いよいよあと1話で終わりです。長かったけどなんとか完結させられそうです。
フィリピン東方のとある海域。まもなく日付が変わろうとしていたが、海域を覆い尽くす熱は冷める気配を見せなかった。
まだ夜は始まったばかりだった。
ブルーマーメイド・ホワイトドルフィン連合艦隊は絶体絶命のピンチに陥っていた。包囲網に閉じ込められた各艦は徐々に連携を欠いて行き、とうとう艦隊の先頭にいた『たきゆき』が艦隊から落伍し始めていた。
「艦長、機関部に被弾多数。推進軸シャフト損傷と機械室浸水により、航行不能です」
右舷への傾斜が高まりつつある艦内。艦内で作業するクルーの怒号や、爆発音、船体がきしむ不気味な音がブリッジにも聞こえてくる。
「そうか……」
艦長席でじっと耐えていた藤崎も、そろそろ限界であることを受け入れていた。
艦長帽を脱ぐと、静かに立ち上がり、副長を呼ぶ。
「副長、いるか?」
「はい、艦長……」
不安げな彼も、『たきゆき』の最期の時が近付いていることを悟っていた。
「総員最上甲板。……離艦用意だ」
艦橋クルーは一様に息を飲む。呼吸も忘れて立ち尽くすクルーに、藤崎は艦長として最後の言葉をかける。
「みんな……ご苦労だった。一番近い艦まで、各自内火艇とスキッパーに分乗し、脱出せよ」
まだ何か言いたげなクルーたちだが、次の言葉でその迷いを打破する。
「急げ!」
「は、はい!」
クルーたちは持ち場に付く。スキッパーや内火艇の始動準備に駆け出す者、艦内電話が使えないため、機関室まで走って伝令に出る者、甲板の救命筏を準備する者。
各員が持ち場についたのを見計らい、藤崎も、艦長として最後の仕事をこなすべく、狭いラッタルを落ちるようなスピードでかけ降りていく。
「『たきゆき』の救命筏が降ろされています。……艦を放棄した模様です」
『たきゆき』のすぐ後ろを航行していた『なぎさぎり』、『ちちじま』、『ほたか』の3隻は直ちに救助に向かおうとするが、一筋縄では行かなかった。
「右舷に雷跡、1、2……3本。3本来ます!」
右舷見張り員の関からの報告に、艦長代理の神余は顔をしかめる。
「回避運動、面舵
「了解。面舵
艦は滑るように転舵する。しかし、避け続けるのも限界が来ていた。
「艦長代理、機関はあと1時間も持たない。このままじゃ燃えちまう!」
機関室から聞こえる悲鳴に、歯ぎしりする。
「ごめん、月島さん。まだ全力維持して。30分だけでいいから」
「……あぁ、あぁ、わかったよ! でもあと30分で本当にぶっ壊れるぞ?!」
機関室からの電話を切り、次の指示を飛ばそうとするが、また至近弾が着弾し、艦は大きく揺れる。
「久美、ここからどうするの?」
不安げに言うのは航海長の斉賀だ。
「とりあえず、『たきゆき』の乗員を救助しよう。攻撃を避けながら、極力速度を落とさずに」
頷く斉賀と目配せし、続いて、具体的な指示をする。
「関さん、柿沼さん」
「は、はい!」
「なんですか、艦長代理?」
右舷見張り員の関と、補助操舵手の柿沼の2人を呼ぶ。
「『たきゆき』離艦者の救助を指揮して。救助チームは航海科と主計科の手すきクルーを向かわせるわ」
2人は敬礼し、艦橋から駆け出して行く。その後ろ姿を見届けたあと、気難しい顔で黒丸が呟く。
「しかし……もう限界だぞこれ……」
先程落伍した『たきゆき』だけでなく、『あねじま』も既に航行不能となっている。旗艦『ほたか』は被雷が重なり、速度も落ちている。『ちちじま』と『なぎさぎり』は被弾、被雷こそ少ないが、戦闘機動を続けたことで燃料が枯渇し、噴進魚雷も使い尽くしていた。
それでもピンチというのは重なるものだ。眼前に展開する敵艦隊の中央に陣取る大型艦が、その最たる物だった。
「イージス艦……あれが現れてから、戦いは一方的ね」
包囲艦隊の中央に見えるイージス艦こと、タイコンデロガ級巡洋艦を睨む。
基準排水量7242トン、全長172mという大型艦で、2門の5インチ砲に、前後あわせて122セルのVLS、その他20mm機関砲や魚雷発射管など、大量の兵器を有する重攻撃型の艦船だ。さらに、飛行中の噴進魚雷を探知する最新レーダーを持ち、ロケット艦を遥かに超える防空能力で噴進魚雷飽和攻撃から味方を守ることを目的として建造された世界初のイージスシステム搭載艦だ。
アメリカ支部で運用されていた旧式艦で、退役後も多くが予備役艦隊として保管されていた。
「あんなものまで持ち出すなんて、連中もよっぽど本気で私たちを沈めたいみたいね」
「実際、もう2隻やられてる。こっちは噴進魚雷も撃ち尽くしたし、デコイも残り少ない。このままじゃいずれ……」
艦橋の誰もが黙り込む。この先の連合艦隊の運命を予見したからだ。
重い空気が流れるのは、『ちちじま』だけではなかった。
「要救助者、全員収容しました」
「わかった。機関始動、離脱用意」
『あねじま』のクルーを収容し、離脱準備をする『いもうとじま』。敵前で停船救助するという危険をおかしつつも、無事に救助を終えた同艦の艦長、高崎直子は安堵の表情を浮かべていた。
しかし、『いもうとじま』が離脱した直後。
「艦長、『あねじま』が急速に沈没します!」
「……まじか」
双眼鏡で、まだ水上にあったはずの『あねじま』の方を見るが、すでにソコに艦はなく、漏れ出た油と燃え盛る残骸だけが残されていた。全クルーを助け出した直後の沈没に、艦橋は騒然とする。
「よく、頑張ったね。お疲れ様」
直子は消え去った艦を直立不動の敬礼で見送る。艦の意地を見た気がしたからだ。
艦橋クルーも敬礼で『あねじま』を見送る中、1人のクルーが艦橋に入ってくる。
「艦長、『あねじま』の艦長が貴女に会いたいと……あ、ちょっと!」
クルーの言葉が終わるのを待たず、艦橋に弾丸のような速度で人影が入ってくる。その人物、姉の高崎直葉はまっすぐに直子に飛び掛かり胸ぐらを掴む。
「てめぇ、なぜわざわざ助けに来やがったんだ!?」
鬼の剣幕をする姉に怖じけず、直子は慌てるクルーを制止する。
「自分のことは自分で出来る。いつまでガキ扱いする気だ! てめぇの艦を危険に晒してまで……」
直葉の剣幕に怯むことなく、毅然と返す。
「海の仲間は家族。家族を見捨てる奴がどこにいるのさ」
直葉の怒りは収まらない。
「含みのある言い方だな。私が身内だからエコヒイキしたみてぇじゃねぇか。そんな不公平認めねぇぞ!」
より強く襟首を掴まれ、さすがの直子も表情が歪む。
心配するクルーたちだが、手出しが出来ない。
「スグ姉こそ、自意識過剰じゃない?」
「……なんだと?」
勢いを増す怒気に、さすがにたじろぐ。
「あの、艦長……もうその辺で……」
なんとか止めようとするクルーだが、直子にそうする考えはない。
「自分が私の身内だから何? 海の仲間は家族。身内かどうかは関係ない、スグ姉こそ自分を特別視してんじゃないの? どうなの?」
直葉の表情から怒気が消えていく。
「……」
黙り込んでしまう直葉。
「離してくんない?」
そのまま、ゆっくりと手を離す直葉。直子は崩れた制服を正す。
「……旧『あねじま』クルーは怪我人以外はダメコンと各種補充要員に回して下さい。重傷者は後部格納庫で医療班の手当てを受けるように」
半ば放心状態の直葉だが、直子はすでに切り替えていた。
「いや、私は……」
妹に正論を叩き付けられ、いつもの勢いを無くしている直葉。しかし、そうしていられる時間は多くなかった。
「
直子の言葉の真意に気付き、直葉もすぐにブルーマーメイド隊員としての責務に復帰する。
「……了解した、
踵を返して艦橋から降りていく直葉を見届け、艦長帽を被り直す直子。艦橋クルーのほっとした溜め息を聞き、直子もようやく休まる。
「危なかったですね、艦長」
「殴り合いになるかと思いましたわ」
そう言うクルーに、苦笑いで返す。
「あの単純姉、こういう正論には意外と弱いんだよ。考えるより先に体が動くクセに、頭はやたら回るんだよなぁ」
大袈裟な手振りを交えて言う直子。艦橋クルーたちは笑みをこぼす。
「さぁ、艦長。お姉さんもやる気になったみたいですし、次はどうします?」
クルーの一言に、直子は仕事モードに切り替えて指示を飛ばす。
「本艦は、旗艦『ほたか』を支援する。旗艦の後方へ。機関最大戦速、取り舵90度」
「了解!」
クルーたちの復唱と共に、艦は甲高いエンジン音を響かせ海上を滑って行く。
最悪な戦況でも、ブルーマーメイドの若き隊員たちの目から闘志が消えることはなかった。
「艦橋、ソーナーに感あり。潜水艦と見られる反応1、接近中」
『ちちじま』主任オペレーター柊の報告に艦橋はざわつく。
「
「出てません。しかし、敵艦隊に近付いて行きます。妙な動きです」
このタイミングで近付いてくる潜水艦とは、確かに妙だ。敵の増援にしては数が少ないし、味方にしては敵艦隊に近付きすぎている。どっち付かずで、
だが、クルーたちはこの謎の潜水艦に唯一の心当たりがあった。
「久美、これってもしかして」
斉賀も同じことを思ったのか、少し浮わついた声になる。もしそうならこのピンチを切り抜けられるかもしれない、という希望が見える。
「注視しよう。艦首を不明潜水艦に向け、取り舵15度、進路3-1-5。ソーナー聴音始め」
「取り舵15度、進路3-1-5ヨーソロー」
艦は緩やかに転舵し、不明潜水艦に艦首を向ける。遠心力で若干傾斜する艦内。
その直後、艦内に不快な警報音が響く。
「なに!?」
「まさか……魚雷?!」
CICから悲鳴に近い声が聞こえる。
「魚雷です、不明潜水艦から! 雷数2、進路は……敵艦隊に向かっている模様!」
急いで双眼鏡で確認する。すると、艦隊進路左側を包囲していた敵艦が、水柱の中に消えていく光景が見えた。
「敵を攻撃してる……てことは……!」
神余たちは自然と笑みをこぼす。不明潜水艦の正体を確信したからだ。
「『ながしお』だ!
双眼鏡を覗きながら歓喜する黒丸。
「敵包囲艦隊、陣形が崩れています。艦長代理!」
すかさず旗艦に通信を繋ぎ、神余は撤退を進言する。一筋の希望が見えた瞬間だった。
「不明潜水艦はやはり『ながしお』と見られます。全長77m、基準排水量2450トン、水中最大速力20ノット、魚雷発射管6門。ホワイトドルフィンの標準的な潜水艦です」
「第2包囲艦隊へ攻撃を集中しています」
「敵艦隊、単縦陣に陣形を変更しつつある。突破を図る模様」
「先頭は情報通りなら『なぎさぎり』と見られる」
「データと照合、大船長のパッドに回します」
『マンボウ旅団』の海賊艦隊旗艦イージス艦『べんぼう』の艦橋は、潜水艦の急襲への対処と、逃走を始めた連合艦隊の対処に追われていた。
しかし、慌ただしい艦橋の中央に仁王立ちする男、大船長の大河原は落ち着き払っていた。古風なデザインの制服の上からもわかる細い体躯と、生者とは思えない顔色からは想像できないほどの眼力を放ちながら、パッドの情報を睨み付けていた。
「おい、貴様ら何を……勝手に入るな!」
「うるせぇ!」
「邪魔だ、どけどけ!」
クルーの制止に耳を貸さず、大袈裟に騒ぎながら青いつなぎを着た5人の男たちが艦橋に押し掛けてきた。
「何だ、騒がしい」
目線をパッドから外さず、大河原は無機質な声で男たちに尋ねる。
「何だかんだの騒ぎじゃねーよ、どうしてくれんだ。話が違うじゃねーかよ」
男の1人が不満そうに叫ぶ。その意味をよく理解できなかった大河原は不思議そうな目で男を見る。
「話が違う……とはどういう意味かな?」
「敵が逃げようとしてんだぞ」
だから何だ。と言わんばかりに冷たい目で彼らを睨み付ける。だが、男たちは怯まない。
「お前よぉ、俺たちはお前が"女が選り取り見取りの抱き放題"って言うから参加したんだぜ」
「そのために、わざわざ保存記録まで消して、本国の連中に根回ししてまでこの艦をお前らに譲ったんだ」
「なのに、敵は逃げようとしてんじゃねぇか」
「だから、俺たちは話が違うって言ってんだよ!」
「そうだそうだ! どうしてくれんだよ!」
口々に文句を言い始める男たち。彼らは元は予備役艦隊基地のスタッフ、もしくは保存艦艇の旧クルーたちだ。彼らは本国から切り離された離島で、半永久的に使うかもわからない艦艇を保存維持していく仕事に飽き飽きしていた。
そんな彼らが、刺激を求めて海賊行為に走り、現役ブルーマーメイド隊員を堪能しようと考えるのはごく自然のことだったかもしれない。
だが、大河原にはそんな旧スタッフたちの考えなど、心の底からどうでもよかった。むしろ、彼らのことは無駄に騒ぎ立てて気分を不愉快にさせる腹立たしいだけの肉塊程度にしか考えていなかった。
そして、気の短い彼にとって、騒ぐ馬鹿を黙らせる方法は1つしか無かった。
「おい、だんまりかよ……母ちゃんにちゃんと返事しろって教わんなかったのかべ…………あぇ?」
軽い破裂音のような音が響いたあと、先頭に立っていた小太りの中年男の眉間には、風通しの良さそうな小さな穴が空いていた。
「は?」
男たちが困惑するより先に、中年男は眉間の穴から真っ赤な鮮血を吹き出して倒れ込んだ。
「えぇぇぇぇ!?」
「ちょっと待てやオイ……」
「こここ、殺しやがったな!?」
さっきの威勢は何処へやら、口々に怯える男たち。
そんか彼らに耳を貸さず、銃を構えたまま、大河原は吐き捨てるように言う。
「俺の前で、下品な真似をするな。……と、出航前にさんざん確認させた筈だが?」
「う……」
男たちはようやく、自分達が対話を試みて何とかなる相手ではないことを思い出した。
「報酬なら、女でもドラッグでも、何でも望むものを与えるさ。……奴らに勝てさえすれば……な?」
おおよそ人間らしさを同封していない冷たい眼光に、男たちはたじろぎ、小声で悪態をつきながら中年男の死体を引きずって艦橋から足早に去っていった。
「いきなり撃つのはびっくりするんで、やめてくださいよ」
文句を言うのは他のメンバーと同じ古風な制服に、金色の飾緒を着けた大河原専属の副官だ。
「すまない。今度からは気を付けるよ」
さっきとは打って変わり、優しい笑みで副官に言う大河原。彼の歪な性格に、彼含めた古参クルーは慣れ始めていた。
「それよりも、大船長。どうしますか?」
指示を請う副官に、彼はパッドを見つめながら指示を出す。
「一先ずこの潜水艦を沈めろ。噴進魚雷を使っても構わん。全艦の時間差爆雷攻撃で一撃で確実に沈めるんだ」
彼の命令に、艦橋クルーは慌ただしく動き始める。
「それと、第2包囲艦隊に援軍を。『いしん』と『てんちゅう』を向かわせろ」
「了解」
「第3包囲艦隊は敵艦隊の背後を固めろ。無理に攻撃しないように。味方に誤射する可能性がある」
的確に指示を飛ばす。薬物中毒で情緒不安定になっていても、持ち前の指揮能力とセンスは健在だった。
「対潜爆雷、準備整いました」
オペレーターからの報告に、大河原は頷く。
「攻撃準備。全艦の攻撃システムを本艦に同期」
「敵潜水艦、魚雷発射を確認。本艦に向かってきます!」
オペレーターの報告に艦橋は緊張感を高めるが、大河原は怯まない。
「構うな、攻撃始め!」
大河原の命令で、数十発もの対潜爆雷が投射される。着水した弾頭は規定の深度で爆発し、水圧と衝撃波で潜水艦を破壊する。
ソナーマンは海水が暴れる音や、反響する爆発音の裏に聞こえる破壊音に耳を傾ける。
「どうだ、やったか?」
「まだ音が反響しています。もう少し海中が落ち着くまでお待ちを」
ソナーマンはそう言うが、あれだけの数の爆雷攻撃を受けて無事で済む潜水艦などそう多くはない。撃沈できなくとも、大損害で戦闘不能になっているだろうという確信があった。
「よし、敵潜水艦はこれで片付いた。第2包囲艦隊と合流する。敵艦隊の右翼を抑えるぞ」
逃走を図る敵艦隊へ増速して追いすがる。時折飛んでくる砲撃は疲労と損傷が重なって精度も低く、数少ない魚雷やロケットもイージス艦の防空能力の前には無力だった。
「あとは全艦で取り囲んで、押し潰すだけです」
「案外最後は呆気ないもんですな」
オペレーターたちの言葉に首肯し、大河原は次の指示を出していた。
「『なぎさぎり』に攻撃が集中しています。『ほたか』さらに速力低下、最大発揮速力6ノット」
「通常魚雷、残弾ありません!」
「『ながしお』が爆雷攻撃を受けています」
「敵の第3グループが後方に展開。後ろも塞がれました!」
「『いもうとじま』機関部に命中弾! 航行不能!」
「敵艦隊、全艦が急接近。包囲の幅が狭まります」
各艦のオペレーターは途切れることなく悪い報告を飛ばし続ける。どの艦ももはや戦う力を残しておらず、たった1つの逃げ道さえ塞がれ、全滅は必至の状況だった。
「……ここまでか」
『いもうとじま』艦長の直子は、敗北を悟りつつあった。
「降伏など言語道断だ。僕たちは海の平和を守るホワイトドルフィンだ。悪党になど、決して屈しない!」
『なぎさぎり』艦長の国分は、ハナから諦めるなど考えてもいなかった。
「へっ、奴さん俺たちを沈めた気になってるみてぇだな。生憎この艦はそんなにヤワじゃねーんだよ」
『ながしお』艦長の草川は、発令所で足首まで水に浸かりながらも戦意をくじかれることはなかった。
「いや……もうこれ以上は……」
『ほたか』座乗の豊島は、唯一のチャンスを逃したことで、諦めそうになっていた。
「艦長代理! 指示を……」
「…………」
『ちちじま』艦長代理の神余は押し黙って震えていた。絶体絶命のピンチに差した一筋の希望さえも打ち砕かれた彼女の心は、すでに限界だった。
親友兼艦長から預かった艦長帽を抱きしめ、震える彼女の姿に、『ちちじま』のクルーは息を呑む。
「彩……ごめんなさい。……この帽子、返せなくなりそう……」
嗚咽混じりで消えるような声が響く。
「久美……」
未だ爆音が轟き、艦は大きく揺れる。クルーはその度によろけて倒れかける。
「艦尾に被弾、推進器中破!」
「格納庫被弾、艦載機使用不能!」
「レーダー破損、使用不能です」
「艦首01区画浸水発生!」
「遮蔽急いで、排水ポンプ全力!」
絶えず響く破壊音、悲鳴、船体が軋む音、全てがクリアに聞こえる。
明確な死そのものが近付いていた。
その時だった。
「艦隊2時の方向……飛翔する物体あり……噴進魚雷です!」
オペレーターの報告に、大河原は反射的にその方向を睨む。
「2時方向だと?」
「はい、敵艦隊ではありません。違う艦からです!」
艦橋はざわつく。目前の敵艦隊に集中しすぎたあまり、近付いてくる艦に気付かなかったことへの衝撃があった。
「6番艦被雷、損害不明!」
瞬く間に降り注いだ魚雷は確実に、かつ正確にフリゲート艦の舷側を捉え、破裂する。3000トンクラスの艦は木の葉のように水面をフラフラと揺れ、破片を撒き散らす。
「何が……起こっているんだ?」
艦橋メンバーは誰もそれに答えられなかった。2本ずつ飛んでくる噴進魚雷の迎撃を始めた直後、旗艦のレーダーに犯人の姿が映し出された。
「レ、レーダーに感あり! 驚いた、こんな近くなのに気付かないなんて」
艦隊2時方向、まさに噴進魚雷が飛んできた方向には隠れる素振りもなく、堂々と艦隊と同航する艦影があった。
「目視で確認しました。……艦番号BPF-38、ブルーマーメイド作戦艦艇『まごじま』です!」
「なんだと!?」
「いくらなんでも到着が速すぎる……」
艦橋クルーやオペレーターに衝撃と動揺が走る。アジトからこの海域までは4時間はかかるはず。あり得ないスピードだった。
「だ、大船長! 敵艦がオープン回線に通信を流しています……平文で!」
「平文……だと?」
副官の言葉が耳に入らない大河原は、直ぐにその内容を問いだす。
「なんと言っている?!」
オペレーターは気迫に押され、たじろぎながら内容を読み上げる。
「よ、読み上げます……。〘我々ハ、コレヨリ貴艦隊ノ撤退ヲ支援ス。遅レテスマヌ─アオキ〙……以上です!」
その通信を聞いていた隊員たちは一瞬、時間が止まったかのように硬直する。
その硬直から真っ先に解き放たれたのは斉賀だった。
「アオキ……本当にアオキと言ってるの?!」
「はい……はい! 間違いなくアオキと……! 何なら繰り返し言っています!」
マイク越しに通信員の嬉しそうな声が聞こえる。
「!……」
まだ呆気に取られたような表情をする彼女の親友兼副長は、硬直から解放されないままだった。ただ嬉しさのあまり、大粒の涙を溢していた。
「よかった、彩……無事だったんだ……」
「ここまでは作戦通りだな、青木艦長」
数十隻の海賊艦隊が追い縋っているのに、何故か余裕なのは『まごじま』艦長の黒橋だ。
「えぇ、むしろここからです」
急機動を始めた艦の動きを物ともせず、黒橋の隣に立っているのは『ちちじま』艦長の青木だ。
「ほ、本当にうまく行くんですよね……?」
不安げなクルーの言葉に、黒橋は笑いながら返す。
「さぁ、どうだろうな。敵が追いつく方が早いかもしれん!」
「んなことウソでも言わんでくださいよ……」
呆れるクルーを尻目に、黒橋は次の指示を出す。
「ポイントまで敵を引き付けるぞ。追いつかれたら噴進魚雷の雨あられだ、気を抜くな!」
「はい!」
クルーの返事が来るのを見て、黒橋はウイングに出て敵艦隊の動きを注視する。
「……そろそろ射程内か」
「そうですね」
黒橋の横で、同じく双眼鏡を覗いていた青木が呟く。
艦橋クルーを激励した時とは打って変わり、黒橋は少し不安げな顔をする。
「本当に上手く行くのか?」
しかし、そんな彼女の不安を掻き消すように青木は笑みを浮かべる。
「成功しますよ。絶対に」
自信ありげな彼女の笑みに、黒橋はゆっくりと頷く。その間にも艦橋からの報告は途切れない。
「間も無く敵艦隊射程内です!」
「ポイントまであと5分!」
「!……敵艦発砲。まだ射程外なのに!」
慌てるクルーを落ち着かせるように、黒橋はウイングから指示を飛ばす。
「どうせ当たらんから気にするな。とにかくポイントまで敵を誘い込め!」
緊張感を増す艦内とは裏腹に、青木は落ち着き払っていた。
目をつぶり、深く深呼吸をしながらその時を待っていた。
雑音が消えて行き、波と風の音がクリアに聞こえる。
その音の先に見える
「……ポイント到達!」
クルーの報告を聞き、青木はやさしく微笑する。
「照明弾、発射」
待ち望まれていた合図がようやく打ち上がる。
反撃の狼煙だった。
直後、海賊艦隊の外周に20発の巨砲が降り注ぐ。
「8番艦、浸水発生。航行不能!」
「15番艦、被弾。損傷不明!」
「なんだ今度はどうしたんだ!?」
「5インチどころの騒ぎじゃないぞ。もっと……桁外れにデカイ!」
海賊艦隊は突如として降り注いだ巨砲に大混乱していた。
旗艦からは、小型艦をすっぽり包んでしまいそうな程に巨大な水柱がいくつも見えた。そのどれもが、これまでの戦闘で見てきた物とは全く異なっていた。
「……なんだ、これは……何が起こっているんだ……」
衝撃でたたらを踏みながら、大河原は誰にでもなく問いかけるが、答えはしばらく返ってこなかった。
第3射が来るころ、ようやく砲撃の正体が判明する。
「だ、大船長! 砲撃は……」
よほど信じられない、とでも言いたいのか、報告するオペレーターは言い淀む。
「砲撃は、なんだ!? はっきり言え!」
その態度が癪に障ったのか、大河原は大声で問いただす。
オペレーターはようやく、報告の内容を伝える。
「は、はい。砲撃は……
震える声で報告するオペレーターの言葉に、艦橋は静まり返る。砲声がやたらと遠くから聞こえてくるように感じられる。
「バカな……あり得ない。奴らが間に合うはずが……」
自身の作戦が、全く予想し得な形で崩壊しつつあることに、大河原は動揺を隠せなかった。目の前の事実を認識したくなかったが、いくら目をこらしても、味方がブルーマーメイド作戦艦艇では持ち得ない火力で嫐られている事実は変わらない。自身のパッドに映し出されている
「奴だ……こんな小賢しいことをするのは奴しかいない…………許さないぞ……」
怒りに震える拳に血が滲む。
生気の無い顔に太い血管がはち切れんばかりに浮き出る。そのまま憤死してしまいそうなほどの勢いだった。
「許さないぞ青木……許さないぞぉぉぉぉぉぉぉ!!」
大河原の絶叫が轟く。もはや誰にも止められない彼の怒りは海を震わせた。『まごじま』にも届くほどに。
自分に向けられた、明確な殺意を感じて身震いする。
誰がそんな殺意を向けたのかは、考えなくてもわかることだった。
「青木監督官……どうかなさいましたか?」
隣で重スキッパーの用意をする隊員の声が聞こえる。殺意はもう感じられなくなっていた。
「いや、なんでもないよ。用意を続けて」
隊員は腑に落ちないような表情だったが、そのまま準備に戻る。
「青木監督官」
自分を呼ぶ声に振り向くと、アサルトスーツに身を包み、重厚なタクティカルベストを装備した隊員たちが整列していた。
「敵旗艦強行臨検隊、準備整いました。いつでも行けます」
敬礼するのは『まごじま』の強行乗込班のメンバーと、ホワイトドルフィン特殊部隊隊員たちだ。もしもに備え、『まごじま』に残っていたのだ。
「わかりました。準備が出来次第、発進します」
「了解!」
答礼すると、隊員たちはそれぞれのスキッパーへ分乗する。
ふと鈍い砲声が聞こえ、解放されている艦尾格納庫のハッチから敵艦隊の方を見る。
黒煙を上げながら逃げ惑う艦を見据え、青木は静かに宣告する。
「これで、終わりにしよう……君も僕も、長いこと呪縛されすぎたんだ」
後に、『ナルガ島沖海戦』と呼ばれる戦いの最後の局面に達しつつあった。
2016年 11月13日 午前1時32分のことであった。
今度は1万字越えちゃった(白目)。
艦隊戦ってムズいですわ。両方の視点で書くのが特に……。
新シリーズの構想もあるので、最終話はなるべく早めに出したいです。