『――驚かないんだね?』
「ああ、何となくそんな気はしていた」
――決闘場所は『フロント外宙域』、『ヤツ』に本気を出させるなら此処一択であり、そして『ヤツ』が今回使う『乗機』も、何となく予感出来ていた。
「機体の性能差が大きければ本気を出すまでもない。――そもそも、大抵一度限りで乗り捨ててるから、あれらは全部『乗機』じゃないんだろ?」
数多のMSを等しく乗りこなす『彼』だが、逆に言えばそれは等しく乗り慣れてない事を意味している。
その中で唯一――武装の違いはあれども――複数回、乗っている機体が存在した。
『――そうさ、俺が一番長く共にした『鉄の棺桶』はジェガンだとも』
オーソドックスな武装に、背部に6基のファンネル・コンテナが増設された事以外は普通のジェガンであり――右肩にいつもの『A.E』のエンブレム、そして左肩に『青色のLにベルが2つ』並んでいるエンブレムが描かれている。……拡大して見れば、Lの上に小さく『Londobell』、ロンド・ベルと書かれていた。
『――昔話をしよう。宇宙という広大な生活圏を手に入れた人類はその新たな環境に適応して認識能力が拡大し、肉体的・精神的にあらゆる物事を理解する事が出来るようになる……それが全人類に広がった時、かつてない相互理解が可能となる――その時の社会的背景、政治的意図が大いに盛り込まれた、ただの夢想論だがね』
グエルにとっても、その手の話は初耳の概念である。『彼』が夢想論と断言した通り、夢見がちな希望的観測に思われる。
実際は厳しい宇宙環境に適応出来ず、様々な身体障害が現れ、身体的劣化が早くなったという研究結果があり、宇宙移民の初期の与太話だろうか?
『――でも、その『ニュータイプ論』を戦場で証明した『例外』が現れてしまった。桁外れの直感と空間認識能力、距離を隔てていても他者を認識して意思疎通を可能とし、常人にはない特殊な脳波を発する事で専用の遠隔操作兵器を起動出来る。……戦争をしなくて済む、必要としないのが『ニュータイプ』など猿の戯言、その力を恐れながらも戦争で殺し合いの道具として使い潰す道を選んだ』
その一部に心当たりがある。特に遠隔操作兵器の下りは――。
「……それが、『お前』なのか――?」
『俺は『ニュータイプ』の出来損ないさ。『人類の新たなる革新』になど永遠に至れない。憧れは『虹の彼方』に消え去り、俺は『彼』から受け取った遺言を永遠に理解出来ずに彷徨うのみだよ――』
言っている事の半分は理解出来ないが、これだけは解る。『ヤツ』が珍しく、何の虚飾も無く、本音のみを語っている事に――。
『その『亡霊』に遺ったのは唯一つの矜持なんだ。――グエル・ジェターク、此処にあるのは宇宙で『2番目』に強いパイロットなんだぜ?』
「――なら、すぐに『3番目』に引きずり下ろしてやんよォ!」
「――わぁお、つまりこういう事っすよねぇ? 『先輩』は、今の今まで、ろくに本気を出してなかった。MSの性能頼みで勝てるんですから、操縦者としての技量なんて態々披露するまでもなかったと!」
決闘委員会のラウンジにて、セセリアの興奮した声を尻目に、シャディクは見るからに愕然とする。
今回の決闘は、自社の量産型MSジェガンに敢えて乗った事で、圧倒的不利な前提条件の筈だった。それなのに、蓋を開いてみれば――『彼』の圧勝に終わっていた。
「ロウジ、あのジェガンとダリルバルデMk-A.Eの性能差ってどれぐらい?」
「……あのジェガンは遠隔操作端末兵器が6基増設された事以外は従来のジェガンと変わらないですね。内部が何処まで弄られているかは不明ですが。――対してダリルバルデMk-A.Eはいつもの『アナハイム』社お得意の超高性能ワンオフ機、圧倒的なまでの性能差があった筈です」
セセリアと同じブリオン寮に所属するメカニック科1年のロウジ・チャンテは決闘結果を元に電子端末を操作して情報を精査する。
従来のジェガンと比べて、変更点はファンネル・コンテナが増設された事ぐらいであり、余計な荷物を背負った事で機動力が少し低下している程度の違いしかない。
ダリルバルデMk-A.Eはあの殺人的な加速を約束する『バックパックバーニア』を装着している為、性能面においては全て勝っていただろう。
「いつもの『A.E』のエンブレムの他に、2つベルの三角形エンブレム――多分ですが、あれが『アナハイム・エレクトロニクス』代表の『乗機』、最も乗り慣れたMSなんでしょうね」
「あれだけ超高性能機を造れるのに、自分の『乗機』は量産機って渋い話よねぇ」
あのエンブレムにどんな意味が籠められているのかは想像出来ないが、今まで決して付けられてなかったものが刻まれているのは、そういう事だろう。
「――それで、今回の決闘はどうして此処まで差がついたの? グエル先輩が手抜いた訳じゃないでしょ?」
「今回の決闘では非常に珍しい事に、『アナハイム』代表側のMSの性能の方が圧倒的に低かった。これにより、初めて『彼』がパイロットとしての本気を出さざるを得なかった、だと思います。……此処まで差があったとは、流石に予想外でしたけど」
それはつまり、全ての決闘において『彼』が意図的に手抜きしていた事を示しており、シャディクは意識しない内に歯軋り音を鳴らしていた。
「何もかも神懸ってた感じよねー。……撃たれる前に回避してなかった?」
「むしろ射線に入る前に回避行動取ってましたね。自律する肩部シールド2基はビームライフルを撃って意図的に防がせた上でミサイルを重ねて破壊、その隙に他のドローン兵装4機はビームライフルで一息で撃ち抜いて破壊。……AI操作で自律行動していたのに完璧な偏差射撃で当ててますね。先読みという次元ですらない――未来予知でもしてない限り、無理ですね」
グエルからして見れば、機動性・運動性で圧倒的に勝っているのに、一度足りとも真正面からロックオン出来なかっただろう。
常に正面から虎視眈々と仕留める機会を見据えていたのは『彼』が駆るジェガンであり――。
「今まで『先輩』の決闘を幾度無く見てきたけど、前に回避ってのは中々見られるものじゃなかったよね?」
「ダリルバルデがビームライフルを連射モードで撃って牽制したのに、構わず前進した挙げ句に全回避してましたね。普段の圧倒的な機動性任せの反射的回避も凄いですが、今回の全て計算され尽くされた最小限度の回避機動は芸術的ですね。余人には決して真似出来ない行為ですけど」
普段の回避行動が機体性能任せの大道芸なら、今回の回避行動は無駄という無駄を全て省いた機械的で無機質な精密動作であり――まるで当てられるイメージが湧かない。何をしても事前に察知され、的確に回避されるような印象を与えられる。
「最後は、ファンネル。あれの操作中って意識を集中しているから、それしか出来ないっていう先入観あったけど――」
「錯覚でしたね。遠隔操作端末兵器でのオールレンジ攻撃に合わせて、意図的に誘導した逃げ道にビームライフルでの射撃とビームサーベルの回転投げ――全て同時にこなしてましたね。あの段階で詰将棋だったんでしょう」
ファンネルを機体から切り離した段階で、グエルの意識はファンネルの方に集中し――オールレンジ攻撃の最中にビームライフルでの牽制も加わり、焦りながらも何とか回避してビームライフルで迎撃しようとするも、事前に投げられていたビームサーベルによってライフルが切り裂かれ――この事への驚愕による一瞬の硬直が致命傷となる。ファンネルによって即座にバーニアと四肢を撃ち抜かれ、止めのビームライフルで頭部を撃ち抜かれて決着となる。
「……我々が想定したよりも遥かに――『彼』のパイロットとしての技量が逸脱しすぎていた。それだけの話ですね」