しかも、長い
そして次回の事を思うと筆が重くなる事が確定しているという
相変わらずのクオリティなので期待せずに読んでもらえると嬉しいです
シレジアでは明らかに不穏な空気が立ち込めていた シグルド公子達がシレジアのセイレーンに留まって一年が過ぎ、恋人同士となっていた者達が夫婦となりそれぞれが子供を授かり、それが収まった頃
トーヴェ侯マイオスが突如として、シグルド一派の拿捕を目的としてトーヴェより天馬騎士ディートバと彼女率いる天馬騎士隊。司祭クブリ率いる魔道士隊がそれぞれセイレーン方面へと侵攻を開始した
女王を支えようとしていたマイオスであったが、グランベルにおいて叛逆者として扱われているシグルド一派を引き渡そうとしないばかりか、国王アズムールにシグルド達の窮状や彼等の誠実さを訴えたラーナ女王からの親書
この流れを危険と見た宰相レプトールはランゴバルドとユングウィの新しい当主となったアンドレイと連携して、女王の弟であるザクソン侯ダッカーに圧力をかけるべくザクソンの東にあるグランベル領リューベックにてドズル公爵家騎士団グラオリッターとユングウィ騎士団バイゲリッターによる合同演習を行なう事とした
これは当然示威行為であり、宰相レプトール等からの最後通牒とも言えるものともいえた
アグストリアにおいて、戦闘初期シグルド達が打倒すべきと考えていたのはあくまでもハイラインである
アンフォニーについては傭兵騎士団を動員したものの、非情な言い方になるが
アンフォニーの正規軍は国境付近の護りのみに注力しており、シグルド達から仕掛けなければ戦闘は起きなかった
だが、アンフォニー侯マクベスが用意したならず者達を撃退し、アンフォニーに最初刃を向けたのは『シレジア王子』レヴィンだった
更にレヴィンはシグルド達に対して協力すると共にアンフォニー攻略を成してしまう
無論アンフォニーのマクベスが指示したであろう『民衆からの略奪』は到底統治者として許されるものではないが、それはあくまでもアグストリア国内の話であり、それを処断出来るのはアグストリア国王であるシャガール王のみなのだ
穿った捉え方になるが、『アンフォニー攻略はシレジア王子の協力によるもの』だったと言えなくも無い
そして、口実がある以上それを上手くかわす必要があったのだが、タイミング悪くアグスティに『シレジア四天馬騎士』の末席に身を置くフュリーがいた
しかも正式に国王であるシャガール王に『レヴィン王子の捜索』と話してしまっており、シャガール王の発言からエバンスに進軍する事となった
エバンスにて、レヴィンと再会しシャガール王の発言とレヴィン王子の発言に矛盾を感じたフュリーはレヴィンを信じ、シグルド達に協力した
その後、アグスティへの最後の砦ともいうべきマッキリーを制圧したのだが、この際レヴィンは然程活躍していなかったが、フュリーは高台に配置されたロングアーチ部隊や魔道士隊と交戦しているなど積極的にマッキリー軍と交戦していた
つまり、『シレジア王国の正規軍に属する人間がアグストリアにてシグルド達に協力した』となる訳であり、先のレヴィン王子の行動と合わせて考えると決して無視できる話ではなかった
結果として首都アグスティはシグルド達により
今まで問題視されていなかったのは、あくまでもシグルド公子達が『グランベル王国に反逆する意思がない』と考えられていたからであり、そうでなければ実のところシグルド達には様々な問題があったのである
敵対国であるイザーク王家のシャナン王子を匿い、王女であるアイラを軍に参加させ、滅ぼしたウェルダンの王族であるジャムカもを迎え入れている
ジャムカはともかくとして、グランベルと交戦しているイザークのしかも王族を匿っていたというのは仮にレプトールやランゴバルドがしていたとしても責任追求は免れない程のもの
言葉を飾らずに言うならばたかが一公子の頸一つで済む問題では決してなかった
つまり、シグルド公子自身の本心はともかくとして、少なくとも彼が危険視される要素はあったのだ
更に言うと、アグストリア南部で制圧を繰り返していた時、ハイラインとアンフォニー制圧直後、
彼等はあくまでも、主君アルヴィスの話やグランベル王国の歴史などについてシグルドに話をしただけであったが、全く事情を知らない第三者から見ると話が変わる
再三
以前記した様にグランベル王国の役人達でも上の方の人間にとって、ウェルダン制圧だけでも大問題。その上、アグストリア南部まで飲み込んだとなるとはっきり言って手が足りなかった
だが、グランベル王国は大陸最大の国家であり、その威を保つには一度制圧した地方をあっさり返す訳にもいかなかった
まぁ、正確には大国特有の『プライドの高さ』故に出来なかっただけなのだが
ともかく王国の役人達にとってシグルド達の成果、つまりウェルダンとアグストリア南部制圧は全くもって嬉しくないどころか、邪魔でしかなかったのである
グランベル王国として統治するとなると、勿論商人などの行き交いは盛んになるだろう。しかしその一方で、
それは統治機構に属する人間の責任、つまりグランベル王国の役人である自分達にも責任が生じる可能性は否定出来なかった
更に南北に分断される形となったアグストリアでは黒騎士ヘズルの末裔であるエルトシャンがグランベル王国の役人達からすればまるで理解出来ないがかなりの支持を集めていたのだからどうしようもない
そもそもアグストリアにシグルド達が介入した原因だと言うのに、不思議とかの者に対する不平不満よりも、彼を投獄したシャガール王の方が非難されるという訳の分からない事態となっていた
これには政治的センスが高く、統治者としてまた調停者としての能力が傑出している宰相レプトールすら匙を投げる程だったのだから、その特異性がどれだけ根深いものであったのか御理解してもらえると思う
下手にアグストリア南部を制圧した事により、アグストリアの住民からは反発され、一度手にした南部を手放すべきと主張する
しかも流石に旧ウェルダン一国や南部アグストリアを一公爵家に管理、統治させるとなると他の公爵家との力関係にも問題があった
かと言ってそれ以外の者に明らかな騒動の元となりかねない同地を与えるなど論外だろう。それだけの家臣や統治能力を持つだけの者はいなかったのだから
加えてその当時は
王家の直轄領にすれば、
役人達から見ても、クルト王子の行状についてはあまり好ましいものと映っておらず言葉を偽る事なく言えばクルト王子の治世となると不安要素しかないと判断する者はそれなりの数いたのである
もし仮にイザーク遠征がクルト王子主導で成功した場合、その功績の一部は王子を補佐したバイロン、リング両名のもの
更にやり方に不満はあれど、結果としてウェルダンとアグストリア南部を切り取った形となる
となれば、ウェルダンかアグストリア南部、ないしはイザークの何れかにおいてシアルフィ公爵領やユングウィ公爵領を用意せねばならなくなる可能性は決して低くなかった
恐らくクルト王子であれば、それを父である国王アズムールに進言するだろう事も
レプトール、ランゴバルドの両名は文武に優れ、しかも統治者としての能力も非常に高い
レプトールは宰相としてグランベル王国で欠かせぬ人物であり、ランゴバルドもまた北方のシレジア王国牽制の為に必要不可欠な人物
レヴィン王子出奔により、一時的とはいえ混乱した当時のシレジア王国に対して出兵を求める声がグランベル国内であがった際、それを押し留めたのが他ならぬランゴバルドである
シレジアに兵を入れるだと?
ワシは反対だ。現女王であるラーナはどちらかと言えば理想主義的なところがあろう
その統治体制を受け入れているシレジア国民が我等グランベルのソレを受け入れるものか
それとも貴様らにはそれを受け入れさせられる手段か確信があるのか?
そうであればワシは止めぬがな
その時は公爵家に属さない者達や文官でもない者達が主体となって『シレジアへの介入』を主張していた
彼等からすれば、公爵家に属さない。いや属せない自分達にも大きな権力や発言権が欲しかった
彼等の目は欲望に染まっており、相手国であるシレジア王国の戦力を過小に見積もっており、シレジア独自の戦力である天馬騎士についての理解すら及んでいなかったのだから笑い種である
しかも現実路線とは言い難い現在の女王やその息子を支持するシレジアをどうやって治めるのか?という根本的問題もあった
ランゴバルドとしては、あまり所領を増やし過ぎれば要らない軋轢を生みかねず、結果としてグランベル王国にとって好ましからざる事態を招くであろうとも判断している程だった
が、事態はここ数年で大きく変わる
こうなってしまえば、最早グランベル王国を残す為に極端な手を打つ他にない
そうレプトールとランゴバルドは結論づけた
その一環がクルト王子の排除であり、リンクとバイロンの始末なのだ
誠実なのは結構な事
実直なのも構わない
が、道を外れようとする主君やその一族を諌めずして『目が覚めるのを待つ』などと言う悠長な事が出来るほどに国王アズムールは若くなかった
現在グランベル王国にて絶大な権力を有するのは宰相であるレプトールだが、別に彼が斃れたとしてもそう簡単に体制が崩壊しない程度には組織や人を育てている
レプトール亡き後ならば、恐らく国王アズムールの信任厚い近衛のアルヴィスが暫く舵取りをするだろう。レプトールにせよ、ランゴバルドにせよアルヴィスの手腕にそこまでの不安はないので後顧の憂いはないはずだ
問題なのは、クルト王子が亡くなってから意気消沈した一部の者がバイロンの息子であるシグルドを担ぐ事
今までの実積から、シグルドは『騎士としては優秀だが、政治的駆け引きや配慮が苦手』な人物と判断する他なく、掌握に難航しているユングウィの人間やシアルフィの生き残りとシレジア王国の戦力を合わせて考えると放置する事は許されない
しかも、シグルド軍にはヴェルダンの王族、イザークの王族にノディオンの姫君もいる
更に帰国したレンスターのキュアン王子はどうやらシグルド達に手を貸そうとしていると言うではないか
トラキアは動かないだろうが、最悪の場合大陸各地に争乱の火が上がる可能性もあり得なくはない
危険すぎるのだ
しかも、それをシグルド達が上手く制御出来るとも思えないのであれば尚更
それ故に現在のシグルドを支えているシレジア王国には
消えてもらわねばならなくなった
それだけの事なのだ
しかし、
下手すれば亡国待ったなしなのだから
その為、グランベルとシレジアの境界を守るザクソンのダッカーはすぐ近くで大規模な演習を行なうグランベル王国正規軍の威容を嫌でも感じざるを得なくなった
確かに相手は
されど、他国の騎士団でも二線級の予備兵力位は用意するものだ。当然グランベル王国を代表する騎士団であるグラオリッターとバイゲリッター。そのクラスとなると、その規模もかなり大きなもの
しかも、グラオリッターの場合はランゴバルドの副将とも呼ばれるスレイターがリューベック演習直前まで練成を重ね、バイゲリッターもイチイバルも公爵位もないアンドレイが血の滲むような労苦の果てに何とか立て直したものであった
付け加えるならば、そもそも此度の一連の動乱のきっかけはユングウィの居残り組がウェルダン軍により敗北、その後にユングウィ城を制圧された事である
言葉を偽る事なく言えば、ユングウィ城守備隊がウェルダン軍を追い返すか、少なくとも互角に戦闘していればシアルフィは勿論の事、ドズルやフリージなどからの援軍参戦により問題無く収まっていただろう
その脅威は確かに以前よりは劣るであろうが、それでも鬼気迫るとも言える訓練を乗り越えた騎士達の雰囲気は相当なものとなる
ドズルの騎士達は『グランベル王国の
ユングウィ騎士達は『ユングウィ騎士の名誉を守る為』
ダッカーはそれを逐一把握しつつ、国内の不穏分子を始末。更に弟マイオスと共に女王を補佐しながら、綱渡りともいえる様なグランベルとの睨み合いもこなさねばならなかった
自身に付けられたパメラより一応レヴィン王子が女王に謁見し、一先ずは後継者問題に解決の目処がついた。とは聞いているがそれだけが彼の救いだった
しかし、尊敬する兄がそれこそ神経を削るかの様な苦労を重ねているにも関わらず、女王を支えねばならぬはずのレヴィンはセイレーンにあり、ディートバからの報告では子供をもうけたとの話が出てきた
跡継ぎをもうける事事態は必要。それはマイオスにも分かる
だが、この緊迫どころか切迫した状況下ですべき事ではない。少なくともマイオスはそう感じた
シグルド達がセイレーンに身を置いてから、国内で武装蜂起(首謀者は貴族や国内の有力者)が頻繁した理由の一つに『レヴィン王子に対する不信感』があった事を他ならぬ彼等の討伐を指揮したマイオスは知っている
先ずすべきは『失墜した信用の回復』であり、本来であればラーナ女王の下へ自分から向かうべきだった
しかし、現実は幾度もマーニャやフュリーからの要請や説得の末というのだから全く笑えない
姉であり女王であるラーナの身を守り、兄ダッカーの命を守る
それがマイオスの望みであり、そこに
そして、このままではシレジア王国が、姉が、兄が
レヴィンやシグルド達のせいで危険な事になる
それ故にマイオスは初めて姉と兄の意思に背く事を決めた
セイレーン攻略を命じられ、セイレーンへと進軍しつつあるディートバは自身の相棒に騎乗し嘆息する
戻れぬ道、か
それはマイオス侯が自分達を送り出す際に語った言葉である
私はこのシレジアを守る。だが、そこには女王陛下やザクソン侯が含まれる事はあってもシアルフィ公子やその一味にレヴィン王子は含まれると思ってあらぬ
これは歩き始めたが最期。戻れぬ道となる
私の決定に異を唱える者もおろう。その者達は直ぐに部隊を抜け、女王陛下の元へと参ずるが良い。許す
トーヴェ侯であり、本来ならば到底許す事のないはずの指示
彼は元々自分よりも優秀な兄や尊敬する姉を補佐する事に秀でており、シレジアの民からは『腰巾着のマイオス』と密かに呼ばれている事をディートバも知っている
実は当人であるマイオスも知っているが、さして気にする事もなく放置していたりする。『自分が目立たない方が兄や姉を支えやすいから』という理由で
やれやれ、儘ならないものだ
ディートバは嘆息しながら、少し後ろを振り返る
ディートバが率いる天馬騎士は十五名
更にトーヴェから少しセイレーンに近い森の中にはクブリ司祭が率いる魔道士部隊が待機しており、ディートバの部隊と連携して戦う事となっている
ディートバはあくまでもシレジア王国の騎士であり、トーヴェ侯に仕えているのは女王であるラーナの命だからこそ
彼女に従う天馬騎士達もそうであり、本来の所属であるシレジアへと帰還したとしても何の咎めを受ける事はない立場
恐らくトーヴェに来た当時のディートバや彼女の部下達であれば、何の躊躇いもなく戻るだろう
しかし、必死にトーヴェという北の最果てといえる地方を治めているマイオスを見ていた彼女達にその決断は出来なかった
(パメラやマーニャに会う事は叶うまいな、これは)
ディートバは『シレジア四天馬騎士』の第三席である。つまりマーニャ、パメラに次ぐ実力者であり、フュリーに勝るとされている
かと言って、自身の研鑽を怠る事も腐る事もなく
全ては守るべき国と民の為に
それは騎士を目指す者の多くが最初の頃には持っていた思い
しかし、時を重ねるにつれて現実や我欲、失望などにより少しずつ歪んでゆくもの
それでもその心を持ち続けたからこそ、今の自分がいる
そうディートバは確信していた
ふ、我ながら詮無い事を考えるものだな
元よりディートバは考える事をしない訳ではないが、あまり小難しい事を考えるのを厭う人間だ
しかし、今回ばかりはらしくない事だが彼女も色々と考えてしまう
よもや同じシレジアの者と槍を合わせる事となる、か
良く誤解されているのだが、シレジア天馬騎士達の憧れともいえる『シレジア四天馬騎士』
末席とはいえ、フュリーがその地位にいる事を不当と考える輩が多い
曰く
「レヴィン王子の幼馴染だから」との事だが、思い違いも甚だしい
シレジア四天馬騎士とはそんなに安いものではない
国外においては、シレジア王国の外交官とほぼ同じ扱いをされる事もある立場であり、自分や
国内最強とも言われているマーニャやパメラはともかくとして、自分やフュリーにとってこの地位があまりにも重いと感じる事は何度もあった
時には逃げ出したくなる時もなかった訳ではない。それでも歯を食いしばって食らいついてきた
自分もそうだが、余計な事を言われていたフュリーからすれば自分よりもその重圧は凄いものだったろう
正当にフュリーの実力だけを見る人物がどれだけいただろうか?
どれだけマーニャがフュリーの実力を、努力を認めたいとしても
例え
二人の立場がそれを許さない
そんな中でフュリーを密かに擁護したのが
迷いはある
躊躇いもある、のだろう
隊長
分かっているさ
声をかけてきた部下にそっけなく返す
シグルド公子。貴殿の立場や境遇には失礼かも知れぬが同情しよう
だが、私はシレジアの騎士。加減はできん
王子。貴方がどれだけシレジアの外で学んだのか、その成果を見せてもらいましょう
フュリー。お前が王子を守ろうとするその覚悟、見せてもらうとしよう
ディートバはそう零すと進軍速度を上げる命令を出した
シレジアにて血みどろの戦闘が今まさに行われている時、レンスター王国においてキュアンが主導する『シグルド公子への援軍』について漸く国王からの裁可が下った
と言うのも、国防というものは現時点の大陸情勢においてなくてはならぬもの
騎士団長と軍務責任者達は
とはいえ、それに対する財務や内政に携わる者たちからの反発は尋常なものではなく約3割ほどの人間が職を辞す事態へと発展した
国王としてはこの事態が危機的なものである事を理解していたのだが、王の決定というものは容易に覆して良いものでは決してない事が災いして援軍派遣について強行する他に無くなってしまった
しかし、この決定はレンスターに帰国したグラーニェ、つまりエルトシャンの妻であった彼女の実家やその親族達にとっては甚だ不愉快なものに映ったのは仕方のない事だろう
グラーニェからすれば、ノディオンで孤立を深めていたとはいえどそれでも『嫁ぎ先』であった
少なくとも、夫との間に
そんな彼女からすれば、シグルドやラケシスは夫とその国を滅ぼした憎い相手でしかない。特に夫の妹であったラケシスに対する憎悪は一年以上経った今でも全く収まる気配はない
レンスターが援軍を出すという事は『シグルド達のした事をレンスター王国が認める』事と同義
元よりレンスター王子夫妻がシグルドの側に立って参戦していたので、グラーニェとその親族達は最初からキュアンやエスリンに期待もしていなかったのだが
その彼等に元々エスリンやキュアンの在り方に不満を持った貴族や有力者。更に今回の援軍決定に不満を持ち職を辞した者達までが『反シグルド』から『反キュアン王子』。更には『反国王派』へと変じるのはある意味では当然だったのかも知れない
これには彼等の不満を煽るアルスターやコノートの領主が密かに暗躍していたりするが、様々な混乱が続いた為にこれが露見する事はなかった。というよりもそれどころではなかった。という方が正確だろう
レンスター軍の主敵はトラキア王国軍であり、ドラゴンナイトを中核とするトラキア軍であれば、武器の相性面からすれば同じ槍であるからそこまでの対策を必要としない
ところが、多種多様な騎士団を国内に抱えるグランベルとなると当然だが話はまるで変わってくる
シグルド公子やバイロン卿の影響が強い
特に武器の相性的に不利な
そう言われている
が、何のことはない。最大規模の斧騎士団を有するドズル騎士団がそうであるから言われているだけなのだ
斧騎士といえばそのままドズル公爵家の騎士か、その縁者
その様な認識が確かに
それ故に派兵するならば慎重に慎重を重ねる必要があった
やれやれ。軍の連中は威勢の良い事ばかり言いおるわ
出兵が決まった以上、それに沿う動き方が要求される
その為、財務担当者は人員を集めてこれからかかるであろう費用の概算を立たねばならない
今更な話ではあるが、既にイザークとグランベルの交易による税収が当てにならない以上は以前の様な無秩序や奔放とも言えるような予算は組むことなど出来るはずもなかった
加えて、大幅な減収により国内統治などに充てる予算も減る事が既に確定している。当たり前ではあるが、この事に対して内政担当側から猛反発を受ける
「ふざけるな!」
そう言い返したい感情を無理矢理抑え込み、
集まって開口一番飛び出したのがこの
奴等、早速必要な費用を提出してきましたが
恐る恐る一人の人物がソレを出す
…考慮にも値しませんな。あまりにも非現実的過ぎる
これだけの費用をどこから捻出するというのやら
そのあまりの内容に批判の声が室内のあちこちから噴出する
軍の希望は
装備の更新
現在レンスター軍が主武装として採用している『鋼の槍』。これを見直し、威力に優れ重量の軽い『銀の槍』を採用したい。との事
流石に全軍への配備は難しいと思っているのか、『一部の騎士』限定としている。しかし言うまでもなくそれなりの数になってしまう上に、銀製の武器は元々流通量が少ない為確保も難しいし、価格もそれなりに高くつく
ミーズ攻略戦にて大損害を受けた騎士団の早期再建
主力、正確には
それが
出来るならば、グランベルとの全面的な衝突の前に現在の騎士団の規模拡大まで言い出しているのだから笑えない話であった
主にこの二点
銀の槍を装備として採用?
何処から仕入れるというのか!?
商人達に声をかけるしかなかろうな
半ば怒声とも聞こえなくもない話し合いの方向性が見えてきた
その時だった
無理です
一人の役人が小さな声で反論した
無理とな?
はい、不可能です
何故?
進行役に務める人物は当然その意味を問いたださせねばならない
既に商人達にとって、我が国は利益を生む存在となり得ないからかと
…穏便な話ではないな。何があった?
質問を受けている人物は唯一商人達との交渉を担当していながら、レンスター王国に残った者
他にも何人かいたのだが、彼等は既に職を辞している
レンスター王国は交易により莫大な富を得る事により繁栄している
裏を返せば、交易に支障が出た場合その繁栄に重大な問題が発生する。という事でもあった
そして、交易を主導しているのは商人達であり、彼等が落とす
この様なある意味で歪な体制となったのは、レンスター王国の成り立ちに理由がある
レンスター王国はトラキア王国より独立した国家であり、当時の純粋な軍事力で言えばトラキア王国と比較するのも躊躇われる程の戦力差があった
それ故に当時のレンスター首脳部はトラキア王国に対して、『軍事的な勝利』というものを重視するだけでは立ち行かないと判断していた
当時のレンスター王国首脳部は『トラキア王国』対『レンスター王国』
ではなく、『トラキア王国』対『レンスター王国とその他』という状況を作ろうとしていたのである
トラキア建国の祖である竜騎士ダイン
彼はその実力を以て解放軍の中で確たる立場を持っていた
加えて、彼を中心とした竜騎士団が偵察や遊撃に監視といった役割を担っていたからこそ解放軍はロプト帝国軍相手にも互角以上に戦えた部分は大いにあった
それ故にダインと彼に従う竜騎士達を一部の者達は危惧したのだ
勿論、解放軍の主だった者達にはそんな考えなど持っている者は居なかった。正確には所謂『十二聖戦士』と呼ばれていた者達には、だったが
だが、幾ら最大の功労者達であっても彼等の意見が優先して採用される訳であるはずもない。武に秀でていたが、政務や調整能力には妹であるノヴァの助けが必要であるダインを
そして、ダインとノヴァが死没した後トラキア半島はトラキア王国とレンスター王国に別れ争う気配を見せた
この状況をグランベル王国の政治をバーハラ王家から任せられていた者達は大いに喜んだ事だろう
何せ『血族』というある意味で一番固い繋がりがあった筈の
既にヘイムやバルドなどの『十二聖戦士』と呼ばれた者達は鬼籍に入っており、ロプト帝国との凄惨な戦いの記憶は少しずつ、だが確実に過去のものとなりつつあった
勿論ロプト帝国の残党狩りも行なっていたが、それと同じくらい彼等の跡を継いだ者達にとって『神族より与えられた武器』を使いこなせる者達の存在は危険なものに見えていたのかもしれない
その中でもダインとノヴァの兄妹とその後継者たちの存在は頭を悩ませるものであったとしても何ら不思議はなかろう
事実、ダインとノヴァが存命中はレンスター地方にノヴァが派遣され代官としてその地を治めても何の問題も起きなかったのだからダインとノヴァの『互いを信じる』事については相当なものだったはず
しかしそれはトラキア王国にとって好ましい事ではあっても、それを好ましく思わない者達もいたのもまた悲しい事だが事実
それ故にダインの息子とノヴァの息子の不和は歓迎すべきものに見えただろう
そうであるからこそ、本来大陸の情勢を揺らがしかねない
ロプト帝国を打倒した聖者ヘイムを中心とした体制。これは本来揺るぎないものとすべきだろう
しかし、次世代ともいえる時期にあっさりとトラキア王国からレンスターが独立。しかもグランベルなどが独立を認めたというのはあまりにも不自然
当時ロプト帝国を打倒して作り上げたグランベル王国を始めとした新国家群
当然まだまだ問題を多く抱えていた。ならば混乱は歓迎すべきものではなかったはず
全ては
しかしながら、グランベル王国や他の国からして見ても『反乱を正当化』するかの如きレンスター独立は劇薬だった
トラキアとレンスターが相争う形となり、グランベルの仲介により停戦は成ったものの、結果レンスター王国とトラキア王国の関係は悪化。元々食糧生産能力や経済的な基盤の弱かったトラキアへの物資の流れはレンスター王国により堰き止められる事になる
だが、この『十二聖戦士体制』とも言える大陸の国歌群による体制にヒビを入れることになったレンスター独立は後年になって、グランベル王国にその牙を剥く事となる
その様な事情からレンスター王国では商業、とりわけ物流に力を入れる事により国を富ませていたのだ
だが、イザークはグランベルにより遠からず平定される事になるだろうのに『シグルド公子援護』の兵を挙げると聞いた商人達は当然算盤を弾いた
そして彼らが出した結論は
《b》グランベルと敵対するのであればレンスター王国で商売する必要はない
というものだった
現在細々と行なっているイザークとの交易はグランベル王国が『見逃している』だけであり、本来であればイザーク王国への支援と受け取られても文句は言えない
そして、そのグランベルとの交易こそがレンスターにも拠点を持つ商人達の生命線なのだ
そんな彼等がどうして
勿論レンスターを本拠とする商人達であれば『国に尽くす』という考えの元で動くのかもしれない。が、殆どの商人からすればレンスターが顧客としての価値を持っているならばいざ知らず、それをむざむざ手放そうとしているのであれば手を切るのみだ
そもそも、既に大陸の3割以上の地域に純然とした影響力を持つ事となったグランベルと友好関係にあった筈のイザークを見殺しにし、相変わらずトラキアとの戦争を止めようともしないレンスターでは比べるまでもない
既にグランベル国内の商人達は旧ウェルダン地方や旧アグストリアにも販路を拡げている。宰相レプトールを始めとしたグランベルの政務担当達はレンスターのそれと比べて経済や商業への関心や理解が深く、それ故に税金を徴収しているとはいえレンスターと比べるならば安い
更に国境というものが無くなっている現状、国家間の取引ではなく国内での取引となった事により納税するのも以前より簡素となっているのも大きい
無論、グランベル国内において公爵領などでは独自の税金を徴収される事はあっても商人からすれば煩わしい事この上ない賄賂などについては必要ないとは言わないもののレンスターに比べたらその額は少ないとも彼等は聞いている
既に北方のシレジアとの戦端を開くのが避けられないともなっている現状において、大陸最大国家はグランベルである事に何の疑いもないだろう。であれば、自身の身代を大きくするにはグランベルに拠点を移すのが上策である事もまた確実
軍事的な知識は然程にない商人達であっても、南にトラキア王国という敵を抱えた上でそんなグランベル王国と戦ってレンスターが勝てるなどと思う事はない
その為既にグランベルへの派兵が議論され始めた頃から一部の商人達はグランベル国内へと自身の商会や家族などを移り住ませていたのである
レンスターの商業、いや正確には税の徴収を担当する者はそれを遅れながら把握し驚愕。その後に愕然としたのも仕方のない事だった
更に今はレンスターに居る商人も次々と
彼の同僚の殆どはマンスターやグランベル。果てはトラキアに行くと言っていた。彼はそれを止める事も出来ず、かと言って自分までレンスターを見捨てる様な事も出来ずにこの日を迎えてしまっている
……
室内を沈黙が支配していた
つまり何かね?キュアン王子や軍の連中はシグルド公子支援を決めたが、その財源となるはずの商人達はレンスターを見捨てつつある、と?
自身も出来れば発言したくなかったが、己はこの室内に集まった中で最上位の地位にある事を誰よりも自覚している人物は認めなくない現実を皆に確認という形で突きつけるしかなかった
はい、その通りです
加えて軍からは商人達の資産を強制的に徴収すべきとの意見も
馬鹿な!その様な事をすれば二度とこの国に商人が寄り付かなくなろう!!忌々しいがトラキアの連中みたいに食料や資金を稼ぎ出そうという様な連中などこのレンスターには居らんのだぞ!
彼等が敵視しているトラキア王国
その主力たる竜騎士は強力。だが、レンスターの文官達からすればレンスターの騎士連中よりも余程話の分かる者達に見えていた
日々訓練という名の元で悪戯に費用を浪費するレンスター騎士に比べ、トラキアの竜騎士達は傭兵という形で少なからず資金を稼ぎ出しているのだから
加えて貧しいという事情があるのだろうが、トラキアの竜騎士達は贅沢をせず常に国の為、民の為に命を賭けていると聞く
なんとも羨ましい話だと彼等レンスターの文官達は誰しもが思っている
精兵の上に
などと
今回少なくない人数が貧しいはずのトラキアへと向かったのも、あまりにも我の強すぎる特権意識の高いレンスター騎士達に辟易したのだろうから、残された彼等とてそこまで強く否定出来なかった
文武両官をもって国を支える事
これはある意味では国の理想の一つだと思うのだから
商人の協力が得られぬとなると面倒ですな
だな。となると王家の資産を崩すしかない、か?
待て待て。それをするとなるとまた
ふん、金ばかり使って大した事も出来ないと言うに
忌々しい事だ
それも重要だが、アルスターとコノートへの手当ても必要ではないか?
それもあったか
室内に集まった男達は苦い顔をする
レンスター王国と言っても、その中でアルスターとコノートはかなり大きな影響力を持っており、レンスター国王であったとしてもアルスターとコノートの領主に配慮せねばならないほど
コノートは緩衝地帯となるマンスターがある為にそこまで戦力を有していない。それでも有事に備えて独自の戦力を持つ様にレンスターから働きかけたという事情があった
その部隊の指揮はレンスターから派遣されたレンスター騎士が取ることになっているのだが、以前のミーズ攻略において大損害を受けている。加えて指揮官であるレンスター騎士のうち数名は指揮を放棄して勝手に帰還していた
しかも、コノートではなくレンスターに
指揮官不在の部隊が精強なトラキア軍に対して効果的な抵抗が出来るはずもなく、コノート独自の戦力は壊滅的といえる被害を受ける事態となってしまう
当然その戦力はコノート市民からの志願者や徴兵した者ばかりであり、戦力再建を求めた場合には『人的被害』と『金銭的被害』に対する補填に加えてそれ相応の資金を融通しなければならない
アルスターの場合は更に問題であった
アルスターはレンスターの南に位置し、トラキア領ルテキアから北上した場合『レンスターの盾』となりうる場所
此処もまた最前線と言える場所なのだ。更に西にはグランベル領メルゲンが存在し、アルスターはトラキアのみならずグランベルにも備える必要すらある要衝なのだ
今まではグランベルとの関係も良好である為に『対トラキア』のみに注力すれば良かったが、今回の派兵でシグルド公子らがグランベル王国の対立派であるレプトールやランゴバルドを打ち倒し、しかも彼等の行動の正当性をグランベル国王であるアズムールが認めなければならない
そうならなかった場合、ほぼ確実にシグルド公子側についたレンスターはグランベルによる報復を受けるだろう事について疑いの余地はない
というより、シレジアのラーナ女王がシグルド公子らを保護しているところからしてラーナ女王からもシグルド公子等への支援はあったはず。それでもグランベルはシグルド公子の『叛逆者』を取り消す事がない。一国の女王が口添えしても不可能なものを一国の王子が声を上げた態度で覆るはずもない
しかも相手はグランベル有数の戦上手であるランゴバルドと政戦両略に秀でているレプトール
配下の部隊も大陸有数の規模と練度を誇るのだ。そんな相手ではウェルダンとアグストリアで連戦連勝したシグルド公子と言えど苦戦は必至。練度において再建途中のレンスター側と大陸最強国家の武を象徴するグランベルが公爵家騎士団では比較できるのかすら怪しいまである
文官達は軍事的な知識に乏しいが、それでもキュアン王子や彼に従って戦い続けてきたフィンは良くとも名誉欲などに塗れたレンスター騎士がどれだけグランベルとの戦いにおいて機能するのか?と疑問すら持っていたりするのだから、どれだけグランベル王国軍を脅威と思っているのであろうか
内心では大反対であるが、曲がりなりにも国王が認めてしまった以上は彼等もそれの実現の為に様々な手を講じなければならない
とはいえ、『ない袖はふれぬ』訳で
…マンスターから徴収する他あるまいな
やはりそうなりますか
マンスターは形式上レンスター王国に従属しているとはいえ、あくまでもトラキア半島における国家である
とはいえ、マンスターもまたレンスター同様交易により経済を回している都合上レンスター王国に従属する形でレンスター国内の物流にも関与出来ていた
が、レンスター王国の国是である『トラキア討伐による半島統一』については賛意を示す事は今までなかったのだが
緩衝地帯としてマンスターは敢えて放置されているところもあり、マンスター側もそれを理解しているのか軍備については山賊対策の為に自警団レベルの戦力を有するにとどまっている
強過ぎればレンスターに戦力としてあてにされるし、トラキアからも脅威と見做されかねない
いつでも占領出来るが、直接統治するよりもマンスターの連中に任せた方が面倒がなくて良い
そう周囲から思われる事こそがマンスターの生存戦略の基本であった
加えて、レンスターでは
レンスター側としてもトラキアとの交易は決して損のないものであり、税収的にも嬉しいものである事から黙認していたりする
だが、それはマンスターという独立国の地で行なうからこそであり、レンスターかトラキアがこの地を有してしまうとこの密貿易といえる交易ルートは維持できなくなる
トラキアとしてもグランベルとの交易に比重を置きつつあるものの、ミーズやカパトギア向けの物資調達はマンスターの方が効率が良い事もあってこのルートを維持する事としていた
その辺の事情についてはレンスターも理解していたが、
血を流す事なく、利益を享受しているのだから
その特殊な事情故に軍役を課す訳にもいかず、結果経済的な徴収。つまり資金をレンスターに供出させる事によりアルスターやコノートの不満を抑えている部分もあった
とはいえ、それはあくまでも『レンスターの都合』に過ぎずマンスターからすれば『生き残る為』に取れる方法の中では比較的マシな選択をしただけなのだから堪ったものではない
表立って不満を口にする事こそないものの、マンスターのレンスターに対する不満は日に日に高まっており、マンスターの有力者の中には『トラキアとの交易』をもっと大規模に行うべきではないか?との意見も強まりつつある
レンスターに従おうとも、我等はレンスターの人間ではない
それがマンスターの人間の偽らざる本音だった
事あるごとに資金を徴収してくるレンスター
彼等にとって、資金とは自身の身を守る盾である。正確にはその資金によりトラキア向けの物資を用意するからであるのだが
レンスターに寄りすぎてはトラキアの不審を
トラキアに寄りすぎればレンスターの不興を
どうしても買ってしまう
幸いと言うべきか、現在のトラキア国王トラバントやその部下達はマンスターを取り巻く情勢に一定の理解を示している。それ故にマンスターはレンスター側に寄る事により仮初とはいえ、平穏を享受出来ている
財を搾ることしかせぬレンスターと
マンスター上層部やマンスターの商人にとってどちらに心が傾くか、など言うまでもなかった
マンスターは密かにコノートの領主と繋がりを持ち、事あるごとにレンスターに対する不信感を植え付ける
元々距離的にはコノートからレンスターとマンスターは同じくらいだが、経済的な繋がりはマンスターの方が強かった
それ故にコノート側としてもマンスターに与する事自体にはさしたる抵抗もない。が、その場合面倒なのがコノートに常駐するレンスター騎士であった
彼等は戦闘の際に指揮権を有するだけでなく、
レンスターとしては当然の事であるが、コノートからすれば厄介者でしかない
しかも彼等はコノートやアルスターを『左遷先』と認識しており、レンスター本国の騎士に比べると全体的に士気は低く、また純粋な騎士としての技量も鍛錬を真剣に行わぬ為低い。それだけでも問題なのに、コノートに駐留する騎士の意識も低く、一部とは言え問題を起こす者すらいるという有様であった
直接被害を受けるコノートの市民やコノートの支配階級の者達からすれば忌々しい事この上ないのが、彼等であった訳である
度々金を無心してくるレンスターや領内で大きな顔をするレンスター騎士
例え気に食わなくともマンスターの人間に礼儀をもって接しているトラキア騎士やトラキアの商人
伝聞であっても、少なくともマンスターが不信を抱かない程度にはちゃんとしているという事実はレンスターに対して不平不満を溜め込んでいるコノート領主からすればレンスターより心が離れるのもやむを得ない事であったのだろう
これ以降、マンスターとコノートはレンスターと自領にいるレンスター騎士に気づかれぬ様密かに連携を強めていく事になる
ユングウィ新当主アンドレイとその配下の軍勢であるバイゲリッターがシレジア王国軍を打ち破り、シレジア近衛騎士マーニャとその配下の天馬騎士団を破る
その報は瞬く間に大陸全土へと拡がった
というのも、これはある意味で『グランベル王国に敵対的行動を取ろうとする国家への牽制』であり、みせしめの意味を兼ねてのシレジアへの派兵だった
表向きは『間違った方向へ向かおうとするシレジアを正そうとしたザクソン侯ダッカーへの援軍』であったが、その真意がシレジア王国軍主力の壊滅であるのは少しグランベル王国の内情を理解している者たちからすれば明白
とはいえ、『グランベル王国に敵対する国家』といっても大陸に現在残る国家は事実上グランベルに近年友好関係を構築しつつあるトラキア王国。そのトラキアと対立し、反逆者であるシグルド公子の縁者を抱えるレンスター王国位である
全土平定という意味においてならば、イザークやシレジアも数に含められなくもないがイザークは纏めるべき王族が相次いで戦死しており、残るイザーク王家の人間はシグルド達に同道するアイラ王女とシャナン王子のみ
シレジアでは女王ラーナこそ健在であるものの、シレジアを外敵から守るべき王弟ダッカーにマイオスの両名はシグルドにより討ち取られており、その配下の軍勢もほぼ壊滅。女王直下の部隊もまたバイゲリッターにより殲滅されている
名高き『シレジア四天馬騎士』も筆頭マーニャ、三席ディートバが戦死。末席のフュリーはレヴィン王子と共にシグルド達の帰国に力を貸している
残るは次席のパメラのみであるが、彼女の部隊もまた著しく消耗しており再度グランベルが侵攻してきた場合とてもではないが満足な戦闘が出来ると言えない惨状であった
シレジアの王弟二人が中心とした反乱劇により国内の多くの戦力が動員され、それ以前のマイオスによる反女王派の討伐作戦によりまた多くの有力者が泉下へと旅立っている
シグルド達が制圧したザクソンとトーヴェには女王支持の役人などが配属されることとなったが、ダッカーとマイオスは国内において女王ラーナに次ぐ影響力を持つ侯爵
残念ながら、彼等の穴を埋めるには役人達の実績などが圧倒的にふそくしていると言わざるを得ないのが実情
しかもトーヴェとザクソンには2人の真意を知る補佐してきた者達がいるのだが、彼等はシレジアを結果的に破滅へと導いた様に見えるシグルド達に対して好意的な態度を一切見せなかった
無論、ラーナの書面による説得やダッカーに仕えていたパメラなどが説得したが彼等のシグルド達やレヴィンへの反感は根強いものがあり、殆どのものは協力を拒んでいる
その為、トーヴェとザクソン領内の統治や統制は上手く行っておらず、結果として混乱が収束する目処は立っていない
一時的にザクソンへと駐留している自分達にはあまり時間的な猶予は残されていないと他ならぬシグルド公子が認識している
ザクソン領民の中にはグランベル王国の戦力であるシグルド達が駐留する事に不快感を持つ者もそれなりにおり、女王ラーナと王子であるレヴィンの名をもって物資調達をしなければならなかったほどだ
特にザクソン領民はレヴィン王子の出奔騒ぎを覚えている者も多く
今更どのつら下げて帰って来た
といった感情を抱く者も多い
というのも、レヴィン王子が廃嫡されていた場合王弟であり歳上であるダッカーが次期国王になる可能性が高く、ラーナ女王の伴侶は亡くなっており新たに後継が出る公算は皆無だったからである
無論、ダッカーとてラーナ女王と比べてそこまで歳が離れているわけではない為王位に就く可能性はそこまで高くないものの、ザクソンの有力者の中にはダッカー侯の立場が盤石になればザクソンの更なる発展が見込めるのではないか?との見立てがあったからだ
曲がりなりにも王子でありながら、諸国を吟遊詩人として放浪していたレヴィンと心血を注いで女王と国を支えてきたダッカーでは後者に信頼が集まるのも仕方ない事だろう
加えて軽挙妄動しがちなトーヴェ侯を抑えて国内の安定に貢献し続けたダッカー侯の功績たるや加増されてもおかしくないもの
故にそのダッカー侯を追い詰めたグランベルやその原因ともいえるシグルド。遠因であるレヴィンに不満を持つのもある意味ではやむを得ない事であった訳だ
結果としてザクソンに駐留するシグルド達は休息というものではなく、寧ろ『針の筵』とすらいえる状態となっていたりする
女王ラーナこそ好意的であるが、実際に総数で見るとシグルド達に不満や不信感を抱いている者の方が多いのが現在のシレジアだった
こんな状況ならとてもではないがシグルドへと支援など出来るはずもない
だが、グランベルにとってシレジアやイザークなど『敵ではない』
グランベルが見つめるのはレンスター王国だったのだ
何せレンスター王子とその妻はシグルドの縁者であり、シグルドと共にウェルダンとアグストリアの戦いの渦中にいたのだから
無論、トラキア王国に対する牽制の意味合いも含まれていたがグランベル王国宰相レプトールやドズル公爵ランゴバルドは
自身の息子であり、後継者であったクルト王子を喪った現国王アズムールは老齢に心労が祟ったのか病にたおれてしまい、現在の王国は宰相であるレプトールが中心となって動かしていると言っても過言ではなかった
近衛のまとめ役であるヴェルトマー公爵アルヴィスはあくまでも政治的中立を堅持しており、それは主流派となったレプトールやランゴバルドから見ても好ましいもの
逆に今は亡きクルト王子やバイロン、リングらを支持している非主流派ともいえる者達からすればアルヴィスのあり方は好ましからざるものであったのだが
既にシレジアにおいてグランベルとの決定的な決裂ともいえる行動をとったシグルド達
彼等は現在の王国を動かしているレプトールやランゴバルドを討ち、王国首都であるバーハラにて国王アズムールへ直言する他に事態を打開する事は出来ないと覚悟を決める他なかった
話し合いなど平行線であり、時間はシグルド達にとって優位に働く事は決してない
が、レプトールらからすれば時間をおけばおくほどにウェルダンやアグストリアの統治が安定してしまい、同地からの兵力の抽出も可能となる。加えてイザークへ再遠征されればイザークという国は崩壊する事もまたほぼ確実
シグルド達にとっての味方と呼べる者は先の戦乱で国内が混乱し、未だに収束の気配が見えないシレジアとシグルドの親友キュアンのレンスターだけ
既にレンスターよりの使者が到着しており、キュアンが援軍を率いてリューベック付近で合流出来る予定。との話を受けている
しかし、リューベックとリューベック南部のイード砂漠に繋がる回廊にはリューベック城が管理している砦があり、双方の行き来を制限しているだろうと予測された
キュアン達と合流するにはその砦を制圧する必要があり、それはリューベックを治めているドズル公爵家との全面的な衝突を意味するのだ
今までシグルド達はウェルダンやアグストリアにシレジアといった大陸各国の正規軍とも剣を交えてきた
だが、グランベル王国軍主力ともいえる公爵家直轄の各騎士団は精鋭揃いである。加えて指揮官もまた優秀であり、公爵家当主が動かずとも脅威となる
つまり、ランゴバルド卿が出ない場合はその騎士スレーターが指揮官なのですね
ああ
レックス。聞きづらい質問だが、やはり
言うまでもないだろうな。あの親父や親父に心酔する連中が欠員が出たからと言って弱い自分達を許すはずもないだろう
となると、やはりリューベック攻略は相当厳しいものになりますね
だが、やる他に道はない。そうだろう、シグルド
此処はザクソン城の会議室
現在、バーハラへと向かうにあたって敵対するであろう敵について確認作業を行なっていた
と言っても、詳細が判明するのはドズル騎士団であるグラオリッターのみではあるのだが
レックスはドズル公爵ランゴバルドの次子であり、兄であるダナンの補佐をせねばならない立場。それ故に自兵力についても無関心という訳にはいかない為、ある程度の情報を知っている
が、シレジアにてシレジア天馬騎士隊を壊滅に追いやったユングウィ騎士団バイゲリッターや間違いなく立ち塞がるであろうフリージ騎士団ゲルプリッターについてはそうではない
ユングウィの公女であるエーディンはその辺については詳しく知らなかったし、ユングウィ騎士であるミデェールは主力ではなく精々が予備兵力程度の力しか当時は持っていなかった。その為知る必要もない情報と言えたのだ
当然だが、オーガヒルで海賊の頭領をしていたブリギットはユングウィ第一公女であったことがつい最近判明したばかりであり、知っている事などエーディンやミデェールよりも少なかった
フリージ公女であるティルテュであったが、あくまでも次期当主はブルームである。兄である彼としては妹である彼女には自由であって欲しいと願っており、実のところ父親であるレプトール共々血生臭い戦場や政争から彼女や彼女の妹であるエスニャは遠ざけられている
加えて、ブルームの妻であるヒルダもまたそれを良しとしており、結果としてティルテュは自身の家の軍備についての知識は殆ど持ち得なかった
加えてエーディンにせよ、ティルテュにせよ弟であるアンドレイや父親であるレプトールに兄であるブルームと対峙せねばならぬというのはかなり精神的な負担となっている。特に産後直ぐに戦場に出た2人に負担をかけるべきではないとシグルドや夫であるジャムカにアゼルは考えこの話をするつもりはない
衝突は避けられない、か
公子。少しばかり甘いと思うがな
親父は敵と見定めた相手には一切躊躇わんし、容赦もしない。アンタがそう揺れていたら犠牲が出かねないだろうよ
…そうだな。すまない
どの様な事があっても、祖国であるグランベルを支え続けた人物に剣を向ける事に未だ躊躇うシグルド。それを見かねてレックスは忠告した
自分の父は迷いを抱きながら戦って勝てる相手ではない
と
ところ変わりフリージ城
ブルームよ。近々私はバーハラへ戻るであろうシグルド達を迎撃する為に出撃しよう。事と次第によっては私が帰る事がないやも知れぬ
っ!それは、父上
黙って聞け
良いかブルーム。仮にそうなったとしても誰かを恨む事は許さぬ。戦場での事よ
ヒルダ。すまぬがブルームの事、エスニャの事を頼むぞ
お義父様。それは
レプトールの自室にブルームとその妻であるヒルダは呼び出されていた
息子であるブルームであっても、滅多に入室する事を許されない父親の自室。そこに呼び出された事の重大性を間違える程にブルームとヒルダは愚かでも鈍くもない
そこで聞かされたのは、ウェルダン侵攻から始まった一連の動きであった。そしてこの後の事もまた
ヒルダはヴェルトマーの傍系の血筋を引く
しかしながら、ヴェルトマー公爵家とは縁も所縁も程遠い家に生まれた。ヒルダは同世代の人間に比べて高い魔力を有しており、魔道士としてならば高い素養を秘めていた
が、彼女の家はそこまで裕福ではなく魔道士としての教育を彼女に施す程の余裕もない
詮無い話ではあるが、もしグランベルにおいて女性魔道士などの教育が盛んに行われていたのであればヒルダは間違いなく注目されただろう
だが現実はヒルダにとって非情であった
シグルド軍において女性ながらに前線に立つ者達を見れば分かるだろうが、女性が戦場に立つのであればそれ相応の
もしかしたら、ヒルダが血筋などの
そうはならなかった
自分達の娘が聡明で
ヒルダもまた上昇志向の強い人物に育ってしまった故に両親に反発し、日々鬱屈とした生活を送っていた
そんな中でとあるきっかけにより、レプトールの眼に留まりその後ブルームと良い仲となった結果彼女は此処にいる
故にこそヒルダにとって、義父であるレプトールは尊敬してやまない人物であり、自身を苦々しい顔をしながらも認めてくれているランゴバルドもまた経緯を持つに相応しい人物と考えていた
義理の妹にあたるティルテュやエスニャにも色々とフリージで慣れるまで苦労をかけたと自覚するヒルダ
ヒルダの本心としては
しかし、自分の夫や尊敬する義父の立場。そして息子イシュトーやこれから生まれてくるかもしれない子供達の事を考えれば、ヒルダにティルテュを助ける手段がないのが解ってしまった
義父と夫を見る
いつもにも増して無表情な義父
能面の様に感情を消している夫
ヒルダは目の前の2人がどれだけ感情を押し殺そうとしているのかを理解出来た
出来てしまったのだ
故に
…分かりました。お義父様
ブルーム様とこの家を守ってみせます
涙を堪えてそう答えるしかなかったのである
これから半月後、グランベル王国宰相の地位を返上したフリージ公爵レプトールはフリージ公爵軍の半数を率い一路ヴェルトマー方面へと向かった
レンスターが動くか
はい。絶好の機会かと
まだまだ甘いな、キュアン。そしてレンスター国王よ
パピヨンを呼べ。
レンスター王国軍がメルゲン方面へと出撃した報を受けたトラキア国王トラバントは速やかに部隊を招集
国内にで増産された武器を各員に装備させ、イード砂漠へと向かう事となる
時代の奔流は力の有る無しを問わず、全てを飲み込もうとしていた
その先に待つのは、光か闇か
誰しもが『信じる明日』の為に必死になって歩む
しかし『望む未来』を掴めるのは本当にごく一部
本年がそんな一年になると良いな、と思います
遅くなりましたがあけましておめでとうございます
新年早々この様な文章を読んで下さりありがとうございました
皆様の2023年がより良いものになる事をお祈りしております