――『赤い彗星』がこの戦場にいない時点で、戦闘目標が切り替わる。
任務を達成した上での生存から、可能な限り敵MSを撃破して『ネオ・ジオン』に出血を強いるという個人目標に――それは概ね達成出来た。
――この、『化け物』、がぁ……!
戦果は10機余り、最後に仕留めた隊長機と思われる――他の一般兵と比較して特別何も無かったから確信を持てないが――『青いギラ・ドーガ』のパイロットからの残留思念が僅かに届いたが、良く解らない類の感情だった。
軽視・敵視・嫉妬・対抗意識――感性が鋭くなったのか、最近は良く聞こえるようになった死者の声の分析は……『自分』は元より霊媒師じゃなく軍人、やっぱり専門外なので、この感慨も刹那に埋もれて消え去るだろう。
というよりもそんな些事に構っている時間が無い。この戦闘での反省点を洗い出し、最適化しなければ――せめて『足手纏い』からは卒業したいものだ。
『――『少尉』っ! 死にたいのか! 独断専行して、敵に囲まれて無茶を……!』
『心配かけてすみません、ケーラ中尉。多少無茶をしても、削れる時に削っておかないと後々が大変ですし? ――それに、シャアがいないならボーナスゲームも同然ですよ』
……フィフス・ルナから、戦場で真っ先に行う事が『赤い彗星』の索敵である事を自覚すると、情けない『自分』に対する苛立ちが許容出来ず、思わず殺意が漲る。
『……あと、やっぱりリ・ガズィは使い辛いので、ケーラ中尉が使って下さいな。『自分』にはジェガンの方が性に合っていますね』
『自分』のジェガンはまだ修理中だったので、今回の遭遇戦には『先輩』不在で空いていたリ・ガズィに搭乗して戦闘したが、挙動がピーキー過ぎて扱い辛い。性能はジェガンより良いのに非常に残念だ。
『――『先輩』も、こんなのをよく使いこなしていたなぁ……』
月に『新型MS』を受領しに向かった『先輩』の代役を、『自分』は務められただろうか? ――『先輩』なら、もっと短時間で効率良く片付けられただろう。
目に焼き付けた『先輩』の動きには、まだまだ至れていない。更なる精進が必要だろう。ひたすら研磨して――。
『……あれ?』
精神的にか、物理的なのかはいまいち解らないが、少しだけ息苦しくなったのでヘルメットを外して深呼吸する。
不意に『自分』の口元に手が伸びて――『自分』の口元が、とんでもなく歪に釣り上がって、無意識の内に笑っている事に、今更ながら気づいたのだった。
『……ブリッジ、突入部隊の反応は――』
『……全ロスト、通信も繋がらない。生存は絶望的だろう』
この短時間でC区画に突入したデスルター3機を撃破され、コンテナに配備された武装兵達も、流れ作業で処理されたと考えるのが無難だろう。度重なるMSの爆散で一時的な電波障害が生じていたとしても、生き残りは数少ない筈だ。
――最大目標であるデリング・レンブランの暗殺への望みがほぼ絶たれている以上、作戦は失敗、後は痛みを伴う損切りの時間だろう。
『……ナジ、作戦放棄を提案する。――殿は俺達が務める、撤退しろ』
『死ぬ気か、オルコット……!』
『どの道、『あれ』を自由にさせたら全滅だ』
せめて、まだ幼い子供の――ソフィとノレアの2人は帰還させたいと考えながら、オルコットは覚悟を決める。これより先は間違いなく死地なのだから――。
『……3人とも、聞いたな? ――やるぞ』
『『『コピー!』』』
――元ドミニコス隊の一員だったオルコットの判断に間違いは無い。
ただのテロリスト集団に過ぎない『フォルドの夜明け』がプロ顔負けの軍事行動が出来るのも、彼の手腕に依るものが大きい。
そもそもの話――常識外の『怪物』と遭遇した際の正解など、常識という秤の中に存在していない。
『彼』という戦場を支配する『死神』に遭遇した時点で生殺与奪の権利を完全に奪われているのだから、死という結果は確定事項として受け入れて、それに至るまでの過程で抗うしかない。
『――C区画からMSの反応、『例外(イレギュラー)』だ……!』
――その『例外(イレギュラー)』は、ホバリングした状態で、意図的にその姿を晒した。
宇宙の闇に光る、緑色のMS。右肩に刻まれた『A.E』のロゴ。緑色のボディとは不似合いの、背に背負う『白い放熱板』2枚。
盾やミサイルなどの実体弾兵装は見当たらないが、その特徴的な容姿に、オルコットは見覚えがあった。
『――ジェガン? あの『成金採掘屋』の道楽MS――情報より小さい……?』
月に本社を構える、此処数年で頭角を現した『アナハイム・エレクトロニクス』社が誇る、この宇宙で最も高価な量産型MS――性能面も高いと評判だが、価格が全く釣り合っていない事の方が有名だ。実戦を知らない、スペーシアンの道楽だろう。
オルコット自身も実物を見るのは初めてであり、性能面のカタログスペックしか知らないが――ジェガンの全高は他のMSと大体同じ、18m級だった筈。が、目測ではもっと小さく見える。
――その小さな『ジェガン』は、迫り来るデスルター4機に対し、無手の左手を眼下にあげて、『来い』とジェスチャーする。解り易いほど、明確な挑発であった。
『――行けよ、ガンヴォルヴァッ! ぶっ放せェッ!』
ジェガンから向かって上部から、ガンヴォルヴァ3機のビームマシンガンの集中砲火に加えて、ガンダム・ルブリス・ウルのビームガトリングの高速速射&最大火力が静止していたジェガンに襲い掛かる。
『ナイスだ、ソフィ! 全機、全武装制限開放(オールウェポンズ・フリー)! 撃て撃て撃て!』
『死ね死ね死ね!』
『ベッシ、グリスタン、皆の仇だ……!』
それにデスルター4機からの実体弾の集中砲火も加わり――区画ごと破壊し尽くせる暴力は――。
『――ビーム・シールド!? 馬鹿な、無傷だと……!?』
その1機のMSを撃破する事さえ不可能だった非情の現実を、彼等に叩きつける。
左腕部から展開されるビーム状のシールドがジェガンの全身を覆い尽くし、此方が行える最大火力を無情にも全部遮断する。
『――減衰すらしない……!? あんな小さなMSなのに、何故保つ!?』
『――畜生、畜生ッ! 何なんだよコイツはあああぁ――!』
棒立ちして的になっていたのは経験不足からの慢心ではなく、残酷なまでの戦力差を把握していたからだ。
アーシアンとスペーシアン、その圧倒的格差を体現するが如く――もっとも、あれをスペーシアンに分類するには、余りにも異質過ぎる。スペーシアンという分類においても、『あれ』は余りにも規格外過ぎる。
『――本来のジェガンより小さい?』
仮に、本来の性能を一切損なわずに小型化に成功したとしたら、あの尋常ならぬ機動性は18m大から極限を超える軽量化を計った結果であり、無尽蔵とも思えるジェネレーター効率は、18m大の時とは比べ物にならないほどの余剰エネルギーの実現に成功しているのではないだろうか――?
無論、間違いである。何故ならば、このジェガンは――。
『――型式番号『RGM-148』、第2期のジェガン後期最終型、完成したミノフスキー・ドライブを搭載した唯一の量産機。それを、宇宙世紀0148年まで発展させ続けた最終進化系のサイコ・コミュニケーションシステムを搭載した、正真正銘最後のニュータイプ専用機――』
その『前提』を更に発展させた――『神話(ガンダム)』を凌駕した、同じ時代においても『仮想敵』すら存在しない、最強の汎用型量産機である。