――コクピットの中が、赤く点滅する。
その色合いは、遠い記憶、昔の彼方に見覚えがあるもので――この灯火は、ああ、マッチの火だ。
瞬間、脳裏に過る、パンにマッチを一本立てて蝋燭代わりにして、此方を微笑む女性の姿――。
「……そうか、そうだったのか――」
それが誰なのかは解らない。けど、かつて、自分にも――。
『――ん、エランさん!』
幻影を掻き消して、誰かが自身に手を伸ばし――スレッタ・マーキュリーは、ビームの直撃で融解しかけていたコクピットから、自身を連れ出した。
『……エラン、さん。ごめん、なさい。怪我、無いですか?』
「……賭けは僕の事を教える、だったね」
急速に薄れいく意識の中、それでも――目の前の彼女には、何かを残したくなった。何でもいい、自身の灯火が消えて亡くなる前に。
「いたんだ。昔、誕生日祝ってくれる人――僕には何も無いと思っていた。けど、そうじゃなかった……」
名前も思い出せない誰か、おそらくは自身の母親だと思われる女性――。
『そんなの、おかしい、です』
「ぇ?」
『誕生日、祝ってくれる人、います。私もいます。――エランさんに何もないって事、絶対に無いです……!』
ああ、そうか。だから、あの自分は、あの『鬱陶しい歌』を口ずさみながら、笑いながら――最期に、それに至る事が出来て、自身もまた満足気に笑う。
「そう、だね。……おかしい、ね――」
『エランさん? エランさん! ――!』
瞼が落ちる。彼女の言葉も、もう届かない。
けれど、最期に得た暖かいものを胸に、使い捨ての人形は1人の人間として立派に逝けたんだと思う――。
「――お願いします、ニューゲンCEO! 4号には経験があります! 『ゼロシステム』を使えたのも現状では彼だけです! 今少し時間を――」
「使命を果たせない強化人士に次は無い。――貴女も解っているでしょ?」
ベルメリアはペイル社を統べる4人のCEO達に必死に懇願し、顔色一つ変えずに却下される。
「スペアはまだあるわ。早く次を用意する事ね」
「まぁ今回はまだ違う『使い道』があるのだけどね――」
このままでは4号は廃棄処分、秘密裏に細胞一つ残らず消滅させられる惨たらしい末路のみであり――予期せぬ『来訪者』が現れたのは、この時だった。
「――やぁやぁ、ご無沙汰しております。ニューゲンCEO、カルCEO、ネボラCEO、ゴルネリCEO」
その人の形をした『悪魔』は、アスティカシア高等専門学園の学生服を纏っており――。
「――『アナハイム・エレクトロニクス』代表。何故、此処に……!?」
「上乗せした『賭け金』の回収ですよ、ベルメリア・ウィンストン――ペイル・テクノロジーズが抱える『魔女』さん?」
『彼』は動揺するベルメリアを一瞥し「此方の『魔女』は随分と人情味があるようで」と皮肉げに笑う。
……今回の決闘において『アナハイム・エレクトロニクス』が一切関与しなかった理由、4人のCEO達と交わした『契約』が何だったのか、ベルメリアは電撃的に悟る事となる。
「大穴の一点買いによる徴収、『私』が2番目に好きな事です」
「あら、1番目は何かしら?」
「『賭け金』を支払わない愚者から全てを略奪する事ですよ」
暗に「まさか『契約』を反故したりしませんよねぇ?」と『悪魔』は凄惨に笑う。
「ふふ、怖い怖い」
「『契約』は勿論守りますとも」
「取り扱いには注意してくださいね、本来なら門外不出、外に出せるモノではありませんから――」
本来ならば、何が何でも秘密裏に処理すべき秘匿対象だが、『悪魔』が提示する『契約』は余りにも魅力的であり――結果としては『悪魔』の一人勝ちだが、廃棄予定の強化人士4号一体で済むなら余りにも安い代償だろう。
「やだなぁ、『アレ』は我々の研究資料になるんですよ? ――細胞の一欠片とて残る訳無いじゃないですか?」
その『悪魔』からの事実上の死刑宣告にベルメリアは膝を折り、顔を歪ませて項垂れる。もうこの時点で、4号に与えられる救いなどこの宇宙には存在しない。
事前に死んでいた方がまだ救いだったと、誰が考えようか――。
「そうね、それでは今後とも良しなに。我々以上の『人でなし』さん?」
「ええ、今後とも末永く宜しくお願いしますね。これからも『良き隣人』であらん事を」
「――これが今度の『実験体』かね?」
「――はい、資料では市民ナンバーも無い『元アーシアン』だとか」
「――なるほど、『例のルート』からか」
全てが白に包まれた手術室にて、白衣を身に纏った者達は運び込まれた『被検体』を眺めながら語る。
「肉体は無理な施術で限界寸前、精神もまた廃人寸前です」
「夢破れたりか……だが、この実験で生まれ変わるさ」
手術室には普通では考えられないほどの巨大な機材が所狭しと配置されており、主だった医師らしき『男』が機械のバイザーを装着する。
「生きていれば、ですが」
「まっ、そういう事だな。では始めようか」
手術室の中央の照明が光り――。
「……それで『社長』、このやり取り、必要ですか?」
「勿論必要だとも。『お約束』とはそういうものさ!」
――目が覚めると、見慣れない部屋の天井だった。
点滴の雫が落ちる音、消毒液の匂い、かすかに香るコーヒーの――五感の正常さに違和感を覚える。
「――ハッピーバースデー! 生まれ変わった気分はどうかな?」
「……『アナハイム・エレクトロニクス』代表……? 何故――?」
『彼』はいつもと違って白衣姿で、いつも通り胡散臭い笑顔を浮かべてコーヒーを啜っていた。
「――当初の『私』の見立ては『焼却処分された君をいつまでも待つスレッタ・マーキュリーの姿』だった。惨たらしい未来だけど、スレッタは君の内情まで至れない。すぐに5号が用意される。だから干渉する気は欠片も無かったんだ――強化人間は救えない、それが『私』の経験則だからね」
……『ゼロシステム』によって見た未来と、『彼』の言う『未来』が重なる。それは同じく『ゼロシステム』で見た未来だったのだろうか?
――そう、『彼』は自分に欠片も興味を抱いていなかった。明日には居なくなっているかも知れない実験動物程度の認識だった筈だ。なのに、何故――?
「――しかし、根底に沈んでいた欠片ほどの迷いを見抜いて、俺の背中を蹴り上げた者がいた。……参っちゃうね、『ニュータイプ』でもないのに此処まで俺の内面を暴く者がいるなんて。――感謝すると良いよ、足りなかった『賭け金』は彼女自身の安全と引き換えに捻出したものだからね」
晴れやかな顔で「君は興味無いだろうけど、あれは今の段階でも良い女だよ」と当人が居ないからか、素直に語る。
「――それで末期症状で肉体崩壊寸前、『ゼロシステム』で精神崩壊寸前の、何もかも手遅れだった君に何をしたか、そりゃ『何もかも』だよ。この宇宙で最たる『人でなし』は我々『アナハイム・エレクトロニクス』だからね。この宇宙での生命倫理を1000以上破ったんじゃないかな?」
悍ましい闇を宿した瞳で「死んでなけりゃ何とかなる算段だったが、割りとギリギリだったね?」と胡散臭く笑う。
「――『UG細胞』と、それを利用した『地球外変異性金属体』の再現体を『ゼロシステム』を使って施術するとかいう、本当に意味不明な事をしたからなぁ。事後経過がどうなるかは現状では未知数だよ」
他にも数多の人でなし技術を総動員したが、敢えて言うまでもないので「明日にはころっと死んでるかもしれないし、もしかしたら死ねなくなったかもしれないねぇ!」と茶化しておく。
――最悪の場合は、強化人士の死体だけでも良かった。
死体だけでも一定の知見は得られるので、スレッタ・マーキュリーに万が一の異変があった時に対応出来るようになるからだ。
強化人士4号だった彼は特別なのは『エアリアル』と断定したが、『彼』は両方だと睨んでいる。
まだ見えぬ未来の為に備えておくのは必須事項であり、『強化人間』にカテゴリーされているかもしれないスレッタ・マーキュリーに対する備えとして、何が何でも事前用意しておきたい事だった。
「――元の顔に戻す事も出来るけど、どうする?」
「……いや、このままでいい――」
その理由は敢えて問わない。野暮な話だろう。それぐらい『彼』も空気を読む。
なので、事前に用意しておいたタブレットを、彼の前に突き出す。
「それじゃ――伝統の『仮面』だね! どれが良い? あ、『最初』のと『グラサン』はオススメしないよ。うっかりぶち殺したくなるからね!」