「知力」の一夏君、果てなき宇宙(そら)を目指す 作:高橋ヒナタ
ちょいと予定を変更しまして、オータム回。
先に書き上がったのがこちらなのでね。
──黒い死神。
それは、昨年12月頃より裏社会を中心に広まり始めた
ある恐ろしい噂だった。曰く、狙われれば命は無い、と。
気が付いた時には既に死神の鎌は喉元に宛てがわれており
どこまで逃げようとも、どれだけ守りを固めようとも
やがてはその命を刈り取られてしまうという。
当初は、そのような噂話など誰も信じることは無かった。
精々殺し屋から辛うじて逃げ延びた奴が恐怖心に呑まれて
心の中で生み出した幻像がいい所だろう、と。
[世界各国にて政府高官や資産家の暗殺相次ぐ。
被害者はいずれも複数の不祥事を抱えていたか]
[市街地で銃声や爆発音相次ぐ。現場では死傷者多数。
武器の密売現場を襲われたものと思われる]
しかしそれは、そんな与太話で終わる訳など無かった。
その後も正体不明の暗殺者に襲われた例は次々と挙がり
2月に入る頃にもなると多くの者がそれを恐れた。
自分達の首にその鎌が宛てがわれる可能性を。
だが、それを恐れない者たちも居た。
「こんな訳の分からん噂だけのヤツにウチのカルテルが
壊滅させられるとでも思ってるのか?あぁ?」
「だな。噂にしたって話を盛りすぎだぜ。
仮に実在したとしてもボスにゃ勝てねぇさ」
「えぇそうね。"コレ"を横流ししてくれた役人様には
感謝してもし足りないわ」
メキシコ某所を拠点とする、新興の麻薬カルテル。
数年前に本格的に麻薬密売業に参入した新入りながら
独自の密輸ルートやそれをツテに集めた構成員
カルテルのボスである女が持つ"ある秘密兵器"によって
猛烈なまでの急成長を遂げた一団である。
他カルテルとの勢力争いをいくつも勝ち抜き
多額の賄賂によって警察や軍をも買収した彼らは
今や国内で最大級の麻薬カルテルと化していた。
それ故に、気が大きくなっていたのだろう。
自分達に敵う勢力など無いと思っていたのだろう。
だからこそ、彼らは油断していた。
「──ボス、そろそろ時間です」
「分かったわ。行きましょ」
カルテル上層部一同が車に乗り、ある場所へ向かう。
目的地は、下町にある何の変哲もない小さなカフェ。
特に変わった点など無いように見えるそれだが
実は店を含む一帯自体がカルテルによって買収されている
彼らにとっての絶好の"取り引き場所"であった。
「待っていたよ」
「金は用意したわ」
ボスの女は、カフェに滞在していた良い身なりの男に
持っていたジュラルミンケースを手渡す。
中身はそう、麻薬を売りさばいて得た金だ。
1gあたりおよそ
麻薬というのはどれも相当な高値で取り引きされるため
ジュラルミンケース満載レベルの
簡単に用意することも出来る。
「で、どう?状況は」
「軍にも警察にも勘付かれてはおらんよ。
連邦捜査局や取締局の方も誤魔化しておいた」
「さすがは父さんね」
で、このカルテルとの取り引きを行った男だが
実はなんとメキシコ連邦警察の上層部にいる人物。
にも関わらず娘がカルテルのボスという有り様。
──尤も、メキシコではありふれた光景なのだが。
ともかく、こうして裏で取り引きを行うことで
本来ならばカルテルを摘発するはずの組織を買収し
大量の麻薬を国内外へと販売しているのだ。
ババババッ!!
ダダッ!ダダダッ!!
「なんだ?銃声?」
寝静まった夜の街で密かに取り引きをしていた彼らの耳に
不意に銃声が届いた。
「…対抗組織か、或いは何も知らない末端警官か」
カルテルが警察官や軍兵士と衝突することは多々あり
大規模なものだと銃撃戦になることもある訳だが
彼らはその銃声を訝しんだ。連邦警察が動いた情報は
今の所入ってきていないからだ。
「私よ。聞こえる?何があったの?!」
ボスは無線機で周辺警戒をしていた構成員に尋ねる。
何があったのか?と。
『わっ、分からねぇ!いきなり襲われた!』
『黒い影みたいなヤツだった…!そっちへ向かってる!』
返ってきたのは、焦燥したような声。
いつの間にか銃が何かに撃ち抜かれていた
気が付いたら壁に叩き付けられていた
そういった具体性の無い報告ばかり。
だが襲撃者の姿を見た者も少数ながらいたようで
その装いについての情報も断片的にだが伝わってくる。
『敵はサイボーグのようなヤツでした』
『ワイヤーみてぇなモンを使って移動してやがった』
『目が8つあった。光ってて…こっちを見て…!』
黒い細身のパワードスーツのようなものを身にまとった
サイボーグにも見える女で、移動用のツールを使って
影から影へ飛び移るようにして奇襲を繰り返す
蜘蛛を思わせる8つの目を持つ存在──。
「……まさか…」
「"黒い死神"は実在するの…?」
それを聞いた時、彼らの額を冷や汗が伝った。
実在しないとさえ思っていた、噂の存在。
噂が本当であるのなら、今まさに自分達の首には
死神の鎌が宛てがわれようとしているのでは?
そう考えると、背筋に寒気が走る。
ダンッ!ダンダンッ!
バララララッ!!
急速にこちらへと迫る銃声が、死神の足音に聞こえて。
『ぼ、ボス!今すぐそこから逃げるんだッ!!』
『死神だ!死神が出たんだ!!』
無線機の繋がる先が冥界のように思えて。
「…ここを出るぞ」
「そ、そうね」
彼らはその場を立ち去ることを選ぶ。
しかし───
ダァンッ!!
「がっ…!!」
「おっ、お父さんッ!」
銃声が響き、男が撃たれた。
左胸に1発。綺麗に心臓が射抜かれていた。
高そうなスーツが赤く染まっていく。
『まずは1人』
「ッ!!」
ソレは、どこからともなくぬるりと入ってきた。
顔には妖しく煌めく8つの目、背中には鋭い8本の"脚"
カーボンファイバー製と思しきコンバットスーツと
滑らかな形状の黒い装甲が織り成す美しいシルエット
どこかクロゴケグモを思わせる赤の差し色。
そして手には今まさに男の心臓を撃ち抜いたであろう
サプレッサーの付いたIS仕様のM110狙撃銃。
裏社会に通ずる邪な者達を次々と葬ってきた
黒い死神が、今目の前に降り立ったのである。
『"旦那"からの依頼なんでな。悪いが、死んでもらう』
発せられる加工音声が、冷徹に死刑宣告を告げた。
「甘いわねッ!私はそこらのカルテルとは違うのよ!!」
女は、隠し持っていた"秘密兵器"を起動する。
光に包まれそれが晴れると、女はISを纏っていた。
メキシコ政府より裏ルート経由で横流しされたそれは
紛れもなく専用機のうちの一機であり。
それこそが対抗カルテルとの抗争を勝ち抜いた鍵であり
彼女に絶対的な自信を与えていたモノであった。
だがしかし。
『甘いのはテメェだ!!』
死神はそれを意にも介さなかった。
バチバチバチッ!!
「あ゙ぁあァッ!!」
その手に具現化された、手榴弾のようにも見える何かを
女のISに押し付ける。するとそれはカチャカチャと
音を立てて小さな蜘蛛のような姿へと変形
ISへ特殊なエネルギーを流し込んだのだ。
発生した強烈な電流が女を苦しめる。
「よくも…よくもやったわね!!」
電流から解放された女は激昂し反撃に出ようとして──
『…徒手空拳で何をしようってんだ?えぇ?』
「ッ?!ISが…無いッ?!」
その身からISが剥がされている事に気が付いた。
では、剥がされたISはどこへ?
『コイツは頂いていくぜ』
そう、死神の手の中に。
死神が使ったのはそう、
使用されたが最後、どんなに強力なISであっても
それを強制解除されてしまうというシロモノ。
ISを失った今の女は、ただの一歩兵に過ぎない。
否、数多の暗殺依頼をこなしてきた死神にとって
歩兵にすらも及ばなかった。
「まっ、待ちなさい!金なら出すわ!いくらでも!
それでっ、あなたを雇わせて貰えないかしら?!」
死神には敵わないと悟った女は、命乞いを始める。
金で見逃してはくれまいか?と。
死神は何やら少し思案したのち、口を開く。
『100億ドルだ。それで相談に乗ろう』
「………は?」
100億ドル。日本円にして約1兆2000億円。
提示された金額は、あまりにも桁が違った。
カルテル全体でありったけの資金をかき集めれば
それを用意することも可能なのかも知れないが
それでカルテルが倒れてしまえば本末転倒だろう。
『無論公的な立場と安全な暮らしは保証して貰うぜ。
FBIやCIAにも疑われないような、な?』
「何を…言っているの?」
女は思わず耳を疑った。FBIやCIAを欺くことなど
麻薬カルテル程度では天地がひっくり返っても不可能だ。
ましてや女のカルテルは爆発的な成長を遂げたせいで
アメリカからも既に目をつけられている。
『さぁ…どうするんだ?』
銃口を額に定め、死神が問う。
女は悩みに悩んだ末──
「用意させるわ!それで見逃してくれるのよね?!」
嘘をつく事にした。
『ほう…?くくっ…そうか!用意させる、か!』
死神は面白そうな声を上げ。
ダァンッ!!!
『だが、答えは"NO"だ』
一切の情け容赦無くトリガーを引いた。
『…元亡国機業のエージェント舐めんじゃねぇ。
その程度の嘘なんざ簡単に見抜けんだよ。
ま、嘘じゃなかったとしても処分は決まった事だがな』
その死神──オータムはそう死んだ女に吐き捨てると
夜闇に紛れるようにその場を後にしたのだった──。
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キィィ--ン…
織斑宅最上階、40階の屋上に設けられたヘリポートに
反重力ローター採用の輸送機が静かに降り立つ。
時速2,500kmという通常の航空機を凌ぐ速度を持ちながら
光学レーダーによる視認を防ぐ迷彩システムを備え
高度な電波ステルスと合わせて抜群のステルス性をも持つ
隠密行動に最適な個人用輸送機である。
「旦那。戻ったぜ」
「おう、おかえり」
輸送機から降りてきたオータムが出迎えた一夏へ
奪取してきたコアを投げ渡しつつ帰還の挨拶を掛ける。
「ま、メキシコらしい有り様だったがな」
「あそこは土地柄がな…麻薬周りは仕方ないのはある。
ISまで流してるのには驚いたが」
「奴さんの父親、軍部と繋がりがあったんだと。
データは全部コイツに吸い出しておいたぜ」
更にUSBメモリを投げ渡すオータム。
中には、真っ黒な癒着の証拠がギッシリと。
戦果の受け渡しを終えた2人は屋内へと引っ込み
機体整備を行うためにワークショップへと向かう。
「アキ。ビールいるか?」
「いいのか。んじゃ頂こうか」
ラビッツワークショップ内には当然IS整備ブースもあり
一度に8機までISを駐機、整備出来るようになっている。
今回、オータムの専用機「ブラックウィドウ」は
歩兵用小火器が多少掠った程度で整備自体は不要だが
稼働データ採取などを行う必要はあるのだ。
カシュッ!
「そういえばなんだけどよ」
「ん?」
ワークショップで稼働データの吸い出しを始めた所で
缶ビールを開けたオータムがちょっとした疑問を呈する。
「この新型の剥離剤、随分と見た目が変わったが…
何か元ネタでもあんのか?」
それは、彼女が今回の任務で使用した剥離剤について。
ピピッ
カチャカチャカチャ…
カサカサ…カサカサ…
拡張領域から取り出した剥離剤をひとつ起動してみれば
4本の脚を開いてまるで蜘蛛のように動き回る。
ターゲットを探しているようだが、今この整備ブースには
人が乗っているIS──自身が有効な相手がいないためか
迷子かのようにキョロキョロと辺りを見回している。
そして、時間経過で待機モードにでも入ったのか
脚を折りたたんで手榴弾のような形状に戻ってしまった。
「少し前にラウラがFFシリーズにハマったんだが
ちょっと面白いモンスターを見掛けてな」
「面白いモンスター?」
一夏は、デザイン担当としてその由来を語り出す。
「──アキ。こいつを開けてみてくれ」
おもむろにSwitchライトを取り出して起動すると
どこだかのダンジョンまでキャラを移動させる。
キャラクターの頭上に表示されているコマンドには
フキダシマークと「トレジャー」との文言が。
「開ける?あぁ、ミミックってやつか。
しかしあれは宝箱に化けたモンスターだろ?」
訝しみつつも開けるコマンドを入力するオータム。
「……おいおい、そのまんまじゃねぇか」
「どうせ民間には出さないしな」
するとそこには、剥離剤そのままな見た目をした
ミミックと表示されたモンスターが。
一夏はこれをデザイン元として採用したとのこと。
有り得ない事ではあるが、仮にこれを売り出した場合
販売元と"喧嘩"になること請け合いだろう。
「この後はどうするんだ?」
「宇宙資源調査部門との会議が19時からってとこだ」
データ吸い出しも終え、時刻は
一夏は買ってあったコンビニ飯の用意を始める。
「旦那もコンビニ飯食うんだな」
「今回はアキが帰ってくる時間が時間だったからな。
それに、千冬姉もマドカもラウラも寮泊まりだし
1人だと自炊する方が手間だったりするもんだ」
「なるほど。言えてら」
わざわざ食材を1人分だけ用意するというのは
以外にも手間なもので。仕事の忙しさなどを考えれば
コンビニを利用するのもやぶさかではない。
「…なぁその会議、いつ終わるんだ?」
ふと、オータムが後ろから腕を前へ回すようにして
一夏へと撓垂れ掛かった。彼女の形のいい豊満なバストが
一夏の背中へ押し付けられてむぎゅっと変形する。
顔はアルコールが回り始めたからかほんのりと紅く
女の色香が一層強まっていた。
「予定は21時までだ」
「それ、遅らせられないのか?」
楽な仕事だったとはいえ、殺しの仕事をこなしたからか
オータムは少なからず昂っているらしく
貪るようなキスで一夏を誘う。
「…アキは一度始めると長いだろ」
「旦那がいい男なのが悪い。それに一度始めると長いのは
旦那だって同じだろうがよぉ」
一夏もまた同じようなキスで返すが
アルコールが入っていない分理性があり。
「──分かるか?最近クズ共の対処に追われてたせいで
ストレス以外にも結構溜まっててな」
「…!!」
「もしあと2時間待っててくれるっていうなら
朝まで抱いてやるが…どうする?」
オータムをソファへ押し倒してそう言った。
彼の問いに対しオータムは───
翌朝、1組の教室へ顔を出した一夏の顔色は
随分とスッキリしたものだったという。
アキちゃん回でした。
個人的には「強気な女=逆転されると弱い」。
アキちゃんも多分その例に漏れないと思ってる。
新型剥離剤の元ネタ、分かる人いますかね?
あの作品のミミックはミミックらしからぬ
生物的ながら機械的でもある独特な見た目で
結構好きなんです。
最近、執筆に使ってるスマホのタッチパネルが
時折荒ぶるようになってきてしまった…
新スマホあるんで一応平気ではあるんですが。