あたしのお母さんは、ダービーと天皇賞を制覇したあのエイシンフラッシュで……。
自分の実力と母の栄光、そしてその親子関係に葛藤しながらも
競争生活を全うしようとする、一人のウマ娘のお話です。
こんな感じの娘ですので、
【挿絵表示】
よかったら皆様の読書の
一助にしてください。
吾輩はウマ娘である。
名前は……。
そうだね。
もうすぐレースだし、それが終わってから自己紹介しようかな。
あたしの名前を聞けば誰もが多分、いろいろ『あぁ……』と思うだろうから。
中山芝2000M・未勝利戦。
あたしの順位は、10人中4着だった。
まあ、こんなもんかな。
自分なりに、よく頑張ったと思う。
「おつかれ、アデリナ」
「ウイッス。お疲れ様であります、親愛なるトレーナー同志閣下。偉大なる母上様からの、レース後お小言メールが早速届いたでありますか?」
あたしは敬礼の真似事をしながら、迎えに来てくれたトレーナーにそんな軽口をたたく。
「……そういう言い方するなよ。フラッシュも君を心配して色々言ってくれてるのは、分かってるだろう?」
そんなことをいうトレーナー兼父親に(そうなんだよ)、あたしはピーピーと調子の外れた口笛を吹いて、何も聞こえないふりをした。
子供っぽいと言われればそれまでなんだけど、実際16の小娘なんだから仕方ない。
もうバレてるだろうから早速自己紹介してしまうと、あたしのフルネームはフラッシュアデリナという。
なんの因果かウマ娘に生まれ落ち、レースなんてヤクザな商売をしているわけだ。
この名前は母親であるエイシンフラッシュからと、彼女の故郷、ヨーロッパのドイツで使われている女性名から名付けたものだと聞いている。
あたしは、自分の名前がすごく気に入っている。
……母親がダービーと天皇賞を制したあの名ウマ娘・エイシンフラッシュだ、ということがまるわかり、というところ以外はね。
「フラッシュの見る限り、ゲートの出方とラストスパートの掛け方にまだまだ修正の余地があるそうだ。もちろん、君もある程度分かっているだろうけど。いつものようにフラッシュが今日のレース動画を編集してから、具体的なアドバイスを声で入れてその動画を送信してくれるから、一緒に見よう」
あたしの嫌味にもめげす、トレーナーでもある父は、母から届いたであろうメールの内容を親切にもそう伝えてくれる。
「……そういうのって、トレーナーの仕事じゃないの?はっきり言ってやんなよ、俺の仕事に口出しするな!って」
レース後いつも繰り返される何回めかのあたしの皮肉に、この人はいつもの苦笑いを浮かべるだけだ。
「そうは言うけどな。レース経験者であるフラッシュのアドバイスは貴重だし、君の指導に大きく貢献していることは、よく分かっているだろう?」
「それならお母さんがトレーナーの資格取ってあたしに直接指導すればいいじゃない。動画編集にかまけられるぐらい、ヒマなお菓子屋さんなんかやめちゃってさ」
前半部分はいつもの口上だったけど、後半は思わず口がスベってしまった。
……自覚している欠点を指摘されたことと、デビューから4連敗を喫してしまったことで、気持ちがクサクサしてたのかもしれない。
「アデリナ、いい加減怒るぞ。お母さんがどれだけ忙しい中、あの動画を作ってくれているか、お前が知らないはずないだろう」
つい感情的になって【ヒマなお菓子屋】なんて言ってしまったが、実を言うと地域でも指折りの人気洋菓子店を、母はオーナー洋菓子職人として経営していたりする。
「はいはい、ごめんなさい。次からスタートとスパート、それからモノの言い方には気をつけるようにするよ」
それを聞いて多少は納得したのか、あたしのトレーナーをやってくれている親父殿は、それ以上はなにも言わず、控室の方に歩き出した。
「ただいまー。あ〜、疲れた!」
中山レース場から寮の自室に戻ったあたしは、疲れと重力の赴くままに、ベッドへ身を放り投げた。
「おかえり、アデリナちゃん。レースお疲れ様」
柔らかい笑みを浮かべてあたしに労いの言葉をかけてくれたのは、ルームメイトのスプラッシュスターちゃんだ。
くりくりっとした、エメラルド色の大きなタレ目がかわいらしい優しげな顔立ちで、髪型はセンターに一筋だけシルバーが入った茶色の髪を、キレイなショートカットにしている。
あたしと同学年でデビュー時期も一緒、それにいまだお互い未勝利という身分であるということもあって、結構仲良くしてもらっているんだ。
彼女の出自は珍しく、家族を始めとして、親戚身内にウマ娘が一人もいないらしい。
国勢調査だったかウマ娘の歴史本だったか、ソースは忘れてしまったけど、確かこういうケースは1%未満だったと記憶している。
親族初のウマ娘ということで、あたしとはまた違った種類の期待を家族や親戚から背負わされているウマ娘だ。
「いいレースだったのに、残念だったね」
「ありがと。んー、まー、自分なりに全力を出せたから、それなりに納得の結果かな」
「うん!アデリナちゃんの実力なら、きっと近いうちに初勝利を挙げられるよ!」
「……うん、ありがとう」
笑顔であたしを励ましてくれるスターちゃんの言葉に、少しばかり心がチクッとする。
スターちゃんの、デビューから4連敗という戦歴はあたしと同じなんだけど、その……内容があたしに比べて少しばかり厳しかった。
彼女も一生懸命努力を続けているんだけど……デビュー戦から11着、8着、12着、9着と、ちょっと成績がふるわない感じだ。
スターちゃんがレース後にいう、『私はトレセン学園に入れたのが奇跡なくらいの才能しかないから……』という自虐に、あたしは『そんなことないよ。晩成型のウマ娘なんていくらでもいるし、お互い初勝利目指してがんばろう!』くらいしか言ってあげられないでいる。
「アデリナちゃん、もう夕食は済ませてきた?」
あたしがなにか空気を重くしない言葉を小賢しく探しているうちに、かろうじて気まずさを感じない絶妙なタイミングで、スターちゃんは沈黙を破ってくれた。
「うん、今日はお父さ……トレーナーが帰りしなに晩御飯ごちそうしてくれたからね」
当たり前と言えば当たり前だけど、トレセン学園内とレース場では、父のことをお父さんと呼んだりしない。
そう決めているはずなんだけど、気のおけない人の前だと、ついつい実家でのクセが出てしまう。
「あ、じゃあもうお腹いっぱいかな?」
「……ちょっと、小腹が空いてるかも」
このやりとりは、今から行う悪事のための儀式みたいなものだった。
「実家がお菓子屋さんの子に出すのも、ホントは気が引けるんだけどね……」
はにかみながら机の引き出しから取りだしたのは、コンビニで買ってきたであろう、パックの中に並べられた3本のみたらし団子だった。
「見た目によらず、スターちゃんってワルだよね〜」
からかうあたしに、スターちゃんはいたずらっぽい笑みを浮かべるだけ。
実は、自室にお菓子などの食べ物を持ち込むことは、寮則で原則禁止されている。
その理由をわざわざ、寮長やトレーナー、学校の先生に尋ねたことなんかない。
食べ盛りの、それも半端ないトレーニング量をこなすウマ娘たちにそれを許せば、部屋にお菓子やファストフードを持ち込んで、際限なくそれを貪り食うヤツが出てくるに決まってるからだ。
「それを黙認するどころか、喜んで一緒に食べてるアデリナちゃんも同罪だよ」
そんなことを言いながら、スターちゃんはパキッと軽い音を鳴らせて、みたらし団子の入ったパックを開けてしまった。
「ふむ。では我々は秘密を共有したイケナイ共犯者というわけですな?」
「That's right.」
あたしの冗談に、似合いもしない悪い笑みを浮かべながら下手な英語で同意すると、スターちゃんはみたらし団子を手に取った。
もちろんあたしも、遠慮なくご相伴に預かる。
禁断の味に舌鼓を打ちながら盛り上がる話は、もちろん恋バナである。
「ねぇ、アデリナちゃん。引退したら、まず何がしたい?」
レースから引退したら何をしたいか?という話題は、トレセン学園に通うウマ娘の伝統のようなものだ。
先輩方が食堂で、カフェで、寮のリビングでそんな話をするのを聞くうちに、自然と後輩たちにも伝播するんだと思う。
トレセン学園での競技生活は、決して窮屈なものではない。
けれど、【外の世界】に対する憧れは多かれ少なかれ、ここに通うウマ娘なら誰もが持っているはずである。
「そうだねー……やっぱり、恋だよ恋。かっこいい男の子と素敵な恋愛したいよね」
「だよねえ~。基本的に現役期間は恋愛禁止だし。アデリナちゃんはどんな男の子がタイプ?」
「顔はまあ、そんな贅沢言わないけど。やっぱ、優しい人がいいよね。あと、トレーナーだけはダメ、ゼッタイ。男性トレーナーはロリコンの巨乳好きに決まってるから。あたしが言うんだから、間違いない!」
「アデリナちゃん、恋バナするとそれ絶対言うよね」
あたしの断言に、スターちゃんは苦笑いを浮かべる。
うちの母はトレセン学園に入学してすぐ、大学のウマ娘トレーナー科を卒業したてで当時トレーナー1年目だった、あの父親にスカウトされたらしい。
一体全体どうして、トレーナーとしてルーキーだったお父さんが、将来G1を勝つほどのウマ娘を担当することができたのか全くの謎である。
レースはG1とか重賞ぐらいしか見ないよ、という人にはあまりピンとこないかもしれないけど、G1を勝つというのは大変に名誉なことで、三女神様の祝福を受けた、本当に選ばれたウマ娘しかその栄誉をつかむことができないのだ。
G1を勝つことはおろか、出走することすら叶わないで引退していくウマ娘がほとんどなのだから。
事実、お父さんももう長い間トレーナー業を営んでいるけど、母であるエイシンフラッシュ以降、G1ウマ娘を手掛けたことはない。
トレセン学園入学前に、一度だけ両親にそのことを聞いたことがあるが、そのときは二人揃っての『運命だったんだよ』という言葉に煙を巻かれて、それ以来聞く機会が訪れていない。
あたしが邪推するに、当時22歳の新人トレーナーであった父が無謀にも、母が持っていたあふれんばかりのレースの才能と、あのキレイな顔プラスこれまた勝負服からこぼれそうなほど大きなおっぱいに惹かれて声を掛け、たまたまトレーナーの決まってなかったスキを突いて担当することになったんだろう。
で、それにかこつけて世間知らずで相当年下である母を、父は口説き落としたに違いない。
付き合い始めたのはお母さんがレースから身を引いたあとだよ、なんて二人して言っているが、いまだに結構ラブラブしている両親を見るに、あたしは頭からそれは嘘だと決めつけている。
だからあたしは、どうも恋愛に対して誠実さに欠けそうな、トレーナーという職業の男性は絶対にNG!と心に固く誓っているわけだ。
「そういうスターちゃんはどうなのよ、好きなタイプは?って聞いても素朴で優しい人、としか言ってくれないし。具体的にどんな感じよ?芸能人でいうと?」
「私は芸能人詳しくないけど、学校の先生とかトレーナーさんでいうとね……」
そんな、女の子であれば誰でもするような他愛のない会話を交わしながら、レースでは命の次に大事な1勝を懸けて競うかもしれない未勝利ウマ娘同士、あたしたちは確かに友情を感じ、青春を謳歌していた。
続く。
読了、お疲れさまでした。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
あんまり上手でもないんですけど、自分で描いたイラストを差し挟んでみました。
少しでも読んでくださった方々の目を楽しませられるものであったのなら良いのですが……。
オリジナルウマ娘が主役のお話でしたが、ウマ娘ファンの方々に、
少しでも楽しんでいただけたのなら、幸いです。
それではまた、近いうちにお目にかかれたら、と思っています。