『――おはようミオリネ、仮眠とって少しは見れる顔になったね! 謎の凄腕仮面パイロット・ボブを事後承諾で乗船させた事についての諸々の文句は甘んじて受け入れるけど、俺なんかよりスレッタの方を構ってやれ』
史上最悪級の事後承諾については先程盛大にブチ切れしたので文句は……いや、まだまだかなり残っているが、スレッタの様子がおかしいという助言は確かなようであり――通信先の、ヘルメットを脱いで水分補給している『彼』の姿を眺めたミオリネはジト目で睨む。
『……後でするわよ。――ジェガンの紹介動画という名の長編PV映像』
ミオリネの口から唐突に出てきた単語を聞いた『彼』は、少し驚いた表情をする。
『あれ、見たの? デリング総裁あてに送った動画を無断で視聴するのは行儀が悪いな? 一応の体裁は、ベネリットグループの上位企業の代表達しか視聴出来ない極秘映像だけど……というか、あれらを見すぎて寝不足に陥っていたの?』
寝不足の原因に気づいた『彼』はその顔を百面相した後、少し気まずそうに『……あー、うん、なんかごめんね?』と言ってきたので『うっさい!』の一言で切り捨てる。
『聞きたい事が山ほどあるけど――あの中に『アンタ』自身をモチーフにしたキャラ、いたでしょ?』
一番聞きたかった事を切り出し――それを聞いた『彼』は一瞬、きょとんとした後……。
『……あー、12話構成の『逆襲のシャア』最後に登場する『頭アナハイム』の事? 幾らミオリネでもあれと似ていると言うのは怒るぞー、史上最大級の不名誉だとも!』
何を勘違いしたのか、全て終わった後にあの戦場で生き残った『ニュータイプ』をアナハイム・エレクトロニクス社のテストパイロットにヘッドハンティングした人物の事を真っ先に上げる。……本気で、物凄く不本意極まると言う感じで。
……いや、確かにあの胡散臭い性格で作中随一の悪辣さは『コイツ』に似通っているものがあるが、そうじゃない。
『――違う。『後輩』の方』
非常に珍しく、目を見開いて絶句するほど『彼』は驚愕する。此処まで解り易い感情表現は稀であり――。
『――、……何故、そう思ったのかな?』
『何となく。表向きは楽観的な理想主義者を気取っていても、根は悲観的な現実主義者なところとか、本当にそっくりだし』
自身の『先輩』に外宇宙に旅立つ夢を語りながらも、後に外宇宙に旅立つ事無く人という種は争い続けて途絶えるだろうと悲観している事が語れる、あの『後輩』にこそ『彼』の面影を色濃く感じる。
『――良く解ったね。あれは未熟だった頃の『自分』がモチーフのキャラだよ! 『自分』の『黒歴史』を眺めているようでうっかり殺したくなるね! ――若さ故の勘違い、人とは違うという選民思想じみた慢心、憧れたまま見もせず聞きもせず知る事もしなかった、決して主役になれない愚劣極まる無力さの煮凝りだよ! 改めて客観視しても見るに堪えない代物だね、殺したくなる』
『彼』は自嘲しながら、自分自身の事を殺意さえ滲ませながら、これでもかと酷評する。……『自分』の未熟な頃とか、まだ年若いのにというツッコミは、宇宙の彼方に消え去ってしまった。
あの『彼』から、何でも出来るような万能超人から――こんな自虐的な一面が垣間見れるとは予想だにしなかった。
全力で自己投影したのにあんな結末に至って絶望する人物像になるのは――。
『……『劇場版』の方も見たんだけど――そっちには影も形も無かったけど、何で?』
出かかっている考察を一旦保留し、一番聞きたかった質問を口にする。
『両方見るなんて希少な視聴者だね? ……単純明快だよ、ミオリネ。『第二次ネオ・ジオン抗争』を120分に纏める事は、逆に言えば120分以外を全部切り捨てる事だ。この断捨離は監督する者にとって苦渋の選択でね――居ても居なくても物語の流れに一切影響が無いなら、全カットで問題無いじゃないか』
――いや、待って欲しい。その回答は……!
あの『物語』が『彼』にとっての最大のターニングポイントだという確信は朧気ながらある。どういう暗喩なのかはいまいち不明だが――物語の中で全力で生きる『自分自身』の投影を、完全に無意味な存在だと切り捨てるという事は、それは『自分自身』の手による完全な自己否定に他ならないのでは……?
言葉が出ない中、艦橋からの通信が鳴り響き――。
『――プラント・クエタに到着したようだね。俺達はMSの中で寛いでいるから、いってらっしゃい!』
むこうから通信が打ち切られ、何とも言えず、ミオリネは自身の眉を顰める。
『彼』の事を『人の形をしているだけの『魔女』』と評した自身の父親の言葉が蘇る。
『彼』の抱えている闇は余りにも深く、浅くない付き合いとなった今でも、『彼』の事が解らなくなった――。
『――っ、アムロ大尉、1人で帰還出来ます! 『自分』に構わずに敵を……!』
『その損傷では無理だ。……外から見れば解る。帰還するぞ『少尉』――』
フィフス・ルナ落下を巡ったロンド・ベルとネオ・ジオンとの攻防戦の最後の一幕――受け持っていたヤクト・ドーガからでなく、サザビーからの横槍で被弾して中破してしまった『自分』は興奮混じりに進言する。
むこうのヤクト・ドーガも、その攻防の最後に似たような損傷を与えたので、状況はイーブンだ。損傷機を見捨てれば、まだ――。
『ですがっ! ……いえ、すみません、『先輩』……』
此処で血が上っていた頭を冷やし、冷静さを取り戻す。
フィフス・ルナの核パルス・エンジンの破壊に失敗した以上、自分達に出来る事は最早無い。各サイドへの攻撃要請は――間違いなく通らないだろう。
地球に落下するフィフス・ルナを、ただただ眺める事しか出来ない。中破した自分のジェガンを、『先輩』のリ・ガズィが抱えて飛翔する。
――この敗戦を、一生忘れる事は出来ないだろう。
幾人もの同僚を一戦で失った、苦々しい敗北の味。そして――自身を上回る、『先輩』と同等のエースパイロットである『赤い彗星』への恐怖が魂に刻み込まれる。
何をしても撃ち落とされる未来しか見えず、どう足掻いても『先輩』の足手纏いにしかならないと強く痛感する。
随伴機のヤクト・ドーガを仕留めようとすれば、『赤い彗星』からの邪魔が入り――最初は投げ放ったビームアックス、『先輩』からの危険喚起、ニュータイプ的な思念を受け取ってぎりぎり回避出来たもののビームライフルを破壊され、次は2基のファンネル、『先輩』に1基破壊して貰ってなければ間違いなくコクピットを撃ち抜かれて死んでいただろう。
パイロットとしては『先輩』の方が上回っていると思うが、MSの性能が余りにも段違い過ぎる。
あの赤いMS、サザビーはこの時代における技術の粋を結集させた、文字通りの最強機体だろう。
ネオ・ジオンという、連邦とは比べ物にならないほど逼迫した経済基盤で、此処までの戦力を整えた政治的手腕に驚愕し、無意識の内に嫉妬する。
この戦場で『先輩』の『ガンダム』を間に合わせられなかった、最大の敗因はこれに尽きる。
ヤクト・ドーガのファンネルは単純な動きだったので簡単に撃ち落とせたが、サザビーからのファンネルは最初から死にものぐるいで全力逃避しても被弾は免れず――忌々しいながらも、宇宙世紀随一と言える芸術的機動は脳裏から暫く離れなかった。