エイシンフラッシュの娘。   作:ソースケ2021

17 / 18
エイシンフラッシュの娘。に登場したファルコンレアのストーリーです。

登場人物:ファルコンレア
※オリウマ娘注意です。
こんな感じの娘です。

【挿絵表示】

よろしければ皆様の読書の
一助にしていただけると幸いです。

誕生日:5月5日
体重:絞れていい感じの仕上がり。
身長:171センチ
スリーサイズ:84・58・84

ファルコンレアのヒミツ7・実は、お菓子作りに興味を持っている。



side story ~ファルコンレア~ 8話

>>

『さあ、ここの直線は短いぞ!最初に立ち上がったのはファルコンレア、ファルコンレアが先頭!後続はまだ来ない、後続はまだ来ない。ファルコンレア突き放した、これは強い、これは強いわ!ファルコンレア今一着でゴールイン!G2兵庫ジュニアグランプリを制したのはファルコンレアです!圧巻の強さを見せました。やはり今年のジュニアダート界の主役はこの娘なのか!』

 

>>

わたしが控室に戻ると、喜色満面でトレーナーのゲンさんが出迎えてくれた。

 

「重賞初制覇おめでとう!よくやった!」

 

彼は普段からはっきりと感情をあらわにする方だが、これほど喜んでくれている彼を見るのは初めてだ。

 

「ありがとう。まあ、なんとかって感じね」

 

わたしはまだ整わない呼吸のまま、用意してくれてあったスポーツドリンクを口に含んだ。

 

「お前さんの実力は疑っちゃいなかったが、初めての遠征でどうコンディションが変わるかは、不確定要素だったからな。どうやら、心配はなさそうだ」

「実はそんなに大丈夫、というわけでもないんだけどね」

 

楽観的なことをいう彼に、わたしは思わず苦笑してしまう。

 

そうでなくても大レースの前は寝付けないのに、初めての重賞挑戦、初めての関西遠征ということでいつも以上に緊張してしまって、昨日の夜はほとんど眠ることができなかった。

新幹線の中でうたた寝していなければ、本当に寝不足で力を出しきれなかったかもしれない。

 

「でもなレア。【旅慣れる】ってのは一流の条件だ。どんなジャンルでも一流のプレイヤーは全国を、場合によっちゃあ世界中を転戦しなきゃならん。重賞を勝ったお前さんはもう【一流】のウマ娘なんだ。その自覚を忘れないようにな」

 

彼の言葉に、わたしは身が引き締まる思いでうなずいた。

わたし自身はまだまだ自分のことを一流のウマ娘、なんて到底思えないけれど。

重賞を勝ったとなれば、世間の見る目も変わってくるだろう。

 

「ま、堅苦しい話はここまでにするか。せっかく兵庫まで来たんだし、レアが勝ってくれると信じていたからな。三宮で神戸牛のうまい鉄板焼屋を予約してある。いくか!」

「神戸牛!?」

 

彼の信じられない一言に、わたしは目をキラキラさせる。

御存知の通り、わたしは大の肉好きであるから、嬉しい申し出であることには間違いない。

でも……。

 

「でも、お高いんでしょう?」

「……どうもまだ、お前さんの中で俺の貧乏人疑惑が晴れてないようだな?」

 

いや、そういうわけでもないわけでもないわけでもないんだけど(何言ってるのかわからなくなってきたわね)。

 

「ま、金のことは心配すんな。寂しい男のひとり暮らし、担当ウマ娘とうまいもん食うぐらいしか金の使い道もねえんだよ。さ、行くぞ」

 

ん……?

以前わたしが乱闘事件を起こしたとき、お母さんに娘がいる、みたいなこと言ってなかったかしら?

 

う~ん……。

気にはなるけど、立ち入ったことを聞くのもよくない気がする。

そんな気がしたわたしは「ぜにのないやつぁ~おれんとこへこい オレもないけど心配すんな~」と心配になるような歌を唄いながら控室を出て行こうとする彼に、黙ってついていくことにした。

 

連れていってくれた鉄板焼屋で食べた神戸牛は、本当に最高だった。

今まで食べた肉で、一番美味しかったかもしれない。

鉄板で焼いたエビやイカなどの魚介類も、また美味しかった。

 

酒好きの彼も、今日はほとんどお酒を飲まずに肉や魚介類、野菜を堪能していた。

珍しいこともあるものだと思って「今日は勝利のお酒は飲まないの?」と聞いてみると、「最近少し、禁酒してるんだよ。俺ももう若くないしな」と笑いながら肉を頬張っていた。

 

お酒を控えるのはいいことだし、お肉が美味しいから、お酒で味覚を鈍らせるのがもったいなかったということもあるんだろう。

 

大きなレースの関西遠征で勝った時は、また連れてきてもらおう。

レースで勝ったあとに食べる好きな食べ物ほど、美味しいものはこの世に存在しないのだから。

 

 

わたしがミーティングのためにトレーナー室にいくと、彼はタブレットで何かを読んでいるようだった。

 

「お、レア。来たか。これ見てみ」

 

そういってゲンさんは読んでいたタブレットをこちらへ投げ滑らせてきた。

はしっと受け取って目を通すと、それは月刊トゥインクルだった。

 

見出しは【今年の主役はファルコンレアだけじゃない!?アーロンアラステラ、堂々の逃げ宣言!】。

 

「ん~、なになに……」

 

【兵庫ジュニアグランプリで鮮やかな逃げ切り勝ちを収め、強烈な印象を残したファルコンレア。その鮮烈な勝ちっぷりに早くも【天才ダートウマ娘】【ファル子の再来】との声も。今年のジュニアダート界の主役はこの娘だと言われているが、それに待ったをかけようとするウマ娘がいる。それがトレセン学園所属ジュニアクラスのウマ娘、アーロンアラステラだ。【アーロン】【ステラ】の愛称で親しまれているアーロンアラステラは抜群のスタートダッシュと天性のスピードを武器に、メイクデビュー・オープン・JBCジュニアクラシックと、気持ちの良い逃げっぷりでダートを現在3連勝中】

 

……【天才ダートウマ娘】【ファル子の再来】とは、まぁ持ち上げられたものね……。

わたしは内心苦笑しながら、続きを読む。

 

【アーロンアラステラは我々の『次走の全日本ジュニア優駿には、G2・兵庫JGを制したファルコンレアも出走してくると思われますが?』との質問に、『ファルコンレアさんは確かに強い娘だとは思うけど、あのレース振りを見る限り、彼女は短い距離向きのウマ娘だと思う。私は1800MのJBCを良いタイムで制覇しているし、マイルの土俵なら私のほうが優位に戦えるはず』と答え、強気の姿勢。G1出走への意気込みを『トレセン学園代表のウマ娘として、恥ずかしくない成果を持ち帰りたい。当然、G1でも自分のレースをするだけです』と語り、堂々と逃げ戦法を宣言した。ご存知の通り、ファルコンレアの得意戦法も【逃げ】。【逃げウマ娘対決】が今から楽しみだ。 ライター・乙名史悦子】

 

アーロンアラステラさんのことは、多少は聞き知っていた。

といっても、この記事に書いてあるとおり彼女とは通っている学校が違うし、知ってることはここにあることぐらいだったけど。

 

「でも実際のところ、どうなの?」

「ん?何がだ?」

「いや、わたしの距離適性。確かにマイルでは同着まで詰め寄られたけど、あれは……わたしがだらしなかったことが大きな原因だろうし。トレーナーから見て、どうなの?」

 

わたしの疑問に、彼は腕を組んで考え始めた。

 

「正直なところ、距離が伸びれば伸びるほどいい、ってタイプじゃねえな。マイルまではまぁ、問題なくこなせると思う。だが2000Mとなると、それはお前さんの努力次第、といったところかねぇ」

「……なるほどね」

 

努力次第、か。

練習嫌いのわたしにとって、それはなんとも重たい言葉である。

わたしが『努力でなんとかなるならがんばろう!』と思えるタイプのウマ娘であるなら、どれだけ良かっただろう。

 

「センロクで限界なのと、ニセンまで走れるのだと、戦えるレースの幅が大きく違ってくるわよね?」

「だな。期待してるぜ、天才ウマ娘さんよ」

 

……わたしが天才でもなんでもなく、練習嫌いのただのウマ娘であることを一番良く知っているのはあなたですよね?

 

そう喉まで出かけたが、いらない口答えをしているより、走り込みや筋トレをしている方が適応できる距離が伸びるのは間違いないので、わたしは黙ってトレーニングに出かける準備をし始めた。

 

 

意外なことに、ゲンさんにはG1勝ちの勲章がなかった。

担当してもらうことが決まったときに、彼の成績をトレーナーデータベースで調べてみたことがある。

通算重賞勝ちが22勝というのは、間違いなく名トレーナーの成績だ。

 

それなのになぜか、その中にG1が含まれていない。

 

もちろん、トレーナーにとってもG1を勝つということは難しい。

トレーナーのなかでも、G1勝ち経験者は10%ほどだと言われている。

G1トレーナーになるには、優れた指導力を持っていることは当然のことながら、そういうウマ娘と巡り合う幸運や人脈を持ち合わせていないといけないのだ。

 

それでも、22個も重賞を勝っていてG1勝ちがないトレーナーというのは相当に珍しい。

そのことをそれとなく、この前の関西遠征のときに彼に言うと、うまそうに日本酒をあおりながら『ああ、そういやそうだな。まあ、めぐり合わせってもんがあるからなあ』と、気のない返事が帰ってきただけだった。

 

彼だって、G1を勝ちたいに決まっている。

G1という勲章は、ウマ娘に携わるすべての者にとって、最高の栄誉なのだから。

そしてわたしが重賞を勝った今、彼もそれを意識していないはずがない。

 

それでも彼がG1のことに関して気のないようなことを言ったのは、きっとわたしに余計なプレッシャーを与えたくなかったからなのだろう。

 

まったく……。

両親といいゲンさんといい、わたしの周りにはどうしてこんなに、デキた大人が多いのだろう。

きっとわたしのような不出来な子供ほど放っておけなくて、こうしてデキた大人が集まってきてくれるのだ。

 

デキの悪い子ほどカワイイ、とはこのことなのだろうか。

 

……勝ちたい。

わたしを拾ってくれて、本来の力を出させてくれた彼のためにも、わたしはG1を勝ちたい。

 

お母さんはよく、【応援してくれるファンのためなら、辛いトレーニングもがんばれた】と言っていた。

 

それを聞いた時は自分のためならともかく、人のためにがんばれるという気持ちがよくわからなかったのだけど……トゥインクルを走り始めた今になって、その気持ちが少しばかりわかり始めてきた。

 

彼と【ふたり】で、G1を勝ちたい。

そう思えば、大嫌いな筋トレも集中して取り組むことができた。

そんなわたしを、ゲンさんは何も言わずに見守ってくれていた。

 

 

12月15日、日曜日。

 

今日の決戦の舞台である川崎レース場ではナイターレースも運営しており、メインレースである全日本ジュニア優駿はそのナイターで行われるため、家を出るのは夕方になってからだ。

 

「行ってくるね」

 

わたしは出かける前に、リビングにいた両親にいつもどおり、そう挨拶した。

 

「おう、気をつけてな」

「は~い。いってらっしゃ~い」

 

お父さんはテレビで明日の天気予報を見ながら、お母さんはいつもと同じように笑顔で手を振って見送ってくれる。

それは、いつもと変わらない風景だ。

 

お父さんもお母さんも、勝負の世界のことを知り尽くしてる人種である。

大勝負の前は変に励ましたりするより、いつもどおりに送り出してやるほうがプレッシャーが少ないということを、よくわかっているのだろう。

 

だからわたしも時間帯こそ違えど、いつもどおり履き慣れた靴を履いて、いつもどおりに家から出発した。

 

 

冬の夕暮れは切ないぐらいに短く、陽はすでにどっぷりと暮れている。

 

集合場所である学校の正門前に着くと、ゲンさんはもう先に待っててくれていた。

……G1に出走するというのに、彼はジャージ姿にポシェットを腰に巻いているという、いつものスタイルだった。

 

「おーう。この時間から出発するのは、なんだか妙な気分だよな。昨夜は眠れたか?」

「いつもどおり、あんまり。ってかゲンさん、なによその格好」

「ん?なんか変か?」

「いや、G1のときのトレーナーって、男性はスーツ着てるイメージがあったから……」

「あ~。変にカッコつけてもなんだしな。ま、細かいことは気にすんな!」

 

そういって彼はワハハ、と笑った。

……わたしが緊張しないよう、いつもどおりの服装で来てくれたのかもしれないし、単にスーツを用意するのが面倒だったのかもしれない。

 

彼は普段から、服装にはあまり構わないところがある。

いつも同じジャージを着ているわりに、クサかったり汚なそうだったりしたことはないので、そのことを彼に聞いてみたことがあった。

すると彼はなぜか得意げになって、『なにを着るか考える時間がもったいないから、同じジャージを5着持っていて、それを着回しているんだよ。スティーブ・ジョブズみたいでカッコいいだろ?』と、よくわからない答えを寄越してくれた。

 

まあ、そのジャージ姿はいいんだけれども。

 

「ゲンさん。いつも思ってたんだけど、そのボロボロのポシェットはなんとかならないの?なんか、すごく浮いてるわよ」

 

別にそれが不潔とかいうわけでもないのだけれど、パッと見ただけで年季が入っているな、とわかるようなシロモノだし、そろそろ買い替えてもいいんじゃないかな、とわたしはひそかに思っている。

 

わたしがそんなことを言うと、彼は珍しく困ったような微笑を浮かべた。

 

「あ~……、これだけはな。子供っぽいとは思うが、気に入ってるんだよ。カンベンしてくれ」

「ふーん」

 

歳に関係なく、そういう持ち物は誰にでもあるものなのかしら。

わたしだって、いつ買ってもらったかも覚えていないうさぎのぬいぐるみを、未だにまくらもとに飾ってあったりするものね。

 

そういうことなら、それ以上ツッコむのは野暮というものでしょう。

それからわたしたちはいつものようにとりとめのない雑談を交わしながら、駅に向かって歩き始めた。

 

 

わたしは控室で、お父さんから買ってもらったあの勝負服に袖を通していた。

試着は何度かしたことあるけど、勝負の場で着るのはもちろん初めてである。

 

勝負服に袖を通し、スカートを履いて小道具を付けながら思う。

 

……勝負服って、こんなに重たいものだったのか。

 

この重量はきっと、これから向かう大勝負へのプレッシャーだったり、たくさんの人がわたしに抱いている期待だったりするのだろう。

 

勝負服に着替え終わり、姿見に自分を映してみた。

 

わたしは髪の色以外、あまりお母さんに似ていないってよく言われる。

 

目元はお父さんに似たらしくツリメ気味だし、お母さんみたいに女の子っぽく可愛らしい顔立ちをしていないことは、しっかり自覚している。

 

でも、レース終盤の、勝利を追い求めて懸命に走る顔だけは、お母さんによく似ていると自分では思っていた。

 

……今日もレースで全力を出せますように。

 

わたしは三女神と偉大なお母さんに、心のなかでそうお祈りした。

 

 

パドックから観客席を見回すと、寒さ厳しい12月の夜であるにもかかわらず、文字通り溢れんばかりの人がそこにいた。

前回重賞に出走した園田レース場もたくさんのひとが見に来てくれていたが、なんというか、人の密度が違う。

……以前シルヴィが話してくれた、【こみけ】ってイベントもこれくらいの人が集まるのかしら?

 

そんなことを考えながら少し、いや、かなり緊張した足取りで、わたしはパドックの舞台に立って頭を下げる。

それと同時に、割れんばかりの拍手と大きな声援が飛んできた。

 

「レア!今日もすごい逃げ切りを見せてくれ!」

「レアさん!愛してます~!がんばって~!!」

 

野太い声の男性からの激励もあれば、女性からの黄色い声援も聞こえてくる。

たくさんのひとに応援してもらえるというのはもちろんプレッシャーもあるが、だからこそそれを力に変えてがんばれるという一面は、確かにある。

 

今日の一番人気は、わたしだ。

単勝支持率は34%。

 

今までのレースの中で一番低い支持率だけど、それでも三人に一人はわたしが勝つと信じてくれているわけだ。

 

二番人気は当然……。

 

わたしが舞台から降り、しばらくパドックを周回していると、わたしのときと同じぐらい大きな歓声が沸き上がった。

 

彼女もここまで3戦無敗。

北海道のJBCジュニアクラシック覇者。

 

アーロンアラステラさんだ。

 

彼女はわりと小柄なウマ娘で、芦毛の髪を腰まで届くロングヘアにしている。

そのプラチナブロンドの髪がナイター照明に照らされて、まるで光り輝いているように見えた。

 

彼女はその髪をふわり、と見せつけるようにかきあげ、軽く会釈しながら大勢の観客たちに笑顔で手を振っている。

 

浮かべている表情にはとても初めてのG1を走るとは思えない余裕があり、大物然とした彼女に大観衆は惜しみない拍手と歓声を送り続けていた。

 

そんなパフォーマンスを終え、彼女もパドックの輪にもどってくる。

 

そのとき一瞬だけ彼女と目があったが、彼女はわたしに冷徹な視線をくれただけだった。

 

だからわたしも、無表情を貫いた。

 

 

本バ場入場からゲートインまでは、極めてスムーズに進んだ。

レースを恐れてゲートインを拒むような娘は、一人もいなかった。

一応わたしとアーロンアラステラさんが人気を集めて注目されてはいるが、その他に出走しているウマ娘たちも、全国から集まった、各トレーニング学校の【最優秀ジュニアウマ娘】クラスの娘ばかりだ。

 

例えば、岩手レース学校から出走している、3番人気のパヒュームセリエさん。

 

彼女は地元の岩手レース学校が主催するレースで5戦全勝の成績を収めており、【岩手の怪物二世】とまで言われている逸材。

マイルの距離も複数回経験しており、その勝ちタイムだけならわたしやアーロンアラステラさんとまったく遜色ない。

 

そんな娘ばかりが集まって、唯一人の勝者を決める。

 

それが、G1という舞台なのだ。

 

全員、ゲートイン完了。

 

ガチャン!

 

スタートは気持ち遅れた気がしたが、この程度なら問題なさそうだ。

わたしはいつもどおり、ハナを奪いに行くために加速する。

 

でも、わたしの外側から一人のウマ娘があっというまに抜き去っていった。

 

アーロンアラステラさんだ。

彼女のスタートセンスは、わたしなんかよりよほど優れたものらしい。

相当良いスタートを切らないと、あれだけの加速力は得られないだろう。

 

わたしの脚質はもともと先行気質だし、二番手に控えても全然良かったんだけれども。

彼女の、雑誌でのインタビューやパドックでの強気な態度を見ていると、こちらからも挑戦したくなってくる。

 

わたしは少しばかりギアを上げて、彼女に並びかけにいく。

横並びになると、彼女はこちらをチラリ、と見てさらにスピードを上げて突き放しにかかる。

 

あちらもまったく、譲る気などなさそうである。

 

ふむ。

 

冷静に考えるなら、彼女にハナを譲ってしまって、わたしは二番手で自分のレースをすればいいのだろう。

 

でもなぜか今日は、とてもそんな気になれなかった。

 

いいでしょう。

 

戦争を、しましょう。

 

そんな気分になったのは彼女の今までの態度が鼻についた、ということも多少はあるけど、それ以上に彼女の素晴らしいスピードに挑戦したい、自分の力を試してみたい、という気持ちが大きかった。

 

わたしはさらに加速し、アーロンアラステラさんを内側から追い抜こうとする。

そうはさせない、とあちらも脚のピッチを上げる。

 

レースは前の二人が先頭を奪い合う、激しいデッドヒートになった。

 

その様子に観客席から、悲鳴とも歓声ともつかない声が聞こえてくる。

 

「……しつこい」

 

わたしの隣から、ポツリとそんな声が聞こえた。

……あなたが譲ってくれれば、わたしもあなたに競りかけるマネをせずに済むんですけどね!

 

わたしはそう言う代わりにもう1段階ギアを上げて、アーロンアラステラさんを一気に抜き去った。

すると彼女も意地を見せて私をもう一度抜き返す。

 

レースのペースはきっともう、想像したくもないぐらいハイペースになっていることだろう。

ただ、そんなペースで走っているにもかかわらず、わたしの脚は思ったほど消耗している感じはしていない。

 

あの不甲斐ないレース以降、手を抜かずに指示されたトレーニングメニューをしっかりこなしている、ということもあったのだろうし、自宅に帰ってからも(渋々ながら)スタミナ補強に重点をおいた筋トレを地道にやっていたことの成果が出ているのかもしれない。

 

抜きつ抜かれつ、結局お互い全く譲らないまま、レースは最後の直線へ向かう。

 

先に仕掛けたのは、アーロンアラステラさんだった。

これだけのペースで競ってきたわけだから、あちらも本当はわたしの仕掛けを見てから脚を使いたかったに違いない。

それでも彼女が自分のペースで仕掛けたのは、自分のほうが強い、という自信と意地があったからだろう。

 

でも、その自信と意地は、彼女だけのものじゃない!

 

わたしは彼女の仕掛けを見てから、ギアを最高速に切り替えた。

強いウマ娘と競ってハイペースのレースをしてきたわけだから、脚にはかなりの疲労が感じられたけど、スタミナが底をつきそうな感じはまだしない。

 

内側から彼女の抜いた、と思えば、彼女も勝負根性を見せてものすごい形相で食らいついてくる。

 

今度は半バ身、彼女が前に出た。

それだけは許さん、とわたしはひじがこすり合うぐらいの距離で競り合い、彼女を睨みつけ、もう一度内から差し返す。

 

二人の激しい一騎打ちに、スタンドが大きく沸き立つ。

 

トゥインクルにデビューしてから突き放すレースが続いたが、こういう競り合いになるレースこそ、実はわたしのもっとも得意とするところなのだ。

 

残り200Mのハロン棒を越したあたりで、彼女の脚が急激に悪くなり始めた。

一歩、二歩と、彼女がわたしに遅れを取り始める。

 

……競り潰した。

 

長年の勝負感が、脳内でそう告げる。

視界のすみに彼女の泣きそうな顔が目に入ったが、わたしはそれを見なかったことにした。

 

おそらく彼女にはもう、わたしを差し返す力は残っていないだろうが……まだ安心できない。

これだけのハイペースで飛ばしてきたのだ。

 

うしろの娘達は、たっぷりと末脚をためているに違いない。

 

でもまだ、わたしのスタミナには少しばかり余裕がある。

 

わたしは最高速度を維持したまま、最後の直線を駆け抜ける。

 

残り100M。

 

残り50M。

 

ゴール板が、見えてくる。

 

後続の足音は聞こえてこない……!

 

わたしは先頭で、G1のゴール板を駆け抜けた。

 

……よし!

わたしが、G1を勝ったんだ……!

 

そう思うと自然に笑みがこぼれ、無意識に拳を夜空に突き上げていた。

 

そんなわたしのパフォーマンスに、スタンドからは爆発的な歓声があがった。

 

 

高揚した気持ちのままウィナーズサークルにやってくると、意外にも平静な顔をしたゲンさんが出迎えてくれた。

 

「G1制覇、おめでとう。よくやった」

「うん、ありがとう」

 

わたしは反射的にお礼を言ったけど、なんだか拍子抜けしてしまった。

彼にとっても初めてのG1制覇だし、もっと喜んでくれるものだと思っていた。

 

まあ、ゲンさんも長く生きているわけだし、G1ひとつ勝ったぐらいじゃ感激なんて……。

 

「本当に、よくやってくれた。なんと言えばいいか……」

 

そういうと彼は、その大きな右手で顔を覆ってしまう。

聞こえてくる、小さくて低い嗚咽の声。

 

「ゲンさん……」

 

そうか……。

平静を保ったふりでもしてないと、すぐにでも感情が溢れ出しそうだったのね。

 

わたしはきっと、大人の男の人が泣いているのを初めてみたのだと思う。

そんな彼を見ていると、わたしも胸が一杯になってくる。

 

わたしはそんな彼を、ただただみつめていることぐらいしかできなかった。

 

 

ウイニングライブの会場は、立錐の余地もないほど人で埋め尽くされていた。

 

G2までのウイニングライブは、正直なところそんなにたくさんの人が集まってくれるわけではない。

一部の物好きな人たち以外は、レースが終わったらウイニングライブなんて見ないで、次のレースの予想を楽しんでいるか、さっさと帰ってしまうから。

 

でも、G1のウイニングライブは違うようで、帰る人なんてほとんどいないようだ。

あのスタンドにいた人たち全員がこの会場に集まってきているのではないか、と思えるほどの盛況ぶりだった。

 

この大観衆の前で、わたしがセンターとして歌う。

 

披露する曲は、【UNLIMITED IMPACT】。

 

ダートG1のウイニングライブで歌われる、激しい曲調の歌だ。

 

【砂の女王】とまで言われ、ダートのG1を勝ちまくったお母さんは、この歌をセンターとして数え切れないほど唄った。

この歌はお母さんの持ち歌、というわけじゃないけど、【UNLIMITED IMPACTのセンターといえばスマートファルコン】というイメージがあるほど、ファンの記憶に残っている曲である。

 

そんな歌を、わたしがセンターで歌える。

 

トゥインクルに参加して、本当に良かったと思えた瞬間だった。

 

辛く、厳しいときでも歩みを止めないで。

あなたには、あなたにしかできないことがあるはずだから。

 

そんな意味の歌を、わたしは精一杯の思いを込めて歌い上げる。

 

わたしたちの歌を聞いて、わたしたちウマ娘のレースを見て、勇気や元気をもらえるという人が、少しでもいるといい。

 

ペンライトを振り、涙さえ流しながらわたしたちを応援してくれる人たちを舞台から見渡しながら、わたしは心からそう思った。

 

 

肉の焼ける香ばしい匂いが、それほど広くない個室を満たしていた。

 

「レアよ、よくやった。本当によくやってくれた!今日は人生最良の日だ!」

「わかった、わかったから。それから、お酒臭いから肩組んで近寄るのはやめて。というか、禁酒してたんじゃなかったの?」

「このめでたい席に無粋なこと言うんじゃねえよ。店員さん、日本酒を熱燗で持ってきてくれ。あと、特選カルビとシャトーブリアンをこいつに持ってきてやってくれ!」

 

ゲンさんは呼び出した店員さんに大声で注文すると、ジョッキに口をつけてグビグビとビールを喉の奥に流し込んだ。

 

もう大ジョッキ3杯目で、わたしはお酒の加減なんてわからないけど、結構なペースで飲んでいるのではないだろうか。

 

まあでも、彼の言う通り今日はめでたい席である。

そのめでたい日のお祝いに、ゲンさんはいつかの約束通りにわたしを高級焼肉店のジャジャ苑に連れてきてくれた。

 

最初のうちはその高級店でおいしい肉をつつきながら、しんみりとG1初勝利の喜びを二人で分かち合っていたのだけれども……。

2杯目を越えたあたりから彼のテンションが上がり始めて、3杯目に突入した今、すでにデキ上がってしまっているというわけだ。

 

「聞いてくれ、レア。実はな、お前さんの走りを初めて見たときから、俺には叶えたいと思っている夢があるんだよ。アイハブアドリームってやつだ!」

「へぇ」

 

なんで英語なんだろう?

しかも、発音がベタベタである。

 

「お前さんがもっと強くなって、国内のレースで敵なしになったらな、アメリカへ遠征するんだ。挑戦するレースは、世界最強のダートウマ娘が集うブリーダーズカップクラシックだ!」

「それは、とても素敵な夢ね」

 

酔っ払いの戯言、と聞き流すにはずいぶん熱の入った弁である。

わたしは運ばれてきたシャトーブリアンを焼きながら、大きな耳を彼の言葉に傾け続けた。

 

「そうだろう!昔、一度だけ行った家族旅行でな。生でブリーダーズカップクラシックを見たんだよ。レアも知ってるだろう?ブリーダーズカップクラシックが行われる日はBCデーと言って、世界中から芝・ダートともにトップクラスのウマ娘が集うんだ」

 

彼の説明に、わたしはうんうん、と相槌を打った。

アメリカのブリーダーズカップはフランスの凱旋門賞とともに、ウマ娘であれば誰もが憧れる世界最高の舞台の一つであることには違いない。

 

「その時勝ったのが、フライトラインってウマ娘でな。出走ウマ娘は全員G1ウマ娘という超豪華メンバーの中、8バ身以上の差をつけて圧勝よ。忘れられねえ思い出でな。その時思ったんだ。俺もいつか、これぐらい強いウマ娘と一緒にこのレースに挑戦して、そいつとふたりで世界一になってみたいってな!」

「いや、わたしに期待してくれるのは嬉しいのだけれども。フライトラインさんと同じぐらい期待されると、非常に心苦しいというかなんというか……」

 

フライトラインといえば史上最高のレーティングポイントを獲得し、アメリカレース史上最強の一人とまで言われたウマ娘で、わたしたちダートを走る者にとって伝説的な存在である。

……そこまで期待されても正直困るのだが、わたしがトレーニングやレースを頑張って実績を積み重ねれば、彼をブリーダーズカップクラシックにつれていくことぐらいはできるかもしれない。

 

「謙遜は美徳だ。でもなレア。お前さんは間違いなく世界を獲れる器のウマ娘だよ。それにはもちろん、厳しいトレーニングに耐え抜く必要があるがな!」

「……前向きに善処いたします……」

 

彼の夢を聞いているあいだにシャトーブリアンがいい感じに焼き上がったので、わたしは前向きに善処するつもりのないヤツの常套句で返事してから、肉を適当に切り分けて口に運んだ。

 

いやもちろん、トレーニングはそれなりにがんばるつもりでいるけどね。

 

ん……。

このお肉うまっ!

 

至福の味を口内で堪能しながら、わたしは彼の話を聞いているうちに沸き出てきた一つの疑問をぶつけてみた。

 

「ダートで世界ナンバーワンっていうんなら、ドバイワールドカップやサウジカップなんかもそうじゃない?もちろんブリーダーズカップクラシックは家族と行った旅行で生で見た、とかフライトラインさんの衝撃とかもあって思い入れがあるのだろうけど、その2つのレースにはあんまり興味ないわけ?」

 

わたしがそんなことを聞くと、彼はジョッキに残っていたビールを飲み干し、熱燗をお猪口にそそぎながら答えてくれた。

 

「いや、もちろんその2つのレースも大変素晴らしいのだが。ほら、そのレースが行われている国って、勝ったあと勝利の美酒に酔いしれる、というわけにいかないだろ?いろいろな事情で」

「あー……なるほどね」

 

ここではあまり掘り下げないけど、その事情はなんとなく察することができた。

 

「お前さんがブリーダーズカップクラシックを勝ったあかつきには、カジノの一室を借り切ってパツキンのスタイル抜群なバニーガール美女に高いワインを御酌してもらって、勝利のほろ酔い気分に浸りながらスロットゲームに興じるわけよ。最高だろう?」

「…………そうかしら」

 

まぁ、それは好きにすればいいと思う。

じゃあわたしは彼が爛れた快楽を享受してる間、観光にでも行ってこようかしら。

ブリーダーズカップは開催地が持ち回りだから、どこの観光に行けるのかは、その時にならないとわからないけれど。

 

その夜わたしたちは、そんなバカみたいな話や出会ってから今日までの思い出話、それにこれからのことを日付が変わる時間まで喋り倒した。

 

お会計の額はわからない。

会計の直前に彼は『ちょっとトイレ行くから、先に出といてくれや』と言って、わたしを店の外に出してしまったからだ。

 

それはきっと、彼なりの気遣いだったのだろう。

支払いを済ませて出てきた彼に、わたしは心から「ごちそうさまでした。ありがとう」とお礼を言った。

 

そんなわたしに、「いや。こちらこそありがとう。レアのトレーナーになれて、俺は本当に幸せものだ」と酔っ払いとは思えないような、いつになく真剣な声で、そう言ってくれたのだった。

 

 

帰りの電車の中でスマホを確認すると、今まで経験したことのないような数のLANEやメールが届いていた。

 

それらが全部、わたしのG1勝利をお祝いしてくれているメッセージだった。

 

小中学校時代の担任の先生や、当時指導してくれていたトレーナー。

同じく小中学校のときの、少し疎遠になっていた友人たち。

もちろん今通っている南関東トレーニング学校の先生やクラスメートからも、たくさん届いていた。

 

やっぱり、G1を勝つっていうのはすごいことなのね……。

 

どこか他人事のような気持ちになりながら、わたしはそれらの祝辞に一つづつ返事をしたためていく。

 

でも、少しだけ気になることがあった。

その中に、シルヴィからのメッセージが、なかったのだ。

 

もちろん彼女も暇なときばかりでないだろうから、たまたま送るタイミングを逃しているだけなのだろうと思うけど。

 

そんな心の引っ掛かりは、たくさんのひとにメッセージを返信している間に、霧散していった。

 

 

自宅に戻ると、トレーナーさんにごちそうになるから遅くなる、と連絡を入れておいたにもかかわらず、お父さんもお母さんも起きてくれていた。

 

玄関に入るなり、「レア。おめでとう、本当におめでとう!!」とお母さんが泣きながら抱きついてきたのにはまいった。

久しぶりに感じたお母さんの抱擁の温かさに、思わずわたしも泣きそうになってしまった。

 

そんなお母さんのうしろで腕を組んで満足そうにうなずいているお父さんに「お父さんに買ってもらった勝負服を着て、大きな勝負に勝つことができたよ。ありがとう」とお礼を言うと、「そうか。よかったな」とだけいって、お父さんは自室に入ってしまった。

 

これにも少し、困惑してしまった。

お父さんには、結婚式の日にわたしの前で初めて泣いてもらう予定だったからだ。

 

あの乱闘事件の日に『親を泣かすようなことは決してするまい』と三女神様に誓ったけど、こういう泣かせ方ならきっと、女神様たちもバチを当てるようなことはなさらないだろう。

 

 

たとえ大レースを勝っても、わたしの世間的な身分は南関東トレーニング学校に通うイチ女子高生ということからは、なにも変わらない。

 

歓喜の夜の翌日も、眠い目をこすりつつ、わたしは普通に学校に登校して授業を受けた。

 

キーンコーンカーンコーン……。

 

4時間目が終わり、お昼休みの時間になった。

今日はレースの翌日ということもあり、わたしは朝練がなかったわけだけど……わたしを含め、ほとんどの娘は朝練のあと、一応パンとかおにぎりとかの軽食をお腹に入れて午前の授業に臨む。

だが、育ち盛りの上に激しいトレーニングをこなしたあとのウマ娘のお腹が、そんなもので満たされるわけがない。

だいたい2時間目が終わる頃にはもう、お腹ペコペコになってしまっている。

2時間目と3時間目の間の、少し長い休み時間に早弁したり間食したりする娘もいるけど、それが習慣化すると太ってしまいそうなので、わたしはお昼ごはんまでは食事を我慢することにしていた。

 

さて、お弁当持ってシルヴィの席にお邪魔しようかな。

カバンからお弁当箱を取り出し、シルヴィの席に視線を移すと、そこに彼女はいなかった。

 

……お手洗いにでも行ったのかしら。

彼女の前の席の娘の椅子を借りてしばらく待ってみたが、帰ってくる様子がない。

ちょっと心配になってLANEを入れてみると、5分ほど経ってから返事がきた。

 

シルヴィ【ごめん。今日は学食で食べてる】

 

彼女が学食で昼食を取るのは、珍しい。

というか多分、わたしたちが知り合って初めてのことじゃないかな。

 

もちろんそんな日もあるのだろうけど……いつも一緒に食べてるわけだから、一言わたしに伝えてくれてもいいように思う。

 

そういえば結局、彼女からお祝いの言葉はもらっていない。

 

今日の休み時間はなぜか、彼女はいつもどこかへ行っていて教室にいなかったということもある。

 

なにか釈然としない気持ちを抱えたまま、わたしは珍しくお母さんが作ってくれたお弁当を広げると(いつもは自分で作っている)、今日はギリギリまで寝てしまっていて朝食がとれなかったこともあって、すぐに食べ終わってしまった。

 

……それにしても、ヒマね。

昼休みはいつもシルヴィとアイドルの話をしているか、シルヴィの席に集まってくる彼女の友人たちと雑談していることが多い。

考えてみればこの教室でわたしとある程度仲良くしてくれている娘って、基本シルヴィ繋がりなのよね……。

 

彼女はわたしと違い、人当たりがよくて優しい上に、細かい気配りができる娘だから、周りに人が集まってくるのだ。

 

仕方がないのでわたしはバッグからスマホを取り出すと、【週刊ウマ娘】のアプリを起動させた。

このアプリはサブスクで月400円を支払えば、全国で行われているレースの結果や注目を集めているウマ娘の動向、それに携わる人達の記事を読むことができるというサービスである。

 

今日のトップ記事は【佐神トレーナー男泣き。URA・G1初制覇!】だった。

 

【先日川崎レース場で行われたG1・全日本ジュニア優駿は、南関東トレーニング学校所属のファルコンレアが優勝した。トレセン学園所属以外のウマ娘がこのレースを制するのは、実に5年ぶりのこと。勝ちタイムも1・34・4というコースレコードでの圧勝劇だった。ジュニア級のウマ娘がコースレコードを叩き出す、というのは川崎レース場始まって以来のことで、末恐ろしいウマ娘である】

 

うーん……。

こういう場合、どうしても勝ったわたしが注目されてしまうけど。

このレコードタイムはアーロンアラステラさんという強いウマ娘が、最後まで意地を見せて競り合ってくれたからこそのものであって、わたし一人の能力だけでは到底なし得なかったタイムである。

そのあたりのことも、もっと掘り下げて記事を書いてくれると嬉しいんだけどな……などと思いつつ、続きを読む。

 

【南関東所属の佐神トレーナーは、意外にもこれがURA主催のG1初制覇。羽田杯・東京ダービーを始め、数多くのSG1や交流重賞を勝っている佐神トレーナーだったが、なぜかG1とは無縁だった】

 

日本中で行われているウマ娘のレースは、主に2つの開催形態がある。

ひとつは、URAが主催する【中央】のレース。

もう一つは、各地域のトレーニング学校やレース学校が主催する【地方】のレースである。

 

【中央】のレースは所属がはっきりしていれば、どのウマ娘も出走することができるが(ルール上は海外のウマ娘も参戦可能だ)、各地域の学校が主催する【地方】のレースには、基本的にはその地域に所属しているウマ娘しか出走することができない。

 

地方主催のレースは地域によってかなりレベルの違いがあり、この違いを高校受験の偏差値風に例えるなら、偏差70以上の、トレセン学園にも引けを取らないレベルの地域もあれば、50前後の中堅どころの地域もある。

 

偏差70の地域をそこそこの成績で走ってるウマ娘が、偏差50の地域に遠征して勝ち星を【荒稼ぎする】なんてことを防ぐために、出走制限のルールが定められているのだ。

 

で、例外的にトレセン学園所属ウマ娘も含む、どの地域のウマ娘でも出走できる地方のレースが【交流競走】と指定されているレースで、地方で開催されるG1などの重賞はこの交流競走にあたる。

 

それとは別に、各地域が独自に格付けしている重賞もある。

先程のSG1というのは、南関東トレーニング学校(サウスのSね)独自の格付けで行われているG1レースのことだ。

 

こちらの【ご当地重賞】は中央の重賞や交流競走の重賞とはまた別の評価基準で格付けされていて、それらのレースとは明確に区別されている。

 

【トレーナー業苦節30年での初栄冠に、彼は『ファルコンレアと、僕が今まで担当してきたすべてのウマ娘たちに、感謝を伝えたい。彼女たちの誰が欠けても、トレーナーとしての今の自分はいなかったと思いますので』と、涙ながらに語った】

 

このインタビューを受けていた彼の様子を思い出すと、今でもちょっと、涙腺が緩くなってしまう。

 

がんばってきてよかったな……。

G1トレーナーという称号を、長くがんばってきた彼にプレゼントできて、本当に良かった。

 

スマホの小さい画面を見つめながら、わたしは素直にそう思うことができた。

 

それと同時に、やっぱり親友のシルヴィから、一言ぐらい『おめでとう』の言葉をもらいたいな、なんてことを考えていた。

 

 

放課後になると、どうしてだがシルヴィはわたしの方を見ようともせず、さっさと教室を出ていってしまった。

 

いつもは一緒に更衣室に行くのに、今日は本当にどうしたのだろう。

 

わたしもあとを追うように更衣室に行ければいいのだけれども、今日はあいにくゲンさんから『G1を勝った次の日ぐらい、余韻に浸ってゆっくりしろ』との指令が出ていて、更衣室に行く必要がなかった。

 

……わたし、何か彼女の気に障ることをしたのかしら。

 

自分でも自覚しているが、わたしは少しばかり、口が悪いところがある。

悪気なく言ったことが相手を傷つけていて、それが原因で喧嘩になったり疎遠になったりしたことが多少なりともあった。

 

でも、シルヴィはわたしのそんなところも個性だって認めてくれていたし、クラスメイトと雑談してる際にわたしが言い過ぎてしまった時は『あ、それはちょっと言い方きついかも~』と冗談っぽく注意してくれていて、わたしはそのたびにきちんと相手に謝っていた。

 

もちろん彼女がそんなわたしに愛想を尽かし、最近それが限界に達して友だちをやめようと決意したってこともないとは言えないだろうけど……シルヴィの性格上、そういう縁の切り方はしないような気がする。

 

友人同士といっても、さとりサトラレのように、なにも言わなくても完全にわかりあえるわけじゃない。

わたしは思い切って、今日の態度の理由をLANEで聞いてみることにした。

 

【シルヴィ、今日はどうしたの?なんか、わたしを避けてるみたいよね。なにかわたしがシルヴィの気に障ることをしたのなら、言ってほしいわ】

 

トレーニング中ということもあったのだろう。

そのメッセージには、なかなか既読がつかなかった。

 

 

結局シルヴィからLANEの返事が戻ってきたのは、夜の11時を回った頃だった。

 

それは長文のメッセージで、内容はこんな感じだった。

 

シルヴィ【ごめんなさい。急にあんな態度取られたら、不安になるよね。でも私、そうする以外あなたとの距離のとり方がわからなかったの。あのね、ずいぶん前にお話させてもらったと思うんだけど、私ってあんまり、レースの勝ち負けとかには興味がないんだ。レースに関する才能も、全然ないしね。でも、レアは違う。あなたは、G1を勝った。きっとこれから、もっともっとすごいウマ娘になる。それこそ、あなたのお母様のスマートファルコンさんにも負けないぐらいの、すごいウマ娘になると思う。そんな娘が、私みたいにやる気のないウマ娘の近くにいちゃダメだよ。レアまでダメなウマ娘になっちゃう】

 

……どうしてシルヴィは、そんなことをいうのだろう?

そんなこと、絶対にありえないのに。

わたしがシルヴィとアイドルの話をしたり、トレーニングの愚痴を言い合うことで、どれだけ日々のモチベーションを維持できていたことか……!

 

続きを読むのが怖かったけど、読まずに放置するなんて方がよっぽど怖くて、わたしは恐る恐る先を読み進めた。

 

【イラストの世界でもそうなんだけど、絵を描くモチベーションがすごく高い人でも、あまりやる気がなかったり、絵に対する情熱をなくしちゃったりした人の近くにいると、その人に引っ張られて絵を描くのをやめちゃったりすることが、多々あるんだ。それにね、言おうかどうか迷ったんだけど……私と夜遅くまで遊んだ次の日のレース、あなたは同着にまで追い詰められてしまいましたよね。あんなこと、あなたの実力ではありえないこと。そのことで私がどれだけ思い悩んだか、きっとあなたには想像できないでしょうね。あなたはもう、特別なウマ娘です。私のことなんか忘れて、これからは自分を引っ張り上げてくれる人たちと付き合ってください。遅くなったけど、G1制覇おめでとう。これからも応援しています】

 

……こんなの、全然納得できない。

絵の世界のことなんか知らないし、友達の影響ぐらいで成績が悪くなるようなウマ娘がいたら、きっとその娘にはもともと才能がなかったのだ。

 

あの同着のことにしたって、シルヴィが悪いわけじゃない。

むしろシルヴィはわたしを心配して、もう帰ろうとさえ言ってくれていた。

その忠告を無視して日付が変わるまで遊んでしまったのは、わたしの油断と怠惰以外何者でもない。

 

わたしはもう少し話し合いたい、というLANEを送ったけど、悲しいことにわたしのことはもうブロックされてしまっていた。

 

当然だけど、彼女に電話が通じることもなかった。

明日もう一度シルヴィと直接話し合いたい、という気持ちはあったが、彼女にそれを拒絶されたら、わたしはもう、どうしていいかわからない。

 

憔悴した気分のまま、わたしはスマホを枕元に投げ出して、とりあえず眠ろうとベッドに潜り込んだが……ここ数日の睡眠不足にも関わらず、今夜はまったく眠れる気がしなかった。

 

 

次の日の朝練前、わたしは担当トレーナーのゲンさんに、シルヴィとの一件を相談することにした。

 

クラスメイトの中にシルヴィ以外の友人がいないわけじゃないけれど……こんなことを相談できるほど、親しい友人はいなかった。

 

かと言ってこれだけ深刻な出来事を自分一人で消化できるほど、わたしは人間関係を達観できているわけでないし、人間が成熟しているわけでもない。

 

両親に相談する、という手もあったのだろうけど、ようやくあの娘も順調にレース人生を歩み始めたと思ってくれているであろうお父さんとお母さんに、余計な心配をかけたくなかった。

 

他に信頼できる人……となると、わたしには彼以外思い浮かばなかった。

 

「うむ……それは、辛かっただろう。よく俺に相談してくれた」

 

彼はわたしの話を最後まで傾聴すると、彼は神妙な面持ちでそう言ってくれた。

 

「わたし、本当はなにか彼女の気に障ることをして嫌われたのかしら……」

 

わたしが上目遣いでそんなことを聞くと、彼は難しそうな顔をして首を横に振った。

 

「正直、それはわからん。でも、そのシルヴィさんとは本音で語り合える親友だったんだろう?じゃあ彼女が言う通り、今後のお互いのことを考えて、お前さんと距離を置くことにしたってだけだろう」

 

なんでも本音で語り合える親友、か。

わたしは勝手にそう思いこんでいたけど……それももう、本当にそうだったのかわからない。

わたしがうなずくこともせずに黙りこくっていると、彼は静かに話し始めた。

 

「気を悪くしたら申し訳ないんだが、こういうことは一流の成績を収めているウマ娘なら、よくある話だ。それにな、大人の世界でも、例えば収入が大きく自分とかけ離れてしまった友だちとか、生活環境があまりにも自分と違う世界に行っちまった友人とは、学生時代どれだけ仲が良かったとしても、自然と疎遠になってしまうものだからな。でもそれは、悪いことじゃない。成長することで人生のステージが変わって付き合う人が変わる、というのはごく自然なことだからだ」

 

人生のステージが変わる、か。

G1を勝つ、ということはそれだけウマ娘の人生に大きなインパクトを与える出来事なのだろう。

でも。

 

「……その【人生のステージが変わってしまった友だち】とは、もう仲良くできないのかしら?」

「そんなことはない。ただ、シルヴィさんはそうは考えなかったというだけだ」

「……もう、シルヴィと仲直りするのは難しいのかしらね……」

 

わたしはきっと、未練たらしいことを言っているのだろう。

ゲンさんは、そんなわたしを諫めるようなこともせず、彼の考え方を聞かせてくれた。

 

「あのな、レア。お前さんはジュニア級のダートで日本一強いウマ娘になっちまった。お前さんには、レースで勝ち抜くための才能がある。……才能あるウマ娘ってのは、孤独なもんよ。酷な言い方になっちまうが、早くお前さんも【孤高】というものに慣れた方がいい」

「じゃあもう、離れていこうとしているシルヴィとは距離を取ったほうがいいって、ゲンさんは思うの?わたしは、もう少し話し合いたいと思っているんだけど……」

「お前さんがそうしたい、というんなら別にそれを止めはしないさ。でも、【去る者は追わず、来る者は拒まず】という言葉がある。人生の先輩として言えるのは、これが一番マシな人付き合いの方法だってことぐらいだな」

 

亀の甲より年の功。

きっと彼の言っていることは正しいのだろう。

たとえ、そうであっても……。

 

「友達がいなくなる、というのは寂しいものね……」

 

わたしが力なくポツリとそういうと、彼はそれはそうだよな……とつぶやいてなにか思案し始めた。

 

「そうだ。お前さん、なんか趣味とか、やってみたいことはないのか?」

「趣味とか、やってみたいこと?」

 

唐突な質問に、わたしはちょっと面食らってしまった。

う~ん……。

そうねぇ。

一番の趣味は多分、好きなアイドルのヲタ話とかだと思うんだけど……今はそれをやりたいとも思えなかった。

 

「趣味って言えるほどのものかはわからないけど。お父さんから教えてもらった将棋を指したり、料理作ったりするのは好きかもしれないわ。そうそう、お菓子作りっていうのも、前からちょっとやってみたいと思っているのよね」

「おう、いいじゃねーか。じゃあ、そっちの方のコミュニティに顔出してみちゃどうだい?将棋道場とか料理教室とか、ネットでいくらでも探せるだろう。別にG1ウマ娘が学校外で友だちを作っちゃいけない、なんて法律や校則はないわけだし、そこで友人を見つけるのもいいと思うぞ」

 

ああ……なるほど。

言われてみれば当たり前のことだけど、世界はわたしの家とレース場と南関東トレーニング学校だけでできている訳ではない。

 

違うコミュニティに所属して友人を見つける、というのは、いいアイデアかもしれない。

 

「そうね……考えてみるわ」

 

そう言って立ち上がると、わたしはトレーニングに出かける準備を始めた。

 

「お前さん、昨夜もあまり寝れてないだろ。今日はトレーニングやめておくか?」

 

まぁ、クマの深い顔を見れば、睡眠不足はまるわかりよね。

そう気遣ってくれる彼に、わたしはそっと首を横に振った。

 

何もしないでぼーっとしているより、トレーニングでもしている方が、きっと気も紛れるだろうから。

 

トレーニングのあと、わたしはスマホのロック画面の壁紙にしていた、シルヴィからもらったRENのイラストを消去して、デフォルトの設定に戻した。

これはわたしにとって、彼女との決別の儀式だった。

寂しかったし、悲しくて涙が止まらなかったけど、わたしにとってどうしても必要な儀式だった。

 

イラストをデフォルトする時、シルヴィとの思い出もデフォルトされていくようでとても辛かったけど……わたしとシルヴィの関係は、お互いの人生の中でその役割を終えたのだ、と考えることにした。

 

そして心のなかでわたしと友人でいてくれたことを彼女に深く感謝し、さようならの言葉を送った。

 

 

それからわたしはお母さんの紹介で、以前から興味のあったお菓子作りの教室に通うことにした。

 

この教室はお母さんの友人のエイシンフラッシュさんが主催しているものだったので、そういった意味でも通いやすかった。

 

エイシンフラッシュさんはお菓子作り初心者にはちょっと厳しい先生だったけど(1gの誤差も見逃してくれない。お菓子界の海原雄山とか呼ばれたりするのかしら……)、それだけ彼女が真摯にお菓子づくりと向き合い、生徒たちにも真剣に教えてくださっているということなのだろう。

 

受講後、作ったお菓子をお茶請けにして生徒みんなで行うティーパーティはとっても楽しかったし、このあいだの講義でわたしが作ったシュネーバルをフラッシュ先生に食べてもらって、『美味しいですね。とてもよく作れていますよ』と褒めてもらった時は、レースで勝ったときとはまた違った達成感と喜びを感じることができた。

 

その教室ではわたしは数少ない中高生だったので、年上の大学生のお姉さんや若いOLさん、それにマダムたちからも、とても可愛がってもらえた。

その数少ない学生の中ででも、何人か友だちと言える人間関係もできて、今度原宿へスイーツ食べ歩きにいこう、という話になっている。

 

このお菓子教室では、わたしのことを知っている人なんて、誰もいなかった。

もちろんフラッシュ先生はわたしがG1ウマ娘だということを知っているのだと思うけど、そんなことはおくびにも出さず接してくださったし、また、そのことを他の生徒に言いふらすなんてこともなさらなかった。

 

わたしが全てだと思いこんでいたレースの世界のことなんて、ここではだれも気にしていないのだ。

 

世界は、一つだけじゃない。

 

そう考えれば、休み時間に一人でいることや、お昼ごはんを一人で食べることもあまり気にならなくなった。

 

レースの世界で、【孤高】のウマ娘であることは受け入れよう。

 

でも、視野を広く持ち、いろいろなことを経験して様々な人達と関わりを持とうというと気持ちだけは、絶対に忘れないようにしようと強く思う。

 




読了お疲れさまでした。

またしても長文になってしまい、大変申し訳ありません。

『長かったけど読み応えがあって、読めないこともなかったな』と
少しでも感じていただけるストーリーに仕上がっていると良いですが……。

私の場合、本編ほどきっぱりと縁を切られた友人はいませんが、
やっぱり色んな事情で疎遠になった友人はそれなりにいます。

色んな感情の行き違いなどもあったのだと思いますが、
楽しい時間を共有した友人であったのも事実です。

そんな人達には、やっぱり感謝の気持ちをいだきたいものですよね。
もちろん、友人関係でなく、過去の恋愛に対してもそうありたいものです。

こんな最後の駄文までお読みいただき、本当にありがとうございました。
それではまた、近いうちにあとがきでお会いしましょう!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。