登場人物:ファルコンレア
※オリウマ娘注意です。
こんな感じの娘です。
【挿絵表示】
よろしければ皆様の読書の
一助にしていただけると幸いです。
誕生日:5月5日
体重:絞れていい感じの仕上がり。
身長:171センチ
スリーサイズ:84・58・84
ファルコンレアのヒミツ6・実は、小学生の頃の模擬レースで【追い込み】の作戦で勝ったことがある。
放課後のダートバ場練習場は、熱気に包まれていた。
8月に入り、メイクデビューを迎えるウマ娘も増えてきて、それを取材するための報道陣が学校に押しかけるからだ。
「はっ……ふっ……!」
その熱気に当てられたわけでもないけれど、わたしの走りにも力が入る。
「よーし、レア!ラストスパート!!」
「はいっ!」
トレーナーの檄にわたしは更に脚に力を込め、トップギアでバ場を走り抜けた。
蹴り上げた砂が、風に乗って派手に舞い散ってゆく。
そしてわたしは、指示されていた距離を全速力で走り切った。
「よーし、5分休憩!休憩終わったらあと一本、走り込むぞ」
「はぁ……はぁっ……はいっ!ふぅっ……」
わたしは荒ぶる呼吸を整えながら、なんとか彼に返事する。
夏の暑さもせいもあるだろうが、したたる汗の量が尋常ではなかった。
たしかに体はきついが……気持ちはかつてないほどの充実感を覚えている。
「佐神トレーナー。スマートファルコンさんの娘、ファルコンレアさんがいよいよ今週末デビューですね!」
トレーナーへの取材に聞き耳を立てながら、わたしはゲンさんが用意してくれていたスポーツドリンクを一気に体内へ流し込んだ。
火照った体に、水分とミネラルが染み渡っていくのを、体全体で感じられる。
「ああ、そうだな」
「どうですか、自信のほどは?」
「見ての通り、仕上がりは悪くねえ。まあでも、勝負は水ものだからな。あとはやってみなくちゃわからねぇな」
彼の応答を聞いて、わたしは少し意外な感じがした。
普段の彼を見ているともっとこう、威勢のよい感じで『負けるわけねぇだろ』みたいなやり取りをしそうだ、と勝手に思っていたからだから。
「あの、ファルコンレアさんに直接取材させてもらってもよろしいですか?」
「ああ、かまわんよ。レア、ちょっと来てくれ」
バ場の柵の向こう側にいたゲンさんに手招きされたわたしは、駆け足でそちらへ向かう。
「ファルコンレアさん、いよいよデビューですね!お気持ちの方は?」
挨拶も名乗りもなしで、いきなり本題である。
取材というのは、こういうものなのだろうか。
「……そうですね、デビュー戦ということで緊張していますが、トゥインクルのレースを走れるということを楽しみにもしています」
「それは頼もしいですね!お母様のスマートファルコンさんは、デビュー戦を見事勝利なさっていますが、意識することは?」
「あー……。まあ、お母さんはたくさん勝ってますから」
お母さんはあまり、自分から現役時代のことを話さない。
小さい頃、わたしがその辺りをお母さんに聞いても『ダートで一生懸命走っていたんだよ』ぐらいしか教えてくれなかった。
お父さんにも聞いてみたが、得られたのは『G1を勝ったすごいウマ娘だったんだぞ』という、なんとも解像度の低い情報だけだった。
そういうわけでわたしが母・スマートファルコンの戦歴を知るには、自分で調べる必要があった。
それで小学生の頃、お母さんの戦歴を調べたのだけど……(Umapediaで自分の母親のことを調べるのは、変な気分だった)。
うちのお母さんは通算成績34戦23勝という恐るべき戦歴の持ち主で、一時期、平地重賞最多勝記録の日本記録も持っていたらしい。
その内訳は重賞19勝。内G1・5勝。
それ以上に驚愕したのはお母さんはあの小柄な体格で、30戦以上もの激戦を戦い抜いたということだ!
それを知った幼いわたしが『お母さんってすごいウマ娘だったんだね!』と目を輝かせていうと、『たくさんのひとが私を応援してくれたから、それだけがんばれたんだよ。レアもファンから愛されるウマ娘になってちょうだいね』と言っただけだった。
すごい実績があるのに、それをことさら誇示したり、自慢したりすることもないお母さんを、わたしは娘としてもひとりのウマ娘としても、心の底から尊敬している。
そんなお母さんと今から比べられても……という感じである。
「目標はやはり、G1制覇ですか?それとも、お母様を超えたい?」
「……いえ。そんな先のことは考えず、まずは目の前のことに全力を尽くしたいと思っています」
わたしがテンプレートみたいな応答で記者からの質問に答えていると。
「記者さん。うちの担当に注目してくれるのはありがたいんだが、そろそろトレーニングに戻らせたい。トレーニングのあと、ミーティングも控えてるしな」
「あ、これは失礼しました。では、デビュー戦がんばってくださいね。応援しています!」
記者さんはそういうと、別れの挨拶をするでもなく次のウマ娘への取材へ向かっていったようだ。
「今日のところは、無難にやり取りしたな。……まあ、マスコミってのはああいうもんだ。常識や礼儀なんてもん気にしてたら、奴らとは付き合えねえ」
記者さんの背中が見えなくなってから、ゲンさんはそんなことを言って肩をすくめながら苦笑いを浮かべた。
「……そういうものなのね」
「気に障る連中が多いことも確かだが、彼らのおかげでレースが盛り上がっているのも事実だ。マスコミとの付き合い方は俺もある程度は教えてやることができるが、そのへんはお前さんのお母さんのほうが慣れているだろう。アドバイスもらっておいても損はないと思うぞ」
超一流の成績を収めていた上に、ウマドルなんて目立つ活動をしていたお母さんだ。
当然、マスコミとの交流もたくさんあったに違いない。
「そうね……。まあでも、そんなことはわたしがもっとマスコミに注目されるようになってから考えるわ。記者さんたちも今はあのスマートファルコンの娘、ってだけで注目してくれているだけだろうし」
そうか、と彼はうなずくと、じゃああと坂路一本こなしてこい、と次のトレーニングの指示を出した。
わたしが最初に訪れたときのことを考えると、このトレーナー室もずいぶん片付いたものだ。
この季節、シャワーを浴びたあと冷房が効いた部屋にいられるというのは、なんともぜいたくである。
「さて。じゃあまぁ、今週末のデビューに向けて軽くミーティングといくか」
そういうと彼は手元に置いてあったノートを長机に広げながら、わたしの正面に腰掛けた。
「前から伝えておいた通り、お前さんの走るレースは大井レース場のダート1200Mだ。お前さんの距離適性を考えると少しばかり短いが、こればっかりはどのウマ娘も通る道だからな」
彼の言葉に、わたしは首を縦に振った。
秋まで待てばもう少し長い距離のメイクデビューのレースもあるが、それだと年末に行われるジュニアの大レース、全日本ジュニア優シュンに間に合わない可能性が出てくる。
もちろん早くデビューすれば必ず出られる、というわけではないが、出走できる可能性が高まるのは確かだ。
「それと。しばらく南関東を走るお前さんにすぐ関係するわけじゃないが、芝はまったく走れないのかい?」
「えっ、芝?」
それは、意外な質問だった。
「うーん……。トレセン学園を受験する前に一応受けた模試だと、確かわたしの芝適性はBだったと思う。ちなみに、ダート適性はSだったわ」
「レアのダートに対する適性を疑ったことなんて一度もねえよ。ってことは、まったく走れないってわけじゃないんだな」
「とは思うけど……いったい、どうして?」
「いや。地方にも盛岡競馬場には芝レース場もあるし、将来の選択肢は広い方がいいだろう?それで一応、確かめておいたのさ」
彼が真剣にわたしの未来を考えてくれているのは、嬉しい。
でも。
「トレーナーが芝を走れ、と言うならもちろん走るのだけれども」
わたしは彼を真正面に見つめ、宣言する。
「わたしはダートを走りたいわ。そのために、【砂のエリート】が集まるこの学校に来たんだもの。それに……」
「それに?」
「笑わないで聞いてほしいんだけど……」
彼がうなずいたのを確かめてから、わたしはちょっと照れながらその先を続ける。
「その。お母さんがダートで勝ちまくって、ダートレースの評価を上げたのがすごくカッコよくて。わたしも、ああなれたらなって思っているのよ」
わたしの、ともすればマザコンに取られかねない発言に、ゲンさんは真摯な表情でうなずいてくれた。
「なんも恥ずがしがることはねえさ。憧れのウマ娘のようになりたいってのは、当然の感情だ。よし、お前さんの目標と適性についてはわかった。次は戦法と脚質のことなんだが……」
そう言って彼は手元のノートをペラペラとめくり始める。
「中学時代の模擬レースをいくつか見せてもらったよ。お前さんは一貫して【先行】で走っていたんだな」
「ええ、そうね」
「俺が見る限り、この戦法はレアにあんまり合ってないように感じるんだがな。走ってるお前さんはどう考えているんだい?」
彼の日常生活はたしかにいい加減なところもあるけど、ウマ娘に対する観察眼はさすがのものらしい。
「そうなのよね……。なんというか、消去法でこの戦法を取っているって感じなのよ」
ウマ娘の戦法は、その娘が持っている脚質でほぼ決まる(戦法と脚質は同義に語られることもあるけど、厳密に言うと少し違う)。
ではその脚質がどう決まっているかというと、そのウマ娘の性格や体質、持っているスタミナなどに左右される。
わたしは残念ながら、キレる脚を持っているというタイプのウマ娘ではなかった。
かといって優れたスタミナや、持久力のある筋肉を持っているわけでもない。
うしろから行くと、キレる脚がないので前を捕まえられない。
前に行きすぎるとスタミナ切れでバテてしまう。
なんとも中途半端な脚質で、道中は仕方なく真ん中より少し前にいるようにして、結局第四コーナーあたりから加速してよーいどん、というレースになるわけだ。
シンボリルドルフさん、古くはシンザンさんに代表されるように【先行は王者の脚質】なんて言われたりするけど、先行の戦法を取っているウマ娘には、わたしのようなタイプも結構多いのである。
「それにお前さん、レース中に他のウマ娘が気になって、集中できてないときがあるだろう。道中チラチラと隣の娘とか後ろの娘を見てしまうクセがあるみたいだな」
「レース動画でそこまでわかるものなのね。それも欠点のひとつだってわかってはいるんだけど……」
他の娘の様子をうかがいながらラストスパートのタイミングを図っている、とかならまだいい。
しかしわたしの場合は、ただただ近くに他の娘がいると気になって集中力を散らしてしまうという難儀な弱点を抱えているだけだ。
そのせいで【ソラ】を使ってしまい、これが何度注意されてもなかなか直らない悪癖だった。
「それならいっそ、スマートファルコンのように逃げちまったらどうだい?逃げちまえば周りのウマ娘が気になるってこともないだろ」
「それもやってみたことがあるわ。でも、スタミナが切れちゃって最後バタバタで……」
中学時代、結構大きめの模擬レースで【逃げ】を試してみたこともあったんだけど、結果は2ケタ順位という惨敗で、周りからは『カッコつけてお母さんと同じことするから』なんて言われるし、もう二度とやるもんかと心に誓ったものだった。
「ふむ。スタミナはともかく、その時の集中力の方はどうだった?」
「うーん……どうだった、と聞かれても」
思い出したくもない黒歴史であるが、トレーナーの指示なら仕方ない。
わたしは脚を組み、あごに手を置きながら記憶の沼を引っ掻き回してみた。
「もう2年も前のことだからはっきりとは覚えてないんだけど……。第四コーナーまでは気分良く先頭で走れていた記憶があるから、それなりに集中力は維持できていたんじゃないかしら」
わたしがそういうと、ゲンさんは強気な笑みを浮かべて膝を叩いた。
「よし。それなら、デビュー戦で【逃げ】を試す価値は十分にある。今のレアなら、スタミナもおそらく問題ないだろう。その逃げつぶれたレースってのは、体の軸が左にずれちまってる時の話だろ?」
「それはそうだけど……」
初めて彼に出会ったときに指摘された体の軸のズレは、彼の矯正蹄鉄のおかげで今ではほとんど完全に修正されている。
「それに、スタミナに関して言うなら、初めてお前さんの走りを見た時からちょっとばかり不安があったからな。それを補うために、地道なダートトレーニングを多めに組み込んでおいたんだよ」
……ああ、なるほど。
他の娘と比べてダートの走り込みが結構多いな、と感じることがあったんだけど、そういう理由があったのね。
それは納得できたのだけれども。
「でも……やっぱりデビュー戦で慣れない作戦を取るのは不安なのよ。もしそんな作戦でメイクデビュー大惨敗、ってなったら精神的にも立ち直るのが難しそうだし……。わたしとしてはデビュー戦は手堅く、走り慣れた先行策で戦いたいわ。で、しばらく先行策で走ってみて、ダメなら逃げを試してみるというのはどうかしら?」
わたしの不安に、彼は力強く首を横に振った。
「レア。気持ちはわかるが、考え方が逆だ」
「逆?」
「作戦の変更は、キャリアを重ねれば重ねるほど難しくなる。ちょうど今のお前さんのようにな。だから作戦を変えるのに、中学までのキャリアがリセットされたトゥインクルデビューというのは、これ以上ない良いタイミングなんだよ」
「ふーむ……」
そう言われてしまうと、なかなか反論は難しい。
「もしデビュー戦でダメだったのなら、さっさとその作戦に見切りをつけて次の策を練ることができる。ウマ娘の全盛期は短い。試せることは早いうちにどんどん試して、弱点を改善していくのが大切なんだ」
それはまあ、納得させられる考え方ではある。
トラウマすらある逃げの戦法を取ることに、一抹の、いや、かなりの不安はあるけれど。
「わかったわ。じゃあ当日の作戦は【逃げ】でいきましょう」
「よし。お前さんなら俺を信じてそう言ってくれると思っていたよ」
笑顔でそう言いながら、ゲンさんは手元のノートをパタン、と閉じた。
「ミーティングは以上だ。他に質問は?」
「特には」
「よし。となればあとはやることはひとつだな!」
「というと?」
「そんなもんデビュー戦の前祝いに決まってんだろ。なんか食いたいもんあるか?なんでもごちそうしてやるぞ!」
おお、それは豪気な。
担当しているウマ娘のやる気を上げようと、身銭を切ってご馳走しようとしてくれる気持ちは、泣くほど嬉しい。
でも、ゲンさんってあんまり経済的に余裕がありそうに見えないのよね……。
「ありがとう。とっても嬉しいわ。じゃあわたし、いちごのかき氷が食べたいわ。練乳をたっぷり掛けてもいいかしら?」
「……レア。お前さん、俺のこと貧乏人だと思ってないか?」
どうしてバレたのだろう。
どうやらわたしは、気遣いが下手な女らしい。
そんなわたしに、彼は苦笑を浮かべた。
「たしかに金持ちってわけでもないが、ウマ娘ひとり腹いっぱい食わすぐらいの甲斐性はあるよ。ほら、なんでも食いたいものを言え。あ、できれば気兼ねなく酒が注文できる店がいいんだが」
そこまで言ってくれるのなら、遠慮するのはむしろ失礼に当たるだろう。
わたしの好きなもので、お酒が出てきてもおかしくないお店か……。
「そうね、それなら焼肉をごちそうになりたいわ。わたし、こう見えて肉食系女子なのよ」
「お、いいな。焼肉屋なら酒も遠慮なく飲めるしな。じゃあ、行くか」
そういうと彼はウキウキした様子で椅子から立ち上がった。
まだ少し陽のあるうちから、焼肉を肴に酒が飲めるのが嬉しいのだろう。
一度ゲンさんの私的な買い物に付き合ったことがあるけど、その時買い込んでいたお酒の量を考えるに、彼は結構な酒豪のようだった。
ゲンさんはもうそんなに若くないし、少し自重してほしいという思いもあったが、前祝いと言ってくれているのにそんな小言をいうのはさすがに無粋な気がしたのでやめておく。
「どこに連れて行ってくれるの?」
「この辺で焼肉といえば、やっぱかめ竹かな。どうだい?」
「本当?嬉しいわ!ごちそうになります」
わたしはついこぼれ出る笑みを我慢できず、ちょっとしまらない顔のままゲンさんに感謝の意を込めて頭を下げた。
かめ竹はこの学校から一駅行ったところにある、小洒落た雰囲気の焼肉屋さんだ。
この付近に住んでいる人からすると、【ちょっとした贅沢をしに行くお店】という感じである。
わたしも大好きなお店であり、大きな模擬レースを勝ったときなどにはよく両親が連れて行ってくれる。
「今日はかめ竹だけどよ。お前さんがG1ウマ娘になったらジャジャ苑にでも連れて行ってやるからさ。楽しみにしてな」
本気ともジョークとも判断がつかない顔で、ゲンさんがそんなことを言った。
ジャジャ苑というと、普通の人にはちょっとばかり敷居が高く感じる超高級焼肉店である。
まあこれは彼なりの、これからデビューを迎えるウマ娘に対しての発破なんだろう。
G1に勝つどころか、その大舞台に出走することでさえ、本当に一握りのウマ娘にしかできないことなのだから。
「本当?じゃあ、わたしがG1ウマ娘になった時のために、お金いっぱい貯めておいてね。もしそうなったらわたし、行ったジャジャ苑にあるお肉全部食べ尽くすつもりでごちそうになるから」
冗談めかしてそんなことを言うわたしに、なぜか彼は妙に真剣な面持ちでうなずいたのだった。
読了、お疲れさまでした。
今回も最後までお読みいただき、まことにありがとうございます。
焼肉のことを書いてたらなんだか自分も食べたくなってきて、
その日のメニューは焼肉になってしまいました(笑)。
デビュー戦までは書いてしまおうか、とも思ったのですが
ファル子のことやミーティングとかを書き込んでいたらあっという間に
5000字を超えてしまったので、次回にすることにしました。
次回こそはレースシーンがありますので、楽しみにしていただけると嬉しいです。
それではまた、近いうちにあとがきでお会いしましょう!