「――情けない。御三家が結託しておいて数分しか時間稼げないの?」
「……いや、『君』達の常識がおかしいだけだ。とても、おかしい」
『白の戦乙女』での旅路は、それはそれは刺激溢れるものだった。
月の本社に缶詰になっていた『レイヴン』は外部の情勢に疎くなってしまったが、どういう訳か、あの『アナハイム・エレクトロニクス』社相手に大規模な妨害工作が仕掛けられるほど荒れているらしい。
……まぁ、だからこそ、こんな化け物じみた戦艦での出航になったのだろうが――。
「『社長』~、機雷設置されまくってますよー?」「何も問題無い、中央突破で。貞淑にな」「あいあいさー」
宙域を埋め尽くさんばかりの機雷原を、『白の戦乙女』は一切減速すらなく文字通り突っ切り――何度も直接接触して連鎖爆破したが、この貴婦人は無傷で突破してしまった。
「『社長』~、前方に所属不明機が10機ー?」「オールウェポンズフリー。遠方で観察しているヤツは優先的かつ徹底的に潰せ、塵1つ残すな」「了解、見敵必殺(サーチ&デストロイ)!」
普通は通信及び警告を入れるのが常識だと思うのだが、そもそも一切取り合わず、一方的にアウトレンジから殲滅して目撃者無しにするのは正直どうかと……。
ちなみに所属不明のMSは主砲で半数消し飛び、残りは誘導型の分裂ミサイルの嵐で消し炭となり、少し離れた宙域で観察員として派遣された者達は正体不明の大爆発で塵となった。
……目撃者は1人もいなくなったので事件性は一切無い。不慮の事故かな?
……MSの出番? そんなもの無いよ。最大数まで搭載しているようだが――。
「『社長』~、監査の連中っすよー」「ミノフスキー粒子散布して強行突破」「よーそろー」
臨時点検を名目に合法的に足止めしようとした監査組織の巡回を、高純度のミノフスキー粒子を散布して通信障害・電波障害を発生させ、『白の戦乙女』は悠々と通り過ぎる。
肉眼では捕捉しただろうが、凄まじい通信障害の為に通信記録は残っておらず、向こうの機器がほぼ機能不全に陥って全滅しているので映像記録も残ってないだろう。……果たして無事に母港に帰れるのだろうか、少し心配である。
斯くして、信じ難い速度でベネリットグループのインキュベーションが開催されるコロニーに到着し、『彼』は『レイヴン』だけをお供に連れて歩む。
「……ところで、これ――その、何?」
「何って、今の君の正装じゃないか、ネオ・ドイツの男『シュバルツ・ブルーダー』君!」
「……『黒の兄弟』とは、あからさますぎる偽名なのでは? あとネオ・ドイツって何?」
飾り気の無い青色の背広を着こなす『彼』は「いやぁ、UG細胞もといDG細胞繋がり、縁とは解らないものだわ」と、此方の服装を眺めながら必死に笑いを堪えている。
……地球に存在した国家の国旗3色の覆面に、灰色のトレンチコートという風体が正装? そのセンスには本気で正気を疑うし、そんなヤツを目撃したら爆笑必至だろう。
御三家の御曹司という立場で参加していたインキュベーションに、不審者同然の格好で護衛として参加する事になるとは、人生とは何が起こるか、解らないものである。
――会場に入る前に、奇妙な人集りに出くわす。
知った顔が1人、確かジェターク社の子息、グエル・ジェタークの腹違いの弟――ジェターク社の社員が包囲しているのは、仮面の女とその付き添いの男性であり――。
『――違います、エアリアルは、ガンダムじゃありません!』
会場の方面から、スレッタ・マーキュリーの声が聞こえる。
必死に弁明している声であり――逸る気持ちを抑えられたのは、横にいる『彼』から一瞬だけ漏れた殺気じみた気配に気圧されたからだ。
『――お母さん、お母さん!?』
助けを乞う娘の声を聞きながら、何一つ動じずに、余裕の笑みさえ浮かべている仮面の女を見て「……そういう事かよ、あの『ダブスタクソ親父』め――」と、普段より4トーンは低い声で呟く。
「……どういう事?」
「状況は既に手遅れ、全てあちら側の『魔女』の掌のようだ――結果論だが、様子見なんてせずに無言で叩き潰せば良かったな」
悍ましいほどの殺意を籠めて『彼』は呟き、途端、いつもの胡散臭い笑顔を浮かべる。
「あらあら、お久しぶりですね『アナハイム・エレクトロニクス』代表。――審問会での口添え、ありがとうございます」
「これはこれはお久しぶりですね、シン・セー開発公社CEO、プロスペラ・マーキュリー殿。――気にしないで下さい。無実の罪で告発されるなんて1人の大人として見てられないですからね! まぁ口添えを強制されたのに役目を果たせなかった『愚鈍極まる無能』がいたようですけど?」
『彼』が大人として庇ったのはスレッタ・マーキュリーであって、有罪確定の『魔女』については知った事ではないと言外に言う。
此方の接近に気づいて、周囲の者達を無視して会話する2人の『魔女』は、笑っているようで笑っていなかった。
「言い遅れましたが――いつも娘『達』が世話になっております」
「いえいえ、此方こそ世話になっていますよ。――実に興味深いですよ、貴女の娘『達』は」
娘『達』という言葉を聞いて、『レイヴン』は寒気が走る。それは、スレッタとエアリアルが、という意味なのか、それともエアリアルの中にいる『少女』達の事なのだろうか――。
これがスレッタ・マーキュリーの母――この『魔女』と比べれば、ペイル社が飼う『魔女』は実に人間味が溢れていたと見直さざるを得ない。
「――『アナハイム・エレクトロニクス』代表、何故此処に……!」
意図的に無視されていたラウダ・ニールが『彼』の存在を目視し、幽霊でも見たかの如く顔になる。
「こんな処で出遭うとは奇遇だね、ラウダ君。――ところでさ、こんな事を言うのは野暮な話だし、さっさと察してくれると助かるんだけどなぁ?」
「何をだ……!」
目の前の『魔女』との会話で醸し出していた殺伐とした空気とは違い、完全に小馬鹿にした口調で『彼』は嘲る。
「言わないと解らない? ――通行の邪魔なんだけど? 道というのは『格下』から進んで譲り渡すもんなんだぜ? ジェターク社のお子様」