『――『社長』、ガーティ・ルー級特殊戦闘艦3番艦『ヘグニ』、作戦指定宙域に到達しました。周辺宙域に敵性反応無し。いつでも行けます』
艦橋からは人類の故郷である地球が見える――この青い惑星は美しいものの、それ以上の感想を生まない。
月に住まう『ルナリアン』には、地球など御伽噺に登場する異世界に等しい。限り無く近いのに、限り無く遠い世界。いずれ忘れ去られる揺り籠であり――。
『時間通りだね、良きかな良きかな。作戦名『神の杖』、禁忌を以って報復せよ。――状況開始。訓練通りに、お淑やかにね!』
其処に住まう、宇宙から見放された人々(アーシアン)の事など、対岸の出来事どころか、漫画の頁に書かれた落書き以下の感慨しか無かった。
故に、今回の作戦に『レイヴン』は連れていない。仮にも元アーシアンに参加させるには酷な作戦内容であったし――そもそも出番もあるまい。
『――作戦開始! 『ヘグニ』のミラージュコロイド解除、ジェガン『D』兵装型、全機発進! ミノフスキー粒子、戦闘濃度散布!』
400m級の戦艦が突如宙域に姿を現し、特殊兵装を搭載したジェガンが次々とカタパルトから発進する。
一糸乱れずに展開する様子からは練度の高さが垣間見れ、12機のジェガン『D』兵装型は短時間で指定宙域に展開し終わり、肩に担いだ巨大な弩状の電磁投射砲を一斉に構える。
『ジェガン全機、配置完了!』
照準は地球、日本、兵庫県、加古川市――。
『全機、量子型演算処理システム『ヴェーダ』との同期開始、環境入力、照準調整――全工程完了』
この兵器に関する『彼』からの評価は『最低』の一言に尽きる。
取り回しの難しい上に一発限り、使用用途も限定的で、使える状況も非常に限られている。
ただ、短期決戦、即時離脱の今回の作戦においては最適解だったが故に――自身の趣向を無視して投入されるに至る。『彼』の中の軍事的美学に禁じ手は基本的に存在しない。唯一の例外は地球へのコロニー及び小惑星落としぐらいであり――。
『――『ダインスレイヴ』隊、放て!』
「――犯行に及んだのは『フォルドの夜明け』、反スペーシアン組織です」
部屋の中央のディスプレイに、今回の『プラント・クエタ襲撃事件』の詳細な画像データが表示される。
破壊された港、MSの手で潰された凄惨な殺害現場、MSの爆発に巻き込まれて半分消し炭になったテロリストの死骸など――多くは現場に居合わせた『アナハイム・エレクトロニクス』社から提供されたものであり、自社の使用した今回のジェガンについてのデータは意図的にかつ徹底的に秘匿されている。
「ジェターク社のMSが襲撃に使われたというのは事実かしら?」
「誠に遺憾ながら、我が社のデスルターの使用が確認されている。どのようなルートで調達されたかは目下調査中であり、後日報告となるだろう」
ペイル社の共同CEOの1人であるゴルネリからの追及を、ジェターク社CEO、ヴィム・ジェタークは面の厚い顔で平然と受け流す。
普段ならば、このような突きやすい失態は更に突っ込むのだが――。
「テロリストに自社のMSを宣伝して貰うなんて羨ましい限りですねぇ。まぁ武装は実弾兵装が中心で、中身も正規のジェターク社製かは解らなかったですが。――余りにも弱すぎたので。大方、ジェターク社に無実の罪を擦り付ける為の偽装工作でしょう」
事前に用意していた結論を述べる『彼』に対する反論は全部胸の中に飲み込み「我々の鉄の結束を乱そうとするとは、テロリストも中々策士ですねー!」と『彼』は二重の意味で嘲笑う。
「おやおや、『総裁代理』ともあろうお人が、この事件におけるジェターク社の関与を疑っておられないので?」
「関与しているなら、自分も巻き込まれるような間抜け極まる真似なんて流石にしないでしょ? それを計算済みで行っているのならば、役者として逆に高く評価しますよ!」
ジェタークCEO、ヴィム・ジェタークは笑顔でブチ切れている様子であり、此処にいる全員が意図的にスルーする。
見える地雷を意図的に踏みに行く愚か者は此処にはいないし、この場における最も力ある者が意図的に庇い立てする以上、それを指摘する者は出ない。
「……シャディク、続きを」
「……はい、義父さん。――デスルターの他に、未登録のパーメット識別コードを2機確認しています。両機からはGUNDフォーマットの並列構造を検出、つまり――」
今回のテロリストが使用した2機のMSが表示される。そのフェイスは『いつもの』と極めて酷似した形状であり――。
「――『GUND-ARM』」
「実際に『総裁代理』が戦闘されたという報告がありましたが、どうでしたか?」
「戦闘記録は、その、目視出来なかったので……」
提出された音声抜きの戦闘記録は、常人の眼では捉え切れないほどの超高速戦闘だったので――スロー処理すれば何とか目視出来るレベルになるだろうが、その処理を行う時間が無かったので、正確な戦闘内容については誰も確認出来ておらず――。
「物凄く微妙ですね、ファラクトの方が性能良いですよ。その点は誇って良いんじゃないですか? ――ゼロシステム搭載という事がぶっちぎりのマイナス要素ですけど! 欠陥機に欠陥技術を組み合わせるとか、現実はマイナスにマイナス掛けてもプラスにならないのですよ?」
ペイル社の共同CEO達は、物凄く引き攣った笑顔で「……それ、『貴方』の会社からの提供技術なんですけど?」「欠陥技術だと事前に説明した筈なんですけどねぇ?」と『彼』はとても心外だと胡散臭く笑う。
「そしてMS型のガンビットが6機――おやおや、何処かで見た事のあるような発想の兵装ですねぇ?」
「そうですね、『私』も我が社の商品のGビットをパクられたかぁ、いやぁ発想は最高に素晴らしいからなぁ!と自画自賛したのですが、GUNDフォーマットでそれをやるのは馬鹿の所業ですね」
……いつぞやのグエルとの決闘の時に、『自身』が搭乗するMSの他に12機もMSを持ち込んだ事を、シャディクは思い出す。
あの全てが『彼』と同等の動きをするMS型のビットであり――同等の脅威であるガンヴォルヴァに対する『彼』からの低評価に僅かに動揺する。
「単体性能が低い無人MSを低い精度で遠隔操作しても的にしかなりません。――これだけ性能が低いとなると、もしかしたら自爆特攻用の使い捨てだったかもしれませんね。使い捨てるにはコストが高すぎるので、ミサイル兵器でやった方が良いと思いますけど」
……無人とは言え、MSを気軽に使い潰せるような資本は、アーシアン側には存在しない。
解ってて言っているあたり、性格の悪さは折り紙付きだろう。シャディクはポーカーフェイスのまま、心の内で『彼』への罵詈雑言を繰り広げる。――なお、『当人』は顔色一つ変えずに胡散臭い笑顔を浮かべているが、悪意ある心の声なので全部筒抜けである。
「そして何よりも継戦能力が欠片も無い。――個人的に、MSで1番大切な要素は継戦能力だと思うんですよ。12時間程度は戦場に居座って戦い続けられないとね!」
「いや、其処まで生存率高い兵士なんていないでしょ?」とニューゲンCEOは呆れ顔で突っ込む。
目の前の『例外』を除いては――その『例外』は、其処まで時間を掛けずに敵を全滅させるだろうが。
「――いっその事、逆に一戦限りで『生体ユニット』の全性能・全耐久・全寿命を使い切れるように最高効率で調整してみては? それならばデータストームによる人体への致命的負荷も解決するまでもない、些細な問題に成り下がりますよ!」
常人では決して出て来ないトチ狂った発想をぶち撒け、周囲の全員をドン引きさせ――ペイル社の共同CEO達だけは「その発想はありませんでしたわぁ」「あら、ありかもね?」「面白いですね、後でアドバイスを貰っても?」と極めて乗り気だったのでシャディクを含めた多くの者が更にドン引きした。
……いつもなら、『彼』の行き過ぎた発想に対する制止役としてデリング総裁が介入に入るが、残念な事にテロリストの凶弾に倒れ、意識不明の重体である。一刻も早い回復が待ち望まれる。
「――アーシアンの非道な行いがデリング総裁を重体に追いやった。許しがたい行為だ――『総裁代理』、ご決断を。内密に、しかし迅速に、我々の手で片を付けましょう」
グラスレー社CEO、サリウス・ゼネリからの報復プランが提出され、裁可を求められる。それに対して『彼』はいつものように胡散臭い顔で――予想を裏切るかのように首を横に振った。
「まぁまぁ、皆さん落ち着いて下さいな。憎しみの連鎖というのは不毛なものです。殺し殺され続けては未来永劫に終わりがありません。何処かでその連鎖を断ち切らねばなりませんよ!」
今更何言ってるんだコイツ?という白けた空気が流れる。
この場において日和るとは度し難い反応であり――やはり、『彼』にベネリットグループの『総裁代理』を務める力量は無いと、シャディクは確信する。
「あらまぁ、いつから平和主義者に鞍替えしたのかしら? それで、此処までの事をされて、我々ベネリットグループは涙を飲んで何もするなと仰るのかしら?」
小馬鹿にしたような口調で、ペイル社共同CEOの1人、ニューゲンCEOが揶揄する。
報復の為に拳を振り上げている現状の流れを止める者にベネリットグループのトップに立つ資格などある筈も無く――。
「日本兵庫県加古川市の天気は晴れ時々『ダインスレイヴ』――テロリストへの対処法はコミュニティ単位での根切りが基本です。皆様のお仕事が遅いようなので既に終わらせておきましたよ」
この『独裁者』は人の話を聞かない。
この『独裁者』は人の事を考えない。
この『独裁者』は人に何も言わずに事後承諾で全処理する。
『彼』は宇宙で有数の、否、デリング・レンブランを上回る無慈悲で有能な独裁者にして、微塵の容赦も無い狂信的な浄化主義者である。
『彼』のリモコン操作で流れるニュース情報には、日本の難民キャンプが跡形も無く吹っ飛んだ、世紀の怪事件が大きく取り扱われており――。
「――プラント・クエタで全機撃破出来たというのに、意図的に生かして帰す理由なんて、巣に戻らせてから全駆除する為に決まってるじゃないですかぁ。この手の『害虫』は経験上、一匹でも残っていたら無限に増殖するので最初が肝心ですよ!」
『彼』が殺戮に酔いながらも舐めプ&手加減していたのは、この理由付けの為である。フィン・ファンネルを2基使っていなかった時点でお察しという訳だが。
『彼』と戦闘した時点で『フォルドの夜明け』の本拠地情報が『彼』に筒抜けとなっていたので、あの戦場で『彼』を撃墜出来なかった時点でこの結末は定められていたものである。
デリング・レンブランを超える、即断即決の強硬策を実行してのける新たな『独裁者』に対し、この場にいる全員が冷や汗を流して恐怖する。
「――実働部隊の目撃例は皆無なので事件性は無く、我々に最高にご都合の良い偶発的な事故のようですね! テロリストの本拠地が偶然壊滅していたので宇宙評議会の介入の心配も御座いませんし、本題と行きましょうか。――カテドラル代表及びフロント管理社代表、中央の審問席へ」
いつもの胡散臭い口調から、声のトーンが2つほど下がる。
指名されたフロント管理社代表とデリングの右腕であるラジャン・ザヒは、顔を引き攣らせて『彼』を二度見する。既に『彼』から胡散臭い笑顔が消えて無表情となっており――。
「これは関係無い話ですけど、『独裁者』の特権の1つは『無能な味方』を理由無しで処断出来る事にあると思うんですよ。戦場だと流れ弾で処理すれば良いのですが、平時だと面倒事が多いですからねぇ? これより『審問会』を開始します――素人意見で恐縮なのですが、今回の『プラント・クエタ襲撃事件』において、対応の不備が数多く見受けられるようですが?」
審問される立場から審問する立場へ、宇宙一無慈悲な『独裁者』としての本性を一切隠さず露わにした『総裁代理』は、記念すべき第一回目の――『魔女』が主催の『魔女裁判』の開催を宣言したのだった。