「――ええ、そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」
その日、地球寮の生徒達は『悪魔』が契約を交わす瞬間を目の当たりにする事となる。
学園での生徒手帳型端末ではなく、自前の通信端末での通話を終えて、『彼』は凄惨に笑う。
「これで契約完了だ。――スレッタが負けた場合は『何もかも』諦めて下さいね、ミオリネ」
その『悪魔』は非情だ。足りない分を徹底的に毟り取り、全て以上を『天秤』に乗せる。
魂の代償を『天秤』に? 冗談、子供の遊戯じゃないのだから、魂を直接支払えと『悪魔』は嘲笑う。
「上等。『アンタ』こそ、抜かりなく、ね?」
「面白い冗談だね、誰に物を言っているのやら――」
この『悪魔』と『花嫁』のやり取りを一部始終見届けたマルタンは頭を抱えて「……あぁ、出来る事なら今日の記憶全部消し去りたい……!」「寮長、どんまいっ」と地球寮に所属するメカニック科3年のティル・ネイスに慰められていた。
「――それでは後は手筈通りに。皆様のご協力、宜しくお願いしますね? 『私』の予想が正しければ、間もなくスレッタさんとエランの決闘が執り行われる筈ですから――」
その『悪魔』は本当に万里を見通す眼を持っているのか、常人とは比べ物にならないぐらいの視野を持っている。
そして『彼』の言う通り、程無くして決闘の開催が通知され――。
「――は? グエルとエランの決闘? 何でこんな時に……!?」
ミオリネが驚愕の声を上げ、次に、全員の視線が『彼』に集中する。これも予想の内なのかと。『彼』はいつも通り、胡散臭い笑顔を浮かべ――。
「……え゛?」
……それはもう、見事なまでに「完全に予想外でした!」と言わんばかりの、心の底から出た困惑の声だった。
「……いや『社長』も予想外かよ!? どうすんのこれ?」
「まずいっしょ」
「ヤバいのでは?」
地球寮の生徒達が口々に言うのも無理もないし――。
「……か、仮に、グエルが勝った場合は――」
「全部御破算。そもそも『前提条件』に辿り着けないから完全にアウトだよこんちくしょー!?」
ミオリネの引き攣った問いに「もう笑うしかねぇ!」と『彼』自身も混乱の極致に達している始末。
「今回の試験区域にいつもの罠は!?」
「ねぇよ!? いっつもかっつも仕掛けてると思ったら大間違いだぁ! 『フロント外宙域』一点読みだったから何も用意してねぇ!」
ただでさえ『彼』との決闘で稼働時間を削っていたのだから、調整を挟んで本命との決闘なんて悠長な真似をするとは予想外も良い処である。
しかも、その相手があのグエルとなると「自殺したいの?」としか思えない。
「……ちなみに、どっちが勝つ?」
「ザウォートならどう転んでもグエル、ファラクト使うなら5.5:4.5でエランが若干有利。序盤で射撃武器を破壊出来ればワンチャン」
グエルの成長度は『彼』すら見誤るレベルであり、非常に危ういと『彼』は全力で頭を抱える。
「こうなれば、我々が出来る事は唯一つ。とっておきの策だ……!」
いつになく白熱する『彼』に「おぉ!」「まだ何か策が!?」と全員が期待し――。
「エラン頑張れええぇぇぇぇ!」
「策は策でも万策尽きてるじゃない!?」
ミオリネのガチ切れツッコミが炸裂し、地球寮は更なる阿鼻叫喚に陥るのであった。
地球寮での狂乱劇より、少し前の頃――。
「――悪いね。僕のザウォート、この前の決闘で整備中だから」
前回での決闘では、首を斬り飛ばされる程度で済んだので、四体満足で比較的軽傷ではある。
勿論、これはスレッタに『ガンダム』を持ってこさせる為だけの方便である。
「いいえっ、お手伝い、出来て、その、嬉しいです……!」
……結果的に彼女を騙す事に、エランは罪悪感を抱く。
自分と同じ立場なのに、彼女は不思議なほど人の悪意に鈍感であり――いや、他人との付き合いに全く慣れていない。
水星という環境ゆえなのか、それとも――?
「試験区域のチェックも、決闘委員会の仕事でね――主に『彼』、『アナハイム・エレクトロニクス』社代表の仕掛けを探す意味合いが強いけど」
「え? 『アナハイム』さんの? ……あっ」
恐らくは、グエルとの2回目の決闘での『地盤崩し』を思い出したのだろう。
……『彼』が度々試験区域に仕掛ける罠は悪辣で、発見したと思ったら本命を隠す為の偽装罠だったりするので、罠の発見及び撤去のイタチごっこは骨折り損のくたびれ儲けである事が多い。
「すすす、すみませんっ!?」
「君のせいじゃない。……全て『彼』が悪い」
ほぼほぼ無感情で済ますエランでも苛立ちが隠せないぐらいには、『彼』という存在は鬱陶しかった。
「――操縦、上手だね」
試験区域の巡回、エランはスレッタと一緒にエアリアルの中に搭乗し、彼女の全てを余す事無く観察する。
「いいいえっ、そんな……」
ただ、単純に試験区域を歩行する。そんな基本操作すらも驚くほど安定しており――熟練度の高さを隠せない。
「いつからこの機体に?」
「うぇ?」
「――君の事、もっと聞かせて欲しい」
半分は本音であり、半分は諜報目的である。その半分が、余分過ぎて煩わしい。
「――小さい頃から、ずっと、です」
「――ずっと?」
『GUNDフォーマット』搭載機に、小さい頃から、ずっと?
それがどれほど残酷で、呪われた事か、エランは知っている。乗る度に脳を直接かき乱されるような激痛を、何度も何度も味わった。
「辛かったり、苦しかったりは? これに乗る事が――」
「苦しい、というか、安心します」
――だから、彼女が何を言っているのか、まるで理解出来ない。
呪われた『ガンダム』に乗って、安心する? 一体何を言っているんだ――?
「子供の頃から、一緒だったから、エアリアルは私の大切な友達で、家族、なんです――おかしい、ですよね?」
彼女は、スレッタ・マーキュリーこそが、自分と唯一同じ境遇の強化人士で、彼女こそが自分を理解してくれる唯一の存在の筈なのに――またしても、脳裏に『ヤツ』が過る。
「エエエ、エランさん! 誕生日、教えてください!?」
彼女の言葉が耳に届かない。『ヤツ』は欠陥品の自分には見向きもしなかった。でも、彼女、スレッタ・マーキュリーには異常なほどの執心を示した。その理由は――。
「――お願いがあるんだけど」
「は、はい……?」
「エアリアルに、1人で乗ってみたいんだ」
――パイロットスーツのヘルメットを投げ捨て、両目を両手で覆う。
あの『男』が目をつけたのは当然だ。いや、むしろ悪魔的なまでに慧眼と言って良いだろう。
自分が彼女の事を同類だと誤解していた時に、この機体が『呪い』をクリアしていた事に勘付いたのだから――!
「スレッタ・マーキュリー、君は、僕とは違う……!」
彼女もあの『男』と同じように――違う存在で、自分という欠陥品を嘲笑うモノであると――。