「――フロント管理社代表。緊急時における新マニュアル、認可しますので新体制への即時移行をお願いしますね。仕事が早くて正確なのは良い事です」
「ありがとうございます」
「サリウスCEO、各フロントの防衛設備増強も認可しますので、早急にお願いしますね。予算は以下の通りに」
「了解しました。即座に取り掛かります」
ベネリットグループ総裁にして監査組織カテドラル総括代表であるデリング・レンブランの退場は、組織としての機能を不全にさせる最適の一手になる筈だった。
御三家を凌ぐ独裁者の一強体制は平時において余りにも強固で堅牢だが、一度崩せば何もかも呆気無く打壊する――デリング・レンブランを上回る『独裁者』が即座に台頭するなど、青天の霹靂も良い処だろう。
「あとニューゲンCEO、この書類は認可しませんので。空気読んで下さいね?」
「あら、とても残念ですわぁ」
「……ドサクサに紛れて『GUND-ARM』事業の解禁でも提案したのか? 手管が卑しいな」
臨時で『総裁代理』にして『総括代行』する『例外』が正式な形式を経ずに君臨する?
何を馬鹿げた事を。それにその『例外』は、自分と同じ年齢で、ビジネススーツすら纏わずに学生服姿でいる、ベネリットグループ傘下の一代表に過ぎない。……この自分の認識は、完全な誤りである事を認めざるを得ない。
(……一体、いつからだ? 御三家よりも――『アナハイム・エレクトロニクス』社の権勢が圧倒的に上回っている?)
確かに御三家に次ぐ新興の上位企業と目されてはいた。だが、最近の経営状況は激しく上下しており――今更ながら、全部デタラメのダミー情報だった事に気付かされる。
経営状況? はい、全部『嘘』です。実際の実績は御三家を遥かに凌ぐ一強状態です。
外部評価? はい、全部『嘘』です。正しく評価出来る存在が最初からいません。
MSの性能? はい、全部『嘘』です。既存の技術系統から著しく逸脱しています。
学園の姿? はい、全部『嘘』です。誰も本当の『彼』を知りません。
本当の姿? はい、全部『嘘』です。過程と結果が一切全く結びついてませんので。
――『コイツ』は、存在そのモノが『嘘』、全部『嘘』、全てを『嘘』にする、規定の定規で計れない、悍ましき『何か』であり――。
「あ、ジェターク社からの我が社のAI技術提供依頼、却下で! 拡散しねぇって言ったでしょ」
「あらあら、其方も随分と図々しいようで?」
『彼』という巨大過ぎる虚像を、ベネリットグループの上位企業に連なる代表達は長い月日を経て、手探りで測りながら朧気ながらも実像の輪郭を悟り――此処に集う大人達が魑魅魍魎の集まりである事を強く自覚させる。
「ああ、忙しくて忘れていた。――シャディク、報告があるんだって?」
興味無さそうに、『彼』は自分に視線さえ向けない。
周囲の大人達の視線が――敵意、憎悪、殺意、からなる負の感情のオンパレードが――自分に突き刺さる。
「ええ。――反スペーシアン組織『フォルドの夜明け』に対する潜入調査の報告です。以前から不明瞭な資金の流れを独自調査しており、皆様方に置かれましては誤解を招く真似をしていた事を深く謝罪します」
自分の白々しい言い訳に対し、誰も言葉を口に挟まない。誰もが自分ではなく――『彼』の一挙手一挙動を一つ足りとも見逃さないように集中している。
『彼』は相変わらず視線一つさえ送らず、1枚のコインを取り出し、指先から指先へと転がしながら遊んでいた。
「それで、成果は?」
「はい、宇宙での仮拠点はもぬけの殻でしたが、余程慌てていたのか――『フォルドの夜明け』が『プラント・クエタ襲撃事件』で使用していた無人MSを1機押収しました」
「――型式番号『EDM-GA-01』ガンダム・ルブリス・ウル、『EDM-GA-02』ガンダム・ルブリス・ソーンでなく、『EDM-GB』ガンヴォルヴァ1機でお茶を濁すんだね?」
一切感情の籠もってない虚無の瞳が、シャディクの欺瞞だらけの眼を射抜く。
……機体名どころか型式番号さえ正確に把握しているのは、幾らなんでもおかしく、何一つ説明が付かない事象だが、指摘出来る者など存在しない。
「これは関係無い話なんだけど、コイントスで10回連続で表が出る確率は0.1%程度だってさ――祈れ」
表が天使、裏が死神の絵柄のコインを親指で弾き、キャッチして開き――1回目は表。
無造作に2回目が振られ、また表。間髪入れずに投げられ、また表。裏が出た瞬間、どうなるかなど言うまでもなく――死神の鎌が、自身の首先に添えられている事を、シャディクは内心動揺しながら自覚する。
「昔の故事だったかな、うろ覚えだけど『もしもお前が天に愛されているのならば、今すぐ雨を降らせて天が助命するだろう』だったかな。その故事では無情にも雨が降らずに首を切られたか、実際に奇跡が起こって雨が降ったか、てんで覚えてないなぁ」
静まり返る会議場にて、『彼』の声とコイントスだけが鳴り響き――。
「――凄いね、余程天に愛されているようだ」
生きた心地が一切しない。奇跡的に10回連続のコイントスで表が出て、この絶体絶命の窮地を運だけで乗り切る。
――極度の緊張から解放されて安堵した一瞬、『彼』は悪魔の如く嘲笑い、コイントスせずにコインを直接机に叩きつけた。
目の前の『魔女』が、運否天賦すらさせずに絶対的な確定死をばらまく大災厄である事を、思い出させる――。
「ああ、思い出したよ。実際に雨が降ったけど『予の裁定は天の采配より上である』という神をも恐れぬ傲慢極まる権力者の所業で終わっていたかな! ――さて、質問だ。この『私』はどんな権力者かな?」
指先はまだ退けてないので、裏か表かはシュレディンガーの猫が如く定まってないが――。
「――聡明で、賢明な権力者だと信じてますよ」
自分で笑えているのか、全く解らない。正解を口にしているのかさえ解らず――永遠に匹敵するほど長く感じる空白の秒数が流れ――。
「ガンビットの解析はペイル社に任せますね」
「……あら、宜しいので?」
「我が社は興味無いので。――言うまでもないですけど、このガンビットを輸送して本社でテロされたとか間抜けな真似はやめてくださいね? 笑い死んでしまいますよ」
興味を失ったのか、裏表を開示せずにコインをしまい――。
「嫌ですねぇ、うちはジェターク社じゃありませんのよ?」
「貴様等は我が社を何だと思ってるのだ!?」
「御三家のギャグ担当?」
「……よろしいので?」
シャディクが退出した後、サリウス・ゼネリは敢えて問う。
状況証拠を自分から差し出した時点で、証拠一つ無かった疑惑は確信に変わり――。
「子供のおいたぐらい、大目に見てあげるのが大人の度量というヤツですよ。――オックス・アースの亡霊との繋がりがあるハーフアーシアンの孤児を拾ってくるとは、養子の背後関係の精査はもう少し慎重にするべきでは?」
『彼』の痛烈な皮肉に「あらあら、なってないわねぇ?」「飼い犬の品種ぐらい確かめておくべきでは?」とペイル社の共同CEO達も煽るが、サリウスは無言を貫く。
「――いやはや、その『雑種』は優秀ですよ? 学園在住のフロント管理社と大変仲が宜しいようで。アーシアンなのに差別されずに溶け込んでいる『工作員達(ガールズ)』とか、気づかぬ内に融和が進んでいるようで感動しますね?」
予想外の飛び火がまたもやフロント管理社に飛び散り、フロント管理社代表は見るからに青褪める。
一難去ってまた一難、これ以上『総裁代理』にして『統括代行』の不評を買うのは何としてでも回避せねば――。
「……! 至急、学園の全社員を――」
「いえいえ、そのままで良いですよ。あの穀潰し共の責任問題は今回は問いませんよ。その『粛清対象』にフロント管理社は一切関与していない、ですよね?」
「……! 勿論ですとも……!」
反乱分子ではなく『粛清対象』と断言した時点で、彼等の処遇は既に定まっており――。
「――暫くは泳がせる、という事ですな?」
悪人面が板についた表情で、ヴィム・ジェタークはいつの間にか切られる立場となっている『養子野郎』の処遇を内心嘲笑う。
「ええ、21年前の尻拭いが初仕事とは気が進みませんがねぇ? ――未だに『GUND-ARM』を開発・生産出来る資本には興味ありますとも」
『当人』としては、従来の物語の流れから完全に逸脱してしまったなぁと残念がっており――役目を終えた役者は疾く退場して貰おうと残酷に判断する。
「今年の『ランブルリング』は楽しくなりそうですねぇ! ――せっかく主催者権限持っている事ですし、『天使(サプライズ)』ぐらい用意しますかな!」