――ヘルメット内に汗が滴り、自身の荒い呼吸だけが響き渡る。
途方も無い疲労感に身を委ねる中、スマホ型生徒手帳から着信音が鳴る。
相手は――エラン、一番最初にアドレス交換した相手であり、『CONGRATULATION!』と短いながら単純明快な祝福の言葉であり――次々に着信音が鳴り響き、数え切れないぐらい無数の人々からのお祝いメールが止め処無く押し寄せる!?
「え? え? ミオリネさん!? 『アナハイム』さん!? なななななななんか、文字が、いっぱい!? いっぱい、文字がいっぱい!?」
『……何でメッセージ開放してんのよ? 登録した人だけ表示して』
呆れるミオリネの言う通りに操作すると、全ての人が消えて、エランだけのメッセージが表示される。
『――おめでとうございます、スレッタさん、ミオリネさん。我々の勝利です!』
その宣言と共に漸く勝利の実感が湧き『いや、何で『アンタ』が味方面して言ってんの!?』『やだなぁ、最初から味方じゃないですか!』と裏でやり取りがあったが、些細な事である。
『……ともかく、これでアンタの退学は無し!』
「じゃ、じゃあ、エアリアルもミオリネさんも、セーフ!」
『そ! ざまぁみろクソ親父!』
画面の先でミオリネは、今まで見た事の無い、爽やかな笑顔を浮かべ――この流れなら、言える、かも……!?
「よ、良かったね、ミオミオ!」
『はぁ!?』
「ごめんなさい!」
すぐさまいつものツンケンなミオリネに戻ってしまい、『何なのミオミオって?』と剣呑な顔で問い詰められる事になる。
「……友達、渾名で呼ぶの、リストの結構上の方、だったから……可愛くないですか?」
『却下、センスなさすぎ』
無情にも拒否され、スレッタは非常に悲しくなった。
『えー? 結構可愛いと思いますよ、ねぇミオミオさん?』
即座にフォローを貰うものの『うっさい『頭アナハイム』!』『酷っ、起訴も辞さない!?』と速攻で破棄された模様。相変わらずの小さな暴君っぷりである。
『……というか、『コイツ』には渾名で呼んでいるじゃない?』
「え? 『アナハイム』さんは、『アナハイム』さんじゃ……?」
『はい、皆の笑顔を作る『アナハイム』さんですとも!』
ミオリネは『胡散臭っ!?』とツッコミ、何か言いたそうな顔をしたが、面倒になって口を塞いだ。
『それでは諸々の事後処理がありますので、先に失礼させて貰いますね。お疲れ様でしたー! ……あ、暇見てまた訪ねに行きますので』
「あ……お、お疲れ様です。ああああのっ、ありがとうございました! 『アナハイム』さん!」
――通信を打ち切り、『彼』はコクピット内で大きな溜息を吐いた。
「――あれが『GUND-ARM』の完成形か。生命倫理問題を解決出来れば化ける技術だとは思っていたが、予想以上だね」
遥か彼方の後方、ライフル型コントローラーから『エアリアル』を覗きながら『彼』は様々な考察を巡らす。
この決闘における最終手段として『彼』が用意した最後の伏兵、それがミラージュコロイドを急造装備させたソレスタル・ビーイングの第3世代ガンダム――『デュナメス』である。オリジナルの太陽炉でなく、擬似太陽炉搭載だが。性能は特に変わらない。
最悪のシナリオの場合は、この機体の持つ超遠距離狙撃によってダリルバルデのブレードアンテナを直接折る予定だったのは言わずもがな、である。
「本当に最悪の場合だけどね。この機体の発見は無理でも、狙撃の痕跡は誤魔化せないし」
新たな『主人公』を信じる事と、保険を常に用意しておくのは別次元の話である。
事前の戦力分析ではグエル優勢、ヴィムCEOのサポートで形勢逆転したが、足場崩しで余り戦力を削り切れず、グエルの腕前が『彼』の想像を超えて成長していた事で出番が来るかと思いきや――スレッタ・マーキュリーは自らの力で運命を切り開いて見せたのである。
「特別なのは『ガンダム』か、それとも『パイロット』か――或いは『両方』か?」
身震いするほどの興奮に、『彼』はコクピット内で1人笑う。それと同時に、何も知らない彼女を送り込んだ『魔女』の思惑に思いを馳せる。
「――シン・セー開発公社に関しては暫く泳がせるしかないか。確実に『黒』だが、未だに底が知れないし、迂闊な接触も危険か――」
どうにも一筋縄ではいかないだろうと予感がする。
アーシアン系列の資本かと思いきや、それ以上のものを感じずにはいられない。『魔女』の背後にいる『亡霊』は思った以上に潜航出来るやもしれない。
「――諸々のプランの再構築、企業間への融資・取引内容にも修正が必要か。……詰まらない仕事は1日で切り上げないとねぇ」
今回の、突然の方針変更で『彼』の携帯端末には問い合わせのメールが――偶然にもスレッタと同じように――怒涛の勢いで通知されており、各企業代表への新たな方針説明が必要だろう。
徹夜で片付ければ何とかなるか、と一応の算段をつけ――最後に『エアリアル』の様子を見てから行動に移ろう。
――スレッタが機体の外に出て、グエルと会話している?
「決闘の実況はまだやっていたかな?」
スマホ型生徒手帳を操作し、決闘実況の動画を開く。すると――。
『――スレッタ・マーキュリー。俺と、結婚してくれ』
何がどうあって、そうなったのか、その過程も結果も『彼』すら解らないが。
あの『キング・オブ・ハート』以来の大胆な告白に、『彼』の腹筋は大激痛、暫く呼吸困難に陥って生死を彷徨ったとか――。
「――ご息女が決闘に勝ちました」
「そう、予定通りね」
スレッタ・マーキュリーの母、仮面の女であるプロスペラは部下からの報告を当然の如く片付ける。
全ては『魔女』の計画通り、だが、此処に一つだけ、予想だにしなかった異分子が介入している。
「『アナハイム・エレクトロニクス』との接触は――」
「いいえ、危険過ぎるわ。今はまだ、ね――」
『魔女』の手は多方に渡って伸びている。それはベネリットグループの御三家内部にも及んでおり、その情報網の深さは計り知れない。
だが、唯一、ベネリットグループが飼う偽りの『魔女』、『アナハイム・エレクトロニクス』社だけには及ばなかった。
シン・セー開発公社として業務提携及び技術提供すらしておらず――諜報関連の各種が他の企業と段違いに意識高く、差し込む隙間が全く無かったのだ。
迂闊に送り込めばミイラ取りがミイラになっていたとプロスペラは確信する。
――月のパーメット採掘事業を独占しておきながら、パーメット関連の技術以外を次々と開発し、独自の市場を開拓して業績を伸ばし続けている新興企業だが、その実態は謎に包まれている。
「男の子なのに『魔女』呼ばわりなんて、おかしな話よね」
「は? ……いや、ええ、まぁ確かに――この場合は『魔法使い』ですかね?」
「そんな可愛い存在じゃないわ――」
偽りの『魔女』――皮を剥いでみたら一体何が出てくるのやら。でも一つ言えるのは『魔女』以上に悍ましい『何か』であるのは間違いないだろう。
「『彼』が何の目的でスレッタに目をつけたかは知らないけど――」
化かし合いは『魔女』の本領であり――宇宙を巡る陰謀は、今日も人知れずに進行していくのだった。