――その日、ジェターク寮に入寮した生徒全てが一階ロビーに集められ――。
「――ジェターク社からの支援を全て打ち切らせていただきます。当然、此処も退寮扱いとなります。……お父上から伝言です、『卒業までの学費を払ってやるのはせめてもの情けだと思え』――以上です」
見せしめの如く、全員の前で僅かな手荷物だけを纏めた鞄を乱雑に投げ捨て、ジェターク社の社員は実の父親から勘当された御曹司に冷たく言い捨て、形だけの一礼をして立ち去る。
……当然の対応だ。父の言いつけを破り、会社に再び泥を塗ったのだ。勘当と追放は至極当たり前の事で、卒業までの学費を払ってくれる温情が残っていた事に驚くべきだろう。
「兄さんは、負けてなんか……!」
グエル本人は納得していたが、あの決闘の結果に誰よりも納得いかないのは、弟のラウダ自身であり――。
「――ラウダ、結果が全てだ。……ジェターク寮を、頼む」
その僅かな手荷物を拾い上げ、グエル・ジェタークは弟のラウダに全てを託し、ジェターク寮を後にする。
ジェターク寮に所属する全員がその姿を不安そうに眺める中、出入り口の扉が自動的に開き――その先には、それはもういつも以上に胡散臭い笑顔を浮かべている『アイツ』が何故か立っていたのだった。
「……何しに来た? 俺を笑いに来たのか?」
「君を笑いに――いや、『アイツ』の台詞はいいや。はい、四の五の言わずにこれにサインしてね!」
「は?」
最早有無を言わせずに押し付けた書類を訝しげに目を通すと、グエルの表情は歪みに歪む。
「――『僕』と契約して『アナハイム・エレクトロニクス』社のテストパイロットになってよ!」
「絶対に『NO』だっ!」
冗談じゃない、とグエルは反射的に却下し、ジェターク寮の生徒達全員が騒然とする。
「なっ、兄さん駄目だ! その『悪魔』と契約しては……!」
「やぁだなぁ、ジェターク寮の新寮長さんは。うちを『悪魔』程度と過小評価するの、やめて貰えません?」
「普通、逆だろ!? ……とにかく、誰が『テメェ』の世話になんかなるかっ!」
よりによって『コイツ』に援助されるなど、最悪過ぎて我慢ならない。グエルは頑なに拒絶する。
「えー? どうせ行く宛無いんでしょー? うちに来れば墓場まで安心だよー?」
「逆に安心出来ねぇんだよ!? ああクソッ、『テメェ』の同情などいらんっ!」
『コイツ』にだけは安い同情などして貰いたくない。例え家無しで明日をも知れぬ身であろうが、意地だけは捨てる訳にはいかないとグエルは虚勢を張る。
「同情なんてしてる訳無いじゃん。エランとの決闘に関しては詰めを誤ったね。まぁ『ゼロシステム』が無ければグエルが勝っていたと個人的に思うよ!」
「うるせぇっ、んな事は俺が一番――『ゼロシステム』? ……おまっ、『お前』まさか……!?」
「いやぁ、あんな欠陥システムを運用する会社があるなんて、思いもしなかったよ。きっと『頭ペイル』なんだろうね!」
エランの最後の異常な動きは回り回って結局『テメェ』の仕業かよとグエルは驚愕し、全力で頭を抱える。
まさかペイル社が自社以外の技術を導入する訳無いかと思ったが、ある種のフラグだったらしい。可能性を斬り捨てた過去の自分を殴り倒してやりたい……!
「――グエル・ジェターク、我々『アナハイム・エレクトロニクス』は貴方の事を高く評価しています。我が社との関係を深める絶好の機会です。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」
純粋に評価しているように思えて、後半は小馬鹿にしたような腹立たしい口調なのは何故だろうか?
「……本気で勧誘しているのか、馬鹿にしているのか、どっちなんだ?」
「えー、これ以上無いぐらいの熱意を持って勧誘しているのになぁ。仕方ない。此処はセセリアの助言に頼るとしよう」
「いや、明らかに頼る相手間違えてるから。嫌味と皮肉しか言わねぇだろ?」
あの人をおちょくる事に全てを賭けている意味不明の女の助言など頼って何を言うつもりか――。
「これは言うまでもない事だと常々思っているのだが、敢えて言おう――この学園で、グエルの事を一番評価しているのは『僕』だと自負してるよ」
……ちょっと待て。不意打ちでそんな事を言うのは反則だろう。弱り目に祟り目の状況でその口説き文句は駄目だろう――。
「それじゃ色よい返事を期待しているよ! 決心したら『僕』に連絡するか、地球寮に来てねー」
「……何で地球寮なんかに?」
「あれ、知らないの? 今の『僕』はスレッタさんと共々地球寮にお世話になってるよ! それじゃーねー!」
――ちょっと待て。今、聞き捨てならない事をさらっと言いやがったぞ!?
「はぁ!? なんでアイツと一緒にっ!? ちょっと待て『お前』!? 言うだけ言って勝手に去るなぁ! 詳しく説明しやがれっ!」
『――ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー……』
どうして、『この』自分は、満ち足りたように『鬱陶しい歌』を歌っているのだろうか?
目の前の『殺処分』という結末に、何の恐怖無く、満足そうに歌い続けているのだろう?
――『お前』には誕生日も無い。祝ってくれる者も存在しない。誰も『お前』の死を悼む者も無く、誰にも気づかれずに孤独に消え失せるのみ――。
こうなる事は解り切っていた事だ。それなのに何故、この結末を、羨ましく思うのだろうか――誰も、教えてはくれない。
『――ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデート――』
「――目が覚めた……!?」
「やっとかよ、寝坊助だな、『俺』?」
目が覚めると、其処にはペイル社が抱える『魔女』と自分の姿――いや、『本人』の姿が目に入る。
「……どうも?」
「おいおい、相変わらず暗いなぁ? 俺の代わりなんだからさぁ、もうちょっと明るく振る舞ってくれや」
「……どうして此処に?」
いつもの茶々を流し、エランは『本物のエラン』に質問する。
「慰問だよ慰問。ホルダーと決闘するんだろう?」
「……ああ、そうだったな……」
どうにも他人事のように呟いてしまう。
事前の記憶を辿れない。確かグエルとの決闘で――数多の存在しない記憶が怒涛の如く押し寄せ、生じた激しい頭痛に思わず頭を抑える。
「――おいおい、本気で大丈夫かぁ? あの『アナハイム』の曰く付きシステムを使ったって聞いたぜ?」
「……何だって?」
どうして其処であの『男』の会社が出てくる――?
「知らんかったのかぁ? 『呪い』のMSに『悪魔』のシステムだってよ。正直どうかしてるぜ」
あの軽薄そうな『本物のエラン』さえも気に食わないように、呆れ果てたように語る。
即座にペイル社が抱える『魔女』、ベルメリア・ウィンストンの方に視線を送る。彼女は深刻そうに顔を歪めて――。
「落ち着いて聞いて。……ファラクトに新たに搭載されたのは『Zoning and Emotional Range Omitted System』――『ゼロシステム』は、『アナハイム・エレクトロニクス』社から技術提供されたもので、超高度な情報分析と状況予測を行い、パイロットの脳に直接伝達する戦略インターフェースよ」
……少しずつ、思い出してきた。自分はグエルとの決闘で、一方的に敗れようとしていた。
だが、あの時に、脳に直接流れ込んでいた、脳を壊さんばかりの情報の渦。それこそが――。
「――『未来予知』が出来るって触れ込みだが、何が見えた? 本社の『試験台』は全部ぶっ壊れたって話だ」
その大半が、グエル・ジェタークに敗北する未来であり、何故か自身のコクピットを潰される未来も、幾つも存在していた。
其処から、自身が敗北する多くの未来を総合して逆算し――唯一つの未来に辿り着いたのが、今回の決闘の結果であるとエランは悟る。
その唯一無二の結果さえも、全部『彼』の掌だったと知り――何か、致命的なものが罅割れ、砕ける。
またしても『ヤツ』、あの『悪魔』の嘲笑う声が脳裏に木霊する――。
砕け散ったモノを燃料に、胸の奥で深い憎悪の炎が昏く燃え滾る。
「常時発動させてたらパイロットが確実に発狂死するから、外部からオンオフ出来るように改良したってさ。もっと根本的な問題を直してから言えってんの」
「……そう」
「……お前、本当に大丈夫か?」
此方の様子から、割と本気で心配する『本物のエラン』すら目に入らず、エランは両眼を瞑る。
「――見えたよ、確かに……」
だとすれば、あの『結末』は自身が辿る『結末』の一つであり――どうしてあんなに満足気に逝けたのか、それだけが何よりも不思議だった。