「――型式番号『RGM-89』ジェガン、『アナハイム・エレクトロニクス』社が誇る量産型MSであり、他社の量産型MSと比べて突き抜けた機体性能と拡張性を持ってますが、唯一の欠点は量産機にあるまじき高価格……この欠点故に覇権を取り損ねている――これが表向きのジェガンの風評です」
――会議が開かれている暗室にて、グラスレー社CEOのサリウス・ゼネリは部下からの報告を無言で聞き入る。
『グラスレー本社襲撃事件』に関する全事項には箝口令が敷かれ、徹底的なまでに外部に漏れないように内部工作が施されている。
同じ社員であっても当事者じゃない人間は知り得ない事態となっており、それはサリウス・ゼネリの養子であるシャディク・ゼネリも例外ではない。
「――では、何故此処まで高価格なのか? それは一般カタログに掲載されている『廉価版』への仕様変更が原因だと結論付けました」
会議場に設置された巨大ディスプレイに一般公開されている『廉価版』ジェガンの情報と、今回購入する事になった『オリジナル』のジェガンの解析情報が表示される。
其処には明らかな差異が存在する。主にジェネレーター周りとコクピット周りの仕様である。
「今回購入させられた『ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉』搭載のジェガンが本来の仕様だと?」
「はい、サリウスCEO。そう考えるのが自然かと。――解析結果、『正式仕様』のジェガンにはパーメット識別コードが存在しないどころか、パーメット関連の技術が皆無であり、あれは既存の技術系統とは別の、全く未知の技術系統で製造されたMSだと言わざるを得ません」
説明する技術者さえ眉唾物の顔で「荒唐無稽で有り得ない話ですが、パーメットの存在しない別宇宙で開発され、発展したMSだと言われても不思議じゃないほどです」と囀る自分自身を疑いながら述べる。
散々『GUND-ARM』の製造を疑われていた『アナハイム・エレクトロニクス』社が、実はこの宇宙で一番『GUND-ARM』技術から遠い存在であり、更にはこの宇宙における基礎技術であるパーメット関連の技術を全く有してない、など誰が信じられるだろうか。
「――他社へ融通する際の『廉価版』は、態々此方の規格に合わせてダウングレードしている劣化仕様だと思われます。おそらくですが、本来の仕様のジェガンは、機体性能と生産性を両立させた正真正銘の傑作機かと――」
この驚嘆すべき事実が発覚した理由は、今回の取引の会計結果からである。
ジェガン4個小隊の価格を調べた時に、一機当たりの価格が通常の量産型MSの価格と比べて1,3倍程度に収まっており――大口取引を成立させたからと言って、大規模な値引きサービスをするような気前の良さなど悪逆極まる『アナハイム・エレクトロニクス』社には存在しない。
――この価格こそがジェガン本来の価格設定であり、普段の価格は『廉価版』への仕様変更分の『余計なコスト』が加算された状態だと判断せざるを得ない。
……もう一機、違うMSの中枢部を余計に造っているようなものだ。慣れない上に造りたくもない塵屑部品を態々造らざるを得ないのだ、当然原価は跳ね上がる。
あの馬鹿げた価格設定の時点で、宇宙に存在する全企業を暗に嘲笑っていたのだ。あの『アナハイム・エレクトロニクス』代表は――。
『彼』が「皆様の規格に無駄に合わせてあげたせいでコスト倍増したので値段に直接反映しましたよ、てへ!」と思っているのは秘密である。
「これまでの常識を一変させる『ミノフスキー粒子』の事を考えれば、量産型MSの経営戦略を破綻させてでも秘匿した方が様々な局面において優位に立てるか」
「事実、我々は『ミノフスキー粒子』が散布された環境下に全く対応出来ず、完膚無きまでに敗北しました。――この粒子はまさしく、今までの宇宙の常識を変える世紀の大発見ですよ!」
技術者達が興奮した顔で発言する。確かにこの技術、及び未発見の新粒子は宇宙の常識を大きく変える存在である。
それこそ影響力から考えれば、禁断の技術である『GUND-ARM』以上に、既存の在り方を変えてしまうだろう――。
「――『ミノフスキー粒子』関連の技術研究を進めよ。『ミノフスキー粒子』散布環境下での戦術プランの研究も同時並行でだ」
「了解です。続きましては、『アナハイム・エレクトロニクス』社から提供された2つの防衛システムについての報告です」
押し売りされた2つの技術内容がディスプレイに表示される。……余りにも新機軸の技術を次から次へとぽんぽん披露され、感覚麻痺してしまうが――。
「全方位光波防御帯『アルテミスの傘』の耐久試験は以上の通り、既存の兵器での突破はほぼ不可能でしょう。そして本社の外周を取り巻く無人軍事衛星システム『アルテミスの首飾り』の絶対防衛網も加わり、我が社の防衛能力は宇宙有数の要塞を遥かに凌駕するレベルかと」
盾の展開持続時間に多少の問題はあるが、それを補う4つの無人軍事衛星による過剰なまでの殲滅力は恐怖さえ覚える。だが、懸念があるとすれば――。
「――もう一度、『アナハイム・エレクトロニクス』社に襲撃された場合は?」
「通常兵器での突破は『アナハイム・エレクトロニクス』社でも厳しいでしょう。――ただし、あの戦略級兵器『サテライトキャノン』を使われたら話は別ですが」
これを提供した最大の仮想敵である『アナハイム・エレクトロニクス』社の戦力、これに尽きる。
「正確な射程距離は不明ですが、『アルテミスの首飾り』の射程外から発射されれば成す術無く破壊される可能性があります。本社を守護する『アルテミスの傘』で防げるという楽観視は、まぁまず出来ないでしょう。――自分達の技術で対処出来ない技術を、『アナハイム・エレクトロニクス』社が提供する訳がありません」
「もしくは、最初から意図的な技術的欠陥が組み込まれている可能性がある。引き続き、技術精査を怠るな」
「了解です」
あの悪辣極まる『アナハイム・エレクトロニクス』社の事だ。専用の停止コードが1や2つ仕込まれていたとしても不思議ではあるまい。
「MS1機にどうやってあれほどのエネルギーを供給出来るのか、連射は可能なのか――未知の要素が多いですが、少なくとも、あれほどの砲撃を撃ち放って無事で済む機体装甲は異次元の領域に達している事でしょう。通常兵器での撃破はまず望めないと予測します」
「『いつものフェイス』でないのに、性能は超高性能機と変わらない、か」
「『アナハイム・エレクトロニクス』社が決闘で披露する新技術の説明には認め難い『事実』と巧妙な『欺瞞情報』が織り交ぜられ、意図的に語らない『真実』が隠されています。今一度、情報精査が必要でしょう」
今回の『グラスレー本社襲撃事件』での一番の痛手は、戦闘濃度に散布された『ミノフスキー粒子』の影響で記録媒体がほぼ全滅した事であり、詳細な戦闘データが残ってない事である。
今回の値千金の戦闘情報は、主にMSのパイロットからの口頭記述を纏めたものであり、数多の人間の主観が入り交じる事となり、正確性が欠ける内容になっているのはある程度仕方ない事だろう。
「――現状では『アナハイム・エレクトロニクス』社との技術格差はどうにもならないが、これより先の未来は別だ。その為に打てる布石は全て打つ――」
いずれ不倶戴天の天敵として決裂するにしろ、逆に運命共同体として結託するにしろ――『ヤツ』と同年代である養子シャディク・ゼネリが居る事は不幸中の幸いである。
「……正直、未だに『ヤツ』の思考は読み切れん。我々とは価値観が根本的に異なる。だが――」
――不世出の天災にして生粋の狂人だが、学友という立場を上手く利用すれば歩み寄る事は出来よう。
同じ年齢で同性である優秀な義理の息子ならば『彼』との関係をより深めるのは(サリウス・ゼネリ主観では)極めて容易であり――これがシャディクにとって最も困難で、尚且つ精神的に最も拒絶反応のあるオーダーである事は、義父のサリウス・ゼネリは終ぞ気づけなかった。