「――重役出勤とは良い身分っすねぇ、『先輩』。それに決闘委員会じゃないのに我らがラウンジに何の用で?」
「セセリア、グエルは?」
その日、珍しい事に『先輩』が自主的に決闘委員会のラウンジに現れた。
いつもはグエル先輩に引っ張られて仕方なく訪れるだけなのに、珍しい事もあるものだと内心驚き――いや、これは何気に初めての出来事ではないかと驚愕する。……目的はいつも通り、グエル先輩なのは非常に気に食わないけど。
「……『先輩』の方からグエル先輩をお探しとは珍しいですねぇ。いつもはアウト・オブ・眼中、歯牙にも掛けてない癖に」
「偶には『僕』の方から挑むのも悪くないと思ってね」
……こういうのを大昔のアーシアンは『青天の霹靂』と呼ぶのでは?
「……え? マジで? 今まで一度も決闘挑んだ事無いのに? どうしちゃったんですか? 『先輩』。調子、狂うんですけど?」
この『先輩』こそ、アスティカシア高等専門学園における最強のパイロット――現在のホルダーであるグエル先輩を簡単に一蹴出来る規格外の中の規格外。
それなのにいつも無駄にレギュレーション違反して決闘の勝利を意図的に取り消しているせいで公式記録は0勝0敗――戦績詐欺も良い処である。
そんな『先輩』だからこそ、自分から決闘を挑む事は今まで一度も無かった。
やる前から結果が見えているのもあるし、学生でありながら『アナハイム・エレクトロニクス』代表という身分が『子供のお遊戯ごっこ』に混ざる事を自他共に許さなかったのだろう。
――そんな『彼』が自分からグエル先輩に決闘を挑む? あれ、これ本格的にホルダーとりに来た? 企業内バランスを自らの手で一変させに来たっぽい?
「……そんなに変かな? 今日の『僕』は」
「自覚、無いんですかぁ? いつもと違ったベクトルで間違いなく変ですよ――でも残念、愛しのグエル先輩は本日2回目の決闘ですよ。ヤる前からフラれちゃいましたね『せ・ん・ぱ・い』」
これはジェターク社と何らかの確執が生じたとセセリアは内心狂喜乱舞しながら確信し、自分から仕掛けようとして出鼻を挫かれた『先輩』を思わず嘲笑う。
何もかも自分の意のままに進める『先輩』にしては余りにも珍しすぎる間の悪さだ。これは此処ぞとばかりに嘲笑ってやるべきだろう。
「――そうか、それは残念だ」
何の感慨も無く、『先輩』は踵を返す。……自分から決闘を挑もうとしたのに、即座に帰っちゃうの?
「見ていかないんですか? 『先輩』」
「見なくても結果は知れている。今のグエルに勝てる相手はいないよ」
決闘委員会のメンバーが全員此処にいる以上、勝敗など解り切っているのは確かだが――グエル先輩は『先輩』にこそ全戦全敗だが、それ以外の相手とは全戦全勝だ。弱い訳が無い。
というよりも、あの決闘内容を見てなお侮るなら、眼球が本来の機能を果たしていないのか、脳みそが余程愉快な構造になっているのだろう。……それはそれとして、そのネタでからかうのはやめないが。
「やーだやだ、お熱い事で。そういうの、グエル先輩の前で直接言ったら良いんじゃないですか?」
「……? 言う必要ある? 此処で彼の事を一番評価しているのは他ならぬ『僕』だと思うんだけど」
「いや、それ、言わないと絶対伝わってない事っしょ?」
……こういう天才肌特有の省略言語? 肝心な言葉だけ言葉足らずって本当に自覚してないのかといつも疑問に思うのだが――。
「……そうか、そういうものか」
「やっぱり今日の『先輩』、おかしいっすよ。マジ調子狂います――いつもの胡散臭い『笑顔』、忘れてますよ? エラン先輩みたいで気持ち悪いっすよ」
「ああ、今日は別に良いさ」
そして今日の『先輩』はエラン先輩も斯くもという具合の無表情っぷりさが際立つ。
いつもは露骨で解り易いほど胡散臭い『笑顔』の仮面をしているのに――もしかして、これが『先輩』の素顔、なのだろうか?
何だか奇妙な違和感が付き纏い、胸に引っかかりを覚えつつも――これから去る相手をからかっても仕方ないかと、結果が決まり切った決闘に目を向ける。
グエル先輩のMS、ディランザが今回の決闘場に登場し、相手側のMSも現れる。
「――え?」
「セセリア、どうし――」
そのMSを見ると同時に声が漏れ、その奇妙な声に釣られて『先輩』も振り返り、今回の相手側のMSの姿を目の当たりにする。
「――『ガンダム』だと?」
誰よりも驚いた表情で、『先輩』すらも驚愕の声を上げる。
そりゃそうだ、何で『先輩』のMSじゃないのにあの『いつものフェイス』に似たMSが現れるのやら……!
「――あれ、『先輩』とこの企業系列のMSですか?」
「いや、公式記録では全機体廃棄処分になってるから他企業には一機も流れてない。――ロゴも見当たらない、今回の対戦相手は誰だ?」
「確か『転入生』で――」
ただやられるだけの対戦相手の情報は、あんまり興味湧かなかったからスルーしたが――。
「これより、双方の合意の元、決闘を執り行う。勝敗は通常通り、相手MSのブレードアンテナを折った者の勝利とする。――両者、向顔」
決闘委員会の一人にして今回の決闘の立会人、シャディク・ゼネリ先輩が取り仕切り――グエル先輩と対戦相手の顔が表示される。
どんな顔か、興味津々と覗き込んだら――何故か見慣れた面構え。って、お姫様?
「……ミオリネ・レンブラン? 何故――いや、これ『ガンダム』奪ったのか!? そういう馬鹿げた行動力は本当に父上にそっくりだよ! 元の持ち主は何をやってる!?」
「……『先輩』?」
どういう訳か、『先輩』はこの1の情報から即座に10の結論に至ったようで、天才特有の数段飛ばしの理解力に関心しつつ――そうじゃない、先程の熱を持たない完全な虚無状態から、いつの間にか、いや、いつも以上に感情的に高ぶっていらっしゃる? あの『先輩』が?
「――グエル、決闘相手の変更を了承するのか?」
『――了承する』
「あれま、お姫様じゃ相手にならないでしょうに」
「遊ばなければ瞬殺だが、確実に遊ぶだろうね。グエルの悪い癖だ。仕留められる時に確実に仕留めとかないと、逆に殺されるのにな――間に合うかな?」
「間に合うって、お姫様にMS寝取られた、元の『持ち主』さんですかぁ? 随分と間抜けなようで」
どうして、そんな顔をするのです? 名前も知らない、見もしていない相手に、期待すらしている……? あの『先輩』が、他人に期待!? そんな馬鹿な。見ているようでその実、何一つ見ていない『先輩』が――。
内心取り乱している最中に、決闘は始まり――お姫様は自らのビームライフルの発射の反動で倒れるという、無様極まる醜態を晒す。
経営戦略科のど素人が、MSをいきなり操縦出来る訳が無い。……目の前に『例外』が居るけど。
誰の目から見ても一方的に決着が付くだろうと予測出来る不甲斐無い挙動――でも、『先輩』には違うものが見えているようだった。
「グエルめ、前の決闘も相当遊んだようだね。――ディランザの限界性能を超えて動かせるようになってきたが、機体自身の限界は余り超えて良いものではない。そういう見えない負荷の積み重ねは一番肝心な時に裏切ってくるからね」
「随分と蘊蓄の深いお話で。ご自分の経験談ですか?」
「身構えている時に死神は来ないものさ、セセリア」
……どうも、いつもよりも発言が突拍子無く飛んでいて解り辛い。言わなくても伝わると勘違いしている全省略した途中の言葉を全て口にして欲しいのですけど?
「――遅かったじゃないか」
直後、警告音(アラート)が鳴り響く。
二人の神聖なる決闘場に、無粋な乱入者が現れた事を告げる。いや、これは――元の持ち主?
……どうして? 『先輩』は今、自分がどんな顔をしているのか、自覚してます?
どうして、待ちに待って待ち侘びたかのように口元を凄絶に歪ませ、期待するように、祈るように、何よりも確信するかの如く笑って――。
「――君にその『資格』があるのならば、やれる筈だ。見せてみろよ、お前の『力』を――!」
……決闘はその後、『先輩』の予言通り、一瞬で終わった。
お姫様の拙い操縦で完全に慢心し、冷静さを欠いた上でビームライフルを自ら破棄して愚直に突撃したグエル先輩のディランザに――『先輩』も斯くもという具合の11基の遠隔操作端末兵器が突如展開、あらゆる角度からビームを乱射し――完全に予想外の初見殺し、されども即座に反応して回避するも一瞬だけディランザの回避動作が鈍り、完全には避け切れずにブレードアンテナだけが消し飛ぶ。
「――前方集中の一斉射撃、即反応されて回避したのを見てからビットを回避方向に回り込ませて包囲陣形に移行、全方位からのオールレンジ攻撃――またもや超反応して回避したが、此処に来て脚部不安で一瞬だけ動作が鈍り、その唯一の勝機を見逃さずにブレードアンテナを撃ち抜いた。当初は連続照射で関節部を焼き切るつもりだったのだろうが、グエルの超反応超回避を見て、即座に攻撃プランを組み直したのだろう」
あの一瞬の攻防で起きたやり取りを、『先輩』は余す事無く解説する。
常人の理解が及ばぬ攻防を、さらりと当然の如く解説されても――。
――そして『先輩』は、その両眼から、涙を流していた。くしゃくしゃに顔を歪ませて、何よりも眩しくて何よりも尊いものを見たかのように――。
「――そうか、そうだったのか。既に終わっていたと思っていたが、まだ『物語』は始まってすらいなかったのか……!」
「……俺が、『水星女』に、負けた――?」
呆然と、グエルはコクピット内で呟く。
――負けた経験は数多にある。だが、今まで『アイツ』以外に負けた事は一度足りとも無かった。
――これは偶然でもまぐれでもない。この敗北は、言わば必然だった。
外見こそ『ヤツ』のMSを思わせ、しかし、ただのハリボテだと勝手に慢心し――唯一の対抗手段であるビームライフルを自ら破棄し、『ヤツ』の如き怒涛の遠隔操作端末兵器によるオールレンジ攻撃を前に脚部の動作が一瞬鈍り、その一瞬のタイミングでブレードアンテナをピンポイントに狩られた。
この脚部の異常は、無理な連戦の代償だ。ただでさえ最近は限界以上に酷使するせいで関節部の摩耗が激しく、機体改良案として指摘してあげているだけに――偶然とまぐれという言葉では逃げられない、必然の敗因だった。
――次の瞬間、決闘場の光源が消え、警告音が止め処無く生じる。
『警告、直ちに決闘を中止しなさい! 繰り返す! 直ちに決闘を中止しなさい!』
いや、もう決闘は終わっているのに今更、何で複数のMS――デミシリーズの戦闘特化仕様、フロント管理社の警備MS『デミギャリソン』が水星女のMSを囲むように現れる……!?
「フロント管理社……!? なんで――」
周囲のただらぬ雰囲気に、グエルは困惑するが――。
『学籍番号LP041、スレッタ・マーキュリー、『ガンダム』を使用した嫌疑で、君の身柄とそのMSを拘束する!』
……それはギャグで言っているのか?と、グエルは真顔で内心突っ込んだ。
普段から『ガンダム』を使用してその度に決闘を不成立させている『頭アナハイム』な野郎が、此処には常駐しているんだが!
「『ガンダム』? 違っ、これ、エアリアル――」
「銃を降ろしなさい! アンタ達の仕事はフロントの管理でしょ!? 此処は学校よ!」
水星女が困惑しながら否定し、ミオリネが気丈に抗議するも、当然聞き届けられず――。
……それは当然だ。彼等はこの学園を支配する存在の、直属の部隊。これに逆らう事は、ベネリットグループ全体を敵に回す行為に等しい。
『総裁の定めたルールは全てに優先し――』
『――邪魔。普段通り職務怠慢してろよ、粗製以下の塵屑共』
普段より3トーンは低い声で言い捨てて、『ヤツ』は唐突にこの決闘場に乱入し――ベネリットグループの意向に真っ向から逆らうという愚行を呆気無く犯した。
――それは一瞬の、されどもこれまでの決闘とは桁外れなまでに無慈悲で暴虐な蹂躙劇だった。
グエルの視点では、この暗闇に映える『虹色の光の粒子』が生じたと思ったら、水星女のMSを囲んでいた複数の『デミギャリソン』の頭部及び四肢が完璧に無くなり、地に無造作に転がっていた。
ビーム兵器で蒸発したのではなく、別の法則で一瞬で消滅したとしか思えない。説明出来ない恐怖が全身を貫き――それを成した『ヤツ』の今回のMSは。
「――『ヒゲ』!?」
何とも特徴的な事に、ブレードアンテナが額ではなく、口についており、まるでそれは白いヒゲを生やしているかの如き、どこか間抜けな様相になっていた。
「――綺麗……!」
一瞬だけだったが、そのMSの背中から生じた光の繭は、地球に生息するという『蝶々の羽』の如く舞い散る。
フロント管理社の軍用MSを一蹴した白いMSの肩には、『A.E』という特徴的なアルファベット文字が刻印されており――。
「――『アナハイム・エレクトロニクス』のエンブレム!? 嘘、何で『アイツ』が……!?」
隣のミオリネが信じられないものを見たかの如く叫ぶ。
――その白いMSは重力を無視したかの如く、跪くエアリアルの隣に軽やかに着地する。
股間という特徴的な位置のコクピット席から、パイロットスーツを着用していない制服姿のままの『少年』が現れ、白いMSは独りでに動き、掌に乗せた『少年』をエアリアルの掌にいる自分達の元に送り――。
「――初めまして。新たに『ガンダム』を駆る『少女(主人公)』よ。これから君の『運命』は激動の一途を辿る。『運命』は斯くも過酷で、誰よりも残酷に立ち塞がるだろう」
それはもう、スレッタの目から見てもとても胡散臭い笑顔で、その『少年』は演技じみた動作で仰々しく宣告する。
されども、少し前まで泣いていたのか、眼が少し真っ赤で、でも何故だか本当に心底嬉しそうな笑顔でもあって――。
「具体的には民間人なのに軍属にされたり、民間人なのに軍属にされたり、母が死んで父が冷凍刑で兄が指名手配されたり、民間人なのに軍属にされたり、特殊工作員として地球に送られたり、やっぱり民間人なのに軍属にされたり――」
「ひゃぃ!?」
メチャクチャ不穏な未来を告げて!?
隣のミオリネが「何でそんなに民間人から軍属が多いのよ!?」と即座に突っ込む。
「それでも抗うと決めたのならば――」
『少年』は片膝を立てて一礼し、この宇宙に対して堂々と宣戦布告する――。
「我々『アナハイム・エレクトロニクス』は、頑張る『少年少女』を全力で尚且つ全身全霊を籠めてダイレクト・サポートしますとも!」