それは魔王の生まれ変わりと魔王を憎む賢者の物語。

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第1話

 足りない。全てが憎い。血液が燃えたぎるほどに熱く全身を駆け巡る。

 

 天を衝くほどにこの怒りは深く、収まることを知らない。

 

 人間の血肉を浴び続けた私は、歪な願望を持ってただ彷徨う。

 

 機会を決して逃すことはなく獲物は確実に死に至らしめる。

 

 

 

 

 目が覚める。

 

「起きたか。うなされてたぞ」

 

 心配したような声で父さんが声を掛けた。

 

「うん。変な夢見ちゃって」

「変な夢?」

 

 僕は見た夢をありのままに話す。

 

「僕がね理性を失った化け物みたいになって暴れてしまうんだ。そして、人をたくさん殺してしまっていた」

「そして、どうした?」

 

 分からない。あれを夢と言うにはとてもリアルだったというのに、今ではほとんど忘れてしまっている。

 

「覚えてない」

「そうか」

 

 父さんはどこか遠くを見るような目で悲しそうに言う。

 僕の分かることなら教えたい。夢というあやふやなモノを言葉にして伝えることなんて不可能に近い。また同じような夢を見たら教えてあげるべきだろうか。

 いや、きっと覚えていないだろう。

 

 それにもうあんな夢を見たくないとも思ったのだ。

 

「……ただ一つだけ言えるとするなら、とても怒ってて悲しかった」

 

 魔族の言葉というものは必要なものを必要なだけ伝えるためのもので語彙が貧しく、僕が考えて伝えるのには数分の時間を要した。

 父さんは夜空を眺めながら言葉をかけた。

 

「辛いものだな」

「うん」

 

 この時、僕はどんな表情をしていたのだろうか。父さんは意識的に顔を背けていたように思えた。

 

 その夜が明けたその日のことだった。

 

 絶体絶命。この状況にはこれらの言葉がぴったりだ。

 森を歩いていた父さんと僕は魔物の大群、魔物の飽和(スタンピード)と呼ばれる恐ろしい現象に見舞われ崖まで追い詰められている。

 僕は善戦するも利き腕と脇腹右太股をやられ満身創痍。父さんは未熟な僕をかばって背中にアングリーベアによって酷い裂傷を受けてしまった。

 僕は痛みを訴える利き腕に変わり使い慣れない右腕で折れた剣を構える。だが父さんがそれを制した。

 

「父さん……?」

「我が妻たるマルーナを探せ。母を見つけられればお前は行き別れた兄妹とだって会える」

 

 父さんはそう言って自分の首に掛けていたブローチを僕の首に掛ける。

 

「何、言ってるんだよ」

 

 一瞬僕は父さんから放たれた言葉の意図が理解出来なかった。理解出来た時には崖から突き落とされているのを把握する。

 手のひらを僕の胸を後ろに押した父さんは僕を優しく見つめながら口を動かす。

 

 きっとお前ならやり遂げられるだろう。

 

 声は聞こえなかった。思ったものよりも長いか短いか言葉だったかもしれない。だが、その時の僕にはそう言ったと受け取るしかなかった。

 

「と、父さん!」

 

 僕の叫びは虚しく崖下へと響き渡るが、下へと僕を引っ張る力は非情にも距離を大きく広げていく。

 水に体をうちつける瞬間、幸か不幸か僕のものでは無い誰かの記憶が湧き上がったのを記憶している。

 崖の真下には大きな湖が存在し全身を強くうちはしたものの奇跡的にも生きていられた。僕は出血多量で朦朧とする意識の中で湖から這い上がったらしいがそこで僕は力つきたのだろう。木々の開けた湖の岸でうつ向けに倒れ込んでいたらしい。

 

「今、湖から大きな音がしたが……」

「私が見てきましょう」

 

 人の声がする。

 その時に僕はなりふり構わず声を上げたとか。

 

「うぅ、あぁあ……」

 

 僕の声は声とならず酷い獣のような呻き声となり、怪我を負わなかった腹に精一杯の力を込めてより一層醜い声を出した。

 

「獣かと思っていたのだが」

「この魔族は限りなく人間に近い混ざり者ですね。助ける価値はないことは無いでしょう」

 

 血を流しすぎた僕は意識を朦朧にしつつも助けに来たと思わしき人物の影を見て意識を飛ばしたらしい。

 今になっては彼等が確実に助けてくれるとは思っていなかったが聞いた話によると子供の背格好の影が僕を保護するように促したらしい。

 

「……………!」

「……………」

 

 その後は辛うじて人の声が聞こえたことを覚えている。ぼやける視界には子供のように小さな影と男性の影が見えていた。

 

 まともな判別もできなかった僕は必死に手を伸ばしていた。

 

「に、さん。ラル、シャ……」

 

 二つの影に兄と妹の姿を幻視していた。

 記憶にない記憶とは別の僕の記憶、それの大切な人だ。母さんと父さんも大切だが幼い頃にあまり接してくれなかった母やいつも見続けていた父さんよりも直ぐに思い浮かんだのはこの二人だった。

 

 直後に影から認識できたのは困惑の感情。

 きっと違うのだろう。それでもいいか……。

 

 僕は襲いくる睡魔に負けたかのように意識を手放した。

 

 

 

 そして今に至る。

 

 次に目が覚めることは無いだろうと思っていた僕は見知らぬ部屋で目を覚ましたのだ。記憶にある物語の中でしかないと思っていた状況だが今は現実として起こっている。

 

 僕の名はイーツ。家名は存在しない。

 魔人と人間のクォーターである父とどこかの国の公爵貴族の娘たる母の下に生を受けた。兄と妹がいる。

 

 僕の兄はある時突然旅立って行き、残された僕と妹と父は母を連れ戻しに来た連中によって家族の絆をバラバラにされてしまう。唯一取り残された父と僕は母と妹を探して国々を旅することになる。

 まだ幼かった妹は僕のことを覚えてはいないだろうが絶対に見つけだしてもう一度だけ父さんと母さん、僕と兄と妹で家族として過ごしたい。妹や母さんが望んでくれるか分からない。やり遂げたい、今あるのはその意志だ。

 

 どこか引っかかるような記憶があるがそれは夢のようで思い出せない。

 

「よし、記憶は大丈夫みたいだ」

 

 僕は寝起きの両頬を右手でペシペシと交互に数回叩く。

 

 僕は胸にかけられたブローチを開く。

 中には写真が2枚。蓋の方に嵌められた写真には母と父の写真が、本体の方には家族5人が揃った集合写真が嵌められている。

 

 僕は決意を新たにして利き手の拳を握る。怪我を負った部位に痛みが迸ったので直ぐにやめたが。

 その直後にノックが聞こえたので返事を直ぐに返す。

 すると年齢は40代後半だろうか。中肉中背の男性が部屋に入ってくる。

 

「目が覚めたようだね」

「はい、おかげさまです」

「いやあ、昨日君を湖のほとりで見つけた時にはびっくりしたよ」

「その節はありがとうございます」

「いや、礼なら賢者様に言ってくれ。まあ混じり者たる君に口を聞いてくれるかは分からんがね」

 

 男性は苦笑を浮かべながら言う。

 僕はそうですかと小首を傾げて呟いた。

 それにさても混じり者という言葉を久々に聞いた。人間と亜人や魔族のハーフに向けられる言葉でどちらかと言うとそれは侮辱の言葉に近い。

 男性の言ったそれには無い訳では無いが侮辱と言うより説明的な感情が濃く視えた。話した感じ、悪い人ではなさそうだと思える人だが。

 

「……おや、それは魔眼ですか?」

「あー、分かりますか?」

「まあ、よく知っていますから。この村には賢者様もいらっしゃいますからね」

 

 賢者様、か。賢者様ってことは伝説の話によく出てくる賢者という女性なのだろうか。

 

「不思議に思われるのも仕方ありませんね。彼女は大昔より魔王の復活を阻止する役として世界を見守られている方なのですから」

「大昔、ですか」

「はい。約500年前の勇者一行の一員だったのですからね」

 

 話は聞いたことがある母さんが眠れない時によく聞かせてくれた昔話だ。勇者となるメンバーが全世界から集められて悪い王様を討伐する話だ。母さんはあまり僕に聞かせたくはなかったみたいだけど強請られて渋々聞かせてくれていたっけか。

 魔族の王様を倒す話だし、そりゃそうだとは思うけど楽しかったのだ。やっぱり子供心としてはカッコイイと思ってしまうのだからしょうがない。

 

「そんなにすごいお方がこの村にいるんですね」

「ええ、賢者様は中でも魔族に対して強い敵対意識を持っていると伝えられていますからね」

 

 苦笑いで言った。まあ賢者様なら僕が魔族の混じり者と判別できるだろうし、仕方の無い話なのかもしれない。

 

「それにしても何があったのか聞かせてくれるかな?」

 

 男性はにこりと笑って言った。

 言おうとして僕の手が震えていることに気がつく。

 

「言えない?」

「いえ、少し怖かったものなので」

 

 旅を長く続けたからとはいえ未だに魔物のさっきには慣れないものがある。父さんだっていつも死を覚悟しながら戦っていると聞いた。

 僕は男性に掻い摘んで事情を話す。

 旅をして魔大陸から母と妹を探して来たこと、ここにたどり着くまでの道中で魔物の群れに襲われたこと。

 

「なるほどね。大変だったね」

 

 男がそれ以上言うことは無かった。

 

「さて、私はそろそろ賢者様に君が起きたことを報告しに行ってくるよ。君はしばらくこの村でゆっくりしてくれ」

「ご好意に甘えてそうします」

 

 男性は部屋を後にする。

 男性とは入れ替わりでまだ年端もいかない少女が部屋に入ってきた。

 

「あの、ノックとかしてくれたら嬉しかったんだけど」

「なぜ魔族に気を使う必要が?」

「……は、はあ」

 

 敵意が剥き出しであった。例えるなら刃がむき出しの短剣を僕に向けて常に構えていると言えば分かりやすいだろうか。

 

「えっと、そのもしかして。もしかするかもしれませんけど。……貴方様が賢者様ですか?」

「それはその通りだが。……魔族にそう呼ばれる筋合いはない。というかなぜ知っている」

「先程、男性が賢者様に報告しに行ったんですが」

「……面倒な。特別に賢者様と呼ぶのを許そう」

 

 賢者様は不遜な態度で僕に許可をくれた。見るからに力量が違いすぎる下手すると一瞬で殺されてしまいそうでとても怖い。

 気を抜いてもオーラで潰されてしまいそうだ。

 

「さて、先程の男はこの村の長だが常にこの村を見渡している私に報告など不要だ。それでもいつまで経っても古臭い格式じみた行為をするのがあの男だ」

 

 賢者様は溜息をつきながら続ける。彼女の眉が左右で点対称のへの字を二つ描いたのを僕は見逃さない。

 

「十中八九私に会いたいのだろう。気にするな」

「は、はあ」

 

 村長は無駄足を踏まされて可哀想だ。それでも賢者様がそういうならしょうがないのだろうか。

 とはいえ感情豊かな眉だ。

 

「さて話を本題に移そうか、魔族」

「は、はい」

 

 まだ本題じゃなかったのか。それにしても魔族嫌いなのに魔族との雑談に付き合ってくれるなんて何を考えているのだろうか。

 

「単刀直入に聞こう、何が目的だ?」

 

 さも興味がなさそうな様子で僕に言う。僕を試しているのか、それとも魔族のスパイだと疑っているのか、どちらでもあるのかもしれない。

 

「僕は離れ離れになった家族を探して旅をしています。父と共に旅をしてこの国まで流れ着きました」

「……ほう、生まれは?」

 

 賢者様は眉を僅かに動かすが、先程と変わらず話には興味が無い様子で言う。確信は持てないが僕と話をしたいということだろう。

 確信を持てないというのも彼女の感情には作られたかのように起伏がなく、僕には視ることが出来ないのだと理解させられる。

 

「魔大陸ミュルドワーン南部の人族統治領第四区域リュウザの街です」

「遠い場所からよく来たものだ」

 

 賢者様は眉を下に寄せて言う。

 多分機嫌が悪いとかそういったものではなく、多分労いとかそういった類の感情の表れなのだろう。多分。

 

「ああそうだ、一応言っておくが、貴様の読情の魔眼は通用せんからな」

「あはは、分かってましたか。さすが賢者様」

 

 どうやらバレていたらしいのでおだててみた。賢者様の眉は読情の魔眼よりも語ってくれるのであまり関係はなさそうだが。

 

「ふん。この程度など朝飯前だ」

 

 平静を装っているの分かる。分かるのだが上にぴょこりと跳ねる眉と共に頬が僅かにぴくぴくと動いている。

 本人は気付いていないみたいだがきっと喜んでいるのだろう。

 

「さて、もうちょっとわかりやすく聞かせてもらおうか。貴様は魔眼を二つ以上持っているだろうか」

 

 魔眼を二つ以上?

 そんなもの、人の体で制御することが出来るのか?

 

「いえ、僕が持つ魔眼は読情の魔眼だけですが」

「……それなら良いのだが」

 

 言葉とは裏腹に賢者様の目が細められる。僕のことを訝しんでいるのだろうか。

 

「どうしてそれを?」

「私にも目的があるんだ。貴様が知る必要は無いだろう」

 

 冷たく突き刺さるような賢者様の視線は僕の心の奥底を見透かしていそうで体の底から震え上がってしまう程だ。

 

「話は以上だ。それと私と会ったということは口外するなよ」

 

 賢者様は雑談の時の温かな言葉とは裏腹に絶対零度のような空気を醸し出しながらもその場で立ち上がり部屋から出ていってしまう。

 人をも殺せそうな視線で射すくめられた僕には身動きも返事もできず、ただ見送ることしかできなかった。

 

 僕の泊まらせてもらっている村にもいつもと変わらず夜の帳が下りる。

 父さんを探しに行きたくて堪らないのだけど僕の身体はまだ治癒しきっていないのは痛みを以てして明らかだ。

 

 起きた時近くにいた男性。もとい、この村の村長であるグラックさんによると見つけられた後に僕は丸二日ほど寝込んでいたらしいのでこの日が突き落とされてから三日目となる。

 

 父さんはそう易々と敗れることは無いのだろうが万が一ということもあって心配になる。混じり者たる僕は人と比べ治癒速度が桁外れであと一日もあれば完治するとは伝えられた。

 それでも唯一所在のわかっていた家族が行方知れずとなっていれば飛び出したくなる。

 

 変な気は起こすなよ。とは賢者様からのお言葉で村長が報告ついでに賢者様から賜ってきた言葉らしい。魔族嫌いだと言うのに混じり者を労るとは変わった人間だと思うが悪い気はしない。

 

「グラックさんは医療の心得があるんですね」

「いやなに、これも若い頃に技術を賢者様に叩き込まれただけだよ」

 

 僕は感心した。叩き込まれたとはいえ腐らずに続けてあまつさえ自分のモノにしたのだ。見習いたいとまで思える人物だ。

 

「僕は混じり者だと言うのにこの村の人達は皆が優しいですね」

 

 僕は賢者様の訪問後のことを思い浮かべる。散歩がしたいと思い村長の家を勝手に出たが昔訪問した村のように迫害などされたりしなかった。

 むしろ皆が人当たり良くて心地が良かった。もし僕の志が許してくれるのであればここに居着いてしまいたいほどに。

 

「彼らは無知なのさ」

 

 カンデラの灯火に照らされた僕の顔を見つめて言った村長の呟きは重々しい。

 

「はあ」

 

 僕は思わず相槌を返したがそういう経験は何度かある。人を助けたりしてたどり着き歓迎されていた村でも僕らの事実を()った人々は凶暴になった。それほどまでに魔族というものは恐怖の象徴なのだ。

 

「その様子を見るに心当たりはあるんだね」

「そうですね。数えたらキリがありませんけど」

 

 賢者のいるここならとも思ったがやっぱり違うらしい。人の国というものはどこまで行っても人の国だというらしい。

 

「伝承の賢者は如何なる者にも分け隔てないとあるが実際は一人の人間だよ。君のような混じり者を匿ったりする分ほかの人間と比べたらかなりマシな部類だけどね」

 

 人間は魔族と聞けば断罪と言う。存在に罪があるなどと言われるのが常だ。こうして治療をしてもらえるだけ良いのかもしれない。

 今までの旅の中で色々な人に出会えたけれど集団を大切にする人間の中には波に逆らおうとするのは滅多にいなかった。但し逆らえる者が居たのだとしても滝を昇るどころか結局は波に打ち勝てやしない。

 

「色々あったんだね。君も」

「え」

 

 先程から引っ掛かりを覚えていたが点と点がようやく繋がった。同情を覚えている目の前の彼は……。

 

「言いたいことはあるみたいだけどこれは秘密だ。この村でこの事を知っているのは君を除けば賢者様くらいだよ」

 

 言外に信頼しているということなのだろうか。魔族は単独に生きるのが常で信頼という言葉に遠いものだが彼も混じり者の部類なのだろう。

 人の血が流れていれば他者に信頼だけでなく依存だってしたくなる。僕だってそうだ。

 

「上手く関係を作ろうじゃないか」

「……そうですね」

 

 僕は彼の言葉に静かに頷いた。グラックさんは僕の包帯を新しいものに変えると部屋を離れる。

 

「一応、夜盗には気をつけてくれよ。それと今度は勝手に外に出ないようにね」

「わ、分かりました」

 

 扉の向こうの声に微かな温もりを感じる。僕は部屋の扉を短い鉄鎖で鍵を掛けて眠りについた。

 

 宵の闇が深くなると共に僕を縛る鎖は締めつけを強める。人との温かさに酔う僕は気付くことさえない。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 崖から突き落とされて二日目となった。昨日は賢者様に視線で殺されかけるし散々な目にあったとしか言いようがない。

 あれから村長には湖に落ちるまでの経緯を伝えたが、それは既に賢者様が対処したらしく問題はないとのことだった。だが人間と魔族のクォーターである僕の父さんの姿は見当たらなかったらしく、村長には本当にいたのかと怪しまれる始末だった。

 

 現場に向かいたい気分でいっぱいではあったがまだ怪我も癒えておらず下手に群れに襲われでもしたら一溜りもないだろう。

 ただ、自制心の薄い僕のことだ。明後日には村を飛び出していることだろう。予知の魔眼を持っているわけでもないのに未来の事が良く見える。

 

「ところでどうしてここに来てるんですか。魔族嫌いじゃなかったんですか」

「処置を施した者として経過を見る必要があるだろう」

 

 それにしてもどうしてここに賢者様が来ているのだろうか。それに僕の経過を観察するのであれば村を見渡しているのだろうからそれで十分じゃないのかと抗議したい。

 前日の敵意と比べれば随分と丸くなった気がするので幾らかマシと言えるが。

 

「直接ここに来なければ怪我人が直ぐにでも村を飛び出していきそうだからな」

 

 うぐ、図星だ。

 

「なんだ? 文句でもあるのか?」

「……ないです」

 

 父さんとすぐにでも合流しなくてはならないのに……。

 

「全くわからんな、このような魔族のどこがいいのか」

「どういう意味です、それ」

「私の独り言だ」

 

 独り言で意味深なことを呟かないでもらいたいものだが……。僕だって生まれたくて魔族の血を引いて生まれたかったわけじゃないのだ。ただそのおかげで父さんや母さん、妹や兄とだって絆で繋がることが出来たんだから一概に悪いとは思わない。

 

「家族を見つけるにしたってアテはあるのか?」

「アテは作るものって父さんから教わりました」

 

 賢者様は僕の言葉を聞いて大きくため息をついた。表情からして呆れているご様子。たしかに無計画なのは承知だけど情報収集をしながら捜索するという手法でこれまでずっとやってきたのだ。これからもこの方式を変えるつもりなど毛頭ない。

 

「アテがなければ行動出来まい。この村こそ辺境で大きな問題も起きていないがこの国だと魔族の行動は大きく妨げられる。まともな捜索活動は無理だろう」

「え、でも……」

「でももへったくれもない。魔族の探知が発達した王都じゃ隠すことは不可能だ。それにこの村は村長こそ魔族に慣れてるが村民はお前が混じり者だとわかった瞬間に迫害を始めることだろう」

 

 そ、そうだったのか。そこまで魔族への迫害が深刻だったとは思ってもみなかった。父さんは何か策でも講じてたのだろうか。

 

「誠に勝手ながら治療を施した際に荷物をのぞかせてもらった。このローブはなんだと思う?」

「認識阻害のローブですね」

 

 こいつのおかげでいつも魔族の血が流れていることを誤魔化すことが出来たのだ。この国でも使用するつもりだ。

 

「まず無駄だ。種族を判別する装置には筒抜け。即牢獄行き。刑は良くて奴隷堕ち、悪くて人体実験の材料だ」

「ヒェッ」

「だからこいつはほぼ無意味だ」

 

 賢者様はそう言って僕の顔目掛けてローブを投げ放つ。僕は慌てて受け取ったが賢者様は不機嫌そうに続ける。

 

「次にこれ。恐らく魔族特有の魔力を抑え込むものなのだろうがアウトだ。薬物検査にかかれば違法薬物で即検挙。効果は薄いながらもなんせ人間にとっては軽めの麻薬のようなものだからな」

「そんなぁ……」

 

賢者様はそう言って自分の懐に僕の持ってきたポーションを仕舞い込む。

 

「さて、他に計画はあるのか?」

「えっと、ないです」

「つまりはそういう事だ。諦めて自分の国に帰るといい」

 

 完全に論破されてしまっては何も言い返す手だてもない。

 

「それでも王国で捜索をすると言えば?」

「賢者として止めてお前を奴隷にでもしてやろう。前例として王宮勤めの奴隷魔族もいる事だし何も問題はなかろう」

「王宮勤めの奴隷魔族?」

「ああ、数年前に今の国王に嫁いだ侯爵令嬢が拾ってきた魔族の血を引いた娘だ。話して見るのもよいのではないか?」

 

 なるほど。そのような人がいるならばもしかすると知っているかもしれない。数打てば何か当たるはずなので試してみるのも一興かもしれない。

 

「会えるならの話だがな」

「え、会いに行きますよ?」

「話を聞いてたのか?」

 

 なんの事だかさっぱりだ。どれだけ邪魔をされようが僕は家族を見つけ出してみせる。

 

「何を言っても聞かんようだ。……逆効果だったか」

 

 賢者様は最初と比べても不機嫌そうに言った。そして最後になにかをぼやいて立ち上がって部屋を後にする。

 

「頭を冷やせ。もう一度聞きに来るからな」

 

 扉を閉めた向こう側から賢者様の声が聞こえた。やっぱり不機嫌そうだ。

 こうして静まりかえるとなんだか寂しく感じる。人と人の関わりは暖かいものなのにどうして魔人はこうも冷たく拒まれるのだろう。

 あの賢者様は一体何を考えて僕を王国へ行くまいと引き留めようとしているのだろうか。僕は分からないだらけの考えで不安になりつつも横になった。

 

 

 その日の夜、僕は家を抜け出した。途中で村長さんに見つかってしまったが自分の目で確かめたいと言ったら引き止めるようなことはしなかった。

 

「せめて痕跡だけでも見つかればいいね」

 

 予想外の対応に困惑の感情を覚える。少々驚きはしたものの力強い返事をして踵を返すと、尊重は僕を呼び止めた。

 

「そうだ、少しいいかい」

「うぇ、な、なんでしょう」

 

 村長は壁にかけてある額縁から何かを取り出して僕に差し出した。

 

「地図なんかいいんですか?」

「入り用だろう。地図なんて予備が幾らかあるしね。今君を見つけた場所にも印をつけておくよ」

「……何から何までありがとうございます」

 

 賢者様もこの村長が特別魔族への差別意識がないというような言い方をしていたが確かにそう言えるかもしれない。

 

「賢者様とは既にあったことはあるだろう。あんまり勘違いはしないで欲しいんだ。賢者様はあれでも寂しがり屋なところがあるからね」

 

 村長は言った。

 そして言葉を続ける。

 

「僕は君の事を家出をした息子が帰ってきたいにも思えてね。頑張ってもらいたいんだ。応援してるよ」

「……はい!」

「行ってらっしゃい」

 僕は村長に掛けられた激励や送り出しの言葉に胸が熱くなった。でも、なんだか気恥ずかしくて返事をせず背中で語ることにした。父さんも男は背中で語るものだ、なんて言っていた。

 賢者様には筒抜けだとは思うが僕は僕のやりたいようにやるつもりだ。

 

 

 夜の森は危険だと言われている。

 だが、僕の読情の魔眼にかかれば敵を持って迫る気配を敏感に感じ取ることが出来る。距離にある程度の制約はあるが、空腹などを事前に察知して回避することが容易であることに変わりはない。

 スタンピードの時はそれこそ迂回も離脱もできない状態だった為にどうしようもなかった。それでもこの魔眼のおかげでこれまで生きてこられたと言える。

 

 道無き道を進み続けること数刻、無事に僕が落下したとされる湖に到着した。

 道中では狼系の魔物に襲われもしたがどうにか切り抜けられた。まさか小枝を踏みつけてしまうとは思ってもみなかったのだ。

 

 湖の周りには気があまり生えておらず、切り株が目立つ。

 周囲に川などは見当たらず、とても不自然な湖だ。これでは湖と言うよりもただの大きな池ではないか。

 

「不自然だろう、魔族」

「……賢者様」

「この湖と崖は魔王との決戦の跡地だ」

 

 魔王との決戦? 人属の領域、それも王国内で行われたなんて聞いてないのだが。

 

「半分冗談だ」

「年数の重みが違いすぎて冗談に聞こえないんですが」

 

 ため息をついて湖をあとにしようとする僕に賢者様は声をかける。

 

「さて、先に言わせてもらおうか。 崖上のスタンピードは私が対処した」

 

 村長の言っていたスタンピードを対処したって言うのはやっぱり本当だったのか。父さんの話題がないからてっきり別のスタンピードを対処したのだと思っていた。

 

「だが、お前が父と呼ぶソレは一切見当たらなかった」

 

 僕は立ち止まり、振り返る。

 

「それは死体が見つかったとか、そういう意味ですか?」

 

 賢者様はあの時のような鋭い目で僕を刺す。

 

「魔族、貴様の父親とやらは本当に存在していたのか?」

「……何が言いたいんです」

「確たる証拠がない。だから私はお前の言うことを疑っている」

 

 僕はブローチを開く。

 そこには僕と兄と妹の写真と母を含めた四人の集合写真が写っていた。

 

「……なんだ、これ。おかしいだろ」

 

 父さんのいないブローチは僕の手から滑り落ちていく。

 賢者様は変わらず僕を見つめ続けている。鋭さはあるが幾分か丸みがあるようにも思える。

 

「さて、本題に入っても良いだろうか」

 

 賢者様は僕を睨む。

 

「ここ四日間で王国内で人の存在が丸々消滅する事態が発生している。事件現場に残留していた魔力の反応は魔人と人間の混じり者」

 

 賢者様は何を言っているんだ。

 

「私は魔族の混じり者たるお前を殺したくてたまらない」

 

 いったい僕が何をしたんだ。

 

「これだから半端なヤツは嫌いなんだ」

 

 最後に見えたのは賢者様の寂しそうな顔だった。




つづきません

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