――かん、こん、かん、こん、と、活気溢れる建築音が鳴り響く地球寮にて――。
「……なるほど、『私』が留守の間にそんな事が――災難でしたね、スレッタさん」
自身が留守の間に起こった――スペーシアン系列の女生徒2人の授業妨害に「とても遺憾です」と言わんばかりの表情で、『彼』は自身のスマホ型生徒手帳を超高速で操作し始める。
「……聞くまでもない事だけど、何してるの?」
「その二名を推薦した企業への融資及び取引内容を全部無効にしているだけですが?」
ミオリネはジト目で「やっぱりか」と呆れ、またしても何も知らないスレッタは「え? ……ええぇ!?」と驚愕する。
「……大人気ねぇ、其処までするんかよ……」
そのいけ好かないスペーシアンの女生徒をぶん殴った張本人――地球寮に所属するパイロット科1年のチュアチュリー・パンランチすらも、その容赦の欠片も無い対応にドン引きする。
世間慣れしていないスレッタは事の重大性を理解してないだろうが、これは企業の推薦でアスティカシア高等専門学園に入学した生徒にとって、死刑宣告より重く恐ろしいものである。
「殴られたらちゃんと殴り返してやらないと、うちが無抵抗主義だと勘違いさせてしまいますからね。割りと大切な事なんですよ。――彼女達を推薦した愚か者共には見せしめの為にきっちり責任取って貰いましょう」
ベネリットグループの上位企業に連なる『アナハイム・エレクトロニクス』にとっては幾らでも替えの効く取引相手だが、逆の立場の木っ端企業にとっては死活問題以上の緊急事態である。
その影響力を考えれば――社員全員が路頭に迷いかねない、最悪の事態であるのは簡単に想像付くだろう。何せ、今の『アナハイム・エレクトロニクス』は――。
「――責任を取るという事はですね、痛い思いをする事なんですよ。大人なんですから子供の尻拭いは当然してくれますよねぇ?」
各企業には『アナハイム・エレクトロニクス』が現在のホルダー、水星からの転入生、スレッタ・マーキュリーを擁護しているのは周知の事実だが、生徒達には若干浸透していない。……前の決闘での『地盤崩し』が『誰』の仕業なのか、簡単に想像付きそうではあるが。
「……しかし、良くぶん殴るだけで我慢しましたね、チュチュ先輩」
「……あぁん? 何が言いたいんだよ? 『社長』さんよォ――」
「MSで踏み付けて威嚇射撃くらいは許されるかと」
「いやいやこの『社長』過激すぎだろ!?」
生徒でありながら上位企業の代表という、誰からどう見ても『見える地雷』でしかない『彼』を全力で回避する事はアスティカシア高等専門学園の常識であるが、その『彼』の感性が非常識そのモノであるのは余り知られていない。……何せ、学園では特定の人物を除いて全く交友関係を築いてないから、発覚しようがないという二重の罠である。
「逃げ惑う姿を見て『ざまあないぜ!』って嘲笑ってやるのが礼儀ですよ!」
「何処の世界にそんな礼儀があるんだよ!? 性格悪すぎだろ……」
何の因果か、そんな『見える地雷』と関わり合う事になり、自寮に居座らせてしまった地球寮の面々は正直泣いて良い。……なお、何気に居座っているミオリネには、もう誰も突っ込まない。
「そ、そそそその、『アナハイム』さん! お、おっ、お騒がせ、して、すすすすすすみません!?」
「大丈夫ですよ、スレッタさん。何一つ問題無いですとも! ……いえ、逆に此方こそ申し訳無い。今回の件できっちりと『アナハイム・エレクトロニクス』社が貴女の背後にいると学園の生徒達にも周知させますので」
「流石に『メインカメラがやられただけだ!』は無理ですからねぇ。……あっ、制服の背中に我が社のロゴ付けてみます? 魔除けになりますよ!」「何処の呪いの烙印よ!? というか世間一般に『アンタ』の会社がどんな扱いされてるか自覚あるの!?」と、『彼』とミオリネはいつもの漫才を繰り広げる。
はぁ、と溜息一つ零し、ミオリネの視線が鋭く尖る。
「――何よ、推薦企業気取りでホルダーの座を手に入れたつもり?」
「そちらの方は全く興味無いので。二重の意味で罰ゲームじゃないですか、二重の意味で!」
「何で2回も強調しつつ私を見たっ!?」
激昂するミオリネに『彼』は小馬鹿にするように嘲笑い「あれれ、言わないと解らないですか? ミオリネさん。敢えて言わないのも優しさの一つだと思うんですけどねぇ」「コイツ……!」と、やっぱりいつものやり取りをして、蚊帳の外にいるスレッタは仲良さそうでちょっとだけ羨ましく見えた。……多分、目の錯覚である。
「諸々の面倒事は我々が全部処理しますので、スレッタさんに置かれましては存分に学園生活を堪能して下さいな。……割りと世紀末な治安環境ですけど、少しでも過ごしやすくしますとも」
有言実行、諸々の設備に不備が生じている地球寮のリフォームも『彼』の仕業であり、地球寮で行われる大規模な工事に「アーシアン風情が生意気だ!」と野次を飛ばそうとした生徒は、その業者が『アナハイム・エレクトロニクス』社だと知った瞬間、「うわ『アナハイム』だ!?」と回れ右して二度と近寄らなかったという。
「……それで、何が目的なの? スレッタに何をさせる気?」
「特に何も。推薦企業としての要望はありませんし、何かを強制させる気も無いですよ。現在も過去も今後もね――」
胡散臭い事、この上無い笑顔で『彼』は断言し、誰の目から見ても「絶対に何か企んでいるだろ」と信じて貰えなかった。余りにも当たり前すぎて当然である。こんな都合の良い戯言を信じるなんて、田舎者のスレッタでも無理があるだろう。
「――何だよ、金持ちのスペーシアン様の道楽ってヤツ?」
「他のスペーシアンから搾取した『泡銭』で食べる高級菓子の味はどうです? チュチュ先輩」
「最高に超うめぇ。やっぱ良い性格してんじゃん『社長』」
一瞬で打ち解けた『彼』とチュアチュリーであった。
ちなみに『彼』がパイロット科1年のチュアチュリーの事を先輩呼びしているのは、寮では先輩、という意味であり、本当の意味で地球寮に居座る気満々なのである。元々何処の寮にも属してなかったようだが――。
最初はチュアチュリーに「スペーシアンの成金が!」扱いで激突したが、「ルナリアンです」と迫真の自称で押し通した模様。
「地球寮の皆様だけでなく、スレッタさんも是非食べて下さいねー。……って、当然の如く食べてますね、ミオリネさん」
「何よ? 文句あんの?」
「いえいえ、全然。そういう空気を読まない傍若無人っぷりは本当に――」
「誰があのクソ親父と同じだって言うの! ぶっ殺す!」
見た事の無いお菓子を啄みながら、新たに出来た友人達と一緒に笑い合う。
――アスティカシア高等専門学園に来て、怒涛の展開で身も心も疲れ果てていたスレッタであったが、やっと訪れた、騒がしくも平穏な日常に心の底から安堵するに至る――。
「実際、本当に『泡銭』なんですよね。勘違いした企業からの融資が勝手に増えましたから」
「……そりゃ増えるでしょうね。傍から見たら、御三家からホルダーの座を見事奪い、一気にトップ企業として躍り出たんだから――」
あの決闘から――『アナハイム・エレクトロニクス』は、現ホルダーを擁立する、ベネリットグループ次期総裁の座に最も近い、御三家に匹敵する最上位企業として周知される事となる。
……なお、これ自体は『虎の威を借る狐』同然であり、『彼』が意図的にかつ作為的に演出したが故の勘違いなのだが――スレッタ・マーキュリーの最初の推薦企業であるシン・セー開発公社の事は、何故か目立ってなかった。
「――結論から申し上げますと、あの『魔女』は、GUNDフォーマットを使用していない、別系統の『何か』です」
『彼』とジェターク社のMSディランザとの数々の決闘記録を分析した結果、出さざるを得なかった結論に対し、彼女は不本意ながらも告げる。
「これまでのデータから、そう結論付けざるを得ないでしょうね」
「其処は最早問題無いのではなくて? あれが『天然物』なのか『養殖産』なのかはさておき――」
「ええ、そうですわねぇ、問題なのは――」
「彼が――強化人士4号があの『魔女』を打ち倒せるかどうか?」
ベネリットグループ御三家の一つ、ペイル・テクノロジーズはニューゲン、カル、ネボラ、ゴルネリの四人の共同CEOによる合議制であり――。
「……強化人士4号と、ファラクトならば――」
――勝てる、と断言したくても口に出来ない。
何十回、何百回と『彼』の決闘を分析したが、一つ一つが余りにも系統が違いすぎる決闘内容であり、情報量が氾濫しすぎていて逆に何も解らないという反転現象すら引き起こしている。
「本来ならば、強化人士4号にあちらの『魔女』を調べて貰いたかったけど――」
「『彼』に邪魔されるのはねぇ、ええ、率直に好ましくないわ」
「ジェターク社への反逆は実に見事なものだったわねぇ」
「わざわざ二の舞いを演じる事は無いわね。――でも、動かないと面白くないわよねぇ?」
……良くない話の流れに、彼女は口を塞ぎながら、自身の唇を噛み締める。
「ところで、ジェターク社のあの坊や」
「ええ、非常に興味深い戦闘データだわぁ。――正直、羨ましいわねぇ、あの『アナハイム』との戦闘試験」
個室の大画面に上映される『彼』とグエル・ジェタークの決闘映像――最初は何も出来ずに瞬殺されていたが、徐々に決闘時間が伸びていき――先日の本物の『魔女』との決闘では、『魔女』が操る『ガンダム』に一矢以上報いる結果となる。
「……この短期間でのグエル・ジェタークの成長速度は、当人の生まれながらの素質の高さを考慮しても、正直異常な数値かと――」
現時点で、強化人士4号と決闘した場合、ザウォートでは間違いなく勝てないだろうと分析する。
『ガンダム』であるファラクトを使えば絶対に勝利出来るという自負を抱いていたが、その絶対の確信すら揺らぐほどグエル・ジェタークの成長速度は余りにも異常過ぎた。
「それを引き起こしたのは、あの『魔女』との決闘」
「やはり闘争こそが人の可能性を切り開く最大の要因ではなくて?」
「現状において、敗北しても失うモノが無いのならば、躊躇う必要も無いわねぇ」
「まずは『彼』との『契約』かしらねぇ。手土産は何が良いかしら?」
4人のCEOの意思は、既に固まっており――。
「……私は反対です。強化人士4号への精神的負荷・肉体的負荷の両面が懸念されます。時期尚早かと――」
ただでさえ、あれが『彼』に抱えているものは、余りにも大きく――。
「その程度で潰れるようなら」
「GUNDフォーマットの有用性が完全否定されるわねぇ」
「『天然物』の『外来種』に劣る技術系統なんて」
「我々が投資する価値が無くてよ?」
結局は最初から結論が出ていた茶番であり、歪む顔を伏せながら、彼女は『悪魔』との『契約』に、判を押したのだった――。