ハイスクール・フリート 海賊艦隊で大ピンチ!   作:みん提督

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エピローグ

ナルガ島沖海戦の終結から10日後(青木が目覚めてから1週間後)。横須賀市内の保安監督隊中央病院。

 

保安監督隊中央病院は、保安監督隊(ブルーマーメイド)の隊員、またはその家族が入院できる病院で、横須賀市郊外の住宅街から少し離れた山中にある。

その3階にある、高官向けの個室の一つに、ナルガ島沖海戦の一番の功労者にして英雄、青木彩2等保安監督官が入院していた。

その病室に、1人の見舞い客が来室しようとしていた。

ブルーマーメイドの制服に身を包み、波打つような黒の長髪を揺らす彼女は、病室の扉を静かにノックする。

「どうぞ」

部屋の中から聞こえる声に会釈しながら、見舞い客は入室する。

「失礼します」

扉を開けると、懐かしい笑顔が見えた。彼女は嬉しそうに手を振り、見舞い客に声をかけた。

「やぁ、久しぶりだね。宗谷くん」

「青木先輩こそ、お久しぶりです。……お元気そうで何よりです」

見舞い客……というのは、現在のブルーマーメイドの最高責任者であり、安全監督室室長を務める宗谷真霜のことだった。

 

 

「何もない部屋だけど、ゆっくりしていきな……っと」

体を起こそうとするが、まだ右腕が無いことに慣れず、体勢を崩す。

「青木先輩!」

真霜はあわてて彼女の身体を支える。ゆっくりと、青木の身体を起こし、ベッドを操作して起きやすいように角度を変える。

「ありがとう、宗谷くん……すまないね、君に手伝わせてしまって」

申し訳なさそうに言う青木だが、真霜は首を橫に振りながら言う。

「いえ、大丈夫ですよ、先輩。たまには後輩に世話を焼かせて下さい」

満面の笑みを溢す真霜に苦笑いを返し、ベッド橫の椅子に座るように促す。

「今回はまた大変な戦いでしたね」

「まぁね。でも、26年連れ添った右腕と別れるだけの価値はあったと思うよ」

右腕があった場所、今では肩から少しだけ根元が伸びるだけの右腕だった場所を擦りながら言う青木。

「……右腕は……残念でしたね」

いたたまれない表情を浮かべる真霜に少し申し訳なく思い、青木は笑って誤魔化す。

「君が気に病むことはないさ。仕方のないことだしね」

気にしないでくれと言っても優しい真霜のことだから気にしてしまうのだろう。いい後輩を持ったものだ、と改めて思う。

「それはそうと、久美たちには会ったかい?」

重くなった空気を軽くしようと、青木は話題の転換を試みる。

真霜は少し困り顔をしながら答える。

「はい。さっき病院のエントランスで……ついさっきまでお見舞いに来ていらしたそうですね」

真霜がお見舞いに来る少し前、久美と千春が仕事終わりにお見舞いに来てくれていたのだ。2人は入院中暇だろうからと、時間を見つけてはよく会いに来てくれていた。

「自分達の仕事はいいのかって、いつも言ってるんだけどね。もう僕もいい年だし、そんなに心配しなくたっていいのに」

やれやれ困った。というように身振りをするが、満更でもないことは緩んだ表情からすぐにわかった。

青木のペースに乗せられ、いつもの調子を取り戻した真霜はとある噂を思い出す。

「久美先輩といえば……勢い余ってキスしたって、本当ですか?」

瞬間、青木の動きが固まる。髪の毛の先まで意識が宿ったように逆立つ。ハリセンボンが膨らむ様子と似ていた。

「…………それ、誰から聞いたんだ……?」

突然、図星をつかれて分かりやすく混乱する青木。その様子を見て、真霜は堪えられずに吹き出してしまう。

「やっぱり! 本当だったんですね、ふふ」

自慢の後輩の可愛らしい笑顔なんて楽しむ余裕はなかった。脳内コンピューターはすぐさま噂好きなクルーを探るが、心当たりが多すぎて対象を絞れない。そもそもこの混乱状態ではまともに動作しない。

頭を抱えて耳まで赤くなる。

「いや、あれは事故というか、勢い余ってというか、テンション上がっちゃってというか……」

しどろもどろに謎の言い訳を始める青木。いつの間にか腹を抱えて笑う真霜に、それ以上は何も言えなかった。今世紀で一番大きなため息を付き、布団に籠る。恥ずかしさの余りそのまま消え入りそうな気がしてしまう。

そうして布団の中で悶絶していると、ひとしきり笑った真霜がいつものあの声で言う。

「学生の頃に戻ったみたいですね……青木先輩」

「……え?」

布団からまだ冷めない顔を出すと、優しい笑顔の彼女が見えた。

「青木先輩って、あの事件(・・・・)以来、ずっとあの事をを抱え込んでいて、まるで何かに取り憑かれているみたいでしたわ」

取り憑かれている。という言葉に心当たりがあった。あの狂気に駆られた義手の海賊のことだ。体を布団から出し、遠くを見つめる。

「あの頃は……ずっと心に錨が落とされていたんだ。重くて、錆びていて、それでいて大きな錨が。上げようにも海が邪魔していた。流れが強くて、上げられないんだ。そうこうしている内に、錨鎖まで錆び付いて動かなくなった。……もう、2度と上げられないと思っていた。あの海に囚われて、もう2度と航海出来ないと思っていた。…………でも、今は違う」

真霜は静かに話を聞いていた。

「その錨は……上げられましたか?」

真霜の方をちらりと見てから、さぁ?と前置きし、話を続ける。

「錨を付けたままでも走ることはできる。浅瀬を抜ければいい。錨鎖が伸び切れば、それで自由だ。不恰好でもなんでもいい。もう一度……外海を目指すのも悪くはないなと思っているよ」

話を聞いていた真霜は静かに頷く。

「なんて、よくわからない話になっちゃったね。このくらいにしておこうか」

適当に誤魔化すと、真霜と顔を見合わせて笑った。彼女とこんなに楽しく会話できるのはいつ以来だろうか。自慢の後輩との交流の時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

「あら、もうこんな時間ですね」

かなり話し込んだ2人。結局この日は時間の限界までずっと喋り混んでいたらしい。真霜が来てから3時間。あっという間の一時だった。

「ふふ、久し振りに会ってついつい話が盛り上がっちゃったね。今日の所はここまでにしようか」

お茶を一口飲みながら、青木もお開きにしようとした。

荷物を手に取り、制帽を被り直す真霜。

「じゃ、しっかり休んでくださいね、先輩。また今度」

手を振って病室の出口へ歩き出す真霜。彼女を手を振って見送ろうとするが、大事なことを言い忘れていたことに気づく。

「じゃあね。また今度……って、ちょっと待って宗谷くん!」

扉に手を掛けた所で呼び止める。真霜は不思議そうな顔で振り返る。

「はい?」

ベッドの方まで戻ってくる真霜に耳打ちする。

「近くに人はるかい?」

「いえ……いないと思います。このフロアに入院してるのは先輩だけなので」

青木の意図が読めない真霜は、混乱を加速させる。

「なら良かった」

ベッドの横にあるチェストに手を伸ばし、ノートとUSBメモリを取り出す。

「君にこれを託したい」

差し出されたノートと青木の顔を交互に見る真霜。

「なんですか、これ?」

青木は先程までのオフモードから、ブルーマーメイド隊員としての仕事モードに切り替えていた。その眼力に、真霜は身構える。

 

「ブルーマーメイド隊内のスパイに関する非公式報告書だよ」

「……は?!」

 

 

寄せては返す波のように、ピンチというのは去ってはまたやって来る。

大きな波がやって来れば、その次はもっと大きな波がやってくるものである。

 

しかし、まだその事は知る者はいない。まだ少し先のことだからだ。

 




不穏伏線エピローグでした。

これにて「海賊艦隊でピンチ!」は完結です。
今までの応援、ありがとうございました。

2月にははいふり二次創作、新シリーズが開始予定ですので、そちらの方もよろしく、お願いいたします。

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