「これはこれは、審問会以外で出遭うとは珍しいですね、ジェタークCEO。ご子息には日頃から大変お世話になっております」
「ふん、皮肉か?」
「いえいえ、本心からですとも。息子さん、良いセンスをお持ちで。我が社のテストパイロットに招きたいぐらいですよ」
とある総会――いつもの『審問会』にあらず――の帰り、ベネリットグループの御三家、ジェターク社をその剛腕で纏め上げるヴィム・ジェタークは一瞬たりとも同じ空気を吸いたくない『因縁の人間』とばったり遭遇してしまう。
――あの『アナハイム・エレクトロニクス』代表、自分の息子と同じ年齢ながら何もかもが異次元の怪物、公認同然の『魔女』――。
「良く言う。……貴様に壊されたMSの修理代、ただでは無いのだがな」
「これはこれは申し訳ございません。ブレードアンテナだけを叩き折れたら良いのですが、何分最近は更に出来るようになってましてね、将来が本当に楽しみですよ」
この得体の知れぬ『魔女』と契約を結ばざるを得なかったのは一生の不覚であり、されども齎される利益は被害額を遥かに上回るだけに切るに切れないあたり性質が悪い。
企業家としての理性は『彼』との関係をもっと深めるべきだと確信しているが、生物として根源的で生理的な嫌悪感はいつまでも拭えない。
「決闘での損失は本来考慮すべき事では無いのですが、そうですね、ジェターク社とは長年の『お得意様』ですし、何かしらの『便宜』でも如何ですかな? 私と貴方の関係です、気兼ねなくどうぞ」
何よりも一人の男、いや、一人の『親』として徹頭徹尾、気に食わない。
「ならば――」
「いい加減、諦めたらどうですぅ? グエル先輩じゃ相手になりませんって。見苦しいを通り越して滑稽ですよ」
決闘委員会の一人――嫌味を言う事にかけては右に出る者はいないとまで評される――ブリオン寮に所属する経営戦略科2年、セセリア・ドートはこの上無く憎たらしい笑顔で、無言で歩くグエルを煽る。
その腹立たしい顔など見るまでもない、とグエルは振り向く素振りさえ見せずに前に進む。
「それはそうと親が偉いと良いっすよねぇ、決闘での負けを何度でも帳消しにしてくれるんですからぁ、羨ましいなぁ。――『先輩』とはそういう契約なんでしょ? いやぁ、大人っすねぇ、汚い汚い」
……それは、薄々勘付いていた事だった。『ヤツ』は必ず決闘を不成立にさせるように立ち振る舞う。
十数回に及ぶ決闘は全て『ヤツ』が圧勝していながら全て不成立になったのは――おそらく、いや、確実に自身の父との何らかの取引があるからだろう。
――あの父が、決闘で敗北したのに関わらず、唯一度も叱責しなかった。会社の威信に泥を塗ったのに関わらず。
余りにも解り易く、同時に余りにも覆しようのない証明完了だった。
「皆が影でグエル先輩の事、何て呼んでると思いますぅ? ――親の権力のみで成り上がった『仮初めのホルダー』ですって! 考えたヤツは良いセンスしてますよねぇ! あっはっはっは!」
返す言葉も無く、無言で通り過ぎる。いつのまにかセセリアは居なくなり、思い詰めるグエルの傍らには同学年だが実の弟のラウダ・ニールが立っていた。
「……兄さん、今回の決闘は惜しかっ――」
「惜しくなんかねぇ……! 全部が全部、『ヤツ』の掌だっ!」
溜めに溜まった感情が一気に爆発し、グエルは顔をくしゃくしゃに歪ませて吐露する。
「1基目のドローンもどきを破壊出来た時点で、『ヤツ』は動揺一つ無くもう1基を分析の為だけに差し出しやがった。――調子に乗ってまた破壊してしまった時点でどういう理屈で軌道パターンを見切ったのか、『ヤツ』は完全に見抜きやがった……!」
これまでの十数回に渡る決闘の中、『彼』は多種多様のオールレンジ攻撃を好んで駆使してきた。
一見して変幻自在、当初は多彩過ぎてパターンすら掴めなかったが――その完全無欠過ぎる射撃精度に、グエルは活路を見出した。
全戦域を常時知覚しているかの如き空間認識能力に、常人離れした反射神経、そこから繰り出される神域の精密射撃は、唯の一度も誤射せずに自身を蹴散らした。
人間業とはとても思えないが、その完璧さを逆手に取り――射線上に他の遠隔操作端末は絶対に存在しない事を頼りに空間把握を試みて――『ヤツ』が操る遠隔操作端末のビーム砲の1基を撃ち落とす事に成功した。
そして――『ヤツ』は平然と、意図的に自身の遠隔操作兵器ごと此方のMSを撃ち抜いて、決闘に呆気無く勝利した。
「イカれてるのはMSの性能と『ヤツ』自身の腕前だけじゃねぇ、有り得ないほど老獪で強かな対応力さえ持ち合わせやがるっ! ……あれで経営戦略科だぁ? ふざけんなよ、詐欺だろ……!」
感情のままに叫び続け、グエルは息切れしながら項垂れる。
「……なぁ、ラウダ。俺は、『アイツ』に勝てるのか……?」
――兄さんなら必ず勝てる、という返答は、咄嗟に言葉にならなかった。
思わず、詰まってしまった。……あんなのに勝てる訳が無いと、心の底で認めてしまっているようなものだとラウダは自責し――。
「――ジェターク家の男が、情けない顔をするな」
「父さん……!? どうして此処に?」
其処には、彼等の父、ヴィム・ジェタークが立っていた。
多忙の身でありながら態々学園に来訪した理由は一体何か、グエルは自身の不甲斐無さが原因だと考えて身構えて――。
「――グエル、次の『ヤツ』との決闘、必ず勝て」
予想外の言葉が、自身の父から飛び出し、グエルは激しく困惑した。
かつての父ならば、「ジェタークの人間がジェターク社のMSを駆って敗北するなど、我が社の威信を潰す気か!?」と叱責され、殴打の1つや2つ、飛んできただろうに――。
だが、今の彼にはその重すぎる期待に応える気概が沸かず――。
「……でも、父さん、俺は――」
「自惚れるな。お前一人の力で『ヤツ』を超える事は不可能だ。――勝敗はMSの性能のみで決まらず」
「! 操縦者の技のみで決まらず――」
それは決闘の前口上。決して形式的な言葉ではなく。
――ただ、結果のみが真実。
決闘は平等ではなく、用意出来るMS、用意出来るサポートも違ってくる。
つまりは明文化されていない事の大半の裏工作が許されるのである。……『彼』の場合はセーフラインを意図的に超過するが。
「それがどういう意味か、『アレ』と決闘し続けたお前には理解出来ているな?」
ただ、それは――自身の力だけでなく、純粋な力のみの決闘に不純物を混ぜる事に――。
『合計13機でフルボッコ』『100メートル大の巨大追加武装で大暴れ』『区域の地面を綺麗に爆破解体して崩落事故』『コロニー全域のセンサーを無効化してフルボッコ』
いや、こんな馬鹿げた事を個人でやらかす『規格外』にそんな手心最初からいらなかった……!
「兄さん、これは兄さんだけの決闘じゃない」
「ラウダ、父さん……!」
肉親の情に心打たれ、涙が込み上がる。感動によっても涙が零れ落ちる事がある事を、グエルは初めて体感したのだった。
「お願いします、俺に、俺に勝たせて下さい……!」
『――ところでさ、決闘のルールの不備って結構多いよね? 敢えて放置している部分はどうでも良いけど、一つだけ看過出来ない欠落があってさ』
今回の決闘において、予め『彼』が繰り出す新型MSの設計図を事前入手している。
これは『彼』と父との取引結果であり、今回使ってくるMSは飛行形態に変形出来る可変機だった。
武装までは解らないが、MS形態と飛行形態を使い分ける事で戦術の幅を広げる万能機――とは聞こえが良いが、そういうものは得てして器用貧乏に成り下がる事が多い。
現に、その変形機構を組み込んでいるというだけで関節部の脆弱性は避けられぬ命題になるであろう。
事前に高速機動が売りの紙装甲という情報的アドバンテージに、今回は決闘場にも外部工作の準備を取り付けている。
決闘が始まってすぐ後にスプリンクラーが『誤作動』し、持続的に雨を降らせる事でビーム兵器の減衰を目論んでいる。決闘仕様の出力では無害化してしまうだろう。
これで『彼』お得意のオールレンジ攻撃も封じる事が出来る。――此処までやって、ようやく同じフィールドに立つ事が出来る。
(卑怯だと何とでも言え! それでも俺は、『お前』に勝ちたい――!)
『制限時間が定められてないのは割りと致命的だから、今回は抗議を込めて全力で歌わせて貰う』
「……は? 今何て――」
『――決闘なんてくだらねぇ、俺の歌を聴けぇぇっ!』
その後、一度も被弾せずに3時間以上に渡って熱唱し、やっぱり決闘はお流れとなる。
即座に決闘の制限時間についての規定がこれでもかという具合に盛り込まれたのだった。
「……デリング総裁、次の『審問会』の開催ですが――」
「いらん」
「……え? で、ですが――」
またあの『魔女』が新しいMSを披露したのに『審問会』を開かない? いつもの流れと違う返答に、部下の彼は思わず耳を疑った。
「私に無駄な時間を取らせるな。あれは『ガンダム』ではない」