──死なず。すなわち、不死身。
果たして
「ぅ、う……ぁ」
しなず花は、現在──廃ビルの中で頭から血を流し、意識を失いながら死に行く最中だった。
──それは仕事の話を終えた帰り道、偶然にも車道を挟んだ向かいの路地裏をこそこそと歩く数人の男を見つけたことが事の発端であった。
一応は人並みの正義感がある花は、ため息をつきながら、ポケットに手を入れたままひょいと柵を飛び越え車道を横切ると、足音を立てずに気配を殺して付いて行く。
路地裏の奥地に隠すように建てられた廃ビルに入って行く男たちを追いかける花は、呑気に階段を上がる。──数ヶ月後には解体されてそう。とぼんやり思案する彼女は部屋を覗き、室内で広げられているケースの中身にふぅんと呟いた。
「薬物か……シンプルな悪事は久しぶりに見たな。これは警察案件だし、DAに知らせるほどのことでも──」
──ザリ、という足音。おもむろに振り返った花が見たのは、金属バットをフルスイングするもう一人の男の姿だった。ガゴンという鈍い音が側頭部から響き、視界がぐわんと歪む。
「ぅ、う……ぁ」
花がどさりと倒れ込む音でようやく気づいた男たちが振り返ることで、ようやく子供に
「馬鹿が、ガキに尾けられてんじゃねえよ」
バットを握っている男がそう言いながらうつ伏せの花を跨ぐように立つと、そのまま上段に振り上げたそれを勢いよく下ろす。
一撃目で亀裂の入っていた頭蓋がパキッと砕け、割れた頭の隙間からゼリーのような何かが漏れ出る。一瞬ビクッと反応した体は弛緩し、誰の目から見ても、花は死亡した。
「お、おい……なにも子供を殺らなくてもいいだろ……捕まったら余計に罪が──」
「なら捕まらなきゃいいだけだ。このガキも、廃棄予定の
「っ……」
既に薬を打っていたのか、バットの血と絡まって剥がれた髪が付着したそれを握る男が据わった目であっけらかんと残忍な言葉を返す。
正に今、
「くそっ……悪く思うなよ」
仕方ないとかぶりを振った一人が入れ替わって死体に近づき、露骨に「うげぇ」とでも言いたげな顔で屈む。ただ違法薬物で金儲けがしたかっただけなのに、何故子供の死体の処理をしなくてはならないのか。そんな身勝手な不満を内心で独りごちる男は、当然だがピクリとも動かない死体を嫌々ながら持ち上げ────
「え」
──ばちりと、死体と視線が交わった。
何が起きたのかまったく理解できないままに、しかし異常事態であることだけは本能的に察し、男は振り返って叫ぼうとする。
だが素早くぎゅるんと
「か、げ、ぁ──かっ」
振り払おうとし、バタバタと足先だけが動く。たかが女子供のどこにこんな力が? という疑問が呑気にも脳裏を掠め、それを最後に、男の意識は暗闇に落ちていった。
「……あ?」
バットを肩に担いでいた男が、不自然に音がしないことに違和感を覚え、適当に叱ってやろうかと顔を向けた。だがその先に立っていたのは仲間の男ではなく、つい今しがた頭を砕いて殺したはずの──それも、
「てめ──なんで、殺したはず……!?」
「いやはや、小指をぶつけた時といい、どうして意識外からの痛みはこうも辛いのやら」
殴られた位置を手のひらでさすりながら言った花は、まるで化け物でも見るような顔をする男たちに、口角を歪めて卑屈気味に返した。
「残念ながら、私は三途の川を渡れない体質でね。あの世から叩き出されてしまうんだ」
「は?」
「最後にあった記憶は……確か江戸辺りかな。本当の意味での生き地獄だったよ。なけなしの食料は他の子にあげて、私は何年も、延々と飢えて死んでは生き返ってを繰り返していた」
「いや、なにを、言って」
淡々と、さも世間話でもしているかのような声のトーンで話す花に、男たちは恐怖から後ずさる。花はキョトンとした顔で言った。
「冥土の土産だよ。是非向こうで話をしてあげてくれ、私は出来ないのでな」
──ひしゃげた金属バットを片手に、花は首の関節をゴキリと鳴らす。
「ウォーミングアップにはなったかな」
床一面に赤い液体がぶちまけられた廃ビルの一室で唯一立っている花は、自分に殴られて倒れていた最後の一人に近づいて、跨がった。
「ぶぇ、がっ、ぅ」
「ん? どうしたの?」
「だず、げて」
絞り出すような声に、花はおぞましいほどに優しい声を掛ける。そうして放たれた命乞いに、ふっと笑みを浮かべてさらりと言う。
「ああ……すまない、無理だ。子供の教育に悪いから
「やめ」
困ったように眉を潜めていたずらっぽくそう言って、花は歪んだバットを振り下ろした。
「さて、参ったな。……クリーナーを呼ぶしかないか。前金を貰っておいてよかった、あとでATMに寄らないといけないなぁ」
カランとバットを捨てて、ため息混じりにポケットからガラケーを取り出す。
「……う──ん、もう。はいもしもし」
出ないで放っておこうかと逡巡したが諦めて電話に出た花は、知り合いの声にパッと表情を明るくして意識を切り替える。
「おうおう、田山くん。久しぶりだねぇ、そっちから連絡してきたってことは仕事かい? ──うん、うん。……うん……うん?」
どんどんと声が落ちて行き、それから一拍置いて、花は声を荒らげた。
「今からぁ!? いやいやいやいや、流石に5個ずつは無理だって! 事前に言っておいてくれないと、今からだと……2個ずつが限界──『じゃあそれで』? まったく……わかったよ」
改めて携帯を閉じた花の重いため息が室内に溶け、面倒くさそうに口を開いた。
「……刺身包丁買ってこないとなぁ」
──ドンとクーラーボックスをテーブルに置いた花は、眼前の顔に古傷のある男性に向かい合うようにソファに座る。じろりとボックスを睨む男性をよそに、花はのんびりとしながら背もたれにぐだっと体を預けてアイスを食べていた。
「あむ。……心臓2個、肝臓2個、腎臓2個、きっちり入ってるからねぇ。確認するかい?」
「──いや、お前を疑っちゃいない。おい! こいつを下に保管しとけ」
「は、はい」
ドスの効いた声に肩を跳ねさせ、壁際で立っていた別の男性がクーラーボックスを大事そうに抱えて部屋を出て行く。
残された二人のうち、男性──田山は、同じくアイスの蓋を剥がして食べ始めた。
「相変わらず部下には格好つけてるのかい?」
「うるせえ。そういうもんなんだよ」
「ふふふ。別にいいと思うけれどもね、トップが甘党でも」
市販のものより高いそれをぱくぱくと食べ進める二人は、誰も見ていないからと、歳の差を感じさせずフランクに接する。
「まったく。次からは、ちゃんと事前に言っておくれよ。ボランティアじゃないんだ」
「ああ。悪かった」
「私も明後日には仕事で海外だったんだから、タイミングがよかったねぇ」
「どこ行くんだ?」
「ちうごく」
「そうか」
プラスチックスプーンを咥えてわざとらしく言った花に、田山は短く返す。
「なんの用事で──とは、聞かない方がいいんだよな。臓器の出所も、だったか」
「ふふふ。すまないね、お互い事情を知りすぎると危うい立場に変わりはないから」
「そりゃ、今更だな」
「あははは、そうだねぇ。ま、今回はちゃんとパスポートがあるから楽でいいや」
「……?」
アイスの入れ物とスプーンをテーブルに置いて、ポケットから出したパスポートをひらひらと揺らして田山に見せる。言葉の真意を探ろうとした彼に、花は口を開いた。
「これは
「……なんだって?」
「で、3週間くらいメキシコ中を駆けずり回って小規模なのを3つと大規模なのを1つ潰したんだけど、帰りもまあ大変で大変で」
「……その時はパスポートを持ってなかったと」
「そう。頑張って泳いだり適当な船にしがみついたりでなんとか帰ってこられた……っていうお話。今回の仕事も急だったけど、またドラム缶詰めされるよりはマシかな」
パスポートをポケットに仕舞い直して、花はさてと言ってぴょんと席を立つ。
「もう行くのか」
「うん。田山くんともっと話していたいけど、色々準備があるから」
「忙しいなか、本当に悪かったな」
「いいって、それじゃあね。帰ってきたら、また面白い作り話を披露してあげよう」
そう締め括り、花は部屋を出てゆく。廊下ですれ違ったのか、クーラーボックスを運び終えた男性が戻ってくると田山に声を掛けた。
「田山さん、あのチビッ子は何者なんで?」
「さあな。その疑問は、俺自身が7年前からずっと抱いているモノだ」
「7……えっ7年前? いやあの子どう見ても中学生ぐらいじゃ……もしやロリコン?」
「殺すぞ」
軽口に殺意で返しつつ、田山は咳払いを一つにポツポツと呟くように言う。
「7年だから、てめぇがうちに入るより前だな。ある時、
『田山くん、友達にならないかい?』
「──それだけだ。時々足りない分をあいつに用意してもらって、裏に回す。報酬は金で渡す時もあれば、甘いものを要求してきたりと、あいつのその時の気分による」
「はえー……妖怪かなんかなんですかね」
「知らねえよ。聞かないようにしてるからな」
「それはまた、どうしてです?」
そう問われて、田山は悩むそぶりを見せる。
それからため息混じりに、花の顔を思い浮かべながら、男性に答えた。
「聞いちまったら、あいつはもう来ない」
「──は、はぁ~ん? なるほどなるほど」
「あ?」
「つまり、あの妖怪に
「お前マジで殺すぞ」
「あだっ」
ウザい程にネイティブな発言に、田山は青筋を立てながら握り拳を作る。果たして彼は、返答の代わりに強めに男性を殴るのだった。
田山くん
・『ヤ』とか『暴』が付く類いの組織の人。花とは7年の付き合い。
花が明らかに普通の人間じゃないとは理解しているが、察した上で黙っている。
花
・死ぬと生き返って傷も塞がる。死んでなくても生きてるだけで少しずつ治る。