変身せよ、強き自分へ 臆病者は変われるか? 作:カフェイン中毒
「ハル、ライスボール2つくれ。カラアゲとヤキニクで」
「なにトムさん、ダイエット中?ビールの飲み過ぎには気を付けてよ」
「やかましい。ほれ3ドル」
「まいど。んじゃこれおまけの梅干しね」
「おいおい酸っぱいんだよそれ」
「そういうもんなの」
カラッと晴れた晴天のニューヨークの中、大きな大きな自己顕示欲に溢れてそうなビルの真下で俺はライスボール、すなわちおにぎりを売っている。なぜか、と言われれば2012年のアメリカと言えば日本食が話題になり始めたぐらいの年だから始めたらそれなりに売れるんじゃないかと思ったからだ。と言っても俺のフードトラックで売ってるのはおにぎりのみにあらず、日本特有の家庭料理を中心としたお手軽惣菜屋みたいなものだ。
俺の名はハルト・ハヤカワ。この辺の忙しいニューヨーカーたちはみんなハルってあだ名してくれてる。年は今年で16才。高校には通ってない、というか通う金はない。両親も祖父もみんないない。学校に通うよりも自分の食い扶持を稼ぐので精一杯の立派な日系アメリカ人。今世では、とつくけど。
そう、何と俺には前世の記憶があるのだっ!!!……まあこんなテンションをあげて報告することじゃないか。前世では完全に日本人、実家は定食屋、将来継ぐ予定だった。料理の専門学校の入学式の後に、倒れてきた大看板の下敷きになって以降の記憶はない。多分、そこで前の俺は死んだんだろう。
つまり転生、正直サブカルには明るくないが定食屋でやってたテレビの流し見でそういうのが最近人気なんだってことは知ってた。あとサブカルで知ってることといえば日曜朝の特撮くらい、これも実家を手伝っていた時に流されてたのを見ただけ。だから、前の俺が生きた時代の10年前のアメリカに産まれて、何とか中学英語から英語を理解した。平和だったんだ、俺に持たされた余計な力というものを除けば。
両親や祖父母は病死した。流行り病だった、俺が助かったのはなんてことない、感染が一番遅くて一番軽症だっただけ。もう過ぎたことだけど、俺という可愛げのなかった子供を貧乏なのに愛情深く育ててくれた両親と祖父母には感謝している。残してくれた少しの遺産と死亡保険で当面の生活のめどは立っていたが稼ぐ手段を求めた俺はアメリカ人相手に前世で培った日本食という武器で挑み、こうして細々と生きながらえている。本来本拠地はワシントンなんだけどニューヨークの方が売れ行きはいいのでここ最近は片道四時間かけてニューヨークで営業している。お昼のピークタイムが終われば帰る感じだ
たれにつけた海老天を具にした天むすを握り終えてゴム手袋を外す。昼時のラッシュは終わった、俺はポケットからこの時代では珍しい滅茶苦茶にごついスマートフォンを取り出してインターネットに繋ぐ。これも持たされた力の副産物、どこのキャリアにもつなげてないのにネットにつながって電話ができる。似合わないほど高性能なスマートフォン。
「スタークタワー、すごいな……」
俺は慣れ親しんだスマホ用の表示ではなくPC用のレイアウトで表示されるネットニュースで割とホットなものを見つけてそうごちる。スタークタワー、巨大企業スタークインダストリーズの元CEOにして天才発明家、億万長者にプレイボーイという俺と対極の位置に存在するであろうスーパーマン、トニー・スタークが建造した超巨大なタワーだ。その完成を記者会見するというニュースを見て前にいた世界とは何もかもが違うんだな、と一抹の寂しさに襲われる。
この世界じゃ一部の人間はスーパーパワーを持っている、なんて噂がある。というかさっきのトニー・スタークがまさにそうだ。鋼鉄のパワードスーツを身にまとうスーパーヒーロー「アイアンマン」自らが開発した鉄の鎧で悪をくじく、まるで特撮のような設定。ますます、己の持っている力が余計なものに思える。
「明日、スタークタワーの近くでやってみようかな、店」
スマホをしまって今度は運転席の助手席に無造作に置いてある黄色の蛍光色と黒で彩られたスタイリッシュな鞄のようなものを眺めながら、俺は日本食フードトラック「秘伝」、狭いながら俺の城の仕事に精を出すのだった。
「ハル、知ってるか?アイアンマンの噂」
「さーね、この前までここら辺をビュンビュンしてたってのは知ってるよ」
「ん、ああまあそれもなんだけどな。 ニュース見なかったか?ドイツの美術館近くでアイアンマンと共闘したヤツ……キャプテン・アメリカがいたって」
「はー、キャプテン・アメリカねえ」
翌日、俺はスタークタワー近くで店を出したにもかかわらずわざわざやってきたトムさんの世間話を俺は興味なさげに聞く。キャプテン・アメリカ、なんだっけ。戦時中に国債売ってた軍人の名前じゃなかったそれ?それが、アイアンマンと、共闘。しかもテレビでニュースとして放映されちゃいましたときた。詳細は規制されてるけど人の口に戸は立てられぬってことなんだろうなあ
うわ、うさんくせー。けど、本当だとしたらきな臭いな。既にアイアンマン絡みで2回大事件が発生してるし、他にも明らかに超常現象としか思えない被害が出たりとか。ハルクとかいう緑色した大男が街を滅茶苦茶にしたっていう話もある。
技術力はこの世界の方が前の世界よりも進んでいるが、治安については最悪の一言だろうな。一般市民としては今日のご飯と明日の睡眠が確保されてればいいんだけどね。
俺がこの世界に産まれた時から物心ついた時にいつの間にかあった「力」使えば軍隊なんか目じゃない、腕を振るえば人が死ぬ、そんな力。1度だけ、1度だけ誰もいない山の中で使ったことがある。
仮面を身に着けた俺は、大岩を簡単に砕き、大木をへし折ることが出来た。すごい、と思うと同時に恐怖した。俺が身に着けた力は俺の物じゃない、創作上の別の人物が持っていたものだ。俺は彼の軌跡の全てを偶然に手に入れてしまっただけの一般人。悪意を乗り越えて可能性を信じる彼のような精神を持っていない。
その気になって振るえば人が死ぬ、そんな力は要らなかった。俺がいるアメリカが世界の警察なんて呼ばれているように大きい力にはそれ相応の責任ってやつが降ってくるんだ。俺はその責任を負うことが出来ない弱い人間だ。だから、力は使わない。けど、捨てることはできなかった。
それはこの力が唯一前の世界の物だからだ。これを捨てた瞬間、前の世界との物理的なつながりがなくなる。それは前の世界の俺も捨てるような気がして捨て去る決断をついぞすることが出来なかった。
それに、万が一これを捨てて誰かが拾ってそれが解析になんてかけられたらそれこそえらいことになる。本当に世界がひっくり返りかねない厄ネタの塊だ。服の内ポケットに入っている青と黄色のデータを保存するメモリのような板、そのレンズのような部分を上部分から軽く撫でて俺はトムさんの注文である豚丼をテイクアウト容器に入れて渡した。
「あれ……?」
かすかなジェット音がする。周りの人物が我先にと空に向かってデジカメを構えていた。俺もトラックから降りてみんなが指さす方向を見るとこっちに向かってくる金と赤の派手な鉄塊がふらふらと空を飛んでる所だった。
「アイアンマン、まじか。直接見るの初めてだな……」
ポロっと出た独り言。尊敬半分、羨ましさ半分のそれに自分で苦笑する。あんなに堂々と力を使って世界を守れることに対する尊敬。俺にはそれができないが故の羨ましさ、彼の豪胆さが少しでも俺にあれば、と思ったところで何かがおかしいことに気づいた。
まず遅い、アイアンマンはもっと速いはずだ。さらには時々ジェットが消えてバランスを崩したりしてる。スーツが不調なのか?俺の疑問をよそにボッボッとジェットが消える音を響かせながらアイアンマンはスタークタワーの上に飛んでいった。
いやな予感がする。俺は店を急いで畳んでいく。出発準備を整え始めたころにスタークタワーの上から轟音が響く。確信した、何かが起こる。周りもざわつき始めてパニックの兆候を見せ始めた。
ダメだ、車は置いておこう。背に腹は代えられない。俺は助手席のバッグの中に今ある現金と貴重品を詰め込んで外に出る。どうせ来月には貯金で買い替えるつもりだったおんぼろ車だ、盗まれてもいい。
車を降りた瞬間上層階から甲高い音がして何かが落ちてくる。ガラスと、人影。目を凝らしてみるとそれはトニー・スタークだった。ちょうど俺の真上からガラスを粉砕し落ちてきている。
ヤバい、このままじゃ墜落して死んでしまうと思って内ポケットに手を突っ込んで黄色と黒の板,バッタの意匠が施されたものを取り出したところで正気に戻る。使わないと決めたものを咄嗟に使おうとした、自分の意志の弱さとそれ単体では使えないということを失念していた自分に一瞬止まってしまう。
次の瞬間、またガラスを突き破って赤い何かが飛び出してくる。動けもせず真上に落ちてくるトニー・スタークを見上げるだけの俺をよそに赤い何かは空中で変形しトニー・スタークの体を覆ってスーツに変わってしまった。
最後のマスクが下りる瞬間、トニー・スタークと目が合う。力強い覚悟を宿した目だった。彼の視線は俺と、俺の持っている板を射抜き、マスクが下りて俺の上ぎりぎりで止まり、そのままスタークタワーに戻っていってしまった。
俺は右手に固く握りしめていた力の象徴をもう一度内ポケットに戻して駆けだす。責任から逃れるように、今から起こる何事かからも背を向けて。
後ろから爆発音と甲高い音、ちらりと振り返るとスタークタワーの頂上から光の柱が昇り、空間に穴をあけていた。そしてその穴から見たこともない生物たちが見たこともない乗り物に乗ってわらわらと湧き出ていて、アイアンマンはそれにたった一人で立ち向かっていた。
じくりと胸が痛む、戦う力はあるのに何もしない自分に嫌気がさす。けど足がすくむ、ビームが四方八方から飛び交う戦場に踵を返せない。臆病者はいつだって逃げることしかできない。よくわからない化け物たちは青いエネルギー弾をそこかしこに連射して街を壊し始めた。俺は手近な物陰に隠れて様子を見る。警察のパトカーがひっくり返り、悲鳴があちらこちらから響いてる。
「なんだって……うわっ!?」
物陰から顔を出した途端にエネルギー弾が飛んでくる。とっさに背を翻したが間に合わず、背中にまともにもらった。死んだ、と思ったが吹っ飛んで壁に叩きつけられたのが気つけになって意識が落ちることはなかった。俺の背中からずるりと落ちたのは黄色と黒のアタッシュケースのような何か、バッグは焼け焦げて見る影もないが、それだけは無傷で輝いていた。
「は、はは……一文無しだ」
こんな非常事態なのにこんなくだらないことを言ってしまう。迷ってる暇はない、俺はアタッシュケースをひっつかんでまた走り出す。命あっての物種、金は後から何とかすればいい。化け物たちは乗物から降りて地面に降り立ち人を襲い始めた。
「やめろ~~!やめてくれ!」
「トムさん!?」
逃げる最中化け物の一人に追い詰められるトムさんを見つけた。エネルギー弾を打つ銃ではなく素手で殴ろうとしてるあたりいたぶる気満々だ。考えるより先に体が動いた、全力で走りトムさんに夢中で後ろを見ていない化け物の後頭部に向かって思いっきり振りかぶったアタッシュケースを角から叩きつける。
エネルギー弾にも全く無傷の硬さがあるアタッシュケースは嫌な音と感触と共に化け物の後頭部にめり込んだ。脳震盪でも起こしたのか頭蓋骨がいってしまったのか分からないが倒れ込んだ化け物に一安心した俺はトムさんの安否を確認する。腰を抜かしてはいるが大丈夫そうだ。
「トムさん!大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……ハルか……ありがとう、助かったよ。な、なあこれなんなんだ?映画の撮影か?」
「……わかんないです。とにかく逃げましょうトムさん立てますか?」
「大丈夫だ。俺は会社の社員に逃げるように言ってくるからハルは先に逃げろ。助けてもらって言うのもなんだがお前はまだ子供なんだ、いいか?とにかくパークアベニューまで行け!そしたら警察が非常線を張ってるはずだ!いいな!?」
「あっトムさ……行っちゃった。パークアベニュー……」
トムさんはそう言うと踵を返して近くの建物の中に入っていった。俺はトムさんに言われた通りにパークアベニューを目指すことにした。道中には悲鳴と血の匂いとそして、人だったものが転がっていた。我慢できずにそのまま胃の中の物を地面にぶちまけて、壊れたスタンドの売店から地面に転がっていたミネラルウォーターを走りながら拾って口をゆすいで水分補給した。頭がどうにかなりそうだ、まるで地獄、人が紙くずのように吹き飛ばされてその命を散らしていく。
なんなんだ、なんなんだこれ。こんな簡単に人が死んでいいわけないだろう。こんな遊びみたいに日常が奪われていいわけないだろう。噛み締めた唇から血が漏れた。ボコボコにされた車、ガソリンに引火して爆発する音やにおいが鼻につく。あっちへこっちへ逃げ惑う人々。何してんだ俺は、逃げてばっかでいいのか?自分だけ良ければいいのか?
自問自答を繰り返す中、大通手前の道でスクールバスが横転していた。ガンガンと天井から音がする辺り中にまだ子供たちがいる。回り込むとひび割れた前面のガラスを必死に叩く運転手の姿がある。運転手にジェスチャーで後ろに下がる様に伝えて俺はアタッシュケースを叩きつけた、が防弾フィルムか何かを張っているのかひびが入るだけで壊せない。それで逃げることが出来なかったのか。
しょうがない、とアタッシュケースの別の部分に手をかけた瞬間運転手や中の子供たちが必死に呼びかけているのに気づいた。バッと後ろを振り向くとズチャ、ズチャ、と化け物、トカゲみてーなエイリアンが俺とバスのある道路に降り立っていたところだった。
やばい、と思った瞬間にエネルギー弾の一斉射が来た。俺はアタッシュケースを前に出すが全てを守れるわけではない、焼け石に水だろう。来るであろう死にぎゅっと目を閉じると…………何も来ない。閉じていた目を開けると俺の服の内ポケットから出ている青色の光が防壁となってエネルギー弾を防ぎ続けていた。後ろでバスの中に居る人たちが驚愕する気配が伝わってくる。
逃げられない、と思った。化け物相手じゃなく、俺が持つ力から……防壁を発し続けているゼロツープログライズキーと人工知能ゼアから。きっとこれは罰なんだ、今まで持つ力から目を逸らして、捨てもせず使いもせずなあなあに持ち続けた結果がこれなんだ。じゃあ、どうすればいいのか……決まっている。前の世界のテレビでやってた映画のセリフが頭によぎる「大いなる力には大いなる責任が伴う」俺は、責任を果たす。この力をもってしても今この地獄の人を全て守れるわけじゃない。けど、だけど!
「目の前の人間くらいは助けるんだ。それくらいはやってみせる!」
ゼロツープログライズキーを懐から取り出す。打ち出される青い弾丸を防御し続けている防壁がキーのレンズ部分から発生し続けていた。ゼア、俺はお前のことをずっと見ないふりしてきた。お前のもたらす力が怖くて使いもせずにずっと持ち続けてた。そんな俺をお前は今守ってくれてる。虫がいい話だと思うけど、力を貸してくれ!
ぐっとゼロツープログライズキーを握りしめると俺の思考に答えるようにレンズ部分が発光し無数のレーザーが俺の目の前の空間になにかを形作っていく。レーザーが照射し終わったのを見計らって俺はそれを掴み、迷わず腰に当てた。思考が加速する、自己紹介をするように高らかに音声が鳴った。
「ゼロワンドライバー!」
ゼロワンドライバー、かつて一度使った時、その力に恐怖してバイト先の廃棄予定の物を溶かした溶鉱炉の中に入れて壊した力の象徴。逃げた俺をもう一度試すかのようにそれを作り出したゼアに答える為に懐からさっきトニー・スタークを助けようとしたときに取り出したバッタの紋章が書かれた板、ライジングホッパープログライズキーを取り出してすぐさま親指でスイッチを入れ、ゼロワンドライバーの右部分にかざした。
「JUMP!」
「AUTHORIZE!」
起動音が発声され、認証を受けたプログライズキーのロックが外れる。同時にゼロツープログライズキーのレンズ、ビームエクイッパーから巨大なバッタのようなナニカ、ライダモデルと呼ばれるデータの集合体が飛び出した。前の世界で放映されてた時は人工衛星から落ちて来てたはずだが、どうやらこの世界に人工衛星はないらしく、代わりにゼロツープログライズキーから出てくるようになったらしい。
囚われ、やっと自由になったとでも言いたげにライダモデルのバッタはあたりを縦横無尽に跳ね回る。途中でエイリアンを踏みつぶしながら。重厚な待機音を待つことなく俺はライジングホッパープログライズキーを展開する。もう逃げない、変わってやるという覚悟を決めて俺は一言発した。
「変身!」
プログライズキーを親指で展開し、そのままベルトへ力任せにぶち込んだ。
とりあえず実験作なので不定期更新です