――その笑顔は、いつもの胡散臭いものとは違い、心の底から湧いた笑みであるのは間違いなかった。
だからこそ、それ故に、監査組織カテドラルに所属する――デリング総裁の懐刀、ラジャン・ザヒは『彼』に恐怖する。
元軍人であるラジャンですら理解出来ない『怪物』が笑っている。偽りの『魔女』である『彼』が本当は何なのか、理解が追い付かずに戦慄する。
「……何故、何故、笑っているのです? 『アナハイム・エレクトロニクス』代表……」
「……今、『私』は笑っていたんですか? ああ、確かに――笑っていますね」
自らの口元を手でなぞり、『彼』は自分自身の表情を漸く自覚し、声に出して屈託無く笑う――。
今回の依頼を見事完遂したから? 否、それは既定路線であり、『彼』の認識では苦戦すら論外だった。
初陣の部下を誰一人死なせずに済んだから? 否、『彼』という『例外』の極致たるエースパイロットが同伴したのだ、『彼』にとっては想定通りの結果だろう。
――それは例えるのならば、蟻を一匹一匹、執拗なまでに踏み潰している幼子のように残酷で邪悪な――。
「これは個人的な感想ですが――人は殺すとね、とても静かになるんですよ。死人に口無し、死者は何も語らず。五月蝿い雑音を幾重に奏でて消えるまでが一楽想で――人間の人生の儚さ、無価値さと無意味さの余韻が胸に染み渡りますね?」
奈落の如く底無しの暗闇で限界まで澱んだ瞳には、もはや人間味と呼べる色は皆無であり、目の前の『魔女』が真に理解に及ばない『正体不明の怪物』である事を実感するには、十分過ぎる印象だった――。
――調査結果、経歴に詐称無し。軍役経験無し。
されども、秘密裏に設立した『アナハイム』社の私設部隊の練度は『魔女狩り隊』に匹敵、あるいは完全に凌駕する精鋭揃いであり――MSのパイロットを一から育て上げる教導経験を何処で取得したかは完全に不明である。
所感だが、正規の軍事訓練を積んだ不正規の非軍人という矛盾した評であり、1つの事実が数多の矛盾を量産する様は『彼』に相応しい有様と言えよう。
――前代表の事故死。不審な点は見つからず。『彼』の普段の手際から考えれば、欠片も残さないのは当然だろう。
前代表の死で最も利益を得たのは『彼』であるのは確かなので、事件性の有無を問うのは基本的に無駄な行為だろう。あの『彼』に肉親の情が存在するなど最初から考えられない。
前代表の妻、『彼』の母は、『彼』を産んで間もなく死亡。原因不明の衰弱死とされる。この事が前代表と『彼』との確執? 証言不足及び情報不足の為、精度の低い未確認情報とする。
――結論を真っ先に出すのならば、可及的速やかに『アナハイム・エレクトロニクス』代表の直接的排除を成すべきだろう。
ベネリットグループの本社コロニー、その社長室にて、ミオリネ・レンブランは自身の親であるデリング・レンブランと対峙していた。
「――資金調達は順調です。転換社債による調達も滞りありません」
今までの父と子という立場でなく、グループを束ねる総裁と一企業の代表という立場で接する事となり――。
「転換時の株価率低下リスクは考慮したか?」
「っ、いえ……」
「その計画では株価下落の可能性がある。――信用を軽視するな」
今までのように親からの一方的な押し付けに反発するのではなく、上司からの手痛い指摘を真摯に受け止めて「――はい」と返事し、手に持つタブレットを操作して即座に修正計画を立案する。
「株主比率の希薄化を再検討しろ。違う資金調達法も考えろ」
「はい」
ミオリネとしては不本意極まる話であるが――今まで壊滅的で手のつけようが無かった親子関係と比べて、一枚挟んだ仕事関係でのやり取りでは普通に会話が成立し――。
「……設備投資計画?」
「……はい……?」
「会社設立2ヶ月で投資効果の試算を此処まで行っているのは上出来だ。回収期間を検討し、このまま投資を続けろ」
婉曲だが、この頑固極まる父親から遠回しに褒められるのは数少ない経験であり――。
「――あの『アナハイム・エレクトロニクス』代表と、一定の関わり合いがあるようだが、やめておけ。あれはお前が御せる相手ではない」
仕事の指導が一段落し、デリング・レンブランは極めて険しい顔で忠告し、今までのやり取りで若干軟化したミオリネの態度が、一気に冷めてしまう。
「……どういう意味合いで? あと、勝手に後方保護者面している『不審者』です」
一体、あの『彼』に対してどんな勘違いを抱いているのか――それはさておき、ミオリネ自身、出処の解らない反抗心が強く表に出ている自覚を全く抱いていなかった。
「……保護者? あの『男』が? 冗談にしては笑えないな」
デリングの意外そうな反応に、むっと苛立つぐらいには――ミオリネ当人も把握出来てない感情の動きを察したデリングの眉間の皺が、より一層深くなる。
「映えあるベネリットグループの総裁におかれましては、傘下企業の代表の1人である『彼』の手綱はちゃんと握っておくべきでは?」
これぐらいの皮肉が出てくる程度には、『彼』の事を――表には一切出さないが――信頼してしまっており――。
「――不可能だ。あれには我々と共有する『常識』など微塵も持ち合わせていない。人の形をしているだけの『魔女』に過ぎん」
そのミオリネの様子を深刻に捉えたデリングは、非常に疲れた表情で溜め息を吐く。
「……『魔女』?」
その単語は『GUND-ARM』関連で何度も耳にしたものだった。――曰く、過去に『GUND-ARM』開発に関わった者達への呼称、生命を弄んだ者達に対するレッテル張り。
ミオリネの認識ではその程度だったが、『GUND-ARM』に全く関与していない『彼』を『魔女』呼ばわりするのは一体どういう意味合いなのだろうか?
「――『ヤツ』との意思疎通は不可能だ。あれは何も見ていない。どんな言葉も届かない。その胸の内に隠す本音を語る事など金輪際有り得ない。『ヤツ』の言葉は嘘偽り無くとも数多の者を欺く」
……そういう傾向は多々見られるが、不可能だと断言されるレベルとは思えない。一応、話せば解るし、此方が見逃さずに指摘すれば情報開示もする。
やはり、付き合いが浅いせいで『彼』の本質を見誤っている。本当に胡散臭いけど、根っこの処では――。
「――あれは全てに絶望している。遍く何もかもだ。それでいて『ヤツ』はこの宇宙で誰よりも『力』を持っている」
もしも、デリング・レンブランが何一つ見誤らず、『彼』の本質を見抜いていたとすれば――その情報の質は一学生に過ぎないミオリネよりも遥かに上質で濃密な要素が出揃っているに違いない。
そういえば――『彼』の言動の節から、この宇宙で唯一、デリング・レンブランを直接の上司として動いている事もあると仄めかしており――。
「――ベネリットグループ総裁にして監査組織カテドラルの統括代表、デリング・レンブラン。貴方は『アナハイム・エレクトロニクス』代表について、何を知っているのです?」