枯れた大地に水を   作:鞍馬エル

8 / 8
原作きってのトラウマシーン(前編)です

聖戦は本当にファンタジーというよりも、ダークファンタジーだと個人的には思います

ホント五章は重い


 悲劇の先へ

時間は少し巻き戻る

 

 シレジア領ザクソン城下では騒ぎが起きていた

 

ザクソン侯ダッカーが敗死した事により、彼や彼の部下達が抑えていた現在のシレジアの在り方に不満を持つ者達が動き始めたのだ

と言っても彼等は王家転覆などという大それた考えを持っている訳ではなかった

 

ただ、グランベル(シグルド)軍に早々に退去して欲しいだけなのだ

 

 

彼等の視点からすれば、シグルド達をシレジアに匿ったからこそグランベルの軍勢がザクソンを脅かした様にしか見えなかった

そもそもシレジア国内において、シグルド達がグランベル王国より『叛逆者』として追われている事自体を知る者は数える程である

 

何故なら、いわばシグルド達は『どこの国にも所属していない』軍勢である。そんな軍勢を喜んで受け入れる程にシレジアは荒廃していなかったのだから

 

シレジアのセイレーンに匿われたシグルドに一度だけダッカーは会うことがあり、その際

 

形だけでもシレジアに属するべきではないだろうか?

と実は提案していた

 

所属不明の軍勢よりも『シレジアに協力する軍勢』の方が国内の貴族や有力者達を説得しやすかった事と、物資を融通する商人達の心証も良くなるだろうとの考えからであったのだ

 

ダッカーとしては、別にシグルド達がシレジアの指揮下に入る事を望んではいなかったが彼等の存在によりシレジア国内に不和の種を蒔かれては困るからこその提案

 

だが、シグルドはあくまでも『グランベルの騎士』としての立場を捨てる訳にはいかないと思っていた為に断った

勿論シグルドの言う事も決して間違いではない

そもそも冤罪でシグルドはグランベルを追われたのであり、シグルド自身としては自分の行動に後悔こそしても間違いではなかったと思っているのだから

 

が、シグルドは何度も記したが『グランベル王国』の中の『一公爵家の公子』に過ぎず、政治的視点から物事を見るという点においては残念ではあるが力不足

それを補えるのはシグルドの親友にしてレンスター王子であるキュアンであったが、当時既にキュアンは帰国の準備で忙しくシグルドとしても声をかけるのが躊躇われた

 

このシグルドの発言と今までのシグルドがしてきた事

それにシグルドに力を貸し、このシレジアで保護する理由となったレヴィンの今までの行状を見てダッカーは迷いに迷った

 

 

そこで、自身に付けられたパメラを通じて王子付きの騎士として帯同しているフュリーに働きかけたのだ

 

早く女王陛下に謁見せよ

 

これはダッカーにとって『今』のレヴィン王子がどれだけ成長したのかを見定める為のものであった

 

 

 

だが、マーニャとパメラの働きかけがあってなおレヴィン王子が王都に来るまで半月もの時間を要した

言うまでもないが、その間もダッカーや弟マイオスは女王に不満を持つ貴族達を宥め、それでも強硬的姿勢を崩さない貴族はマイオスが攻め潰した。ダッカーはリューベックに展開しているグランベル軍の動きを注視しながら決定的な決裂や隙を見せぬ様に細心の注意をはらいながらなんとかザクソンの安定を維持している

 

事ここに至り、マイオスはレヴィン王子への不信と不満をダッカーに漏らす様になる

加えてグランベル王国を実質的に動かしているグランベル王国宰相レプトールより正式に『叛逆者シグルドとその軍勢』の引き渡し要請が届く事となってしまう

 

ダッカーは姉であり女王ラーナの身の安全を保証してもらう事を条件としてシグルド軍の討伐を決意

必要ならばグランベル軍を国内に引き入れる事すら承諾したのである

 

 

結果としてマイオスとダッカーは敗死したものの、姉であり女王でもあるラーナへの両名の頑迷ともいえる忠誠はシレジア国内においても広く知られており、彼等を追い込んだ形となったシグルドやレヴィン王子への不信感はますます高まる事となってしまった

 

レヴィン王子は確かに民衆から人気がある

と言われているが、此処で言うところの民衆とは王都の住民の事である。シレジア辺境を治め開発を推進してきたマイオスやそれを指示したダッカーの支持は王都でこそ低いものの、辺境における2人の人気はレヴィン王子のそれを遥かに上回るものであった

 

シグルド達が駐留していたセイレーンとて女王ラーナの希望をダッカーとマイオスが自身の影響力や財力を以て発展させたに過ぎなかったりする

そしてそんなダッカーとマイオスを支えたのがザクソンやトーヴェの商人や有力者

彼等としては女王の弟でありながら現体制に不満を持つ事なく組み込まれ、しかも国主である女王ラーナからの信頼も厚い2人は自分達の更なる栄達の為にも居てもらわねばならない存在

そうであるからこそ、彼等はダッカーとマイオスへの資金的、人的な援助を絶やす事はなかったのである

 

そんな彼等にとって長い間力を注いできたダッカーとマイオスを殺したシグルド軍やシレジアの王子でありながら、国の現状を直視しないレヴィンは忌々しい存在だ

そも、ラーナ女王はシグルド公子らをシレジアに匿ったがシレジアの周辺地域はグランベル王国の影響が日に日に強まっている

友好関係にあったイザーク王国も既に崩壊したも同然であり、取引相手として大きな市場(しじょう)であったアグストリアはグランベル王国に飲み込まれた

 

シレジアが生き残る為にはグランベル王国との協調しかないと言うのに、グランベルから追われているシグルド公子らを受け入れてしまっている

こうなってしまえば、シレジアが生き残るにはシグルド公子らをグランベル王国に引き渡すしかない

 

方法は問わない

そう彼等とダッカーとマイオスは結論づけた

 

しかし人情家であるラーナ女王がその様な事を受け入れるとは彼等も2人もつゆほどに思っていない

そこで幾つかの方策を考えた

 

 

先ずはダッカーとマイオスが共謀して女王ラーナを一時的に拘束。しかるのちにシグルド公子らを捕らえ、グランベルに差し出す

ダッカーとマイオスは姉であるラーナがどれだけ意志の固い人物であるかを良く知っている為、ここまで来ると穏便な解決法をとる選択肢はない

それ故にこれが最上

 

 

最悪はグランベル王国軍を国内に引き入れ、全面的に協力しシグルド公子らを捕らえる

この場合、女王ラーナもシグルド公子らを匿ったとして処罰する事になるだろうし国内も荒れる事が予想された

加えて『他国の軍勢』を引き入れた以上、ダッカーに対するシレジア国民の印象は最悪となるであろうからダッカーへの処罰も必要となるだろうし、残ったマイオスへの悪感情も予想できる

ここまで来ればマイオス排斥の動きが出てこない方がおかしいであろうから、マイオスも失脚するだろう。下手をすればマイオスすら命を落としかねない

が、それ以上に問題なのはこのシレジアにグランベル王国のレプトールやその配下の官吏達と互角に交渉出来る人材がいなくなる可能性が高い事である

 

現在のシレジアにおいて外交担当は王都の官吏とザクソンのダッカーとその家臣達。この策を実行した場合、親シグルド公子の政策を実行してきた女王派は間違いなくグランベル王国から何らかの制限を受けるだろう。それは当然排斥されるであろうダッカーの家臣達もそうなろう

そうなると残るはシレジアというグランベル王国に比べたらあまりにも政治的闘争の少ない国で政争を繰り広げてきた者達になるはず

経験という意味においてグランベル王国の官吏に及ぶと思えない

恐らくこの未来を選択すればシレジアは徐々に国力や民心を失い、やがてシレジアという国自体がなくなるのではないかとダッカーとマイオスは危惧した。その為最悪の手段と定義している

 

 

では最善でも最悪でもない方法はないのか?

と当然ダッカーとマイオスは考えた

 

そして思い至ったのだ

シグルド公子らを引き渡すのではなく、シグルド公子達自らシレジアを出てもらう術を

 

シグルド公子らはどれだけシレジアの女王であるラーナが親書という形でアズムール王に連絡を取ろうとしても無理である以上、祖国であるグランベルへの帰国は叶わない公算が非常に高い

しかし以前ダッカーが会った時のことを考えれば、公子は汚名を着せられた父の名誉や自分に従い戦ってきた者達の為にもなんとしてでも帰国するだろう

ダッカーは気付かなかったのだが、その話をマイオスにしたところマイオスは行った

 

かの御仁は踏ん切りがつかないのではないか?

 

ダッカーが詳しく聞くと、「今の公子達は冤罪により追われています。が、此処で帰国するとなればほぼ間違いなくグランベル王国軍との衝突は避けられますまい。となれば反逆者としてかの者に付けられた罪状は真のものになりましょう。それを危惧してあるのではないかと」

との事だった

 

その発言を聞いた時はただ感心するのみであったが、少し考えたダッカーはそこに活路を見出したのである

そしてダッカーは今までのシグルド公子らが戦った戦闘の詳細やセイレーンにいる人間にシグルド公子がどの様な人物であるかを密かに調べさせた

その結果、シグルド公子は『自分に近しい者や民を攻撃されることを非常に嫌う』人物ではないか?と考える

であるならば、ダッカーが望む未来の為に有効利用出来、いやしなければならない

1週間ほど考えた末に出した結論は

 

自身がシレジアの災いとなり、それをシグルド達に討ってもらう

というものであった

無論シグルド公子らを捕らえられるのであれば、即座にグランベルへ引き渡すプランへと変更するが

グランベル王国軍がシレジアの争いに介入したとなれば嫌でもシグルドはグランベルの変容を直視する事になる

そしてその事態を無視できるほどにシグルドという人物は曲がっていないだろう。間違いなくグランベルへの帰還を考えよう

 

シグルド公子ならば、女王であるラーナにグランベルと繋がって反逆する者達を許しはしまい

ダッカーの元に今なお女王の治世に不満を持つ者を集め、その者達も道連れにする。そうすればダッカーやマイオスという女王を補佐する両輪が居なくとも国内は女王支持でまとまるだろう

もしもグランベルとの関係が悪化したとして、あちらがこちら側に内応の手を伸ばそうとしてもその手を取る者がいなければグランベルとて都合が悪いはず

 

 

シレジアはこれから暫くの間、気候の変動が非常に読みづらくなる。シレジア国民ですら多少苦慮する季節に年中温暖な気候であるグランベル軍が容易に適応する訳もないだろう

加えて、シレジアに伝わる風の遠距離魔法であるブリザードを解禁する事により仮に進行してきたとしても遅延戦術が行使できる

ザクソンは真っ先に攻略されるであろうが、グランベル軍が利用出来る様な大きな回廊はこのシレジアに数えるほどしか存在しない。王都にこそ進軍は容易であるものの、王都からセイレーン方面に向かうには狭い山道を通過する他に道はない

本来国内の物や人の動きを活性化させるのを優先(・・)するのであればこの様な場所が主要経路にあるのは問題だ

 

しかし、この問題を知りながらも歴代の王族や貴族、有力者に至るまで誰一人としてここの問題を指摘するものはいない

何故ならば

 

アグストリア方面からの敵や王都が陥落した場合の迎撃地点であり、また敵の進軍速度を奪う場所なのだから

 

シレジアの天馬騎士(ペガサスナイト)による一撃離脱戦法(ヒット&ウェイ)や山頂付近に建設している魔道士の狙撃場所

これらの攻撃により、足の鈍った敵を確実に仕留めるポイントなのだ。此処は

更に言えばセイレーンは有事の際の王族や国民の避難場所ではなく、それはトーヴェの役割

 

セイレーンから北東に位置するトーヴェであるがセイレーンからトーヴェまでに目立った障害となるものはない

が、トーヴェ付近にはいくつかの河が流れており、此処は高低差が大きい為か余程の寒さでなければ凍りつく事もない

そしてこの河を渡る橋は『一つだけ』

 

つまり、そういう事である

 

 

セイレーンまでが敵に制圧された場合でも、トーヴェには常駐の天馬騎士隊が存在し、敵がトーヴェに近づく頃には必ず敵を捕捉できる

確認次第、橋を落とす事により敵の足を止める

仮に敵が渡河を試みたとしても、河幅がそれなりにある上ただでさえ寒いシレジアの地での寒中水泳は寒さに慣れているシレジア国民ですら命を落とす者が出るくらい過酷

 

寒さに適応しきれてない国外の敵では命を落とす事になるだろう

もし仮に渡河出来たとしても、寒さに震える身体でマトモな戦闘行為が出来るはずもない

 

 

ザクソンが王国の盾であるならば、トーヴェは最後の砦となる拠点なのだ

更にダッカーとマイオスは女王の許可の上でトーヴェに南と東に広がる山岳地帯に規模こそ小さいものの拠点を幾つか作っている

無論、セイレーンなど程に防衛能力や、生産能力は高くないが道を知らねば到底辿り着けないほどに奥深い所へ用意した

既に少人数ではあるが住民を移住させており、小規模ではあるが生活基盤を整えている

 

全てはシレジアという国とその民の為に

 

それこそがどの様な事をしようともダッカーの根本にある信念だった

 

 

 

その姿を支援者として間近で見ていた者達は亡きダッカーの意志を優先すべく、シグルド達を早々に国外へと出すべく動き出したのだ

 

更にシグルド達にとって急報がかれらのもとに舞い込む

グランベルとシレジアの国境付近に傷付いた老齢の騎士とそれを護ろうとする数名の騎士がいるとの事であった

しかもその一団には『シアルフィ公爵家の旗』が見られた。と

 

 

シグルドは直ちにメンバーを集め、その一団を救援すべく進軍する事を決めた

 

 

 

 

 

 

シグルド殿。王子くれぐれもお気をつけを

 

お世話になりました

私達が休息できたのはあなた方のおかげです。感謝します

 

いえいえ。あなた方の事についてはパメラ様よりも聞いておりました故。無事バーハラに辿り着かれる事を祈っておりますぞ

 

町長。助かった

 

 

シグルド達はザクソンの町長らの見送りを受け、全員が出撃していった

父を、名誉を、明日を守る為に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふん。ようやく出ていきおったわ。直ぐに門を閉めよ

二度と此処に奴等が戻らぬ様にな

 

シグルド達が去った後、ザクソンの町長は顔を嫌悪に歪ませながら門番達に指示を出した

 

(精々最後まで足掻け。このシレジアに貴様らの居場所なぞないのだからな)

 

 

 

 

 

 

ドズル公爵家に仕える騎士スレイターは複雑な心境であった

反逆者であるシグルド一味がザクソンを出た事を確認したからである

 

その生涯をドズル公爵家に捧げているスレイターとしては、どの様な事情がありシアルフィのバイロン卿を叛逆者とせねばならないのか理解していない。が、そんな彼自身が持つ疑問など瑣末事であり、主君であるランゴバルドよりバイロン卿討伐の命が下りた以上そこに一切の躊躇いはない

 

しかし、バイロン卿に従う騎士達の捨て身の奮闘によりバイロン卿がシグルド一味に合流する事は最早避けられない

それはどうでも良かった

問題はシグルド一味に自身をスレーターと幼き頃から呼んでくれたレックス公子がいる事である

 

 

ドズル公爵ともなると多忙であり、次男であるレックス公子を産んで直ぐに公爵夫人は亡くなっている

その為、愛妻家でもあったランゴバルドはどうしても赤子であったレックスに複雑な思いを抱いていた

故にランゴバルドは可能な限りレックスに接しない事とし、レックスの世話は乳母や成長しても自身が信頼する騎士に任せきりの状態が長く続いていたのである

スレイターは従騎士であった頃に幼いレックスの面倒を良く見ていた。幼いレックスはそれ故に彼の事を『スレーター』と間違えて覚えてしまい、未だ稀に間違う事すらあった

そんなレックスを身の程を弁えぬ事と知りながらもスレイターは好ましく思っていた。だからこそ、一連の戦いが始まる前まではスレイターがレックスの指導などを請け負っていたのである。無論、主君であるランゴバルドの許可あっての事だが

 

しかし、レックスはシグルド公子が叛逆者とされてなお彼と共に行動している。残念ながらレックスもシグルド公子に同心する1人として処断されねばならなくなった

ランゴバルドがレックスの事を好ましく思っていない。などとスレイターは全く思っていないし、それは確信だった

自身の主君が不器用なのはスレイターの先達達から良く聞いているし、スレイター自身も幾度も目にしていた

であれば、レックスをランゴバルドの元にまで行かせるというのはあまりにも酷な話。ランゴバルドはレックスであろうとも、最早殺す他にないのだから

 

ランゴバルドはレックスを殺す事に躊躇いはしないだろう。しかし悲しむ事だろう

レックスもまた父に斧を向ける事を躊躇いはしないだろう。がやはり悲しむだろう

 

 

ならばその2人を会わせる訳にはいかない

たとえ臣下として今後仕える事に支障が出ようとも。たとえ自身を師と仰ぐ若者に恨まれようとも

 

 

 

 

 

ユングウィ公爵アンドレイの心境は複雑などとひと言で表せるものでは到底無い程千々に乱れていた

父リングは温厚な人物であったが、決して公爵家当主としてユングウィ騎士団たるバイゲリッターの指揮官として無能ではなかったはず

父の敵であったランゴバルド、レプトール両卿も父の政治的な立ち位置にこそ苦言を呈する事はあっても騎士としての実力や実績を非難したことをアンドレイは聞いた事がない

 

だが、その尊敬する父はランゴバルド、レプトール両卿による策謀により遠くイザークの地にて果てた

そして頼りにすべき姉はシグルド公子らと共にいた事より叛逆者一味と見做され、最早帰国どころか助命すら叶わなくなっている

 

 

長子ではないが、長男であるアンドレイはいずれユングウィを継ぐ事になったであろう

アンドレイもまたユングウィの次代を担う人間として鍛錬を怠る事なくしてきたと断言出来る。しかし、公爵家当主として好ましいであろう『聖痕』。即ち公爵家や王家などに伝わる『十二聖戦士が使っていた武器』を扱える印は姉であるエーディンもアンドレイはおろか当主であるリングにすら無かった。父の場合は父以外に後継者候補がいないから問題とならなかったそうだが、自分は違う。姉であるエーディンも一応後継者候補であるのだ。無論、ユングウィ騎士として弓を扱えるのが前提であるが故にアンドレイが後継と目されているのだが

 

しかし、父リングは何故か後継者として自分を認めていると思えなかった。そもそも自身を後継者と認めているならば、何故聖弓イチイバルを姉に持たせていたのか?

姉は弓を扱えぬのは周知の事実。にも関わらず父はユングウィ城に置いているべきはずのイチイバルを姉に持たせていた。それ故にウェルダンがユングウィに侵攻して城が陥落し、姉が攫われた時イチイバルもまたユングウィより消えたのだ

流石に蛮族であるウェルダンの王子であろうとも、イチイバルに粗忽なマネをするとは思えないし、もし仮に紛失したとしても律儀な姉である。一時エバンスに留まった時か、アグスティに滞在した時にでも連絡くらいは寄越すだろう

それがなかったとなれば、今もって姉はイチイバルを保持している事になる

 

幼い頃から面倒見の良かった(エーディン)。なんとかして助命したいと未だに考えている自分の甘さに自己嫌悪するが、それでも今となってはただ1人残った肉親なのだ

シレジアにて王国主力を担う天馬騎士団を一方的に殺戮(アンドレイとしてはアレを戦闘と呼びたくはなかった)した。が、それでも少数ながらに犠牲が出てしまい、その戦績を武功とする事も憚られた

アレはあくまでもシレジアの内乱に自分達が便乗しただけであり、『グランベル王国所属の騎士団』という名目があったからこそ相手も積極的に攻撃出来なかったに過ぎない。そうアンドレイは考えている

 

ユングウィ公爵家を守る為と言いながらも、そのユングウィの名誉を貶める様な戦いしか出来ない自分に嫌気がさす

今も深手を負ったシアルフィ公爵とその配下を追撃しているだけなのだから

 

(このざまでユングウィ公爵か。なんとも滑稽な事だな)

ユングウィ公爵アンドレイは内心吐き捨てた

 

バイロン配下の騎士達の中には積極的に深手を負いながらも主君であるバイロン卿を逃がそうと決死の覚悟で挑んできた者もいた。それを自身の部下達の多くは集団で嬲るかの様に弓を射っていたのである

 

今自身の配下になっている騎士達はユングウィにおける主力とは名ばかりの連中が少なからずいる。いや、正確には大部分がそうだ

そもそも、自分と共にアグストリアへの牽制の為に動いていた者達はともかくとしてウェルダンがユングウィ城に侵攻してきた際、抵抗し姉を護ろうとしたのは騎士としての実績も実力も不足していたミデェールのみ

他の連中は姉が攫われるのをただ我が身惜しさに黙って見ていただけの者ばかり。勿論、シグルド公子らにより解放された後に急いで帰還したアンドレイや彼に従っていた騎士にそんな事を正直に報告した者は皆無である。アンドレイがそれを知ったのは、ユングウィ公女である姉の世話を幼い頃から担って来た侍従長よりの報告があってから

そんな騎士の風上にもおけぬ連中などアンドレイは認めたくない。まだ未熟でありながら、単身的な指揮官であったガンドルフ王子に立ち向かったミデェールの方が遥かにマシだと今でも口にこそ出さないもののそう思っている程

 

しかし、イザーク遠征において国王を騙し討ちされたと士気をあげたイザーク軍とそれを率いていたマリクル王子により父リングが率いていたバイゲリッター主力はそれなりの損害を受けた。加えてランゴバルド卿による強襲により文字通り『全滅』したのだ、主力部隊は

結果、アンドレイの元に残ったのはアンドレイが率いていた準主力とも言える騎士達だった。が、父であり先代当主であるリングを謀略により反逆者として葬ったランゴバルドやレプトールらに迎合する様に見える自分の動きに少なからぬ騎士が反発。先代当主リング支持の声を上げてしまう

 

当然、その様な動きをグランベル国内の維持に苦労しているランゴバルド、レプトール両卿が許す筈もなく速やかに鎮圧の兵を動かし彼等を『反逆者に同調する者』として処理した

その様な事があり準主力にすら多数の欠員が出てしまった為に已む無くユングウィの準主力以下の騎士すら動員しなければならなくなったのである

 

ユングウィ新当主(アンドレイ)が主力騎士団であるバイゲリッターの再編すらできていない。とあっては自分は元よりグランベル王国の兵力に対して少なからぬ疑問を持たれてしまう。補充戦力的な意味において

その為、数を揃えて練度の底上げにアンドレイは尽力していたのだ。だが、技量ばかりに目がいってしまった結果として、『騎士としての心構え』とでもいうものについては未だもって満足のいく水準に至っていないのが実情だったりする

シレジアにおける戦果はあくまでも敵が天馬騎士であり、尚且つザクソンのパメラ麾下の天馬騎士隊と交戦していた為に、奇襲となったからに過ぎない

 

仮にこれが真っ向からの戦闘であったとしたら、それこそバイゲリッターは良くて半壊。悪ければ7割ほどの戦力を失っていただろうとアンドレイは思っている

 

 

最早、グランベル王国の最精鋭弓騎士団として名高かったバイゲリッターに往年の実力はなく、誇りもない。

現に僅かな手勢であったバイロン卿に忠誠を誓い散って行った騎士の最期の特攻により、数名が傷を負う始末

 

そう。たかが数名が『傷を負った』程度なのだ

にも関わらず、多くの騎士が無様に動揺し、隊列を乱す

最終的にはアンドレイとアグストリアへ牽制任務に出て今なお自身に従ってくれる数少ない者が討ち取ったが、その騎士の表情は苦いものだとと聞く

 

 

ドズル公は若い自分に実績を上げさせる為に、態々バイゲリッターと共に追撃にあたっていた部隊を少しばかり下げた

つまり、そうせねばならぬ程に今のバイゲリッターは弱いと公から見えていたという事でもある

 

 

守るべきはずの家名も誇りも失いつつある自身

それを立て直せると思えるほどにアンドレイは楽観的にも呑気に構えて居れるほどに愚かでなかった事が彼にとっての不幸であったとも言えるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂にシグルド公子達とグランベル正規軍の衝突が避けられぬ状況となっている頃、レンスターにも大きな動きがあった

 

 

レンスター王国の財務官僚らを始めとした多くの不満を出しながら、レンスター王子であるキュアンは再建したランスリッターを率いてグランベル王国領、リューベックへ向けて進軍していた

 

レンスターよりリューベックに行く為には、レンスターより南下しアルスターで西に進路を変える必要がある

アルスターの西に位置するグランベル王国フリージ公爵領メルゲンより北上するか、それともそのまま西進するかで迷うところだったが、本来であれば戦闘が予想されたメルゲン城の部隊は城の守備と北方の守備に全戦力を傾けていた

その為、メルゲンを西進しイード砂漠南岸より北上。リューベックを目指す事とした

メルゲンの部隊はフリージ公爵軍の中では二戦級であったが、かと言って無力という訳ではない。その上、フリージ軍の編成が前衛を重騎士が固め、後方より魔道士部隊による魔法攻撃や回復魔法を自在に行使するものであり、メルゲン勢もまたその編成に則った軍勢であったからだ

 

 

度重なるトラキアとの戦闘により消耗してしまったレンスター騎士団。数こそ揃えはしたものの、遠路はるばるグランベルの中枢まで状況次第とは言え進軍せねばならない

となれば、長距離行軍に慣れていないレンスター騎士の中で技量に優れている者達を優先して選抜する他に犠牲を減らす方法は無かった

 

その為、異例ではあるがアルスターとコノート、更にマンスターの各地に派遣ないしは配備している騎士達のレンスター本国への召還すら行う事で何とか騎士の練度の水準を維持した

勿論、これによりマンスターは当然としてコノートやアルスターから戦力の大半を抽出した結果、同地におけるレンスターの影響力が一時的に(・・・・)低下する事となる

 

この事をレンスターの一部文官達は憂慮し、アルスターなどからの戦力増強策については最後まで反対の立場を取ったのだが、『レンスター国王の決定』という大義名分を持った軍関係者は強行

コノートは諸手を挙げてその判断を歓迎し、アルスターとマンスターはあまりにも危険な賭けに踏み切ろうとしているレンスターの正気を疑うと共にレンスターより離れる事を密かに、だが急いで議論する事となった

 

特に元々騎士を駐留させていなかったマンスターにおいては、騎士の駐留がレンスターの支配下であるかの様なイメージを市民に持たせてしまう。その事に不快感を持っている者が極めて多く『レンスターとの関係の見直し』を騎士達がレンスターに帰国して僅か2日後には公然と議論される事となる

 

アルスターは行軍経路にあったが事と領主がマンスターに比べ慎重であった事から軽挙妄動とはならなかった。が、グランベル遠征の結果如何では自分達とて仰ぐ旗を変えるべきではないか?との意見が交わされ始めた

勿論トラキアと結ぶのではない

 

誰からも手を出される事のない国に従うのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

トラキア騎士パピヨンは耳を疑った

 

確かにトラバント国王陛下と陛下に従ってマゴーネが部隊を率いて慌ただしく出撃しているのはパピヨンとて聞き及んでいる

が、その理由がレンスターの主力騎士団たるランスリッターを殲滅する為。であればトラキア軍の一員として理解もできよう

 

しかし、グランベルに向かっているレンスター軍の撃破

とは一体どういう事か?

 

 

パピヨンは疑問を抱いたが、トラキア本国の軍で地位の高さから言えば自身もかなり高い地位にある事を理解していた

 

 

遅ればせながら、トラキア本国軍の地位について触れたいと思う

 

 

第一位たる総指揮官は言うまでもなく、トラキア王国国王トラバント

ダインの直系にして、かのものの血を色濃く引き継ぐ証たる聖痕も有し、天槍グングニルを十全に扱える

 

それ抜きにして考えても、トラキア王国随一の竜騎士であり、またその部隊統制能力も非常に高い

血筋も、実力も、人心もある。納得の人事といえよう

 

 

次席指揮官はマゴーネ

彼は元々パピヨンの朋友であり、パピヨンにとっては同郷の友でもある。トラキア本国の騎士団に入団したのはパピヨンが先であった。しかし先のアグストリアにおける戦闘により自身の指揮能力は未だに十全でないと自ら降格をトラバント王に願い出た

パピヨンとしては、今一度自分を鍛え直す事と自戒の意味も込めて、一兵卒からやり直したいと希望したのだが

 

パピヨン。貴様のその責任感は俺も良いものだと思っている

 

とした上で

 

だが、我がトラキアに貴様ほどの力量を持つ竜騎士を一兵卒で使える余裕はないのだ。そこは許せ

 

と降格こそ認められたものの、『見習い騎士達の教育』という大任を仰せつかる事となってしまった

 

しかも

 

 

トラキア本国の騎士団における指揮系統。その第三位として失態を犯したはずの己が認められてしまったのだから困惑する他なかったのも無理ない話だ

 

だが、今回の出撃に際し何の話も聞いていない

今現在トラキア本国の軍を統括せねばならない立場となったのは、総指揮官と次席が不在である以上第三位である自分の役目

 

全く何も知らぬでは動くに動けない公算が高い

 

 

 

そこで、陛下に信任されているクェム殿に話を聞きに行く事とした

 

 

 

 

…なるほど。些細を知りたいと?

 

ああ

 

トラバント国王陛下の懐刀として王国において名高いクェム

当然今回のレンスター軍攻撃についても自身より情報を持っているとパピヨンは考えた

他国においては文官と武官は対立する事が多いと聞くが、ことトラキアにおいては問題になったという話をパピヨンは聞いた事がない

無論、トラキアという国が他国に比べて圧倒的に貧しい事もあるだろうが『疑問に思った事を正直に聞ける』環境を他国がどれだけ持っているのか?と問われればパピヨンは即答出来る訳もなかった

 

武官として動く己があっさりと文官筆頭と目されるクェムと会える程度にはトラキアという国はまだ正常なのだろうとパピヨンは思っている

 

 

 

パピヨン殿は陛下やマゴーネ殿不在の間、部隊の指揮をとって頂く必要があります

私が取るという話もなくはありません。が陛下に重用されているとて所詮私は一介の文官に過ぎませぬ。故に武官として、また前線指揮官としての実績もある貴殿に任せるが最善と考えた次第

貴殿の様に身軽に動く訳にも参りませぬ故、この様な仕儀となりました事を申し訳なく思っております

 

 

クェムの執務室を訪れたパピヨン。クェムは己の来訪に速やかに応じ、彼の補佐役などを一時的に退室させている

 

 

…人目を憚る話、という事か?

 

今後の我等がトラキアに関わる秘事にもなり得ることゆえ

 

 

そうクェムは前置きして己に語った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信じられぬが、貴殿がそう言う以上そうなのだろうな

 

私はこの道こそが最良と思っております

されど、どうも私は陛下の心情を勝手に慮っていると思い込んだ(・・・・・)愚か者

故にパピヨン殿やマゴーネ殿を始めとした皆々様の力や知恵をお借りすべきと考えを改めました

 

貴殿が愚かとは俄かに思い難いが、陛下とこのトラキアに住まう者たちの為なれば私やマゴーネ。それにハンニバル殿らも協力を惜しむまい

委細承知した

 

 

些か以上にクェム殿の変わり様を目の当たりにした為か、あまり長居すべきでないと当時の私は考え、クェム殿の執務室を辞した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マゴーネ隊長!

先発していた部隊より、レンスター軍を捕捉したと!

 

ようやくか。要らぬ手を散々煩わせてくれたレンスター

遂に彼奴等と決着をつける時が来た様だ

 

 

キュアンが指揮するレンスター軍を追跡していたトラキア王国軍はレンスター軍を捉えた

その報告を聞いた隊長であるマゴーネは感慨深く呟く

 

 

トラキア王国にとって確かにレンスター王国は許し難い敵である

が、それがレンスター王国を必ず滅ぼさねばならないという訳では決してない

トラキア王国が繁栄する為、レンスター地方の再平定が『望ましい』だけであり、既にトラキア王国はクェムを始めとした文官達の努力とマゴーネ達武官や兵士達の献身によりグランベル王国との交易が拓かれつつあった

 

全てをグランベルに依存する訳ではない

マンスターにも物資を求め、少しずつではあるが国内の食糧事情を改善しようと皆が必死に足掻いていた

 

 

グランベル王国はウェルダンとアグストリアを併合した。その結果、ウェルダンとアグストリアにおける農産物をグランベルは取り込む事に成功している

アグストリアとグランベル国境付近に南北に広がる山岳地帯において少数ながら生産されている農作物。これの種子をトラキア王国はグランベル側に求め、グランベルとしても敵対的行動を慎む事を条件にトラキアへと輸出する事を決めていた

 

 

 

トラキアが打ち倒すべき敵はレンスターに有らず

打ち倒すべきは貧しさ

 

そう主導したクェムはトラバントが臨席する会議にて主張し、これを皆が受け入れた

傭兵として血を流す事なく、明日を当たり前に享受できる

 

それこそが、先王いや建国の祖たるダインより続くトラキアの悲願だったのだから

 

 

が、度々出兵してきて犠牲を出すレンスター軍はトラキア王国軍の人間にとって忌々しいものである事は変わらない

そもそも、トラキアは近年レンスターへの出兵を控えておりレンスターとの境に位置するマンスターとは協調路線を維持している

 

レンスターにとって莫大な富を生むであろうトラキアとの交易

確かに今は禁じられているが、トラキア側としては別に交易の再開をしても構わないとすら思っている

が、露骨に敵視されているが故にそれを言い出そうとは決してしない

 

その程度なのだ、今のトラキアにとってのレンスターなど

 

 

だが、レンスターいや正確には『レンスター騎士』にとってはそうではない

トラキア王国という身近なしかも強大な脅威があるからこそ、レンスター王国は規模にそぐわない程の軍事力を有さねばならなかった

仮想敵国としてのトラキア王国があるからこそ、レンスター騎士団は大きな影響力や発言権を有している。そういう事である

 

であればこそトラキア王国との和平や協調などもっての外

そう考えているのだ、歴代の騎士団長などは

 

 

 

度々出兵してはレンスター騎士団の存在を強調せねばならぬレンスターと余計な戦闘の為に貴重な人員や資源を浪費せねばならないトラキア

 

 

トラキアとしては、先だってのミーズ攻防戦においてレンスター騎士団に痛撃を与え、彼等の行動に掣肘を加えたと思っていた

ところが、キュアン王子が帰国するなり急速にレンスター騎士団は戦力の回復を行なう

 

アルスターなどからの話により、目的がバーハラへと向かうであろうシグルド軍への支援。と判明したが、これは言い換えれば現在のグランベル王国体制の打倒ともいえる

トラキアとしては現在国内の再開発などの為にグランベルと協調関係を構築しており、グランベルの現体制の崩壊は好ましいものではない

 

しかも、増強したレンスター騎士団が仮に帰国した場合。高い確率でトラキアへの出兵も考えられる

認められるはずもなかった

 

 

 

それ故に今回、キュアン率いるレンスター軍への追跡と可能であれば撃破いや撃滅が決まったのである

 

トラバントは勿論の事、実働部隊の前線指揮官であるマゴーネも国内の守備にあたっているパピヨンも誰一人としてトラキアの民を失いたくない

だが、攻めてくる姿勢を一切崩さない相手に同情や加減をする程彼等は甘くもなかった

 

 

 

 

陛下。ここは敢えてイード砂漠の奥深くまで奴等を引き入れましょう

 

…そうだな。

『例のモノ』は皆に持たせておるな?

 

はっ、皆持っております

しかしながら、良く我等がトラキアでコレ(・・)が作れましたな

 

あれがその辺は采配した。手抜かりはなかろうよ

 

なるほど。クェム殿であれば納得です

何にせよ実際に兵を率いる身としてはありがたいものですな

 

マゴーネはトラバントの言葉を聞き、少しばかり表情を緩めた

 

 

アグストリアのシャガール王より一振り寄越されたモノ。それを増産したそうだが、詳しくは知らぬ

 

であれば、皆を無事に国へと帰さねばなりませぬな

 

 

ナイトキラー(騎士殺しの槍)

今は亡きアグストリア諸侯連合。その近衛隊長たるザインに国王シャガールが与えた武器

そして、マディノよりシルベールに逃れたシャガールが傭兵を率いて参じたトラバントへ同じ国王として渡したモノでもあった

 

当時のトラキア王国では増産など到底不可能であったが、クェムが主導した大陸各地の『鍛治師招聘』により少なくない鍛治師を集められた結果の一つである

特にグランベルいやシグルド達に敵意を持つ旧ウェルダンの魔道士や旧アグストリアの鍛治師が中心となってこのナイトキラーの増産が進み、ようやく部隊全てに配備出来るだけの数を有する事となった

 

 

 

ナイトキラーとは文字通り『騎士を殺す為の槍』

その始まりについては諸説あるが、アグストリアで伝わるのはこの様な話である

 

 

 

 

アグストリアにて騎士を志した若者がいた

若者は己が力を高める事や弱き者を守る為に戦う事を躊躇う事はなかったそうな

しかし、かの者を慕う者も多かったが、若者は終ぞ騎士になる事は叶わなかった

 

かの者は女性であり、当時の考え方においては『女性が騎士になる』という事は全く認められておらずそれ故の事であった

彼女が成した多くの事は彼女の従者であった筈の男の手柄となり、彼はその功績を持って騎士となる

 

そう、自分の主人であった人物が望んでも手に入れる事が出来なかった騎士に

 

 

それだけであれば、彼女は我慢できた

 

ところが、従者だった男は騎士となるなり彼女を支持していた民衆を偽りの罪を着せ、全てを殺し尽くした

彼は自分『だけ』が彼女の理解者であるべきだと思っていたから

 

 

自身を慕っていたはずの男の凶行を知った彼女は当然彼の凶行を訴えた。しかし、女性の身でありながら騎士を志した彼女に対する当時の騎士階級の者達への風当たりは強く彼女の妄言であると一蹴される

 

弱き者を、民を守るのが騎士ではないのか!!

 

 

彼女は失望した

騎士という生き物に

 

 

彼女は幸か不幸か魔法の才もあった

そこで彼女は数少ない生き残りであった老齢の鍛治師と協力し、(まじな)いを込めた槍を創り上げた

 

それこそが、ナイトキラー

騎士たり得ぬ騎士を討つ為に造られた呪いの槍

 

 

 

しかし、どの様な想いが込められようとも月日というものは残酷であり、いつしか彼女達が創り上げたナイトキラーは騎士達の戦争の為の武器(道具)となった

 

 

 

1人の女性が『騎士あれかし』と願った祈りすらも時代のうねりにおいては全くの無力である

 

 

 

 

ナイトキラーを全員が装備し、なおかつ牽制用の手槍すら有し、空という地形に左右されぬ場所を駆るトラキア軍。鋼の槍を装備し馬にとっては負担となる砂漠地帯を征くレンスター軍

 

戦う前から勝負はついていたと言っても過言ではなかった

 

レンスター側が唯一持つ強みといえば、キュアンの持つゲイボルグであったがそれとてトラキアの兵がキュアンの槍が届く範囲に居らねばどうにもならない

ゲイボルグの脅威を知るマゴーネは終始部下達に対して、敵に近接攻撃を仕掛けても即座に離脱する事を徹底させていた

王子夫人であり、唯一回復の杖が使えるエスリンもいたがレンスター騎士に一撃で致命傷を与えることの出来るナイトキラーを標準装備していたトラキアの猛攻を前にして回復が追いつくはずもなかった

 

トラキア軍は女性であるエスリンに攻撃する事を良しとせず、基本的に彼女への攻撃を控えていた。しかしながら、彼女は光の剣を所持しておりこれにより兵に被害が出た事を受けてマゴーネはエスリンの排除を決断

如何にウェルダンの侵攻以降、第一線で活躍してきたキュアンとエスリンであっても、配下の騎士という足手まとい(・・・・・)がいる以上行動は制限されてしまう

特に今回動員した騎士の殆どはアルスターやコノート、マンスターから集めた者ばかりであり、彼等を失う事はレンスターの同地における影響力の低下を意味する

 

 

トラキア軍側は絶命したレンスター騎士達が持っていた鋼の槍すら投擲し、徹頭徹尾キュアンに対しては遠距離からの攻撃に終始していた

 

 

卑怯だなんだと言いたい者には言わせておけ。戦場において何より大事なのは『生きて帰る』事よ

それ以外の名誉だ誇りだなどというものは些事に過ぎぬ。心しておけ

 

トラバント(国王陛下)は言うだろう

 

名誉?誇り?

はぁ、私としては理解し難い考え方ではありますな

そも我等がトラキアにその名誉だ誇りの為に浪費して良い様な命など一つたりともないのですよ?

家族を失えば憎しみとなり、友を喪えば嘆きと悲しみとなりましょう

その果てに出来るのは血塗れの国だと私は思うのです

 

とクェム殿は言った

 

 

 

キュアン王子は言った

「死ね、ハイエナども」と

 

 

ならばハイエナらしく無慈悲に敵を殺す事にしよう

マゴーネはキュアンを仕留めるべく、部下に号令をかけた

 

 

 

 

 

 

 

 

エスリン、大丈夫か!

 

ええ。なんとか

でも皆が

 

イード砂漠の中でキュアンとエスリンは何とか防戦していた

が、2人の様に立ち回れたレンスターの騎士は誰一人としていない

レンスター騎士は三十名以上いたにも関わらず、その尽くが命を散らせた

対して敵であるトラキア兵は未だに落伍者はただ一人としていない

キュアンの持つゲイボルグは強力無比の武器であるが、敵に届かなければ意味はない

エスリンの持つ光の剣は『光魔法ライトニング』の術式を埋め込まれた剣。だが、エスリン自身が攻撃魔法について扱った事がほとんど無い事もあり有効な打撃を与える事が出来ないでいた

 

 

エスリンはキュアンを気遣っているが、キュアンとしては自身よりも遥かにエスリンの方が心配である

そもそも産後半年ほどしか経たぬエスリンだ。当然だが身体にかかる負荷はキュアンの想像が及ぶものではない筈

 

しかも、エスリンはアルテナを連れて来ている

 

 

 

 

王子。最早お止めはしませぬ

されど、エスリン様を途中までとはいえど同道させるのはおやめになるべきかと

敵はグランベルのみではありませぬ。いつトラキアが御身やエスリン様を狙うか分かりませぬぞ

 

ああ、分かってはいる

だがエスリンの気持ちも考えると、な

 

 

レンスターを出る直前に文官の一人が進言してきたのを結果として無視した事を今更ながらに思い出す

 

 

(くっ、私は甘かったのか!)

 

そう意識を逸らしたのが悪かったのだろうか

 

 

 

レンスター王子!覚悟!!

 

っ、ちっ!

 

キュアンの目の前にトラキア兵が投擲した鋼の槍が迫っていた

 

 

キュアンッ!

 

愛する妻の声が聞こえた

 

 

 

 

 

 

エスリンはレンスターのキュアンの所に嫁いだ事を後悔した事は一度もない

だが、今回自身が招いたと言っても過言ではないこの状況を作り出した事には後悔しかなかった

 

戦場の無慈悲さはアグストリアで嫌というほど理解していた筈。なのに夫であるキュアンの身を案じ、見送ろうと安易に考えた結果がコレ

騎士達は全滅、残るは産後程ない為に動きの鈍い自分と砂漠と敵が空を駆ける竜騎士である為に力を発揮できない夫

 

トラキア軍は襲撃しておきながら最初自分を意図的に目標から外していた様にも見えた

が、それも光の剣によりトラキア軍に被害を与えるまで

彼等の思惑は分からないが、少なくとも混乱するレンスター騎士達よりも自分を脅威と見たのだろうか?

 

撤退しようにも、ここは砂漠のど真ん中と言える場所。砂漠の南岸に辿り着くまでにトラキア軍は自分を10回以上殺せるだろう

パラディンとなった自分であっても、あくまで前線でしていたのは戦闘の補助と仲間の回復

 

 

味方は全滅。隣には夫のみ

正しく孤立無援

 

…もう私もキュアンも助からない

でも、せめてこの娘だけは守らないと

 

 

そう私が決意を改めて固めていると、夫キュアンにむけてトラキア兵達が鋼の槍を一斉に投擲するのが見えた

キュアンは数秒遅れた気付いたが、アレでは間に合わない!

 

 

(ごめんなさい、キュアン。アルテナ、リーフ)

私は母親として恐らくしてはならない事をするのだろう

 

それでも

 

 

 

 

 

全く貴様はいい加減にしておけ、シグルド

 

すまない。エルトシャン、助かったよ

 

そう言ってやるな、エルトシャン

シグルドが無鉄砲なのは今に始まった事ではないだろう?

 

だがな、キュアン。このままでは先が思いやられるぞ

 

大丈夫だ。流石にシグルドでも同じ事を何度もする事はない

そうだろう?

 

あ、ああ。そう努めるよ、キュアン

 

 

 

まだ私が小さかった頃

シアルフィに来たエルトシャンさんと兄上、それにキュアンの3人が他愛もない話を楽しそうにしていた

 

その光景は私にとって好きなものだった

だから

 

エルトシャンさんはいないけれど

あの時の様に兄上にも、そしてキュアンにも笑って欲しいから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…エスリン?

 

キュアンは我が目を疑った

 

なんだ、これは?

 

…見事

 

トラバントが何かを呟いていた

 

自分は確かにトラキア兵の槍を身に受けている筈

なのに、何故自分は生きている?

 

 

そして

 

 

 

 

 

何故エスリンは自分を庇うようにして地に倒れている?

 

 

 

 

 

 

マゴーネは驚愕していた

間違いなく、あの鋼の槍の一斉投擲を食らえば如何に堅牢と言われるフリージの重騎士相手でも絶命させる事は敵わずとも、深手を負わせる事の出来る攻撃であった

それをパラディンとはいえ、女性の身でしかも聞く話によれば半年程前に子供を産んだばかりの人物が総身に受けたのだ

 

その悲壮な決意に敬意を

その壮絶ともいえる愛情に憧憬を

 

敵であったとしても、死んだ相手の想いを汲む程度の事は許される事。そうでなければ我等トラキアの傭兵はレンスター王子の言う通り、ただの獣でしかないのだから

 

 

 

 

トラバントは内心失望すると共に、余りにも情けない敵手に苛立っていた

戦場に女子供が出るな。とはトラバントは言わない

本人が覚悟し、周りがそれを認めたのであればその決意や覚悟は寧ろ称賛されて然るべきもの

戦闘後の後味は苦く、そして不快なものになるだろうが『それはそれ』として割り切ればよいだけの事

 

だが、戦場に立っておりながら考え事に気を取られた挙句、守るべき伴侶に助けられる。何とも滑稽な話ではないか

しかもその男がレンスター建国の祖たるノヴァの血を色濃く残している『ゲイボルグの使い手』というのだから笑えない

 

トラバントが戦場に出向きながらもレンスター騎士達との戦闘に一切関与しなかったのは、あまりにも情けなさ過ぎる相手にグングニルを振るう必要性を認めなかったから

戦場に伴侶を連れて来ようが、足手纏いを連れて来ようがそれは良い

が、ひとたび戦場に身を置くつもりであれば、ありとあらゆるものが敵として立ちはだかる事を覚悟せねばならぬ

そうトラバントは思っている

 

イザークではこの気構えを『常在戦場』と言っているそうだが、正しくそうあるべきなのだ

 

 

グランベルに兵を派遣するのであれば、有事に備えて国境付近に守兵を配置するのは当然

近年トラキア側から攻め寄せてないとはいえど、物事に絶対はないのだから

 

ところが、トラバントが各方面に出撃より先行させた偵察部隊によればアルスター、コノート、マンスター。何れの都市にも先月までいた筈のレンスター騎士や現地の兵が居ないとの事

それでいて、市民は普段通りの生活を営んでいるというのだからトラバントとマゴーネはレンスターの正気を疑うのも無理はない

 

 

確かにマンスターはトラキアにとってグランベルと並ぶ貴重な交易相手。だが、形ばかりとはいえマンスターはレンスターに従属しており、レンスターとトラキアは交戦状態にあると言って良い

マンスターはこちら(トラキア)を刺激する事のない様に元々兵を置く事を避けていた

 

軍事的脅威のないマンスター。しかも此方に敵対的ではなく比較的とは言え友好的である。これに対してもし武力侵攻し、制圧したとなればどうしても統治に手間を要する。更に幾らトラキア側が統治に慎重だとしてもレンスターの様に『自分達の富がトラキアに奪われる』と反発されるのも間違いない

 

トラバントの腹心であるクェムは

 

 

マンスターは現状にあってこそ、我等にとって最大の利益となりまする。態々攻め寄せて憎悪を買うこともありますまい

 

とマンスター侵攻について否定的だ

 

 

 

愚かな、そして勇敢な女だった

見事だ、レンスター王子夫人よ

 

 

それはトラバントにとって最大の賛辞だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エス、リン?

動かなくなってエスリン(愛する妻)を呆然と見つめ、立ち尽くすキュアン

 

戦場において、余りにも無様で愚かな決断をした自身が死ぬのは良い。だが、何故彼女がそんな自分の代わりに死なねばならない?

 

 

残念だが、戦場に情を持ち込んだ時点で貴様達に生きる道はなかった

やれ

 

そんなキュアンにトラキアの竜騎士達の投擲した手槍が襲いかかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この様なところに放置するわけにもいきませぬ。レンスターの憎き王子とその伴侶であっても、その死は安らかであるべきかと

 

…そうだな。せめてもの情けだ

近くの緑がある所に葬ってやるとするか

 

マゴーネとトラバントはキュアンとエスリンの亡骸を見下ろしながら話をする

 

 

マゴーネ隊長、陛下!

 

どうした?

 

こ、これを

 

 

 

エスリンの遺体を丁重に運ぼうとしていた竜騎士が何かを見つけたのだろうか?声をかける

 

 

 

…なんと

 

女連れだけでも話にならんと思ったが、まさか幼児(おさなご)まで連れていようとは

 

エスリンが庇ったのだろうか、彼女の遺体に縋り付く様に泣いている子供がいた

 

 

…始末しますか?陛下

 

いや、連れ帰る。ゲイボルグ共々な

 

…はっ

 

 

 

トラバント達はキュアンとエスリンの遺体を丁重に葬った後、二人の遺品であるゲイボルグと光の剣、そしてアルテナを連れトラキアへと帰国の途についた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ナイトキラー標準装備、地形無視の広範囲移動ユニットのみによる部隊とかいう控え目に言ってヤバすぎる部隊

乱数と育成次第でレンスター軍が勝てる可能性も極小ながらある(でもリューベック制圧するとレンスター軍は消える)
地獄かな?(白目)

そしてこの章においては寧ろ此処からが本番という恐怖

スワンチカ装備のランゴバルド
遠距離魔法装備の魔道士
頭おかしい防御力のゲルプリッターとトールハンマー装備のレプトールとかいうバグレベルのボスユニット(しかも動き回る)


そしてバーハラ



うん、難易度ここだけ無茶苦茶高いと思うのは私だけ?

さて、プレイヤーのトラウマイベントを書くのに相当精神力が必要だと思うので以降の更新はドン亀レベルとなります

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。