ハイスクール・フリート 海賊艦隊で大ピンチ!   作:みん提督

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最終話です。色々詰め込みました。




最終話 決着でピンチ!

フィリピン東方のナルガ島沖200kmの海域。そこは未だに大海戦の真っ只中にあった。

時刻は午前2時を回ろうとしていた。

 

 

「『ほたか』はなんとか航行できますが、傾斜が拡大しつつあります。現在排水作業中」

「『いもうとじま』航行不能。乗員が脱出しています」

「『ながしお』が浮上しました。かなりやられた様子です」

「『なぎさぎり』から発光信号、〘我、航行可能ナリ〙。マジか、あれでよく動けるな……」

「スキッパー、内火艇、機動ボート、出せるものは全部出して。全員助けるわよ!」

「もちろんです、艦長代理!」

10ノット程度しか速力は出ないものの、なんとか航行可能な『ちちじま』は、航行不能になった味方艦の救助に追われていた。

「千春、艦橋(ここ)頼める?」

「任せな」

サムズアップと満面の笑みで答える斉賀。

「ありがとう」

礼を言って、素早く艦橋から駆け出す。未だに砲声は止むことは無いが、こちらに向けられた弾は1発もない。学生艦隊サマサマだ。

甲板で直接救助指揮を執るべく通路を走っていると、インカムに通信が入る。

「艦長代理、報告が……」

駆ける脚を止めず、応答する。

「どうしたの?」

「『まごじま』から重スキッパーが出ています。敵艦へ乗り込むみたいです」

なるほど。学生艦隊に敵が引き付けられている間に敵艦を直接制圧するつもりか。この混乱に乗じるいい作戦だ。そう思っていると1つ、確実的な予感を感じる。

「まさか……」

駆ける脚を止め、インカムの向こうに集中する。予感が的中したことを確信する。

「はい、そのまさかです。突入隊を率いているのは……ウチの青木艦長です!」

目を丸くして思わず立ちすくむ。まだ無茶をする気なのか。という心配より不安が大きくなる。

「どうしましょう、援護しましょうか……?」

「……援護してる余裕はない。私たちは救助に専念しよう」

努めて冷静に、艦長代理として指示を出す。インカムを切り、改めて甲板へ駆け出す。

「全く、彩ってば……」

しかし、自分達には対抗する力は残されていない。彼女らが隙を作っている間に撤退するより他無かった。

そうわかっていても、歯がゆい思いは変わらない。落ち着かない心と、嫌な予感を押し込み、神余は自分の仕事を果たすべく甲板へ向けて駆け出す。

 

 

大型直接教育艦『愛宕』、『土佐』からの砲撃で混乱する敵の隙を突き、4隻のスキッパーが高速で近付く。

先頭の中型スキッパーに乗るのは青木2官(2等監督官)。その後方には銃手(ガンナー)操縦士(パイロット)、2人の搭乗者を守る防弾板と、防弾キャノピーを備えた装甲スキッパー2隻が続き、さらにその後方に最大10名の武装隊員を運ぶことが出来る輸送スキッパー1隻が追随する。

部隊は敵旗艦を直接制圧し、戦いに決着を着けようとしていた。

「思った通り、敵は『愛宕』に夢中のようです。」

青木のすぐ後ろを走る装甲スキッパー(2番艇)のパイロットが言う。波風のノイズを排する高性能マイク越しの、クリアな音声で答える。

「うん。でも、もし敵がこっちに気付いたら台無しだ。気を抜かないようにね」

「わかってますって。輸送スキッパーは必ず守り抜きます」

2番艇パイロットは笑顔で答える。部隊は低速の重スキッパーに速度を合わせているため、中型スキッパーも速度を落としていた。

つまり、敵の攻撃を受けた時に避けられる確率が低いということになる。

慎重に、かつ大胆に。それが作戦成功の要だった。

「もうすぐ敵艦隊外縁に到達する。総員、警戒を厳と成せ」

青木の指示に復唱する隊員たち。このままならあと10分もすれば敵旗艦に取り付ける。全神経を使って周囲の影に気を配る。後続の重スキッパーからも、緊張感が伝わってくる。

しかし、順調に進む作戦に想定外の邪魔が入る。

突入隊は突如、目映い光に包まれる。

「い……!?」

青木含め、全員が最大限に警戒していたつもりだったが、見落としがあった。敵艦隊外縁にもう1隻、フリゲートがいたのだ。

探照灯に照らされた直後、毎分3000発の発射速度を持つ機関砲から放たれた20mm弾が、突入隊に無慈悲に降り注ぐ

「各艇、回避運動! 敵艦の死角へ!」

命令を飛ばすも、一足遅かった。20mm機関砲は正確に目標を撃ち抜き、2番艇のフレーム、エンジン、そしてコクピットを破壊する。

「……!」

声にならない声が出る。迂闊だった、無警戒だったと後悔するより先に、後続のスキッパーへ指示を出す。

「3番艇は4番艇の前方へ、輸送スキッパーの盾になってください!」

「り、了解!」

残った装甲スキッパーと輸送スキッパーは機関砲の死角である敵艦艦首方向へ舵を取る。

一方の青木は、敵の注意を引くため、全速で敵艦の周囲を走り始める。

「僕が注意を引き付けます。その間に敵旗艦まで突っ切ってください!」

「無茶ですよ! スキッパー単騎で敵フリゲートとなんて……」

そう言う3番艇パイロットだが、迷っている暇はなかった。

「速く!」

「っ……了解!」

青木の言葉に、3番艇は発揮可能な最大速力を持って、敵旗艦の方へ向かう。4番艇もこれに続くのを見届けて、青木は敵艦艦尾で時間を稼ぐ。20mm機関砲の射角に入り、ジグザグ航行……したと思えばまたすぐに死角に入り。を繰り返し、時間を稼ぐ。

しかし、限界はすぐに来た。照明弾が次々と撃ち上がり、付近の敵艦が近付いてくる。夜のアドバンテージはもう効かない。レーダーに映らないほどの小さな艇とはいえ、これだけ照らされれば夜闇に隠れることなど出来ない。

「潮時か……」

幸い、輸送スキッパーがすり抜けたことはバレていない。というより青木の姿を確認して躍起になっているようだった。

フリゲートやコルベットが探照灯と照明弾で青木を炙り出していく。

とうとう追い詰められた青木は、いつの間にかすっかり包囲されていた。

「やれやれ、こんなに人気者になるのは久しぶりだな」

スキッパーのエンジンを止め、観念したように両手をあげる。しかし、降伏のジェスチャーとは裏腹に、敵艦の全ての兵器がこちらに向けられる。76mm砲に、20mm機関砲、機関銃まで見える。

砲はギリギリと不気味な音を立てながらゆっくりと旋回する。

無機質な鉄の筒の先には夜よりも暗い闇が見えた。

全ての武器が青木を捉える。

「……ほら、絶好の獲物だぞ…………」

今日だけでも何度目か分からない絶体絶命のピンチにも関わらず、笑みを浮かべる。

海賊たちからすればこの状況で笑うなど、理解不能だろう。

しかし、海賊たちは直後にその笑みの理由を知ることになる。

海賊の指揮官が腕を高々と掲げ、大きく振り下ろす。

「撃……!?」

が、合図は途中で途切れた。彼の座乗するフリゲートが被弾したためだ。このフリゲートだけでなく、包囲していた艦は次々と被弾し、夾叉弾、至近弾が途切れなく飛んでくる。

「ほらね、絶好の獲物だったでしょ……後輩くん(・・・・)たち」

包囲していた敵艦を攻撃したのは、小型巡洋直接教育艦『川内』と、教員艦『いさはや』率いる水雷戦隊だ。

「さすがは寺内教官。完璧なタイミングだ」

満足そうにする青木だが、彼女の仕事はまだまだ続いていた。

インカムを起動し、突入班に通信をつなぐ。

「そっちはどうかな?」

向こうからはテンション高めな声が聞こえる。

「お陰様で、今敵旗艦に取り付きました! 青木さんの囮、こうもうまく行くとは思いませんでしたよ!」

嬉しそうに言うが、あまり面と向かって褒められることでもない。乾いた笑い、もとい苦笑いを返して状況を伝える。

「こっちは寺内教官が何とかしてくれる。僕もすぐ敵旗艦(そっち)に行くよ」

スキッパーのエンジンを再始動して、アクセルを入れる。甲高い音と共にスキッパーは水飛沫を上げて疾走する。

「わかりました。こっちも何とか甲板を制圧して……あ!」

激しい銃声が聞こえた後、通信は途切れてしまった。

戦況有利とはいかないらしい。

「もしもし? もしもし! …………急がなきゃ」

アクセルを最大まで吹かし、リミッターも外して抑制された最大速力を優に超えて加速する。艇はどうなってもいい、間に合えばそれでいい。その一心でアクセルを回す。

「月島さんに怒られる……かな」

終わった後のことを心配する余裕は、まだ少しあった。

 

 

ものの1分も経たず、スキッパーは敵旗艦に到達する。既に銃撃戦が起こっているようで、爆竹のような乾いた破裂音が断続して響いている。スキッパーを乱暴に舷側に付けると、かけられているロープを登り、後部VLS甲板に降りる。

「これはひどいな」

後部VLS甲板は死屍累々の様相だった。しかし、いずれも海賊のようで、味方のそれは確認出来ない。

周囲を警戒しつつ、腰のホルスターに挿してある9mm拳銃を引き抜き、構える。

「一先ず味方と合流しなきゃ」

後部VLS甲板から一段上がった所にある飛行船甲板に登る。既に前線は格納庫から艦内に広がっているらしい。

艦内から聞こえる銃声を頼りに、艦内へ駆け出していく。

「こちら青木、敵旗艦に突入した。そちらと合流したい」

通信回線に呼び掛けるも応答はない。無機質なノイズが響くだけだった。

「敵の通信妨害かな。困ったぞ、どうやって味方と合流しよう」

ここまでは考えがあったものの、肝心の味方との合流方法は考えてなかった。通信が使えない状況を失念するミスを嘆く前に、この状況をどうするのかを考えることにした。

(無闇に艦内を探しても迷うだけ。敵と遭遇する確率も上がるし、それは避けたい。と、なると……)

通路を一つ一つクリアリングして、味方を探すしかない。合同訓練の時に見たタイコンデロガ級の艦内を思い出しながら、手探りで艦首の方へ向かう。

(そういえば、マップを貰うのも忘れてたな……こんな時に限って準備不足が目立つなぁ)

次々と失敗したことが頭に浮かぶが、それを気合いで押し返す。こんな時にこそ、弱気になってはダメなのだ。

思っていたよりも静かな艦内を、ひたすら艦首の方へ向かう。人気のない通路に違和感を覚えるも、順調に進んでいく。

武器は拳銃1丁で心許ない上に、敵中に孤立。敵がどこにいるかも分からず、マップも無しで右往左往。目的地への経路が合っているかも分からない。

角から顔を出す度にいやな汗がドッと流れる。何処から来るか分からない死の恐怖に、手先は震える。

味方どころか、敵にすら会わないまま、艦内を進んでいく。

そして、いつの間にか艦橋へ登るラッタルに辿り着いていた。

(出来すぎだ……)

思わずそう独白する。しかし、大河原がいるとしたら艦橋しかない。艦を振動させるエンジンの響きしか聞こえないことから、既に突入している味方もまだ艦橋には辿り着いていないらしい。

「行くしかない、か」

意を決して狭いラッタルを登る。すぐ先に敵がいないか警戒しつつ、最大限素早く駆け登る。やはり誰もいないことを訝しむも、今は好機と捉えるより他なかった。

とうとう艦橋最上部、つまり航海艦橋へたどり着く。銃を構え、照明が落とされた暗い室内へ飛び込む。

海賊の司令部要員がいると思っていた室内は、がらんどうで、人影はなかった。

計器類が点滅していたり、海図台には製図用具が転がっているのを見るに、使われてはいるはずだったが、肝心のクルーが見当たらない。

敵が複数いるものと思っていた青木は少し拍子抜けし、銃を下ろす。

その時だった。

「俺を探しに来たんじゃないのか?」

「っ!?……」

すぐ近くで知っている声が聞こえる。全身の毛が逆立ち、血液が逆流するような感覚に襲われ、冷や汗でシャツが濡れる。

声のする方に銃を向ける。瞳孔は開き、端から見れば冷静さを喪っているように見えただろう。

艦長席に座っていた男は、ゆっくりと立ち上がる。古風な軍服の上からもわかる細い体躯、痩けた頬に無機質な機械の右腕。しかし、それに見合わない鷹のような鋭い眼光を備えた男、大河原はゆっくりと振り返る。

「大河原……」

銃を握る手に、冷や汗が滲む。最後の戦いが幕を開けた。

 

 

「とうとう……ここまで来たか」

鋭い眼光で睨む大河原。それに負けじと睨み返し、銃を向ける。震える手を誤魔化すため、力を込める。

「なんだ、いたのか。気付かなかったよ」

平静を装っているつもりだったが、声は明らかに震えている。しかし、弱っていることを彼に悟られてはいけない。そこにつけこまれて喰われてしまうからだ。

「口は減らないようだな。よく我がアジトから逃げ出せたものだ」

感心するように言うが、表情は一切動かない。

「ギリギリだったけど、なんとかね。味方が来なかったら今頃死んでたかも」

少しおどけて言ってみる。相変わらず表情は動かないが、少しだけ眼力が強まった気がした。

「そうか。そのまま死ねば良かったものを」

殺気の籠ったそれは重く耳に響く。青木は気にせずに、またおどけて言う。

「君が殺したかったんじゃないのか?」

彼の瞼がピクリと動いた。図星か、それとも気に障ったか。

「相変わらず痛い所を突いてくる女だ。しかも俺の行くところ行くところ、必ず現れて邪魔をする。腹立たしい、不愉快だ」

機械仕掛けの右腕が軋む音が聞こえる。人工筋肉を収縮させる小さなポンプ音が彼の怒気を加速させる。

「俺の右腕がこうなったのも、お前のせいだ。何故俺がこんな目に合わなきゃならないんだ? 俺は英雄と呼ばれてたんだぞ。それがなぜ、犯罪者、テロリストとして追われるようになったんだ?」

不気味な機械音が響く。つい数時間前に身をもって体験した義手のパワーに身震いする。

「俺は英雄だったんだぞ。国からも表彰されて、雑誌の表紙にもなった。ブルーマーメイド(貴様ら)の手に追えない海上暴力団も殲滅した。その仕打ちが、これなのか?」

さらに怒気を増して行く彼の心情を表すように、爆音が轟き、巨大な水柱が上がる。どうやら『愛宕』からの砲撃が旗艦が布陣する艦隊中央まで届き始めたようだった。

だが、2人は砲撃も意に介さない。次の瞬間には41サンチ砲が直撃して無惨に砕けるかもしれない恐怖は、2人にはなかった。

青木はより強く銃を握り締める。

「君には同情もできないね」

冷たく、一言だけ言い返す。大河原は明らかに怒っていた。

「……そうだろうな。貴様のような国家の犬に、俺のような犯罪者の気持ちなどわからないか」

彼の拳が震える。顔面に浮き出た血管がはち切れんばかりに膨張する。彼の眼は、確実に相手を殺す異様な光を放っていた。

「そういう話ではないよ。そもそも君が戦争犯罪やったから捕まったって話なんだし、話をすり替えるのは良くないよ」

次の瞬間、銃声が響く。弾丸は音を置き去りにする速度で空中を侵犯し、青木の顔のすぐ横を掠める。

壁にめり込み、薄く煙を上げる弾丸。冷や汗が全身を濡らす。

「……黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ……黙れ!!」

錯乱し、銃を乱射する大河原。あまりに唐突な攻撃に虚を突かれ、避けきれなかった青木は右腕に被弾する。銃創からは、壊れた蛇口のように赤黒い血が溢れる。

「っあ……!?」

衝撃で倒れたのが幸いして、それ以上被弾することはなかった。コンソールの後ろに隠れるも、銃撃はしばらく止まなかった。

「やっぱり、イカれてる……!」

スカートを破って即席のヒモを作り、右腕の止血をする。強く縛り付けると、昂った体に痛みが走り、顔を歪める。

「痛っ……」

特大の脂汗を拭うと、コンソールの向こうから楽しそうな声がする。

「まさか死んではいないよな? 俺を追い詰めた女が、この程度では死なないよなぁ、えぇ?」

明らかに嬉しそうに言う大河原の声を聞き、痛みに苦しむ時間は無いことを悟る青木は、すぐさま反撃の意思を固める。

「あぁ……。残念ながら生きてるよ」

ある程度止血したものの、流血が止まらない右腕を労る暇はなかった。どうにかして次の手を考えなければならなかった。

(何か、何か無いか……反撃の決め手……)

小さなコンソールの裏から見える景色は狭い。有効な反撃が出来そうなアイテムは少なく、利き腕をやられたのもあって万事休すといった所だった。

その時、ゆっくりと歩み寄る足音がした。ガラス片を踏み締める嫌な音がする。

(まさか、近付いてる……?)

その予感は当たっていた。不気味に笑いながら、彼はゆっくりと近付いていた。

「いいのか、そんな所に隠れて? すぐに見つけるぞ。見つけて殺してやるぞ……」

とても正気とは思えない。手早くリロードする軽い音と、義手の機械音は恐怖を促進させる。

位置を悟られまいと移動する。最初に隠れていたコンソールの隣へ、体を見せないように這って行く。

(まだ弾はある。けど、利き腕がこれじゃ正確な射撃は無理。出たとこ勝負で決めるか? ……ダメだ、血を流しすぎて集中力も落ちてる……)

なんとか現状を打破しようとしても、絶望的な状況を噛み締めることしか出来ない。

「ほう、隠れ家を変えたか。だが、何処に行ってもわかるぞ」

重い靴音は変わらず、ゆっくりと近付く。血溜まりを踏みしめるベチャリという水音が響く。

(!……しまった、血痕か)

右腕から流れる血が目印になってしまうことまでは頭が回らなかった。

血を弄ぶ不快な水音が近付く。狭い艦橋で、死角を移動するのは直ぐに限界が来た。とうとう艦橋の角に追いやられる。

(まずいな……このままじゃ、殺される)

ひたすら目線に入る物が使えないかと思案するが、効果的な活用法は思い付けない。

だが、それ以上に目がぼやけるのが気になった。まさかこの極限状態で眠くなっている訳がないし、目を負傷したわけでもない。目を擦っても視界の違和感は消えない。

(なんだこれ……視界が……それに吐き気も……)

込み上げる不快感と、視界の違和感、そして吐き気。動揺と焦りが同時に押し寄せる。

(吐き気、視界不良、止まらない流血……まさか……!)

以前読んだ資料(・・・・・・・)で、これとよく似た症状を見たことがあった。そうだ、たしかこれは……。

「もう気付いているだろう? ……指定毒劇物52号、貴様らが"ゴーニー"と呼んでいる化学合成毒だ。それがこの銃弾に塗り込まれている。1時間もすれば、苦しみの内に衰弱死する強力な毒だ」

「っ!……やっぱり、そうか」

指定毒劇物52号。近年、海賊や海上暴力団などが裏社会で広く流通させている新しい合成毒物だ。単に新ヤク、合成毒と呼ばれ、特に決まった名前は存在しない。そのため、日本政府が名付けた52号という名前に因み、"ゴーニー"と呼ばれている。少量ならば覚醒剤としての効果もあり、裏社会で爆発的に広がっている違法薬物だ。

青木もブルーマーメイド隊員として、不審船を臨検した時に押収したことがあり、よく目にする薬物の1つだった。

いや、それ以上に彼女には因縁深いもの(薬物)だった。

 

「……4年前に、あの勝ち気で生意気な女(・・・・・)を殺したのもコイツさ」

体の芯がざわつく。不快な音を立てて心が騒ぐ。やめろ。

「ふふ、ふははは、お前の名を叫んで見苦しいったら無かったぞ」

宿してはいけない感情が沸き上がる。やめろ、こらえろ、いや無理だ。

「具合は良かったが、なにぶん五月蝿かったのでな。少し黙らせようとしたんだが、加減を間違えてついうっかり殺してしまった」

銃を握る手が震える。握りしめたプラスチック製の銃床にヒビが入る、銃創から血が勢いよく吹き出す、髪は逆立つ。やめろ、それではお前も同類だぞ。

「確か、そうだな。名前が…………山本エリカ……だったかな」

だめだ、あの邪悪は殺さねば。やめろ、いやだ、違う。

「う、うぅあ……あぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァ!?」

何かが弾けた。ぶちんと音を立てて、最後の防壁を崩す。残っていた全ての力を振り絞り、無我夢中で銃を構える。満足そうに狂った笑みを浮かべる男に向け、迷うこと無く、引き金を──

 

❨やめて❩

 

突如、脳内に響く優しい声。

一瞬時が止まったような感覚だった。

一言、たった一言だけ響いた言葉は、彼女の意識を引き戻す。

視界が晴れた。見えていなかった物が見える気分だった。

数秒にも、数時間にも感じる静寂は、1人の人間を復讐の鬼という呪縛から解き放った。

 

鼓膜が周囲の音を拾い始めた時、意識は覚醒した。

力無く銃を下ろし、呆然と宙を見つめていた青木の目に光が戻る。

不機嫌そうな大河原の声が聞こえる。

「思い留まったか、つまらん。そのまま俺を殺せば、お前も俺と同じになれたものを……相変わらず惜しい女だ」

白々しく言う彼の言葉は、あまり入ってこなかった。ただ、今自分が自分の意思で生きていることを自覚し、安堵していた。

「……ありがとう」

声に出して、謎の声にお礼をする。大河原は不思議そうにしているが、説明する義理はない。

「……さて、面白いものが見れると思っていたが、興醒めだな。毒の効果で死ぬのを待つ時間もない。今すぐ殺してやるよ」

義手と一体化した拳銃を眉間に突き付けられる。だが、焦りも恐怖もない。人生で一番の集中力を発揮していた彼女は、既に反撃の手段を考えていた。

「ふふ……」

「何が可笑しい?」

この状況で笑みをこぼすのは、気が触れてると思われても仕方がないだろう。

だが、そうではなかった。

「キミはまた負けるよ」

大河原の殺気が伝わる。だが、怯まない、震えない。

「負け犬の遠吠えか? 不愉快だな」

冷たい銃口が眉間に押し付けられる。慌てない。

「勝つ方法を思い付いたんだ」

引き金に力が加わる。チャンスは一度、数秒だけだ。

「もういい、悪足掻きはたくさんだ。……死ね」

彼の目が血走る。目の前で自分が殺す女に全ての意識を集中させる。

「わかった、死ぬよ」

青木は躊躇無く、自身のこめかみに銃口を押し付け、引き金を──引く。

「……は?」

次の瞬間、大河原の目には飛び散る血潮がスローモーションで写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大量の血を吹き出し、スプリングやパイプ、人工筋肉を撒き散らして倒れ込んだのは、大河原だった。

「な……に……が……起こっ……」

状況が飲み込めない大河原の目に飛び込んで来たのは、部品が飛び散り、崩壊する自身の義手と……したり顔の青木だった。

「人ってさ、想定外のことされると何も出来なくなるんだよ。強制的に不意が突けるのさ」

左腕で銃を構える青木。遅れてやってきた痛覚に悶絶する大河原の義手に2発の銃弾を撃ち込み、完全に破壊する。

「あ……あぁ、あ……がぁぁあぁぁぁあぁ!?」

声にならない悲鳴を上げる大河原を見下ろし、満足げに呟く。

「僕の親友兼恋人(・・・・・)を貶した罰だよ。甘んじて受け入れるんだね」

のたうち回る大河原、だがまだ衰えない眼力でこちらを睨み付ける。

「なぜだ……明らかに自分を撃ち抜いたのに…………なぜ俺が撃たれてるんだ……!?」

悶える彼の疑問は最もだが、1つだけ間違っていた。

「さて、なんのことやら。最初の銃声(・・・・・)は僕じゃないよ」

「……はぁ?」

目を見開いて驚く彼。しかし、直後にそのカラクリが明かされる。

「青木監督官! ご無事ですか!!」

声のする方へ、大河原も振り向く。そこには、アサルトライフルを構えたホワイトドルフィン強行乗込班の隊員がいた。

「うん、なんとかね……いや、完全に無事ではないんだけど……」

呆気に取られる大河原だが、すぐさま駆け付けたブルーマーメイド強行乗込班の隊員に捕縛される。

「海賊のリーダーを確保しました!」

「『愛宕』に攻撃中止を命令しろ、急げ!」

手錠をかけられ、押さえ付けられる大河原は観念したように静かに言う。

「……なるほど。最初の銃声はあのホワイトドルフィンのものか……俺は、敵の接近に気付かなかったわけか」

一瞬で味方の接近を察知し、タイミングをあわせて意識を自分に向けさせる捨て身の作戦に素直に感心しているようだった。さっきまでの野蛮な男と同一人物には見えなかった。

「今度こそ、キミの負けだ。もう2度と日の光を見ることはない」

流血が止まらない右腕を抑えながら、大河原を見下ろす。

「手厳しいな……だが、そうだな。もう流石に終わりにしよう。俺は疲れた」

彼と初めて会った時の感覚に戻っていた。犯罪者とは思えないほど礼儀正しく、好青年な印象があったあの頃に。

「そうだね。僕も……もうキミの顔は……見たく……ない……。永遠に……さよ、なら……だ…………」

意識が遠退く。そういえば毒を盛られていたんだ。全てが終わった安心感で、忘れていた吐き気と視界不良が一気に押し寄せる。

自分を呼ぶ声が遠くから聞こえた気がした。いや、実際にはすぐ近くの隊員の声なのだが、遠退く意識はそれを遥か彼方から聞こえる声であるかのように錯覚させる。

 

 

(ごめん、久美、千春、みんな。必ず帰るって約束、守れなくなるかも………………)

 

暗くなる視界の向こうに見える友の影に名残惜しさを感じる間も無く、視界はゆっくりと暗転した。

長くて深い、闇の中へ堕ちた感覚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたのは白い部屋だった。

(ここが天国かな……それとも地獄?)

白い部屋は殺風景というわけではなく、規則的な音を立てる大きな機器、無数のケーブル、簡素な棚やテレビが整然と並べられていた。

(この部屋見たことあるな……)

見知らぬ白い部屋ではなく、そこが病室だと気付くのにそう時間はかからなかった。数回、瞬きをすると視界はクリアになっていき、白い部屋の正体がわかってきた。

視覚よりも先に、聴覚が部屋の正体を見極めた。

ベッドの奥深くから響くスチーム缶の重低音。艦首が波を切り裂く音。

学生時代によく世話になっていた、氷川丸の病室だ。

 

「ふふ……生き残れたみたいだね」

 

白い天井に向けて、独り言を呟く。すると、それを聞き付けてか、ベッドの周りを囲んでいたカーテンが勢いよく開けられる。突然のことに驚くが、それよりも先に特徴的な泣き顔が目に写る。

「艦長……艦長……よくぞご無事で……」

よっぽど泣いていたのか、目を真っ赤に腫らしているのは艦橋見張員の関さんだ。

「関さん……ふふ、どうやら夢じゃないんだね」

その言葉を聞き、感極まって泣きじゃくる関さんは、何か意味不明なことを叫びながら何処かへ走っていってしまった。皆の所へ報告にでも行ったのだろうか。

入れ違いに、機関長の月島さんが入ってくる。

「ようやく目が覚めたな艦長。だいぶ寝坊したじゃねぇか」

「月島さん……心配かけてすまなかったね」

月島は気にするなと手をヒラヒラさせながら、ベッドの横に置いてある椅子に腰かける。

「その言葉は副長宛てにとっておきな。あいつが一番あんたを心配してたからな」

その言葉が、少し胸に刺さる。あれだけの無茶をして心配させたのだ。怒られるのは目に見えている。

「うん……そうだろうね。きっと、あの子はそうなるだろうね」

今回は彼女に負担をかけすぎた。彼女が来たら、まず謝ろう。

そう思いながら、体を起こそうとする。が、しかしうまく起きれない。腕に力が入らず、違和感がする。その様子を見かねて月島が手伝ってくれた。

「月島さん……ありが…………」

礼を言おうとした時、目覚めてから初めて見た自分の体に言葉を失う。

右腕が、なかった。

本来それが伸びているはずの肩には血が滲む包帯と、細かい管が数本刺さっているだけで、右腕は無かった。

絶句する青木に、月島はバツが悪そうに教える。

「……右腕は毒の回りが早くてだめだったらしい。毒の流れを抑えるためにも、切断するのはやむ無しだったそうだ」

目を逸らさず、コチラを見て答えてくれる月島に、青木は静かに礼を言った。

「……ありがとう、月島さん。……腕は、生き残った代償なんだね」

申し訳なさそうに俯いてしまう月島。整備班のキャップを深く被り、ただ一言呟く。

「すまない、艦長……」

「月島さんが謝る必要はないよ。僕が無茶しすぎたのが原因なんだし……」

そこまで言った所で、言葉は中断された。病室の扉が勢いよく開き、誰かが部屋に入ってきた騒々しい音が聞こえたからだ。

「ちょっと、ちょっと、ちょっと! 困りますって、病室にそんな慌てて入ったら」

看護学生が注意する声が聞こえるが、彼女(・・)はお構いなしにズンズンと足音を立てて部屋に入ってくる。

足音の主はカーテンを乱暴に開くと、青木の顔をじっと見つめる。

久し振りに見れたその顔に、自然と笑みが溢れる。

「久美……久し振りだね」

その言葉に、親友兼副長は一瞬、笑みを見せるが、直ぐに口を真一文字に結び、腕を大きく振りかぶる。

何をするつもりか、病室の誰もが察するが、止めることはできなかった。

全力を込めた平手打ちが、青木の頬に炸裂する。一瞬で時間が凍り付いたようだった。

最初に解凍されたのは看護学生だった。

「……いやいやいや、何してんすか、神余監督官!? 怪我人、それも3日間意識不明だった超重傷者に! 先輩だからと言って許容できるやつじゃないですよ!?」

騒ぎを聞き付けた看護学生たちがにわかに集まり始めていたが、そんなことはどうでもよかった。

彼女が自分をどれだけ心配してくれていたのか、どれだけ心細かったのか、どれだけ待っていてくれたのか。

文字通り痛いほど伝わったからだ。

生きていることを実感させてくれる頬の痛みが染み入る。

「ごめん、久美……」

心配させていたこと、無茶をしすぎたこと、怖がらせてしまったこと、全てに謝りたかった。

だが、今にも泣きそうなほど目尻に涙を溜めて、今にも崩れ落ちそうなほどに細く見える彼女の姿に、それ以上の言葉はかけられなかった。

「う、うぅ……う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

とうとう堪えきれずに泣きじゃくる彼女は、そのまま青木の胸に飛び込んできた。呆気にとられる一同を尻目に、強く、強く抱きしめる久美は、親友兼艦長の心音を捉える。

「……よかった……生きててよかった…………もうこのまま目を覚まさないんじゃないかって……怖かった……すごく怖かったの……」

最初は目を丸くしていた青木だが、静かに、静かに抱擁を返す。片腕が無い違和感など忘れて、2人で抱き合った。泣きじゃくる彼女の髪を撫でる。赤みがかったクセの無いキレイな長髪を撫でる。安心する、落ち着いたあの匂いがする。

「心配かけて本当にごめん。久美こそ、ありがとう。僕たちの家を守ってくれて……」

ひとしきり胸の中で泣く久美は唸るだけで、言葉になら無い声を上げる。

自分をこんなに心配してくれて、自分のために泣いてくれる。そんな親友兼副長の姿に、青木も釣られて落涙する。

看護学生や見舞いに来ていたクルーたちも、ホッとして顔を見合わせる。

 

 

こうして、ようやく戦いは終わった。長い夜は明け、暖かい日の差す方へ、艦は進む。

 

空は雲一つ無い晴天。凪いた海が、水平線の向こうまで果てしなく広がっていた。




最高傑作かもです、これ。

ともかくようやくシリーズ完結です。(正確にはエピローグあるけど)
僕としては初めてのシリーズ完結です。ここまで応援ありがとうございます。

新シリーズも是非、ご期待ください。
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