――かつて、『アナハイム・エレクトロニクス』が『アナハイム・エレクトロニクス』に改名する以前、その会社はベネリットグループの中でも最下層の、弱小企業に過ぎなかった。
今では名前すら忘れ去られている会社は月でのパーメット採掘屋の1つであり、とりわけ目立った存在ではなかった。
ところが、5年前、前代表が不慮の事故で急死し、当時13歳の『彼』が代表になり――何の実績も無い子供が形だけの代表を務めるなど、他企業に吸収されて終わりだろうと誰もがそう思ったが、結果は逆――即座に月でのパーメット採掘企業全てを1つに纏めて吸収合併、社名を『アナハイム・エレクトロニクス』と改名するに至る。
常識を嘲笑う声が聞こえる――子供の皮を被っていた『悪魔』が、自身の偽装を解いた瞬間だった。
そこからは快進撃の連続だ。次々に新規事業を打ち立てて業績を右斜め上に伸ばしていき、あっという間に上位企業に名を連ねるに至る。既存の価値観など全て足枷であり、自身の親の死に最も喜んだのは『彼』だろう。何なら自らの手で偽装死させたんじゃないかと睨んでいる。
宇宙一参考にならないサクセスストーリーに直接顔を合わせたのはアスティカシア高等専門学園に入学した時であり、その当時から胡散臭い笑顔の似合う『何か』だった。
――経営戦略科、授業には最低限以下の出席であり、この学園での活動は箸休め以下の認識なのだろう。
既に一企業として大成功を収めている『彼』に一体何を教えられるのか。釈迦に説法とはこの事であり、パイロット科じゃなかった事に安堵する自分がいた。
その愚かしいまでの勘違いはミオリネが入学し、彼女の父親デリングから現ホルダーを婚約者にすると周知され――全戦全勝でホルダーの座を勝ち取ったグエル・ジェタークになら彼女を任せられると諦めた後、グエルが『彼』に決闘を挑んだ時に思い知らされる事となる。
何が原因だったか、それはもう思い出せないが、経営戦略科なのに決闘を挑まれるとは災難だと内心思った。相手が御三家の御曹司となれば一企業の代表と言えども断るのは角が立つし、所詮は接待決闘にしかならないと冷めた眼で見ていた。
――決闘は酷いものだった。歩いているだけの『彼』のMSがディランザの攻撃を全て対処し、最後には四肢を切り裂いてブレードアンテナを切り落とす。舐めている以前の問題で、勝負にすらなってなかった。
また1つ、常識を壊される。後に知る事となる。『彼』にとって経営戦略科が最も不得意な科目であり、MSの操縦技術は選択するまでもない得意分野であり――真の万能の天才を目にしたシャディクは初めて一個人に対して憎悪を抱いた。
当然、その後の事についても癇に触った。『GUND-ARM』を製造・保持した疑惑で審問会が開かれるも事実上のお咎めなしであり、この一度を除いてシャディクは審問会への出席を拒否した。
――子供の園に『巨人』が無慈悲に暴れる。
魔女裁判で裁かれない『魔女』など、一体どうすればいい?
そして1番許せないのは、結果すらも台無しにした事だ。完璧に勝ったのに、不成立にしてノーカウントにするなど全ての者に対する侮辱だ。勝つ事が余りにも簡単すぎたが故の、吐き気がするほどの傲慢さなど苛立ちしか募らない。
『彼』にとって自分達は子供であり、誰一人例外なく見下している事に気づき、殺意さえ芽生える。
……ジェターク社と秘密裏に契約を結んだのか、それから何度決闘しても不成立になるが。ホルダーの座に興味がないのか、自分が何よりも欲したミオリネの事すらも必要無いとしたその扱いに、自分でも形容出来ない感情を抱いた。
――グエルとの決闘をする度に、苛立ちが募る日々、変化が訪れたのは水星からの転入生、スレッタ・マーキュリーがグエルに勝利し、ホルダーの座を奪い取ってしまった時だ。
……何の後ろ盾も無い者がホルダーに、と思いきや、即座に『アナハイム・エレクトロニクス』社として動き、彼女の後ろ盾となる。
ジェターク社との蜜月関係をあっさりと破棄し――やろうと思えばいつでも出来たと言わんばかりの、鮮やか過ぎる下剋上だった。
今までベネリットグループ総裁の座に興味を示さなかった『彼』がその野心をむき出しにし――企業間の力関係が動く。間違いなく、今の『アナハイム・エレクトロニクス』は御三家に唯一匹敵する企業として牙を剥いたのだった。
――しかし、疑問が残る。『彼』がその気なら、最初からホルダーの座を保持したままにすれば良かっただけの話であり、この急激な方向転換は一体何なんだろうか?
理解は出来ないが、ベネリットグループ次期総裁の座も、ミオリネの婚約者の座も、『彼』は必要としてなかった。だからこその、グエルとの茶番だ。其処はおそらく間違いないだろう。
スレッタ・マーキュリーがホルダーの座を奪い取った事で方針転換を余儀なくされたからなのか――まさかとは思うが、ミオリネ個人に格別の配慮をしていた……? いや、それは有り得ないだろう。『アレ』に人間らしい感情など一欠片も無い。最初から解り切っている事だ。
――だから、地球寮に行ってからの『彼』とミオリネの動向は、聞くに堪えなかった。思わず連絡役とのやり取りを拒否したくなった程だ。
どうして、彼女の隣に自分が居ないのか。望んでない癖に『彼』が其処にいるのか。
何故、ミオリネは『彼』に心許すのか。『彼』の胡散臭い笑顔の仮面が彼女の前では取れてしまうのか。
インキュベーションパーティの時もそうだ。全てが終わった後に現れた『彼』がエスコート役を演じて――。
「――遅かったじゃないか。もう少し早く来訪してくると予想していたのだが? シャディク、君の事を若干買い被りすぎたかな?」
「これは手厳しい。でも、『君』に納得出来る話は持ってきたつもりだ」
「だと良いのだがね。――手短にな、『私』に無駄な時間を使わせないでくれよ?」