――その日、世にも珍しい光景を目にした。
とある公園区域に存在する木陰に、一人の『少年』が寝転んでいた。
周囲には不自然なほど人の気配が無く、それもその筈、その『少年』を目視した瞬間に全力で半径1キロ以上先に退避したであろう事は容易に察せられる。
――あの『アナハイム・エレクトロニクス』代表。
生徒の身分でありながらベネリットグループの上位企業に名を連ねる変態企業の代表と関わりたいという人間は『現在のホルダーであるあの馬鹿』以外に存在しない。
ある意味、御三家の関係者と接するよりも危険な行為だからだ。
万が一、間接的だったとしても不評を買えばどうなるか――即座に推薦企業としての影響力を存分に振るえる『彼』の危険度は歩く地雷その物である。
『彼』に直接取り入ろうとする気概のある持ち主すら現れなかった時点で、学園での『彼』の評価は恐ろしいまでに共通、不可避の恐怖そのものである。
「……へぇ、昼寝なんて人間らしい行為、出来たんだ」
なお、彼女、ベネリットグループの総裁であるデリング・レンブランの一人娘、ミオリネ・レンブランに関しては当て嵌まらない事である。
『彼』を恐れる必要の無い、数少ない人間であり、その間抜けな寝顔を一度拝んでやろうと覗き込み――。
「……嗚呼、嗚呼、何処にも、いないじゃないかッ……!」
酷く魘されて物騒な寝言を叫んだ直後に開眼し、不本意ながらも『彼』と、目と目が合う状況に陥った。
「……おはよう、随分と夢見の良い事で」
「……これはこれはミオリネ嬢、おはようございます。お見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません。――ええ、素敵な夢でしたよ。『虹の彼方』には何もありませんでしたから」
即座に外向き用の胡散臭い笑顔と口調になる。外向きでなくても胡散臭い事には変わりないが。
――『彼』にとってミオリネはデリング総裁の一人娘でしかなく、学園での接触も最小限だった。
隠す気の無い対応に、ミオリネは堂々と舌打ちする。
「……何それ、詩人気取り? 気色悪いわよ」
「いえいえ、単なる直喩ですとも。その手のセンスは生憎と持ち合わせておりませんので」
如何にも困っていますという具合に両手を上げて、戯けてみせる『彼』からは一切の真実味が無い。
何もかも嘘、虚構で塗り固められた『笑顔の仮面』を見ているようで、ミオリネの機嫌がますます急降下する。
「そんなところで無防備に昼寝なんて良い身分ね。『アンタ』は人の恨みをダース単位で買ってるんだから、寝込み襲われても知らないわよ?」
「それはご安心を。その手の悪意には非常に敏感なもので。――悪意ある襲撃者も気が利かないですね、さっさと起こしてくれれば良かったのに」
本音か建前か、一見して判断付かないが――。
「……前から聞きたかったんだけど、『アンタ』がホルダーを目指さない理由って何? 取引結果? それとも――何もかもどうでも良いから?」
前々から聞きたかった事だが、どうにも今この瞬間に閃いたそれが一番しっくりくる。
それを聞いた『彼』は少しだけ驚いた後、胡散臭い笑みを更に深める。
「良い観察眼をお持ちで。『誰か』とは言いませんが、『誰か』を思い起こさせますね! そういうところが本当にそっくりで――」
「誰があのクソ親父と一緒よっ! 思いっきり『誰か』って言ってるじゃない!」
あのクソ親父に似ているという最上級に等しい侮辱を受けてミオリネは即座に激昂するも、『彼』は笑いながら受け流す。
「……で、結局どうなのよ?」
「否定はしませんよ。どの程度の規模でそう思っているのかは伏せますが――『私』は全てに対して本気で生きられない人間ですから」
『彼』にとってはホルダーになる事も、決闘を不成立で終わらせる事も、グループ内での業績ランキングも、全て全て価値の無い出来事の一つとして片付けられているのだろう。
ホルダーになってミオリネ・レンブランと婚約する事も当然の如く興味無く――自分に興味無いと遠回しに言われるのはどうでも良いけど少し癇に障る。言ったら自意識過剰だと嘲笑される事、間違い無しだが。
「あら、何もかも思い通りで詰まらないって事? やっぱり『アンタ』って傲慢極まる男ね。――そういうところが、何もかも大嫌いよ」
「『私』は比較的好ましく思っていますよ。人の本質を見抜いて容赦無くぶっ刺す手腕には感動すら覚えます。――ですが、敵を作りすぎるのはお父上と同じで、余り良い傾向ではありませんよ。味方に引き込んだ方がより多くの事を容易に成せますから」
あのクソ親父と同じという指摘に怒りを爆発させそうになるが――それ以上に、今の『彼』の表情は珍しく真に迫っているものだった。
――それは今にも消えてしまいそうな、蝋燭の火の如く儚げな印象で。
「――世界は何も変わらない。人は何も変わらない。地球の重力圏を超えて宇宙まで飛び立ったのに、その本質は原初の頃から何も変わらない。結局は何をしても無意味で無駄で無価値――ほら、息を吸う事さえ億劫になるだろう?」
『少年』は自分とそんなに変わらない年齢の筈なのに、何もかもに疲れ切った老人の如き貌を浮かべていた。
「――『アンタ』が何に絶望しているかは知らない。何もかも最初から諦めているのなら最後まで敗北者のままでいれば?」
「――籠の中の鳥で、何もかも親に定められた『運命の奴隷』の君がそれを言うのかい? ミオリネ・レンブラン」
……その皮肉は痛烈なまでに突き刺さる。
初めて総裁の一人娘としてでなく、個人として認識した上での的確な皮肉は、普段の『彼』の戯言よりはよっぽど聞き応えのある言葉であり――ミオリネ・レンブランは正面から臆する事無く睨み返した。
「――私は『アンタ』とは違う。絶対に、此処から抜け出してやるから……!」
「――ええ、陰ながら応援していますよ。此処での話は聞かなかった事にします。『私』、記憶力の無さには定評がありますから!」
即座に道化の仮面を被り直した『彼』の返答は心に一切響かず、されども子供扱いされている事が目に見えて逆に腹立たしく――。
「――この『頭アナハイム』!」
とりあえず、思いつく限りで最大最悪の悪口を吐いておく事にした。このお嬢様、実に口が悪い。
それを聞いた『彼』は、いつものように飄々と受け流すと思われたが、意外な事に――。
「な、何て酷い事を言うのですか!? 史上最大級の、とんでもない侮辱です! 言って良い事と悪い事の限度がありますよっ!」
「いや『アンタ』、それを自分自身で悪口だって理解してたの!? 逆に驚きだわっ!」
「……これより審問会を開始する。『アナハイム・エレクトロニクス』代表に問う。あれは『ガンダム』か?」
審問会の巨大ディスプレイに上映されるは「砲撃特化のMSが突然変形して『いつものフェイス』を曝け出し、最終的には『オレンジ色』の粒子から真っ赤な粒子を全身に纏って通常の三倍速で超機動しながらディランザの四肢を一方的に解体する」スプラッタ映像であり――。
「いいえ、型式番号『CB-0000G/C』リボーンズガ……『リボーンズ』です」
集められた企業の代表達は「最初に『ガンダム』とつくのと、後に『ガンダム』とつくの、何か違いがあるのか?」という答えの無い哲学を考える羽目となった。
……当然であるが、各企業の代表は暇である訳が無い。それなのにこの審問会に欠席無く参列するのは齎される精神的負荷以上の利益があるからだ。
「やはり『G』がついているではないか」
「何の『G』でしょうねー。さっぱり解らないですわ!」
デリング総裁と『彼』の恒例のやり取りはともかく、今回のMSの圧倒的性能に審問会の代表達は心躍らせる。
「本機は白兵戦仕様と砲撃形態に瞬時に変形する事が出来る可変機です。元々は別々の機体として開発が進められていたのですが――本当に一体何を考えたのか、別々のコンセプトの機体を1機に纏めるという……素人が見ても「頭悪いだろ」という暴挙を犯しています。ぼっちを拗らせすぎた結果ですかね?」
……いや、そういう風に造っておいて自分で毒突くのはどうなのかと、ほぼ全員が内心突っ込む。
最初の時点で、ブレードアンテナが頭部の後ろに配置されていた時点で何となく察したが、背面に『いつものフェイス』があるとは凄く凝った構造である。
「状況に合わせて最適な形態に瞬時に変形出来るとは聞こえが良いですが、選択肢の択が多ければ良いってもんじゃありません。……何ですか、この無駄に多い無駄な兵装の数々は。明らかに重量過多ですよ。余分な要素を増やすよりも目的に沿って特化した方が良いに決まってるじゃないですか、これ考えた奴は『たった一人で何もかも思い通りにしようとした』究極の馬鹿じゃないですかね?」
ちなみに、このMSの開発者は資料では『アナハイム・エレクトロニクス』代表となっている。
代表各員は猛烈に突っ込みたかったが、全力で我慢してスルーする。
「……具体的には、どれぐらいの武装が搭載されていたのだ?」
「大型のバスターライフル、背部に大型ビームサーベルが2本、エグナーウィップにシールド、そして無線式の誘導兵器であるフィンファングを背部に大型4基、腰部とシールドに小型のを4基ずつ、計12基搭載しております。大型のフィンファングは砲撃形態のキャノンモード時に主砲となり、小型の物はビームサーベルを形成可能の他、シールド装着時に小型ビーム砲として使えます」
この前の近接格闘兵装オンリーのMSにストレスを感じていたのか、今回はバカスカ遠距離射撃兵装を撃ちまくっていた姿を改めて眺めながら「今回の『GUNDフォーマット』関連の技術はこれか」「多機能をこれでもかと搭載したって感じですかね?」「役割が多い癖に本来の役割通りに使い捨てたら戦力が激減するのか、本末転倒だな」と適切な評価を下す。
「パーメット流入値は一切検出されず……いえ、正確には原因不明のレーダー・通信障害が発生した為、計測不能となります」
『データストーム』が発生してないのはいつも通りだが、今回は正体不明の計器異常が指摘される。
「原因不明?」
「それは、今回の機体から流出していた正体不明の粒子が原因か? ……あれは前の『サイコフレーム』とは違う物か?」
「ええ、あんな『オカルト』と一緒にされては困りますな!」
そんな『オカルト』を平然と持ち込む変態企業に言われても説得力の欠片も存在しない。
何か意図的に隠している。それも重要な何かを――。
「――やはり『ガンダム』か」
「いえいえいえいえ、そう結論を急いでは事を仕損じる事になりますとも! まだ本機の特殊システムの説明がありますあります、是非とも説明させて下さいー!」
もう既に結論を出そうとしたデリング総裁を、『彼』は必死に引き止める。
ごほん、と気を取り直し、メインディッシュお待ち!と言わんばかりに笑顔が輝く。
「本機には特殊システム『TRANS-AM System(トランザムシステム)』を採用しております。まぁ詳しい原理は省きますが、火事場の馬鹿力というヤツです。使用中は機体出力が約三倍に引き上げられ、全性能を一時的に向上させます」
数多の射撃武器の滅多打ち、それを潜り抜けての激しい接近戦など見所が多かった決闘だったが、最後は『彼』の機体が赤く発光し、今までとは桁外れの超機動を繰り出してディランザを撃破した。
「……機体が赤く発光しているようだが、あれも原理不明の発光とやらではないのだな?」
「ええ、ちゃんとした原理に基づいた現象ですよ。勝手に光る『オカルト』とか、もう懲り懲りです!」
それを造って持ってきた張本人が何を言っても説得力は無いが、スルーしてやるのが大人だろう。
「まぁ当然と言えば当然ですが、システムを使用すると稼働時間が著しく減少し、使い切れば一時的に行動不能に陥るのは仕方のない仕様です」
「いやぁ、とっても楽しかったぁ」と満足気の『彼』に対し――周囲の反応は。
「――待て、それはパーメット流入値を上げてリンク次元を引き上げる技術の応用か? パイロットへの影響は?」
「え? そっちの方を問題視されるの?」と、まさかの方面から問題視され、珍しく『彼』が驚いて見せる。
「やだなぁ、皆様誤解ですよ。此処にぴんぴんしているテストパイロットがいるじゃないですか――」
「いや、全くもって当てにならん。通常のパイロットでは即死していた、では話にならんぞ?」
その指摘に動揺が広がり、いつもとは違った空気でざわめく。
「いえいえ、今回は安全安心のシステムですよ? この欠陥機体はともかく、パイロットにも機体にも優しい『優等生』ですよ!? ああ、でも――」
本当の危険性は高純度の特殊粒子を浴びる事で齎される『変革』であるが――それは意図的に隠蔽しているので指摘する者は居ない。
「――理論上、オーバーロードを逆利用して自爆特攻する事は可能ですねー! 手も足も出なくなった際の最終手段としては良いんじゃないですか?」
この上無く非人道的な結論でしめられ――。
「――決まりだ。『ガンダム』の廃棄及びプロジェクトの全凍結を命ずる」
「えー? 割りと不本意な方向に話が纏まってしまいましたな。了解です、ちぇー」
「――はい、ええ、予定通りですとも。此方としても『GN粒子』関連の技術を他企業に流す気はありませんので。最初から説明に省いていたのはその為ですとも」
『彼』の自室、光を灯さぬ暗室にて相変わらずぷかぷかと浮かびながら此処に居ない誰かと会話する。
「オリジナルの『太陽炉』の製造には木星のような高重力環境で、尚且つ数十年単位という膨大な時間を必要とします。此方は次世代の課題ですので、『我々』には関係の無い話かと」
『擬似太陽炉』の調達はともかく、こっちの方は純粋に時間が必要なので、生きている内に拝む事はまず無いだろう。
そもそも、オリジナルの『太陽炉』が必要となる事態が『種の存亡』に関わる緊急事態なので――。
「はい、もしも今回の技術を求める、勘の良い企業が現れましたら――ええ、解っていますとも。お任せ下さい。それではこれで――」
通話を切り、溜息を吐く。
「……『イオリア計画』の最終段階、来るべき『対話』か。『地球外変異性金属体』と解り合えても――『人類』は『人類』と永遠に解り合えないのだがね」