デリング・レンブランの一人娘、ミオリネ・レンブランが『アナハイム・エレクトロニクス』代表に『決闘』を申し込んだと聞いた時は、ペイル社の4人CEOは「何が何だか知らないけど、新しい風が?」と対岸の火事を眺めるが如き物見遊山気分だった。
どう足掻いても『決闘』で『アナハイム・エレクトロニクス』代表に勝つなど不可能であるし、現時点でのミオリネの政治的価値は父・デリングの意識不明状態につき既に底値、利用価値など何一つ見い出せなかった。
何処ぞの『迷子』から風見鶏という評価を下され、梯子を外されたペイル社は完全に蚊帳の外となり、今回の『決闘』の一部始終を驚愕と共に見届けるしか出来なかった。
全ての判断を自社のAI『ペイルグレード』に依存している愚者に、突発的な『運命』に対する即応性などあろう筈が無い。
『決闘』後、即座に招集された緊急会議にて、ベネリットグループの上位企業の代表達は全員出席し――。
「ちぇー、勝ち逃げ出来なかったぜこんちくしょー!」
「……言うに事欠いて、第一声がそれか……」
清々しい笑顔で敗北宣言する『彼』に対し、グラスレー社CEOサリウス・ゼネリは深い溜息を吐いた。
ジェターク社CEOヴィム・ジェタークもまた疲労感を漂わせた顔となっており――自称空気を読む事に長けているペイル社CEOの4人は、今回の『決闘』の構図が『全企業を欺いて自分案のクワイエット・ゼロを成就させようと目論んでいた『アナハイム・エレクトロニクス』代表vs御三家のグラスレー社&ジェターク社と共謀したミオリネ・レンブラン率いる学生連合』という構図だった事を電撃的に悟る。
「え? 普通に『決闘』の結果には従いますの?」
それは情報過多に陥ったペイル社のCEOニューゲンが零した失言であった。
所詮は『決闘』など学生のお遊び、ベネリットグループの頂点、最高権力者である『総裁代理』にして『統括代行』の行動方針を縛る強制力とは成り得ない。
今の『彼』はルールを幾らでも捻じ曲げられる立場なのだから、後出しで『決闘』の結果を無効、もしくはルールを改変して『決闘』を無意味に出来る。
――確かにブレードアンテナは折られたが、数秒後には元通り復元し……『決闘』後のデモンストレーションを見れば、『総裁代理』が今回使用した規格外のMSはその性能を1割も発揮していなかったのは明々白々だった。
「まさか! 何処かの誰かさんじゃありませんし、神聖なる『決闘』の結果を自身の権力で覆すなんて恥知らずな真似はしませんよ?」
「ぐ、貴様ぁー!?」
その悪しき前例であるヴィム・ジェタークは「ぐぬぬ」と唸り、「何処かの誰かさんは相変わらず元気だなー」と『彼』は楽しげに揶揄する。
「はいはい、それじゃあ、楽しい楽しい事後処理の時間ですよ! ……うん、これ、真面目にどうしろと?」
笑顔から一転、『彼』すらげんなりとした表情で深い深い溜息を吐き、周囲を見回すが――全員「俺に聞くな!」と言わんばかりに、目を合わせないように無言で顔を背けた。
「……『総裁代理』との『決闘』の為に、ミオリネ様は文字通り『宇宙』の全てを動員するとはな。……最早、あのデリングすら到底及ばぬ所業。一体、『誰』を参考にしたのやら」
「とんでもなく悪辣で性格の腐った『悪友』を参考にしたんじゃないですかー? そういうのは全力で反面教師にして欲しいんだけどなぁ。……というか、よく協力しましたね二人共? 普段の貴方達なら子供の戯言扱いで取り合わないと思いましたが?」
「枯れ果てた老人と強欲な頑固者をも突き動かす『情熱』があった、とだけ――」
サリウスは笑いながら自身に責があるとミオリネを庇い立てし――。
ヴィムの方はと言うと「ふんっ、『何処かの誰か』の傲慢さが腹立たしかったから乗ったに過ぎんわ!」と自身の息子を直接庇い立てする。
今回の『決闘』において、デリング総裁が秘匿していた宇宙要塞『クワイエット・ゼロ』の無断使用により、宇宙議会連合所属の戦艦35隻、MS1500機+御禁制の量産型『GUND-ARM』が全て塵芥となり――無断借用して自戦力として投入したのはミオリネだが、一機残らず駆逐したのは『彼』である。
「ちなみに今回の最大の被害者である宇宙議会連合からは?」
「現時点では声明無しだ。……『貴様』らの『決闘』中は『クワイエット・ゼロ』による情報封鎖の真っ只中、連中は未だに状況をろくに把握出来ず、混乱の最中なのだろう」
そりゃこんな前代未聞の大惨事――自軍の艦隊及びMSがハッキングされて無断で戦線投入&スクラップ――誰も想定してないし、実際に起こったとしても現実として認識するには時間が余りにも足りないだろう。
「ふむふむ。……宇宙要塞『クワイエット・ゼロ』の現状を報告して貰えるかな? シン・セー開発公社CEOプロスペラ・マーキュリーもとい元ヴァナディース機関のエルノラ・サマヤ殿?」
本名を口にする程度には辛辣になっている『彼』に対し、超遠距離通信の回線が開かれ、宇宙服姿の仮面の女性、プロスペラ・マーキュリーが胡散臭い笑顔を浮かべていた。
『――はい、デリング総裁と隠れて共謀して建造した宇宙要塞クワイエット・ゼロですが……綺麗さっぱり無くなっちゃいましたね!』
それはもう語尾にハートマークが付いているようなうきうき具合で、実際に宇宙要塞『クワイエット・ゼロ』が粒子になって消滅する証拠映像を添えて返答してきた。
「……『ね!』じゃねぇよ! なぁんで宇宙要塞規模の建造物が綺麗さっぱり粒子分解して消滅してるんですかね!?」
『パーメットって不思議ですわ』
「専門家の口から一番聞きたくねぇ言葉だわ!? やっぱりサイコフレームとコーラルに比類するぐらいの厄ネタだよ!」
パーメットの専門家であるヴァナディースの魔女からも匙を投げられ――いや、同規模の危険物を常用してるのかよ、というツッコミを出来る者は一人もいなかった。
「『貴様』の『∀ガンダム』も大概じゃないか! 何なのだ、宇宙議会連合のデブリを瞬時に分解し尽くしたあの『月光蝶』とやらは!」
「外宇宙からの脅威を殲滅する予定だった、文明埋葬用の終末機構ですけど?」
「誰が本来の用途を答えろと言った!? せめてもう少し包み隠せ頼むから!?」
怒号と共に懇願するヴィムに「ちなみに最大射程距離は木星圏までですよ!」「聞いてないし、聞きたくもないわ!」「今回はデブリ掃除に活躍出来ましたよ、やったね!」と『決闘』後に『月光蝶』システムによって膨大なデブリを塵一つ残らず分解消滅させたデモンストレーションを思い起こして此処にいる全員が恐怖による身震いを起こした。
――『決闘』だからこそ、あの『∀ガンダム』はろくに性能を発揮せずに敗北したが、単機のMSが星系規模の戦略兵器持ち、これの脅威度など算出不能、理解の外である。
「はい、今回の事件を巻き起こした宇宙要塞『クワイエット・ゼロ』も宇宙議会連合の全戦力の残骸も消滅したので――宇宙議会連合のMS及び艦隊及び『GUND-ARM』が全損失した件ですが、事件性の無い単なる事故という事で片付けましょう!」
宇宙要塞『クワイエット・ゼロ』によるパーメットの強制介入は地球圏にも及び、その効果期間中はパーメットを用いた全ての装置が使用不能に陥っており――ぶっちゃけ宇宙議会連合は自身の全戦力が無断でアスティカシア学園に派遣され、全部消滅させられた事も未だに把握しておらず――全貌を逸早く把握した『彼』は全部有耶無耶にする気満々だった。
「……その言い分が通用するとでも?」
「賠償額が天文学単位になった時点で踏み倒す以外の選択肢なんざ無いんですわ。……全く、適当な口実で戦争吹っ掛けてから鏖殺する予定だったのに」
「宇宙世紀感覚で事を起こすな!?」
「えー? とは言っても、『私』の軍事感覚及び政治感覚はメイドイン宇宙世紀ですしー?」
ヴィムが何かに勘付き「まさか『貴様』の常識、宇宙世紀基準なのか!?」「そりゃ最初の物差しがそれですから」「捨ててしまえそんな地獄の中の基準っ!」と壮絶にツッコミが入る
ペイル社の4人CEO含む、全企業の代表達が疑問符を浮かべる中、サリウスだけは驚愕した顔で「そうか、そういう事だったのか……」と今まで感じていた些細な差異の正体を突き止め、憮然とした顔で唸るのだった。
「全戦力及び隠し玉も失った宇宙議会連合は泣き寝入りするしか無いですが、間違いなく後の火種になりますね、爆発確定な上に超弩級の」
『彼』が困ったもんだと溜息を吐き――常識外の出来事の連発で大分感覚が麻痺し、思考が停止していたが、この状況はとんでもなく我々にとって都合がよろしいのでは、とペイル社の4人CEOは気づく。
「――でしたら『総裁代理』の初期プラン通りに『解体』します?」
「企業より力の無い国家など、存在する意味が無いのでは?」
「今回の一件、見方を変えれば宇宙議会連合からの一方的な侵略なのでは?」
「理由なんてその程度で十分ですよねぇ?」
経緯はどうあれ、現状の宇宙議会連合の戦力は――人的被害は皆無とは言え、ほぼ全戦力を失ったに等しく、復旧の目処すら当分立たないだろう。
今ならば、あの宇宙議会連合でも、赤子の手を捻るように簡単に潰せるだろう――。
「あー、そのノリはもう良いです。AC世界で飽きるほど体験しましたから」
が、『彼』に呆気無く却下される。……おかしい、最大の仮想敵が隙を見せたと言うのに――。
「――大前提を語ってませんでしたね。今回の『決闘』は笑って御仕舞の喜劇です。大団円の後の悲劇なんてお呼びじゃないです。子供の『おいた』ぐらい、笑って背負うのが大人の役割ですから」
今回、ミオリネの仕出かした事は前代未聞にして人類史上最大規模の、歴史が変わるレベルのやらかしであり――最大勢力の戦力が一瞬にして全消失など、各勢力のパワーバランスが根本から崩壊し、最悪の場合は戦争の引き金になりかねない。
このままでは歴史に悪い意味で名が遺ってしまうだろう。――そんな事、絶対にさせる訳ねぇだろと『彼』は強く強く決意する。
「とりあえず、他の企業グループに囲い込まれる前に色々援助してやりますかねー」
「清々しいほどの『自作自演(マッチポンプ)』だな」
「はっ、流石は宇宙世紀時代からのお家芸と言った処か?」
「いやぁ、照れますねぇ!」
「褒めてないわ!」
ヴィムとサリウスも、ミオリネとグエルに賛同した瞬間から全力で泥を被る気概であり――ミオリネ一人を切り捨てれば済む話だろうと、納得の行かない者は離反の算段を即座に練り――。
「面倒な事この上無い、長期的な負債ですが、皆様のご協力を心からお願いしますね! ――ああ、諸々の機密情報を手土産に他の勢力に裏切ろうと考えてる皆様に置かれましては率先して『生贄の羊(スケープ・ゴート)』になって貰えるという解釈で間違ってないですよね? 何処かは敢えて言及しませんが、何処かは。一瞬で問題が片付くので『私』としては非常に有り難いのですが、そこらへんはどうなんですかね? ――ペイル社」
出荷される豚を見るような眼で、『彼』は反逆しようとしたペイル社の4人CEOを無感情に眺め――別にコイツ等切り捨てても特に問題無いかと判断を下す前に。
「まさか! 苦境の時こそ企業一丸となって協力すべきですとも!」
「そんな不届き者、我らベネリットグループに存在する訳がありませんわ!」
「『総裁代理』がどうして我が社を名指ししたのか、皆目見当も付きませんねぇ!」
風見鶏は空気を読んで即座に恭順の意を示す。ミオリネという魔女に絆された? その程度でこの『魔女』の本質は何一つ変わっておらず――。
「ええ、『私』の勘違いになったようで幸いです」
まじで死刑宣告下して『天使の缶詰(エンジェル・パック)』しようとする1秒前だった事を知るのは、リアルタイムで思考を読んでくると知っているヴィムとサリウスのみである。
と、その時、『彼』の懐から着信音が鳴り響く。会議中に鳴る案件は緊急性の高い重要案件であり――。
「おっと、失礼――は?」
「どうした?」
「宇宙議会連合から、ジェガン500機受注? え? マジで? どういう事だってばよ? 全額前金で振り込まれてる?」
此処にいる全員が「は?」と驚愕する。幾ら戦力を全ロストしたからと言って、通常の量産型MSより3~4倍高いジェガンを500機受注とか正気の沙汰かよ、と。
宇宙議会連合にとってもベネリットグループは目の上のたんこぶなのに、一体どうしてと混乱する中、誰よりも早く再起動した『彼』は即座に算盤を弾き――。
「パーメット製のMSの在庫処分に困っている皆様! 現在500機限定、通常価格で買い取りしますよ! 早い者順でお願いしますね!」