「いい加減、意地張ってないで地球寮に来れば良いのに」
「どの面下げてスペーシアンの俺が地球寮に顔出すんだよ?」
勝手に借用しているキャンプ地にて、グエル・ジェタークはいつも唐突に現れる『彼』と一緒にバーベキューと洒落込んでいた。
『彼』が何処からか持ち込んだ食材の数々は非常に品質が高く、キャンプ生活の中で久しぶりの上質な食事に心躍っていた。……まさか、これも『アナハイム・エレクトロニクス』社で手掛けているとかは無いよな?
「都落ちしましたで良いんじゃない? 案外同情して貰えるよ!」
「お断りだっ! ……つーか、何で『お前』は地球寮に居るんだよ?」
「『僕』はほら、スペーシアンじゃなくてルナリアンだしね!」
同じじゃねぇか、と内心ツッコミつつ、いい焼き加減の肉を口に放り込む。
「元々何処にも所属してなかったし、スレッタのついでだね。まぁこれでも一企業の代表だから、寮で寝泊まりする機会が皆無だっただけだね」
……確かに、何処かの寮に所属している話は聞いた事が無かったし、一企業の代表となれば、生徒の身では想像出来ないほどのハードスケジュールを熟していたのだろう。
――支援を打ち切られてジェターク寮から追放され、キャンプ暮らしとなった今だからこそ、親の庇護がどれほど偉大だったか、身に沁みて感じる。
だが、それとは別に、言い知れぬ解放感が無いと言えば嘘になる。
親からの束縛は見えずとも両肩に重く伸し掛かっていたし、その不自由さに悲鳴にならない悲鳴をあげていたのだろう。
ジェターク社からの支援を打ち切られ、素寒貧となった本来ならば、此処ぞとばかりに恨みを買っていた一般生徒達に報復されただろうが――目の前の『彼』の余計なお節介のせいで防がれている側面は、納得いかずとも感謝するべきだろう。
「辛気臭い顔してるねー、もうちょいで借金完済して自由の身になれるというのに。あ、完済した後はスレッタに決闘挑んで再びホルダー目指す?」
「……別に。ホルダーとかは、もうどうでもいい――」
ホルダーの座、そしてミオリネ・レンブランの婚約者の座も、親が望んだから保持していたに過ぎず、今更再び取り戻そうという気概も起きない。
そもそも、まずは目の前の『相手』から勝利を奪い取らない事には何も始まらない。『コイツ』を倒さずしてホルダーを名乗るなど、無価値も良い処だ。……現在のホルダーのスレッタ・マーキュリーに対しては、思う処が存分にあるが――。
「まぁ何にせよ、ヴィムCEOとは仲直り出来るだろうさ。手土産にうちのダリルバルデMk-A.Eなら喜んで解体解析するだろうし」
「……つーか、良いのか? それ」
「別に構わんよ。他の企業もあれぐらい造って欲しいものだよ」
肉を啄みながら「まぁ『ALICEシステム』は一品物過ぎて参考にならないだろうけど」と『彼』は付け足す。
……いや、機体全部が技術発展に必要な要素に成り得るし、それなのに無料同然で手放しても痛手にならないのか、と内心唸る。
――自ら進んだ結果、多くの物を失ったが、親の思惑に従う必要が無くなった。
ならば、次に対峙しなきゃいけない事実は、自分自身が一体何を望んでいたのか、という事に直面し、深く思い悩む事となる。
親に望まれたから果たし、果たせずに期待を裏切って見放され、現在に至る。ならば、自分は結局何を望んでいたのか、深く考える羽目となる。
「悩めるのは若者の特権だ。老人には悩む時間も無いからね」
「……解るもんか?」
「君は特に解り易いからね。――人生の選択肢というものは無限に見えて、案外限られている。進んでも0という事も多々あるものさ」
進めば2つ、とは対極の思想を『彼』は述べる。……少し、不思議だ。何もかも思い通りに手に入れてきたであろう『彼』が、こんなに悲観的な事を言うのは。
「どれも不正解という可能性もあるし、そもそも道を選ぶ選ばないのも自由だ。流されるのも1つの道さ。……基本的に、親が子に進ませようとする道は、自分の失敗談から学んだ道なんだよ? 子供にとっては窮屈な押しつけでしかないけど」
学生の身でありながら企業代表であり、好きなように生きている代名詞だと思っていたが――。
「――まぁ、結局は君の人生だ。自分で決断するのが一番だろう。流されるままに後悔するよりは、自分で決めて後悔した方がまだ納得出来るだろう」
果たして『彼』は、どのように生きてきたのだろうか?
一番身近にありながら、ある意味一番遠い存在であり、理解の及ばぬ存在だと常々思っていた。
『コイツ』はグエル・ジェタークにとって『壁』だ。突如立ち塞がった難攻不落の『壁』、到底突破出来ない『壁』であり、絶対に相容れぬ『壁』であり、これを乗り越えない事には何も始まらない『壁』だ。
――だから、この宣戦布告は、自然と口に出ていた。
「――『お前』に決闘を申し込む」
「いいよ、何を賭ける?」
「――今度こそ『手加減』せずに全力を出せ。今は勝てずとも、全力で食らいついてやる……!」
薄々感じていた。『ヤツ』は数多の決闘において一度足りとも全力を出した事が無い、と――。
機体性能が縮まったからこそ、その余白が目につく。同時に憤る。『ヤツ』に本気を出し切らせない、自身の未熟さに余計腹が立つ。
『彼』は意外そうに驚いた後、凄絶に笑う。いつもの胡散臭さを剥ぎ捨てた、素の表情であり――。
「いいとも――心折れてくれるなよ?」