――あの日の事を、何度も何度も夢見る。数えるなど億劫に思えるぐらい、何度も何度も――。
その『虹色の光』に拒絶され、消え逝く『貴方』を見る事しか出来ないのに。
必死に手を伸ばすも、握り込む手は空を切り、その『虹色の光』には永遠に届かないのに。
――そして最終的に、こう考えてしまうのだ。こうして出てしまった結論に対して、否定する材料を、俺はいつまでも用意出来ない。
あの『虹色の光』と共に、一緒に逝けたのならば――此処で終わっていれば、どれほど幸せだっただろうか、と。
俺は『貴方』の後継などと呼ばれたくなかった。言われる毎に、腸が煮えくり返っていた。その度に、『貴方』がもうこの宇宙にいない事を突きつけられて――。
――本当は、最初から気づいている。誤魔化しようのない下手な嘘に騙されているふりをしているだけで、何度も何度も『自分自身』に言い訳して、何度も何度も取り繕って――。
産まれた瞬間からこの胸を穿つ『虚無』を、再び自覚する。ぽっかりと空いている『無の暗黒』を強制的に正視する事になり、気持ち悪くて吐き気がして仕方ない。
それでも――『貴方』から受け取ったバトンが、その意味と理由すら把握していない、最期に託された想いだけが、俺の生きる理由であり――今日も俺は生きているふりをする。もうとっくに死んでいるのに。あの日から止まったまま、何一つ動けずにいるのに――今日も『空の人形』は、ゼンマイ仕掛けの螺子を巻いて『思い出の誰か』を演じようとする。
――桁外れの感情の流入に、ミオリネとグエルの意識が発狂寸前まで追い込まれる。
その感情の方向性が洪水の如く押し寄せ、一瞬にして既存の自分達を塗り潰して、即座に自分の精神は耐え難い精神的苦痛から自■を選択し――。
「……あれ、もう限界? この当時の『喪失感』と『自殺願望』はまだまだ序の口なんだけどなぁ」
小気味良い指鳴り音と共に、ミオリネとグエルは通常空間に戻され――とは言っても、先程まで居た一室ではなく、本棚の縮尺が著しく狂った『図書館』じみた一室のカフェの席に座らせており、その『超存在(目に見える異常)』は対面の席に既に座っており、『アナハイム・エレクトロニクス』社代表と同じ姿でカップに注がれた飲み物を不慣れな様子で啜っていた。
「バナージ君は案外丈夫だったんだなぁ――おや、飲まないのかい? 紅茶派でなくコーヒー派だったかな? 『司書』ちゃんが隠れてイチャイチャする場所を参考にしたけど、飲み物のレパートリーまでは考えてなかったなぁ。知識は一応あるけど実体験は0だから、其処は勘弁して欲しいなぁ」
自身の前に置かれたカップに目を向ければ、中の液体の色が不定形に変化している。……一応、法則性は直ぐに掴める。コーヒーと念じればコーヒーとなり、紅茶と念じれば紅茶となる。冷・熱も思うままらしく――ミオリネもグエルも、自身の正気を現在進行形で犯す存在に触れる気にはなれなかった。
「……おいおい、これは、どういう状況だよ?」
「SF(少し不思議)な『機動戦士ガンダムUC』からSF(凄く不思議)な状況になっただけだよ! 非常に些細な誤差だと思うのだが、どうかな? グエル・ジェターク!」
……止め処無く流れる冷や汗と共に『彼と姿形が同じだけの真正異形』に目を向ければ「お持て成しは難しいなぁ、注意事項を全部明記してくれないと不備が生じるのは当然かな?」と、目を合わせている筈なのに何も見ていない様子が窺える。
「……『アンタ』、『誰』? いや、『何』?」
ミオリネが振り絞って出した疑問に対し、目の前の『彼』は心底嬉しげに笑う。
あまりにもぎこちない演技じみた仕草で。人間でない『何か』が頑張って人間を演じているけど、素を隠し切れずに違和感だらけで曖昧さを隠し切れずに。
「『ニュータイプ』でもないのにその洞察力の高さは称賛に値するね! まぁ『ニュータイプ』の素養持っていたら勝手に永続的発狂するんだけどね? 気づいてはならない事に勝手に気づいてしまうって難儀な性質よね? ――御察しの通り、此処にある『私』は『彼』じゃないし、『彼』は未来永劫、『私』の存在を知覚出来ない。『彼』の無限転生に付き添っている『先輩(白い流星)』よりも望み薄だね!」
ケタケタと意味の無い言葉の羅列を心底楽しそうに並べて――最後に聞き捨てならない真実を口にする。
「――初めまして、ミオリネ・レンブランにグエル・ジェターク。此処にある『私』は……『亡霊』は偉大な先達に被るし、『補正』ちゃんの方が割りと真面目にマジ切れするから『迷子』とでも呼んでくれ。ああ、今代の『私』の名前呼びでも良いけど、今一『自分』の名前だと認識出来ないんだよねぇ。万以上あると把握し辛いんだよね! 千の無貌とかクトゥルフ的には格好良いけど、『1d100』の神話生物扱いとか酷くね?」
普段の『彼』とはまた違った胡散臭さで、自称『迷子』は屈託無く笑う。
……表面上の感情変化は、全部演じているだけの意味の無いダミー要素だとミオリネは切って捨てる。
それはそれとして、さらりと今までの考察を裏付けるかの如く、目を逸らしていた真実を最後に何気無く暴露してくるのは、情報量の過多で混乱が激しくなる。
「大本が同じだけの『超越存在(コズミック・ビーイング)』という処かな! 本来なら君達と関わる事は無いし、ましてや直接的干渉なんて大人気無いと個人的に思うのだけど、定期的に盛大にやらかしている『魔法使い』を見るに、間接的干渉ぐらいなら許容範囲内かな、と!」
時折『固有名詞』らしき単語が入るが、これだけは言える。――この自称『迷子』、『彼』より輪をかけてどうしようもない存在なのでは……?
「此処で必要知識を獲得してないと、状況が完全に詰んで面白くないんだよね! ……うーむ、言葉による対話って、やっぱり不便なものだなぁ。『ニュータイプ』的な交信なら一瞬で誤解無く済むのにもどかしくてまどろっこしいなぁ! まぁ逆に新鮮で面白いんだけど。――はい、こういう時の為に『補正』ちゃんにしたためて貰った『『迷子』の取り扱い説明書』! ゆっくり読んでね!」
そして『迷子』から手渡された――書かれている言語がまるで解らないのに強制的に理解させられて意味が通る謎文書をミオリネとグエルは恐る恐る目にする。
『――これを読んでいる人間へ。まずは御愁傷様。貴方達は宇宙一の不運を呪って良い。この不運から最速で逃れたいのならば、其処の『迷子』に絶縁状を叩きつけよ。宇宙の再編によって『迷子』の『端末』と関わり合いの無い、あるべき『正史』を辿れる。これまでの記憶を持ち越せるかは運次第だけど』
最初に書かれていた文面はお通夜の如く沈痛な面持ちの死刑宣告であり、次善策の意味合いは――とてもじゃないが受け入れ難い。
何をもって『アイツ』のいない状態を『正史』と捉えているのかは不明だが、迷惑極まりないとしても『アイツ』のいない状況なんて考えられない。
「酷いなぁ『補正』ちゃんは。自身も存在するだけで物理法則歪ませる『負の特異点』なのに『人?』をまるで『特級呪物』扱いしてさぁ! あ、ちなみに『正史』だとグエル、自分の親父、自分の手で殺しちゃってるよ! 親殺しが巣立ちの通過儀礼とは良く言うけど、実際に実行するのはちょっとねぇ?」
「はぁっ!? 一体どういう――いや、言わなくて良い。ちょっと黙ってろ!」
「えぇー? 黙ってろとか酷いー。もっと喋りたいー! ある事ない事本来の出来事とか色々暴露したいー!」
聞き捨てならない事を言われたが、グエルは即座に黙殺させる。思考に紛れを起こさせる雑音を、『迷子』から囀らせるのは危険だと感じる。
『――この『迷子』と関わる事を選択したのならば、以下の注意事項に留意する事。この『迷子』には幸運な事に人間としての感情・機微を先天的に一切持ち得ていない。永遠に未完成の終末機構に自発的な自由意思や明確な目的意識は基本的に無いが、『迷子』と繋がる『端末』から得られる情報は全て負の感情の極限である事を常々念頭に置く事』
……薄々と、目の前にある『迷子』がろくでもない存在だと勘付いていたが、これの『正体』に関しては絶対に探ってはならないものだとミオリネとグエルは無言で共通認識とする。
なお『迷子』の方は言葉に出してないのに「聞かれたら包み隠さずに答えちゃうよ!」と世迷言を言っている辺り、『ニュータイプ』特有の思考ジャックを常時行っている模様である。――それも、『彼』と違って悪意だけでなく、全て筒抜けなのが性質が悪い。
『――『端末』の来歴・経緯を確認し、来る最悪の未来図を把握したのならば、未来の演算出力のみに用途を限定すべし。ただし、大雑把な条件で出力すると大惨事となる。例題・世界平和にする方法』
目を通してから『迷子』の方に目を向けると、『迷子』はニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべる。――『アイツ』のが『頭アナハイム(初代)』の受け売りなら、『迷子』のはそれの更に受け売り、ならぬ、劣悪な劣化コピーであり――。
「全人類を皆殺しにすれば世界平和になるんじゃないかな! うん、君達の中にある世界平和の定義が『私』には今一理解出来ないけど」
『神様』に人間は理解出来ない――目の前にいる『迷子』は、人の形をしているだけで、過去永劫、未来永劫、対話の出来ない異次元の知的生命体であると再認識し――。
『――『悪用方法』、抜け道とか一杯あるけど大丈夫? それ『頭アナハイム』だよ? 用法用量正しく守り、一刻でも早く使い捨てるべし』
比較的まともな感性の持ち主による全身全霊の警告に、ミオリネとグエルは全力で感謝する。
「『補正』ちゃん、ひっどーい! そんな、散々使い潰してボロ雑巾のように捨てられるなんて、素敵な末路だね! ほらほら、遠慮無く頼って良いんだよ? 何でも叶えちゃうよ!」
「うっさい黙る! ……グエル、どうしよ?」
「とりあえず、やるべき事は理解した。理解したが、ちょっと頭の中を整理する時間をくれ……!」
次から次へと驚愕の情報が齎され続けたので、常時混乱状態のミオリネとグエルには一時的な情報整理の時間が必要だろう。
「まぁ此処での時間経過は現実世界とは異なるから、好きなだけ滞在出来るよ! やったね! 初代『機動戦士ガンダム』から『水星の魔女』まで全話見ちゃう?」
「――『水星の魔女』? いや、言うな絶対喋るな!?」
「えー、そんなー。感想ぐらい無限に言いたいのに! ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでも!」
「だ・ま・れ!」