――まずは、事実として認めざるを得ない。
『アナハイム・エレクトロニクス』代表相手に、シャディク・ゼネリが決闘で勝つ事は不可能だと。
あの『規格外の化け物』相手に、どうやって勝機を用意する? 有り得ない前提の上に本末転倒だが、此方の陣営にグエル・ジェターク、エラン・ケレス、スレッタ・マーキュリーを加えて挑めば――いつもの超高性能機でパイロットとしての本気を出して蹴散らされる未来しか見えない。
決闘での勝利が不可能となれば、直接交渉で手を引いて貰うしかない。だが、以前の交渉は決裂した。原因は……正直、解らない。『彼』にとっても現状以上に旨味のある話だった筈で、あのような決裂は予想外もいい処だ。
(……そもそも、『彼』の行動理念が理解出来ない。法則性が掴めない。一体何を求めているのか、まるで――)
自身の利益だけを求める人間を動かすのは簡単だ。目の前に解り易い餌を吊るせば良い。多くの『大人』は、自分を賢いと勘違いしているだけに動かしやすい。
だが、『彼』の場合は常人では理解出来ない、正体不明の独自法則で動いている。他人にとって利益だと思える事さえ、簡単に切って捨てる。正真正銘、理外の怪物なのだ、『彼』は――。
(……『彼』がミオリネを、いや、スレッタ・マーキュリーを擁護している理由さえ『当人』以外把握してないだろう)
対話による理解を試みる? 相互理解を求めてない『相手』から情報を引き出すなど余りにも迂遠で無駄極まる。此方が1引き出している内に10以上抜き取られているのが関の山だろう。……実際は間違った1を引き出している内に100以上引き抜かれるが。
「……シャディク、このままでは埒が明かない。別のアプローチを試すべきだ」
グラスレー寮に所属するパイロット科3年、シャディクの右腕として『内外』問わずに補佐するサビーナ・ファルディンは迷えるシャディクに提案する。
それは此処にいる全員の総意であり、シャディクは苦渋に満ちた顔で頷く。認めなければ前に進めないのならば、幾らでも認めよう。通常の手段では勝てないのなら、通常じゃない手段を用いれば良いだけの事。
「『アイツ』だって男なんだからさぁ、私の魅力で骨抜きってのは――」
「……場を和ませる冗談としては面白いな」
「レネちゃん、自分でも出来ないと思っている事を言うのは、ちょっと……」
自信満々で提案したレネ・コスタの言葉をサビーナは疲れた表情で流し、続くイリーシャ・プラノに突っ込まれ、レネは渋い顔となる。
決闘での行いの時点で解り切っている事だ。『アナハイム・エレクトロニクス』代表が此方を人間扱いなどせず、使い勝手の良い『肉盾』扱いにしかしてない事を。つまりは敵としてもパイロットとしても人間としても、あらゆる面において一瞥すらしてないと――。
「つーか、邪魔すぎない? もう手っ取り早く直接排除しちゃって良いんじゃ?」
「難しいんじゃないかなぁ? 常に所在掴めない『人物』だし、一企業の代表に危害を加えるのは時期尚早だと思うよ。――合法的にそれが行える決闘では、まるで太刀打ち出来ないし……」
ソファに寝転がりながら、レネは大胆に提案するが、メイジー・メイは苦笑しながら珍しく悲観的に語る。
一企業の代表でありながら、決闘における『彼』はあらゆる面でおかしい。圧倒的なまでの技量を持っているのに、型破りでダーティなプレイングも容赦無く実行出来る。
スペーシアンの恵まれたぼんぼんの癖に、人を殺し慣れた戦争屋の如き雰囲気を纏っているのは何故だろうか?
「……それは絶対やめた方が良いと思う」
「エナオちゃん?」
「勘、だけど――何でもありになった瞬間、『アレ』は一番手が付けられなくなる」
明らかに恐怖した表情で、勘が鋭いエナオ・ジャズは忠告する。『彼』と決闘してからはいつもこの調子で、何かに怯えたような様子が多くなっている。
「……『ヤツ』に介入させる隙間を与えるべきではない。この際、『ヤツ』を無視してスレッタ・マーキュリーに個人戦を挑み、ミオリネから株式会社ガンダムを奪い取る」
6対6の集団戦で挑めば、間違いなく『ヤツ』が加わり――ただでさえ1人の時でも勝てないのに――大惨事になる事は目に見えている。
それならば1対1の個人戦で介入の余地を無くせば、100%敗北する結果にはならない。……1対1でスレッタ・マーキュリーが駆る『ガンダム』に勝てるか、という致命的な問題があるが。
「サビ姉にしては片手落ちじゃね? グエル・ジェタークとの決闘と同じように全力で支援するだろうし――勝ったとしても、今度は『アイツ』から決闘挑まれるよ?」
……そう、やはり最後に立ち塞がるのは『彼』であり、やはり『彼』をどうにかしない限り、戦いの土俵にすら立てないのは明白――堂々巡りである。
全員が一斉に沈黙する中、シャディクの制服のポケットから着信音が鳴り響く。
「――義父さん?」
電話の主はシャディク・ゼネリの義父であり、グラスレー社CEOのサリウス・ゼネリであり――老獪な経営者である彼は一つの秘策を義理の息子に授ける。
「……でも、それでは――『彼』の決闘戦歴?」
シャディクの指示でサビーネが自身のタブレットを操作して検索し、驚愕の目を浮かべる。
すぐにシャディク自身にも、その異様な戦績が開示される。そこに示された数字は全部0である。
「0戦0勝0敗……!?」
確かに、グエル・ジェタークとの最初の決闘においては意図的な反則行為が目立ち、意図的に不成立にさせていたが故の0戦0勝0敗だったが、エラン・ケレスやシャディク自身の決闘においては誰の目から見ても明らかに決闘として成立しており――最近のグエルとの決闘もまともに決着が付いている。
それなのに、『彼』の戦績が一切反映されない理由は――。
「――既に、『誰か』との『契約』で、決闘結果が強制的に不成立になっている?」
それは子供の園で制御不能な『巨人』が理不尽に暴れないようにした『誰かの英断』であり、決闘で無敵を誇る『彼』が決闘で結果を残せない事の証左であり――『彼』は決闘によって齎された結果だけは覆せない……!
……なお、その『誰かとの契約(ベネリットグループ総裁にして『監査組織カテドラル』の総括代表)』は、『彼』にとっていつでも契約破棄出来る程度の『紙切れ』に過ぎず、単純に破却し忘れているだけの代物に過ぎないのだが、余人には解らない事である。
更に補足するなら、『彼』にとって自身を縛る数多の『契約』は、いつでも白紙に出来る程度に価値の低い『紙切れ』同然の扱いである。
「はろーやーやー、調子はどうかな、ミオリネ!」
「……決闘で遊んでいる『アンタ』と違って、こっちは物凄く忙しいんだけど?」
株式会社ガンダムの設立の為にミオリネと地球寮の面々がブラックな労働環境で動く中、『彼』は妙にハイテンションな様子でミオリネの前に現れた。
こんな胡散臭い笑顔を見た日には嫌味の1つや2つ、言いたくなるが――。
「手伝い出来なくてごめんねー! はい、プレゼント! それに全部入ってるからねー!」
開幕、持ってきたタブレットをミオリネに問答無用で押し付け、「じゃーねー!」と言わんばかりに手を振って去ろうとし――唖然としたミオリネは即座に正気を取り戻し、全力で『彼』を物理的に引き止める。
「――は? ちょっと待って! 省いた言葉、全部説明しなさい!」
言葉が足りないってレベルじゃないぐらい省略しやがった『彼』に対して一から説明を求める。これで理解出来る人間がいるなら人間じゃないだろう。
「グラスレー社に直接赴く仕事が出来たので、2~3日留守にするから――その間に間違いなくシャディクが仕掛けて来ると思うからね、必要情報を全部纏めておいたよ!」
それでも過程を全部無視して起こるであろう結果だけを告げる圧縮言語が出てきて「はぁ!?」とミオリネは驚愕する。
……確かに、此処最近、シャディクは無謀にも『コイツ』に決闘を挑むというらしくない事を連発していたが――株式会社ガンダムの設立に忙殺されていたせいでうっかり見落としていた。
よくよく考えてみれば、それそのモノが異常事態であり、決闘で勝利する事で『コイツ』の介入を防ごうとしていたのだろう。……1対6で何度も完敗するのは流石に格好悪すぎてコメントに困るが。
……更には、義父に泣きついて『彼』を遠出させ、『鬼』の居ない間に此方の邪魔しに来る――やれる事は何でもやってくる、手段を選ばない性格なのは知っているが、流石にこれには失望を禁じ得ない。
「高額な報酬を全額前払いって実に気前良いねぇ。――ミオリネ、知ってるかい? そういう美味しい餌で誘き寄せる依頼ってのはね、全部『騙して悪いが』なんだよ? いやぁ、この宇宙でそれをやられたのは初めてだなー! テンションあがるね!」
シャディクに対する様々な感情が沸き立つ中、目の前の『コイツ』のテンションが異常な事に改めて気づく。
「……何が『騙して悪いが』なの?」
「伝統とお約束の『騙して悪いが、仕事なんでな。死んで貰おう』だよ! 俺、こういう偽装依頼大好きだよ! ――前提条件を全部踏み倒して蹴散らすの、快感だしねぇ!」
……あ、これ、表面上は笑っているけど、明らかにブチ切れてるわとミオリネは確信する。一周回って笑っているだけで、明らかに冷静さ失っている……!?
「……いや、『アンタ』を学園から不在にする悪意ある依頼だと思うけど、流石に『殺してやるから直接来い』的な依頼じゃないと思うんだけど?」
「まっさかぁ? こんなコテコテのお約束を外すなんて空気の読めない真似を……あの耄碌老人ならするか? しかねないな? あるぇー?」
此処でやっと『彼』は自分自身の『盲信的な先走り』からの勘違いに気づき、物凄く微妙な顔になる。……なお、その『盲信的な先走り』は被害妄想などではなく、100%に近い精度の、『彼』の『ニュータイプ』としての『悪意の受信』が根拠だが。
グエル・ジェタークと、『ニュータイプ』としての持てる能力を全て使った決闘は、『彼』の感性を『ニュータイプ』寄りにし――その結果、『悪意』の受信の精度も飛躍的に向上し、精神の奥底に眠っている害意も簡単に暴き出すほど感度が上がる。
……もしも、心の深層域に隠している『悪意』を表面上にまで漏れた隠してない『宣戦布告』だと、この勘違いに気づく機会が無かったら、どうなっていた事か――。
「……貴重な『本社襲撃』ミッションだと思ったのに残念。予行練習までなら許されるかな!」
「許されないわよ!? 一体何をやらかすつもりだったの!?」
物凄く物騒な事を考えてやがった! 下手すれば御三家の一角が物理的に消滅する事態だったと誰が予想しようか!
「『強力な電磁衝撃波で全電子機器を破壊する戦略兵器(グングニール)』を開幕発動させてから『対コロニー用超高出力戦略兵器(サテライトキャノン)』を12門撃ち放ち、それでもグラスレー本社の原型が残っていたら『対人殺戮機構(バグ)』を投入するという誰の心も痛めない完璧なプランだよ!」
『グングニール』やら『サテライトキャノン』やら『バグ』などの自分しか理解出来てない専門用語を連発するが、絶対にとんでもなく物騒な説明文が付いている事は何となく理解出来る……!
あと、絶対にこれも省略している文があるとミオリネは確信する。――当然、戦艦にしこたま搭載されている核ミサイルを雨霰の如く撃ち放って色々露払いする『基本プラン』は省略されている。この宇宙に『南極条約』は存在しないから撃ちたい放題だーとは『彼』の談である。
「うん、全然解らないけど却下! 全部却下よ!」
「えー?」
「えーじゃない! 『アンタ』って事前勧告やら威嚇射撃なんて絶対にしない性質よね!?」
「当たり前じゃないか。そんなもんする暇あるなら勧告無しで撃ち落とせば良いじゃない。もしも間違えていたら『誤射でした、ごめんね!』で済む問題じゃないか!」
「ごめんで済まないわよ!?」