エイシンフラッシュの娘。   作:ソースケ2021

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エイシンフラッシュの娘。に登場したファルコンレアのストーリーです。

登場人物:ファルコンレア
※オリウマ娘注意です。
こんな感じの娘です。

【挿絵表示】

よろしければ皆様の読書の
一助にしていただけると幸いです。

誕生日:5月5日
体重:絞れていい感じの仕上がり。
身長:171センチ
スリーサイズ:84・58・84

ファルコンレアのヒミツ5・実は、ワンダーアキュートのジムに行ったことがある。



side story ~ファルコンレア~ 5話

特に雨が多かった今年の梅雨も終わって、7月上旬の暑い日。

 

いよいよ具体的なデビューの日も決まり、トレーニングも一層激しさを増した……といいたいところだけど、実のところトレーニングの強度はほとんど変わっていない。

 

というのも、わたしの毎日のトレーニングは肉体の限界のほぼ85%ほどで行われているからだ。

 

クラスメイトの話などを聞いていると(いくらわたしに友人が少ないといっても、シルヴィ以外のクラスメイトと話もしない、というほどではない)、トレーニングの強度は担当しているトレーナーによって方針がだいたい二通りに分かれているようだ。

 

普段は限界の70%から75%ほどの強度のトレーニングをして、本番のレースの前に95%以上の強度のトレーニングを施す、という方針。

 

もう一つはわたしのように普段から9割近い強度のトレーニングを指導する方針だ。

 

これはどちらがいい悪いの問題ではなく、そのトレーナーの考え方やウマ娘の体質によってトレーニングの方向性が分かれる、というだけの話らしい。

 

ただ、後者の場合はトレーニング内容が単調になりがちなので、メリハリを付けるために様々なメニューをトレーナーが考える必要がある。

 

例えば同じダートの走り込みでも、違う距離のタイムを測ったり、並走する相手を見つけてきて競争させたり、といった工夫が考えられる。

 

わたしのトレーナーのゲンさんはそのあたりは得意なようで、トレーニングに対するモチベーションが下がらないよう、色々工夫してくれていた。

 

今日のメニューはスマートウォッチを使ってのトレーニングで、800M・1200M・1600Mをレースのつもりで走ってみて、タイムと心拍数がどう変化するか見てみろ、という指示だった。

 

ゲンさんは結構古いタイプのトレーナーだから、スマートウォッチを差し出されたときにはちょっとびっくりしたものだ。

 

「ふっ……はっ……」

 

1200Mを走り終え、スピードを少しずつ落としていたときだった。

 

「!!」

 

不意に、足首のあたりになにかがぶつかったような違和感を覚えた。

その次の瞬間にはわたしは盛大にすっ転んでいて、ダートのバ場に顔を突っ伏していた。

 

「ぷっ……クスクス……」

 

頭の上から、そんな笑い声が聴こえてくる。

わたしは顔や体のあちこちについた砂を払い除けながら、ゆっくりと立ち上がってその声の主を確認した。

 

そこには柵にもたれかかるように、二人のウマ娘が立っていた。

髪が長いのと、短いのと。

 

声を漏らして笑っていた髪の短い方が腕を組み、まるで見せつけるかのように髪と同じように短い足を精一杯バ場に伸ばして、明らかな嘲笑を浮かべていた。

 

その二人からわたしに向けられる、小馬鹿にしたような視線。

 

……なるほどね。

 

ばしぃっ!!

 

わたしは有無を言わさず、髪の短いウマ娘の、薄笑いを浮かべている胸クソ悪い顔に思い切りビンタを叩き込んでやった。

 

こちらの行動をまったく予期していなかったのだろう、受け身も取れず、盛大に吹っ飛んでいく短髪のウマ娘(仮にAliceにしましょう。名前知らないから)。

 

「あ、あんた!なにすんのよ!」

 

髪の長い方(こいつはBobにしましょう。以下同文)が、バ場に倒れ込んだAliceを視線で気遣いながらも必死の剣幕でわたしを怒鳴りつけてくる。

 

「なにすんのよ、はわたしのセリフだわ!足引っ掛けて転ばせてきたのはそいつでしょ!?」

「そ、そんな証拠がどこにあるのよ!」

「あんたら、バッカじゃないの!?このバ場にどれだけのウマ娘がいると思ってんのよ。ねえみんな、見てたでしょ、こいつが足引っ掛けてきたのを!」

 

……わたしが声を上げても、だれも賛同してくれるウマ娘はいなかった。

 

まあ、厄介事に巻き込まれるのはゴメンだという気持ちはわからないこともない。

 

悲しいことではあるが。

 

ふとこいつらのジャージを見てみると、袖口に赤い小さなリボンを付けている。

ってことはこいつら、シニア級の連中か。

 

「ふふん、誰もそんなの見てないらしいわよ?あんた、これどう責任取るつもり?」

「知らないわよ。そいつに脚引っ掛けられたのは事実なんだから、わたしは単にやり返しただけ。こっちは競走人生のかかってる脚やられたのに、そいつにはへちゃむくれの顔にビンタだけにしてやったんだから、お釣りがほしいぐらいよ」

 

わたしが肩をすくめてそう言い放ってやると、Aliceが健気にも身を起こしてこちらを睨みつけてきた。

 

「ア、アンタ!ジュニアのくせに生意気なのよ!」

 

そういってAliceがわたしにビンタをくれてくる。

かわそうと思えばかわせたけど、わたしはそれをそのまま食らってやることにした。

 

Aliceの手のひらがばしぃっ!といい音立ててわたしの頬を振り抜いてくるけど、それだけ。

そんな非力なビンタで倒れるほど、やわいトレーニングは積んでいない。

 

「ふん、先輩の顔は立ててやったわよ?じゃあわたしはトレーニングに戻るわね」

 

わたしがそういってその場を立ち去ろうとすると、なぜかBobに後ろから羽交い締めにされてしまった。

 

「……なに?」

「先輩に無礼(ナメ)たマネして、なに一発だけで許してもらおうと思ってんのよ。……その生意気なツリメ顔、しばらく見れないようにしてやるわ」

 

わたしがBobに押さえつけられているのを確認してからAliceは右拳をわたしに見せつけると、それをわざとらしくポキリ、と左手で鳴らした。

 

なんとも古めかしい儀式である。

 

そしてそれを振り上げ、わたしの顔めがけて打ち込んできた。

 

……なんて腰の入ってないパンチだ。

 

「えっ!?なにこいつ!?」

 

わたしはBobの拘束を一瞬で解き、Aliceのパンチをかわすときれいなカウンターパンチをお見舞いしてやる。

 

再び吹っ飛ぶAliceちゃん。

 

そして振り向きざまにBobにも軽くジャブを入れた。

 

気の毒なことに、彼女はよっぽど足腰が弱いのだろう。

Bobはわたしのジャブを食らうと、へなへなとその場に倒れ込んでしまった。

 

「こ、こいつっ!!」

 

わたしが殴り飛ばした左頬を抑えながら立ち上がり、なおも拳を振り上げようとするAlice。

倒れ込んでもわたしの足首をしっかりつかんでくるBob。

 

ふむ。

大したガッツだ。

……降りかかる火の粉は払わねばなりますまい。

 

 

「……で。上級生二人相手に派手にケンカして、一人には前歯が欠ける大怪我させて、もう一人には鼻の骨を折る重傷を負わせた。そんでもって、お前さんはまったくの無傷。いやあ、お前さんは引退してもボクシングのウマ娘級で十分やっていけそうだな、おい」

「……すみません……」

 

あのあとしつこく食い下がってくる二人を相手に大立ち回りを演じていたのだけれども……さすがに誰かが通報したらしい。

警備員さんと体格のいい男性トレーナー二人に抱え込まれて「やめないか!」とどなりつけられたことで、わたしは我に返った。

 

そのあと二人は病院へ搬送され、わたしは生徒指導室で生徒指導の先生とトレーナー主任という人からこってりと絞られた。

 

一応理由を話すとそれなりにわたしの話は信用してもらえたが、それでも先生たちの立場上、わたしをきつく叱責しないわけにはいかなかったのだろう。

 

で、今はトレーナー室で恐縮しながら縮こまっている、というわけである。

 

「理由は主任や先生、周りのウマ娘たちからも聞いたよ。気持ちはわかる。でもな、レア。それでも先に手を出しちゃ、お前さんの負けだよ」

「……わかっているわ……」

 

わかってる。

もうわたしも、小さい子どもじゃない。

ああいう嫌な先輩がいることも知ってるし、いつか社会に出て働くようになったら、今日のことなんてなんでもないと思えるような、辛くて嫌な目に遭うであろうとも想像くらいはできる。

 

それでもわたしは、地位や立場をカサに着て理不尽に人を貶めたり、傷つけたりする奴を許すことができない。

 

そういう連中が、死ぬほど大嫌いなのだ。

 

それこそ、感情が制御できなくなるほどに。

 

どうしても、愛想笑いでも浮かべてそれをやり過ごす、ということができない。

 

以前も、こんなことで……

 

「レア!」

 

勢いよくトレーナー室の引き戸が開いたかと思うと、すごい勢いで一人のウマ娘が飛び込んできた。

 

「……お母さん」

 

学校からの連絡で私のしでかしたことを知って、慌てて飛んできたのだろう。

普段服装とお化粧には人一倍気を使うお母さんが、洗いざらしのTシャツとGパン、それにノーメイクでここに来たのがその証左だった。

 

「あなたは、また……中学の時、もう暴力は振るわないって約束してくれたじゃない!忘れたの!?」

「……ごめんなさい……」

 

そう、わたしは中学2年のときにも一度、先輩相手に同じような問題を起こしている。

あの時も泣いているお母さんにもう暴力は使わない、って誓ったのに……。

 

「どうして?どうして……」

 

お母さんは椅子に座っているわたしの両肩を掴み、わたしの瞳をまっすぐ見つめてボロボロと涙をこぼしている。

熱い雫が、わたしの頬を直撃した。

 

お母さんの瞳から落ちてくる涙は、上級生からもらったビンタの、何百倍も何千倍も痛かった。

 

「レア。警察にいきましょう。それから学校に退学届、URAに引退届を提出するの。仕方ないよね?あなたは、それだけのことをしたんだから」

 

袖口で涙を拭くと、お母さんが聞いたこともないような断固とした口調でわたしにそう言い聞かせる。

……お母さんが、G1ウマ娘・スマートファルコンがそういうのなら、わたしに弁明の余地はない。

わたしはこくり、とうなずいて椅子から立ち上がった。

 

すると、わたしたち二人のやりとりが一段落つくのを待っていたかのようにゲンさんが間に入ってきた。

 

「はじめまして、スマートファルコンさん。レアさんのトレーナーさせてもらってる、佐神です」

「……はじめまして。初対面のご挨拶がこんな形になってしまって……なんて申し上げればよいのやら。私の教育がしっかりしてなかったせいでトレーナーさんにもご迷惑を……」

「いえ、今回の件は僕の指導力不足のせいです。本当に、申し訳ありませんでした」

 

……以前、敬語で本音は話せない、なんて彼は言っていたが、敬語でお母さんに頭を下げるゲンさんからは誠心誠意、心からの謝罪の念しか感じられなかった。

 

「いえ、そんな……私が甘やかしすぎたのと、この娘に【レースを走るウマ娘】としての自覚がなさすぎたことが今回の原因の全てです。ですから……」

「スマートファルコンさん。僕も娘の父親ですから、同じ過ちを繰り返した娘を許すわけにはいかない、という気持ちはよく分かります。しかし、今回の件は僕にも日頃からレアさんと真摯に向き合ってこなかった、という落ち度がある。どうか僕に、一度だけチャンスを頂けませんか?」

「トレーナーさんが私の娘をかばってくださるその気持ちは、本当に嬉しいです。しかし……」

 

どうあっても結論をひっくり返すつもりのないお母さんに、彼は普段の軽薄な感じから想像もできないような真剣な表情で、こう言った。

 

「わかりました。もし次にレアさんがなにか問題行動を起こしたら……。レアさんに本人の退学届と僕の退職届を、学校に提出させましょう。もちろんURAにもレアさんの引退届と僕のトレーナー廃業届を提出させます。何ならこの場で書いて、あなたに預けておいてもいい」

 

それはもう、ほとんど恫喝のようなものだった。

それを聞いたお母さんはしばらく押し黙っていたけれど……。

 

「佐神さんはレアの担当になって、まだ2ヶ月ちょっとですよね?なぜ、そこまで私の娘を信じてくださるのですか?」

「……それはウマ娘であるあなたが、一番良くご存知のはずですよ」

 

その言葉を聞いたお母さんの全身が、まるで電流に打たれたかのように身を震わせて大きく瞳を見開いた。

 

お母さんは一度止まった涙をその瞳から静かに流して、「不出来な娘ですが、どうかよろしくお願いいたします」と頭を下げてくれた。

 

 

今回の件の処遇はまた後日自宅の方に連絡するから、今日のところは家に帰ってそれを待つこと、とのことでわたしは帰宅を許された。

学校から駅までの道のりはふたりとも無言で歩いていたけど、電車の中でお母さんの方から話しかけてきてくれた。

 

「……いいトレーナーさんだね」

「そうね。わたしには、もったいないぐらい」

 

それは、わたしの嘘偽りのない気持ちだった。

 

「レア。約束して。もう二度と、一生誰にも、暴力は振るわないって」

 

わたしの肩を持って、目を真っ直ぐ見据えてお母さんが言う。

 

「約束するわ。……三女神に誓って」

 

三女神への誓いを破ったウマ娘は、彼女たちの加護によって与えられている人間離れした走力を、彼女たちへお返ししなければならないという言い伝えがある。

 

ウマ娘がこの言葉を口にするのは、どんなことがあっても守り切る意志と覚悟のある、本当に大切な誓いのときだけだ。

 

「……前のときに、その誓いをさせるべきだったね……その言葉、絶対に忘れちゃだめだよ。私、レアのこと信じてるからね」

 

お母さんの言葉にわたしがうなずくと、肩から手を離していくつかの感情が入り混じったため息をついた。

それからお母さんは車窓の方に視線を戻して、そっとその大きな瞳を閉じる。

 

お母さんも本当はもっと色々言いたいことがあるのだろうけど、さっきの言葉通りきっともう一度だけ、わたしを信じてくれたのだと思う。

 

ありがとう。

本当にごめんね、お母さん。

 

本当はお母さんの目を見て伝えたかったけど……バツの悪さと照れくささが心のなかでぐちゃぐちゃに入り混じってしまって、それを口にすることができなかった。

 

 

もちろん今回の件はお父さんにも伝わったわけだけど、お父さんはあきれたため息をついて一言、「もうしないように」と言っただけだった。

 

娘の蛮行にあきれて物も言えないぐらい怒ってるのかと思ったけど、お母さんいわく、「お父さんも若い頃、荒れてた時期があったからね」とのこと。

 

普段は物静かで口数少ないお父さんが荒れているところというのは少し想像しにくかったけど、ウマ娘同様、将棋という勝負の世界に身を置いていると、きっと色々なことがあったんのだろうなと思う。

 

 

その日の夜に学校から自宅に電話がかかってきて、わたしへ処分が通達された。

明日被害者が両親同伴で学校にやってくるので、その場で正式な謝罪を行うこと。

その翌日より1週間の停学。

その間、毎日反省文を書くこと。

この処分が妥当なのか重いのか、それとも大目に見てもらったのか、わたしにはわからなかった。

 

学校に着くとわたしとお母さんは生徒指導室に案内され、そこでしばらく彼女たち親子の到着を待つことになった。

そして、あとからやってきた彼女たちの両親から散々になじられた。

こちらが先に手を出してケガをさせてしまった、ということは事実なので、耐えるよりなかったが……。

 

わたしのことはともかく、彼女らの両親にお母さんが『あんたは母親失格だ。G1ウマ娘の子供だからといって、なにさせてもいいと思っているのか』と言われたときには、思わず言い返しそうになってしまった。

 

でもお母さんはそんなわたしをそれとなく制止し、「本当に申し訳ありませんでした」とただただ頭を下げて、被害者たちの両親の怒りを受け止めていた。

 

お母さんが保護者として、わたしのしでかしたことの責任を取るために侮蔑的な言葉を受け止めながら頭を下げてくれたことを、わたしは一生忘れない。

 

もちろんわたしも、精一杯の謝罪の意を込めて頭を下げ続けた。

 

ちなみにあの二人はきまりが悪そうに終始無言で、視線をあさっての方向に向けているだけだった。

 

最後に無保険で治療してもそんなにはかからないだろうと思える金額が入った封筒を、お母さんが丁寧に向こうの両親に差し出した。

するとどちらの両親も、なんの遠慮もなくいきなりその場で中身を確認しだす。

封筒の中身を確認しながら、Aliceの父親がため息をついて「警察沙汰にするところを勘弁してもらったと考えれば、安い金だわな」と言い放った。

残りの親たちもそれに首肯すると、ふん、と鼻息荒く娘たちを連れてこの場から出ていってしまった。

 

……わたしのせいでひどく屈辱的な思いをさせられたにもかかわらず、お母さんはわたしに、決してなにも言わなかった。

 

 

停学中の学生とは昔で言うところの蟄居中の武士のようなもので、家の外はおろか、部屋の外に出るのも少しばかり謀られるものである。

本当はこんなことを感じてはいけないのだろうけど……反省文を書き、最低限の勉強を済ませてしまうと、あとは暇で暇で仕方がない。

まあ、この暇に罪悪感を覚えるのも罰のひとつか……なんて殊勝なことを考えていたら、ゲンさんからLANEがきた。

 

ゲンさん【おう、元気でやっとるか?】

    【そうね。問題と言えば性欲を持て余すぐらいことかしら】

ゲンさん【健康そうでなによりだ。停学中だと外出もできないだろうから暇で仕方ないだろ?

     自室でもできるトレーニングを考えておいてやったぞ。これで性欲も発散しろ】

 

そんなLANEを送ってきたゲンさんは、それから長文のトレーニング内容を書き込んだメッセージを送ってきてくれた。

しかし、このメニューは……

 

    【……これ、いつもの筋トレよりきつくない?】

ゲンさん【おうよ、こいつはヒートトレーニングってやつだ。走り込めないんだから、これぐらいやれ。

     お前さんは忘れてるかもしれんが、デビュー戦まであと一ヶ月切ってるんだからな】

 

忘れていたわけではない。

……思い出すと自分の愚行で死にたくなるから、思い出さないようにしていただけである。

 

    【わかったわ。どうせ暇だし、きっちりこなしておくわ】

ゲンさん【よろしい。あと、しつこくは言いたくないが、こんなことは今回限りにしてくれよ。

     お前さんが今度ヤンチャしたら、俺も腹切らなきゃならなくなったからな】

 

そうなのよね……。

お母さんはそこまでしなくてもいいって言ったんだけど、ゲンさんは本当に退職届とトレーナー廃業届をあの場で書いて、お母さんに無理やり預けてしまった。

もちろんわたしも同じように、退学届と引退届を書かされた。

 

その4通の超重要書類のありかは、お母さんしか知らない。

 

    【わかってる。もう絶対にこんなことはしない。今回は本当にありがとう】

ゲンさん【いいってことよ。お前さんみたいな気性難のウマ娘を担当するのは、初めてじゃないしな】

 

気性難って……。

まあ今回はそう言われても仕方ないだけのことをしてしまったけれども……。

 

それでもちょっと腹を立ててしまったわたしは、少しばかりの抗議の意味を込めて、意味不明なスタンプを送りつけてやった。

 

 

停学中の反省の日々は、思ったより穏やかに過ぎていった。

朝、いつも通りの時間に起きるとゲンさんが考えてくれたトレーニングをして、学校の授業に遅れないよう、ウマチューブの動画を参考にしながら一日3,4時間ほど勉強する。

 

たまにお母さんがヒートトレーニングに付き合ってくれたり(40歳を超えているのに、普通にわたしと同じ量をこなせたのには驚いた。さすがG1ウマ娘である)、お父さんが2枚落ちで将棋を教えてくれたりもした。

 

ゲンさんもたまに、トレーニングサボってないか?みたいなLANEをくれた。

 

みんな、デビュー戦前という大事な時期にバカなマネをしでかしたわたしを、気遣ってくれた。

 

自分がバカなことをしてしんどい思いをするのは、当然の報いである。

でもそんなときにそっと寄り添って、精神的に支えてくれる身近な人達の存在がこんなにもありがたいものだなんて、わたしはこのときまで知らなかった。

 

停学明けの通学路は、なんだか少し新鮮なような気がした。

たとえは悪いが、刑務所から出所したばかりの人の気持ちってこんな感じなのかもしれない。

 

そんな妙な新鮮感のせいなのか、一週間ぶりの教室の引き戸に手をかけると少々の緊張を覚えた。

 

ちなみにちょっと体の動かし方がぎこちないのは、停学明けで緊張しているからだけでなく、あちこちが筋肉痛だからだ。

あのヒートトレーニングってやつは思いの外キツく、運動慣れしているはずのわたしでも『もうサボってしまいたい!』と思うほどの負荷だった。

正直、いつものトレーニングをこなしていたほうがまだマシに思えるほどだ。

 

……そのきつさのおかげで、停学の罪悪感とデビュー前に走り込めない不安に押しつぶされずに済んでいたのは確かだったけど。

 

ガラッと扉を開けると、教室中の視線がわたしに集まってくるのを感じた。

こればかりは、仕方ない。

居心地の悪さを感じながら、わたしは平静を装って一週間ぶりに自分の椅子に腰掛ける。

 

何気なくかばんからスマホを取り出してニュースサイトを見ていたが、みんなの視線が気になって、何一つ頭に入ってきていない。

 

それに、気になっていたことがもう一つあって……。

 

そんなマインドワンダリング状態のまま他のニュースサイトを開こうとしていたとき、うしろからぽん、と肩を叩かれた。

 

「……おはよう、レア」

「……おはよう、シルヴィ」

 

そう。

実は停学中、一度も彼女からの連絡がなかったのだ。

シルヴィはお嬢様だし、揉め事起こして停学食らうやつなんか縁切られても仕方ないよね……などと考えつつ、停学中の身ではこちらから連絡することはためらわれて、モヤモヤしたまま処罰の日々を過ごしていた。

 

「レア。その……ごめんなさい!」

 

彼女はパン!とまるで拝むように手を合わせると、そのままぺこり、と頭を下げてしまった。

 

「え、いや。その……」

 

そんな彼女の言動にわたしは少しパニックになってしまって、どうしていいかわからなかった。

 

「本当は心配したし、LANE入れたかったんだけど……その、連絡していいか、わからなくて……。あなたが辛いときに、なにもしてあげられなくてごめんなさい」

 

そうか。

【友だち】だからこそ、距離感が難しいときって確かにあるよね。

わたしは、なにを心配していたのだろう。

 

……心配かけたのは、こちらの方だったのに。

 

「ううん。わたしのほうこそ、余計な心配かけてごめんなさい。シルヴィがそうやってわたしのことを気にかけてくれてたの、とっても嬉しく思うわ」

 

わたしがそういうと、彼女はいつものように屈託ない笑顔を浮かべてくれた。

 

やっぱりシルヴィには、こういう笑顔がよく似合う。

 

それからわたしたちはいつものようにアイドルの話をして、シルヴィから最近学校やクラスであったことを面白おかしく聞くことができた。

 

そんな話が一段落したときだった。

 

「あのね」

「うん」

 

彼女はなぜか、声のトーンを少し落として話し始めた。

 

「今回の件で、レアのこと悪く言ってる人なんてほとんどいないよ」

「……そうなの?」

「あのふたり、下級生の娘に陰湿なイジメっぽいことすることで有名でさ。このクラスにも何人かターゲットになっていた娘がいたんだよね」

 

そんなこともあるだろう。

あの二人がああいう嫌がらせをわたしだけに仕掛けてきた、というのは考えにくい。

 

「実は私もあの二人にタオルとかシューズとか隠されたことがあってね。……ここだけの話、レアがあの二人を殴ったって聞いたとき、ちょっとスカッとしちゃった」

 

そう言ってシルヴィはぺろっと舌を出して、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

もちろんわたしがしたことは決して許されることじゃないけど……あの蛮行が友だちの気持ちを少し軽くしたのだと考えると、ちょっとだけ心の澱が浄化されていくような気がしたのだった。

 




読了、お疲れさまでした。

今回も最後までお読みいただき、まことにありがとうございます。

腕力を行使するかはともかくとして、きっと誰もがレアのように振る舞いたいと考えたことがあるのだと思います。

嫌いなこと、自分の正義に反することに正面向かってノーを突きつけるのは、なかなか難しいものですね。

レアのお父さんには【実は彼は棋士として遅咲きの24歳でプロになり、それまでファル子が経済的も精神的にも支えていた。彼がプロになった日が、結婚記念日】という設定があったりするのですが、さすがにレアと関係なさすぎるので、本編で書くことはなさそうです(笑)。

それではまた、近いうちにあとがきでお会いしましょう!

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