎度報酬で6桁も金を渡されてちゃあ扱いに困る。経済は回さんとな」

 

 ──よっこいしょ。と言いながらベンチから立ち上がり、花は少し考えるそぶりを見せてから、不意に思い付いたように口を開く。

 

「武器はなんでもいい。連射できるやつと拳銃を一つずつ。……あとは()()()()()()に鋭い刃物。報酬金は分割して前払いと仕事後に分けて──ああそうだ、あともう一つ」

「なんでしょう」

「──予備の服と下着をワンセット。たぶん先に着ていく方は駄目になる」

「……? かしこまりました」

 

 よく分からない提案に小首を傾げながらも、女性は言われた通りにリストを書き込む。話を終えてその場から姿を消した少女を見送った数分後、リストを送った組織から着信が返ってきた。

 

『──しなずとの話は終わったな』

「司令、彼女はいったい何者なんですか?」

『さて、な。正直なところ、私も()()()()も、ヤツのことを十全には把握出来ていない』

「しかし、彼女はリコリスでもない、ただのホームレスの子供ですよ?」

『いいや、あいつは一応リコリスとして扱われている。だが……訳あってDAにそんな人間は存在しないことになっている』

「は……?」

 

 マイク越しの声が、どう答えるべきか困っているかのように黙り込む。一拍置いて返ってきた言葉に、女性は困惑するだけだった。

 

『ヤツの存在はオカルトのようなものだと思え。少なくとも、リコリスが彼岸花と呼ばれていた時代から生きているらしいからな』

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