「――突撃ラブハート!」
その日、地球寮にギターの音色と歌声が響き渡る。
地球寮の面々全員と、スレッタとミオリネが清聴する中、『彼』はギター片手に熱唱する。
――それは情熱的で、陽気で、力強い、激動の歌で、普段の『彼』からは考えられないほどの『熱』があった。
でも、不思議な事に、『彼』の歌はどれも世間では知られてないものばかりで、流行歌は滅多に歌わない。
この歌がどういうモノなのかは、アスティカシア高等専門学園の七不思議の一つである。
「……聞き慣れない歌だけど、まさか作詞・作曲も『アンタ』なの……!?」
「まさか、そっち方面の才能は欠片も無いよ。これはね、銀河に響く歌さ――」
ミオリネが訝しみながら尋ねると、『彼』はギターの弦の調子を確かめながら答えになってない事を答える。
「……また詩人気取り? センス無さ過ぎよ」
「今もあの『歌馬鹿』は銀河の何処かで歌っているから、そのままの意味さ」
……確か、以前にも『歌馬鹿』という単語を『彼』から聞いた事がある。何でも、有り得ない事に、『コイツ』が尊敬する人間らしい。
その『歌馬鹿』が本当に人間なのか、まず疑わしいし、『コイツ』が尊敬する人間という存在が最早想像出来ない。
第一、『彼』は大体の人間を見下している。ほぼほぼ眼中に入ってない。およそ人間らしい感情など持ち合わせていない。――それが胡散臭い笑顔と同じ『仮面』であり、根底は形容しがたいほど混沌としており、その人間性は恐ろしいほど劣化及び摩耗している。
「――『昔話』をしよう。それは俺が何度目かの絶望で心折れた時の事、自身の手の届く限りをついでに全部道連れにしようとした時の事」
「物凄く物騒な事をあっさりぶっこんできやがったよこの『社長』!?」
チュアチュリーが即座に突っ込んで、マルタンは「いや、普通に『彼』の手の届く範囲って、この宇宙全部になるんじゃ……?」と青い顔で慄く。
「――『そいつ』はね、そんな時に俺の目の前に現れた。何の予兆も無く、唐突にね」
ギターを弾き、『彼』は今の自分の心境を語るが如く、しんみりとした曲を奏でる。
「――そして『そいつ』がした事は、なんと、歌う事だけだった。……いや、まず最初に正気を疑ったね。普通は言葉による説得だろう? いや、その時の俺は聞く耳なんて全く無かったけど」
……どう判断したものか、眉唾ものの話になる。いきなり現れて歌い出すとか、どう考えても希少過ぎるタイプの変質者である。
「――最初に湧き上がったのは怒りだった。何故今更現れた。歌で一体何が出来る。この宇宙は歌のように優しくない。殺意を持って全力で撃ち落とそうとしたとも」
……そして、またもやツッコミたくなる事を言い出す。何で『彼』もMSに乗った状態なのか、指摘するべきか、しないべきか――。
「――次に湧いたのは困惑だった。歌い続ける『ヤツ』の『戦乙女』を、何度も何度も攻撃して、遂には撃ち落とせなかった。……限り無く全盛期に近い状態まで戻していたのに、『ヤツ』の歌を止める事は出来なかったんだ――」
……今回の話が与太話なのか、全く解らなくなった。
以前の話の『コイツ』以上のパイロットという存在が想像出来なかったし、『コイツ』が全力で撃ち落とそうとして出来ない、尚且つ歌いながらMSを操縦している?
いつぞやのグエルとの決闘で3時間以上も、グエルの攻撃を全回避して歌い続けたのは、その物真似なのだろうか?
「――いつの間にか涙を流していた。情緒がぐちゃぐちゃで、あらゆる感情が溢れて――後にも先にも、初めての経験だった。――『誰か』の歌声が、『誰か』の想いが、俺の心に響いたのは」
もしも事実ならば――『コイツ』の余りにも高すぎる精神的障壁を超えて届いた『歌声』に、畏怖を禁じ得ない。
多分、後で冗談、または与太話だったと開き直るだろうが、今の『コイツ』の表情は、そんな事を語っている表情ではなく――。
「――気づいたら、一緒に歌っていた。銀河の中心で、ひたすら歌い合った――」
……いや、どうしてそうなるの?とミオリネ及び地球寮の面々は内心突っ込んだのだった。
当人からすればそうじゃないだろうが、傍目から見て、凄いシュールな光景だろう……。
「――最後に、『そいつ』はいつの間にか居なくなっていた。来る時も唐突なら去る時も唐突。この胸に生じた数多の感想を語らう機会さえ無かった。……全く、もう少し『その宇宙でのファン1号』との語らいの時間を大切にして欲しいものだ。『彼』らしいと言えばそうなのだが――」
遥か彼方に飛び去った『鳥』に手を伸ばすかのように、『彼』は虚空に手を伸ばし、何も掴めない自身の拳を弱々しく握り締める。
「だから、俺の歌は『彼』への返歌だ。全部受け売りの、本物の輝きには未来永劫届かない、中に何も籠められてない、空虚なまでの贋物の歌さ――」
……何ともいたたまれない空気となり、また『彼』が空元気で誤魔化すんだろうなぁとミオリネは予想し――。
「贋物、なんかじゃ、ないです……!」
「スレッタさん……?」
「その、歌、に、余り詳しく、無いです、けど! その! 凄く、心がぽかぽかします!」
スレッタからの余りにも率直過ぎる感想に『彼』はぽかんとなり、ミオリネはいつもの剣幕で「いや、もうちょっと、こう、無いの!?」「ごごご、ごめんなさい!?」とおどおどと謝罪する。
『彼』は空っぽの右手を自身の胸に当てて――「……そうか、こんなにも簡単な事なのにね――」と、何かを噛み締めるように、淡く微笑んだ。
「――むむっ、なんかびびっと受信した! それじゃ新曲初披露! 題名は『祝福』だってさ!」
その後、その『祝福』を聴いて、スレッタが何故か泣き止まずに、泣いている当人含めて全員が困惑する事態になったのは別の話――。