エイシンフラッシュの娘。   作:ソースケ2021

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偉大な母親を持つウマ娘・アデリナが、自身の実力と母親の実績、その親子関係に葛藤しながらも競争生活を全うしようとするお話です。

※オリウマ娘注意です。

登場人物
フラッシュアデリナ

【挿絵表示】

誕生日:4月28日
体重:おおよそ理想
身長:159センチ
スリーサイズ:87・58・86



第2話

どこからか、声が聞こえる。

その声が遠くからのものなのか、近くからのものなのか、どうも判然としない。

ただ、その声はあたしに安心感を与えてくれるものだった。

 

「……リナちゃん。アデリナちゃん!もうすぐ5時だよ。そろそろ起きて~」

「……ん。あぁ……」

 

その声を頼りにベッドから体を起こし、寝ぼけまなこをこすりながら、う~ん……ととりあえず伸びをする。

 

「あ、おはよう。いつも悪いね……」

「おはよう。そんなの気にしなくていいよ。じゃあ私、先にトレーニング行くからね~」

 

そういってルームメイトのスプラッシュスターちゃんは軽く手を振り、さっそうと部屋から出ていってしまう。

 

学園の慣例的に、朝のトレーニングは一応6時からということになっている。

だからあたしのように5時ぐらいまで寝て、それから準備しても寮に住んでいれば十分に間に合うのだけど……。

 

スターちゃんは4時には起きて、5時過ぎはもうバ場に入って自主練を行っていた。

 

『才能がない分、努力で補わないと!』

 

それが彼女の口癖だった。

 

あたしもスターちゃんに触発されて、彼女の早起き自主練に付き合ったこともある。

でも、どうもあたしは8時間以上寝ないとまったく体が動かないタイプらしく、自主練に付き合った日のタイムはボロボロ、授業中は居眠りしてこっぴどく怒られると散々だったので、それ以来無理にお付き合いすることはしないようにしていた。

 

「……起きるか」

 

二度寝したい誘惑に駆られるけど、それは毎朝起こしてくれるスターちゃんの友情への裏切りだろう!と自分に言い聞かせて、ベッドからの脱出になんとか成功する。

 

髪型をセットするために、立ち上がってベッドのすぐそばにあるクローゼットを開けた。

そこに、姿見鏡が設置してあるからだ。

映り込むのは、髪の長いウマ娘の姿。

 

あたしの髪は太陽のもとで見れば深い青に見えるほどの黒色で、それを腰まで届くロングにしている。

目は一応二重まぶたのタレ目で、特徴らしい特徴といえば色素の薄い青色をしている、ということぐらいだ。

 

あたしはあんまり、自分の顔が好きじゃない。

あの名ウマ娘・エイシンフラッシュに似た、自分の顔が。

中学生の時読んだ、父の部屋にあったラノベに『優秀な双子の姉に、姿形だけを分不相応に似せたのが自分』なんてセリフがあったけど、その妹の気持ちが、あたしには痛いほどよく分かった。

 

……小さい頃は、母に似た自分が誇らしかった。

 

耳飾りも母と同じデザインのものを付けていたし、髪も美容室に行くたび、美容師さんに『お母さんと同じ髪型にして!』とお願いしたりしていた。

 

でもある時を境に、お母さんと同じ髪型、よく似たビジュアルをしていることが心底嫌になった。

 

あたしが本格的にレースに向けてのトレーニングを開始したのは、小学2年生からだった。

 

最初は良かったんだ。

同じ歳のウマ娘たちより、多少は脚が速かったから。

 

しかし周りのレベルが上がるにつれ、どんどん自分の思うような成績が残せなくなってきた。

小学生高学年になるころには少しずつ自信が崩れつつあったのを自覚していたけど、『あたしはお母さんの娘なんだから、まだまだ頑張れる!』と自分に言い聞かせて、日々のトレーニングや模擬レースに取り組んでいた。

 

忘れもしない。

中学1年生の夏合宿のときだった。

あたしはたまたま、世代トップレベルの子と模擬レースを行うことになったんだ。

結果は、8バ身差の惨敗。

レース直後、勝った子がこう言い放った。

 

『エイシンフラッシュさんの娘なのに……脚、遅いんだね』

 

負けたあたしは、何も言い返せなかった。

その後も何食わぬ顔でトレーニンクを続けたけど……夕方、合宿所に戻る前に誰もいない水飲み場に直行し、声を押し殺してあたしは号泣した。

その時、耳につけていた母と同じデザインの耳飾りを、遠くに放り投げたんだ。

 

それ以来、あたしの耳飾りは赤いリボンをちょうちょ結びにしただけ、というものになっている。

 

美容院にも、めったにいかなくなった。

セミロングの母より、ずっと長く伸ばすために。

……少しでも、エイシンフラッシュの幻影から逃れるために。

ショートカットも考えたんだけど、髪型アプリでシミュレートしてみたらあんまり雰囲気が変わらなかったので、その案は却下にせざるを得なかった。

 

そんなあたしを見てお母さんは少しばかり寂しそうな顔をしていたけど、あたしはそれを見なかったことにした。

 

目の方も本当は赤いカラコンを入れて、青い瞳を覆い隠してしまいたかったんだけど、『アデリナ。あなたの目は2・0も見えているのに、なぜコンタクトを入れる必要があるんですか?』という母の正論のせいで、それもダメになってしまった。

 

まさか『あなたに似た青い瞳を隠すためです』とは、さすがに言えなかった。

 

……つまんないこと思い出しちゃったな。

 

そのせいというわけでもないけれど、あたしはいつもより少し乱暴にブラシを手に取ると、いつもより長い時間を掛けて、自慢の長い髪の手入れをした。

 

 

>>

まだ陽も登りきらぬ、早朝のトレーナー室。

 

『おはようございます。どうですか、アデリナの調子は?』

 

その部屋の火元責任者であるトレーナーのノートPCから、女性の声が聴こえてくる。

彼はビデオ通話を通して、彼女と会話しているようだった。

 

「おはよう。相変わらずだよ。いい意味でも、悪い意味でも」

 

その言葉にPCの中の女性は、苦笑いを浮かべた。

画面の中の女性はパリッとした制服に身を包み、その美顔に上品な薄化粧を施している。

 

特徴的なのは頭上にあるふたつの大きな耳で、彼女がウマ娘であることを如実に物語っていた。

彼女こそ日本最高峰のレース・東京優駿と、数あるシニア級レースの中でも最も伝統と権威のある天皇賞という2つのG1を勝ち取った名ウマ娘・エイシンフラッシュその人であった。

 

今は夫でもあるトレーナーの地元に自身の洋菓子店を持ち、オーナー職人としてその辣腕を振るっている。

朝も早いのに身だしなみがきちっとしているのは、それが理由だ。

 

『アデリナは、素質あるウマ娘です。綿密な計画のもとトレーニングを組み立て、それを正確に実行できれば、重賞でも勝ち負けできる子のはず。あの子にはどうも、熱心にトレーニングに取り組む姿勢が足りない気がします』

「う~ん……そんなことはないんだけど……」

 

フラッシュのお小言に、彼は難しい顔を浮かべるだけだ。

普段はあれだけ冷静沈着で、物事を客観的かつ俯瞰的に見られる彼女が、自分の娘に対してはどうしてこうも盲目的になってしまうのだろう。

 

俗に言う、【親の欲目】というやつなのかもしれない。

 

「とりあえず、君からのメッセージは伝えておくし、もらったアドバイスは有効活用させてもらうよ。ただ、あの子はあの子なりに一生懸命努力はしているんだ。それは分かってあげて欲しい」

『私も、アデリナの頑張りを否定したいわけではありません。ただ、それで結果が出ていないのは、何かが決定的に足りていないのだ、ということを自覚してほしいだけなんです』

 

一本筋が通っているというか、頑固というか、フラッシュのそういうところは若い頃から変わらないな……と彼は思う。

まぁそんなところに惚れてしまったのだから、仕方ないのだが。

 

「……それも一応、伝えておく。じゃあそろそろトレーニングの時間だから、失礼するよ。フラッシュ、愛しているよ」

『私も心からあなたを愛しています。それでは』

 

夫婦は笑顔で愛の言葉を交換し合うと、ほとんど同時に通話を切った。

 

「ふぅ……ウマ娘の間に入ると大変だよ、ホントに」

 

誰もいないトレーナー室で冗談めかしてそういうと、彼は机の上に出しっぱなしにしてあったアデリナのトレーニングノートを手に取った。

 

フラッシュからのアドバイスももちろん参考にはするが、基本的には自分がアデリナを見て、最適だと思えるトレーニングメニューを組んでいる。

 

ウマ娘の能力や性格は、一人ひとり全く違う。

あるウマ娘には最善のトレーニングでも、あるウマ娘にとっては最悪のトレーニングになる、なんてことはザラだ。

そこを見極め、彼女たちの能力を最大限発揮させるのがトレーナーという職業の使命であり、この仕事の醍醐味でもある。

 

自分が考え抜いて組み上げたトレーニングメニューの下には、その日アデリナが記録したタイムも書き込んである。

……正直、どれも一流のウマ娘のタイムとは言いがたかった。

彼は自分の娘の能力を【展開が向けばどこかで未勝利は脱出できるかもしれないが、そこから先はプレオープンで入着がせいぜい】と見積もっている。

 

 

アデリナの進路と素質に関しては、彼女が中学3年生になる直前にかなり剣呑な雰囲気の中、本人とフラッシュを交えて話し合ったことがある。

 

そろそろ梅の見頃も終わる、そんな季節の夕食後のことだった。

 

「そうそうアデリナ。あなたも春からはいよいよ受験生ですね。トレセン学園のパンフレットを取り寄せておいたので、ぜひ目を通しておいてくださいね」

 

夕食後の片付けが一段落したあと、フラッシュは笑顔で美しい芝の映える、校内の模擬レース場の写真が表紙のパンフレットをテーブルの上に置いた。

 

当然のようにフラッシュは、娘には自分と同じようにトレセン学園に入学して、恵まれた環境とレベルの高いライバルたちの中で切磋琢磨し、実りある競争生活を送ることを望んでいた。

 

「私も在籍していましたが、トレセン学園は本当に素晴らしい環境の学園です。あなたもきっと、充実したレース生活、学園生活を送れると思いますよ。一生付き合えるような、良い友人とも巡り会えるはずです」

「うーん……。そのことなんだけど」

 

上機嫌でそんな事を言う母親に、なぜかアデリナは渋い表情を作って、なかなか首を縦に振らない。

色々思うところがあるとはいえ、尊敬する母親の希望である。

できれば、その期待に応えたいという気持ちは持っていた。

 

だが、アデリナは中学時代の実績やタイムを鑑みるに、トレセン学園に合格することはできるかもしれないが、その中の第一線で戦い抜くのは自分の実力ではかなり厳しいと考えていた。

 

「あたし、仮にトレセン学園に入学できたとしても、そこで活躍できる自信ないんだ。今担当してくれているトレーナーさんも、正直あんまりあたしに期待してないみたいだし」

「……私も入学当初は、それほど大きく期待されていたわけではありませんでしたよ。それでは一体、あなたはどこに進学したいというんです?」

 

娘の言葉を聞いて、少しばかりフラッシュの口調に険がこもる。

 

(こういう時のフラッシュは怖いんだよな……)

 

母娘のやり取り聞きながら黙って紅茶をすすっていた彼は、今日は荒れそうだ、と内心覚悟した。

 

「うん、それなんだけど……」

 

アデリナはその先の言葉を少しためらったようだったが、ふぅ、と大きく息を吐くと母をまっすぐに見据えて続ける。

 

「あたし、できれば地方のトレセン学校に入って、ダートを走りたいと思ってるんだ。明らかに自分に合ってない高いレベルのところで無理するより、自分がより輝ける可能性のある場所で頑張りたい」

 

あのエイシンフラッシュの娘、ということで意外に思われるかもしれないが、アデリナはスペシャリストほどでないにせよ、ダートもある程度こなせる器用さを持っていた。

 

トレーナーでもあり、父でもある彼は娘が初めて言った進路に多少驚きはしたが、娘のその考えはいいアイデアのように思えた。

中央が主催するダービーや天皇賞、有マ記念などの芝の大レースに目が行きがちだが、地方のレース場を含めると、日本のレースの実に8割はダートで行われている。

 

日本は意外にも【ダートレース大国】なのだ。

 

地方のレースは、主催する自治体によってかなりレベルに違いがある。

学校のレベルになぞらえるなら、偏差値50くらいの中堅的な地域もあれば、偏差70後半程の【ダートのエリートたち】が集まっている地域もあり、それぞれの地域に特色がある。

 

自分の実力により見合った環境を選んで戦えるというのも、地方のトレセン学校を選択する大きな魅力だ。

 

「……ダートを走ることが悪いことだ、とは言いません。しかしそれなら、トレセン学園に入学してから適性を見極めてもいいのではありませんか?」

 

フラッシュの言葉に、少しずつ熱が帯び始める。

どうやら譲る気のないらしい母の言い分を受けて、アデリナの表情も固くなった。

そんな二人を見て、議論が白熱し彼女たちが完全に熱くなる前に、自分の考えを述べておくべきだと彼は考えた。

 

「まぁまぁ、フラッシュ。君の希望も分からないわけじゃないが、アデリナも自分で色々考えたんだろう。アデリナはダートも得意だし、自分の力に見合った環境で存分に実力を発揮するのも、一つの良い戦略だと思うよ」

 

そんな感じで娘の意見に同調すると、なぜかフラッシュにきつく睨まれた。

普段温和な彼女にそんな表情を向けられると、より怖く感じてしまう。

 

「ほう。あなたがそれを言いますか?」

「!……あ……。いや、その……」

 

射抜かれそうなフラッシュの視線を受け止めつつ、彼は鮮明に思い出していた。

春先はG2・G3で無難に勝利を積み重ね、秋の天皇賞に望みたいと言った彼女に、かなりハチャメチャな方法でG1路線を戦うよう背中を押したのは誰だったか。

彼はわざとらしくコホン、と父の威厳を出すように咳払いをして、喉の調子を整えてから今度は娘を諭しにかかる。

 

「アデリナ。それも悪くないが、やっぱりお父さんは自分の力の限界を試すべきだと思うぞ」

「……えぇ……うそでしょ……」

 

さっきまで賛成してくれていた父の熱い手のひら返しに、アデリナは言葉を失ってしまった。

 

閃光のような妻の厳しい視線の次は、娘からの心底軽蔑したような、冷たい視線が彼のハートを撃ち抜いてくる。

もう勘弁してくれよ、と言いたくなるが、これが結婚して子供を持つということなんだ、と彼は半ば諦めの境地だった。

家庭を持ち、家族と一緒に住む以上、こうした揉め事はつきものだ、とある程度は受けて入れていく必要がある。

 

「いや、お父さん。さっきは賛成みたいなこと言ってくれてたじゃん……。なんなの?お母さんに弱みでも握られてんの?」

「いや、断じてそんなことはないぞ。お母さんの一言で、意見が変わったんだ。ほら、昔から言うだろ?『君子は豹変す』って」

「それって元々は、こういうシーンで使わない良い意味だった気がするけどな……」

 

どうやら勉強もしっかりしているらしく、アデリナはきちっと正しいツッコミを入れてくる。

実は彼女、全国でも有数の進学校に合格できるくらい学校の成績は良かったりするのだ。

ウマ娘に生まれさえしなければ、こんな悩みも抱えまいに……と、出自に文句を言っても仕方ない。

 

「とにかく、あたしはトレセン学園を受験するつもりはないから。お母さんには悪いと思ってるけど」

 

話は終わり、とばかりに席を立って、アデリナは自室に戻ろうとする。

 

「待ちなさい、アデリナ。とにかく、もう少し話し合いましょう」

 

フラッシュのその一言を聞いて、アデリナはとうとう感情を爆発させた。

 

「話し合いって……お母さんいつも自分の意見を押し付けてくるばっかりで、あたしの話なんかちっとも聞いてくれないじゃない!」

「それは違います。私はあなたのことを思って……」

「うるさいうるさいうるさい!もうこの話はおしまい!」

「待ちなさい、アデリナ!」

 

それから母娘の間で喧々諤々のやりとりが始まってしまい、どうにも収集がつかなくなってきた。

 

フラッシュとアデリナは母娘でありながら、かなり性格が違う。

完璧主義者で、どんなことでも最善・最高を目指し、綿密な計画を立てて目標達成に最大限の努力をしようとするフラッシュ。

基本的におおらかで、少しバッファーをもたせた現実的な目標を立て、無理のない創意工夫をしようとするアデリナ。

どちらの性格も個人としては素晴らしいものであるが、今回のようにその価値観がぶつかり合うと、折り合いをつけるのが難しくなってしまう。

 

普段は決して仲の悪い母娘ではないのだが……ウマがあわないというのか、こうした意見の衝突は二人の間ではよくあることだった。

 

激しい言い争いが小一時間ほど続き、それまで二人の意見や言い分を傾聴して基本的にはなだめ役に徹していた彼が、タイミングを見計らって一つの案を提案した。

彼としては、この母娘が本気の取っ組み合いを始めてしまう前に、なんとしても停戦にこぎつけたかった。

……走力的な意味でも、腕力的な意味でも、人間がウマ娘に勝てるわけがないのだから。

 

「まぁまぁふたりとも落ち着いて。アデリナ。君ももう小さい子供じゃないんだから、言いっ放しはないだろう?一応お母さんの意見も取り入れて、トレセン学園を第一志望に受験シーズンを頑張ってみなさい。思うところは色々あるだろうけど、君には十分トレセン学園に合格する力があるんだから。それをチャンスと捉えてみてくれないか?」

「うーん……まぁ、そういう考え方もありなのかな……。ちょっと意地になっちゃってたけど、あたしも絶対トレセン学園に行きたくない!ってわけじゃないし……」

 

アデリナは決して話の分からない子供ではない。

父の言葉に、納得のいかない表情を浮かべながらも自分の意見を再考し始めてくれたようだ。

 

「フラッシュ。アデリナもこう言ってくれているし、もしアデリナが一年間頑張ってトレセン学園合格がダメだったのならまた、その時は家族で話し合えばいいじゃないか。どうだい?」

 

彼は現状で最善の提案したつもりだったが。

 

「あなたは本当にアデリナには甘いのですから……。そんなことでは困ります。アデリナには、トレセン学園を専願で受験するぐらいの意気込みでいなさい、ぐらいは言って聞かせていただかないと」

「……結局お父さんはお母さんの味方なんだから。やってられないよ」

「……」

 

今回の一件で彼は、紛争国の周辺にある、停戦調停役を押し付けられる国々や国連の外交官たちに深く共感し、同情した。

彼の提案に不満そうな表情を浮かべていたフラッシュとアデリナだったが、同時にため息を付いて着席してくれたところを見るに、彼女たちは一応そこを議題の着地点にしてくれたようだ。

似た顔の妻と娘に呆れたような視線を向けられ、彼としては恐縮するよりほかない。

昔の映画のタイトルではないが、まったく男はつらいよなのである。

 

ただ、彼とて場を丸く収めるためだけに、そんなことを言ったわけではない。

 

もしアデリナがトレセン学園に進学してくれたら……。

 

フラッシュと駆け抜けたあの栄光のターフを、自分が娘のトレーナーになって、また一緒に駆け抜けたい。

果てしない勝利への夢を、父娘で追いかけてみたい。

 

そんな気持ちも、決してないわけではなかった。

 

 

「ま、現実はそんなに甘くなかったわけだけど」

 

過去想起から意識を今に戻した彼は、ぽつりとつぶやいてトレーニングノートを閉じ、それを手にとって立ち上がる。

そろそろアデリナも、バ場に出てきている時間のはずだ。

 

「アデリナの次のレース、再来週の未勝利2200Mあたりが良さそうだな。今日のミーティングはそこも含めて話し合うか」

 

確かに、父娘で大レースを目指すという大きな夢には叶えられていない。

でも、娘が懸命に取り組んでいることを、こうして精一杯身近でサポートできている。

それは結構幸せなことなんだ、と彼はしっかり自覚していた。

 




長文読了、お疲れさまでした。
書きたいこと書き連ねていたら、つい長くなってしまいました。

好きな作品の二次創作を書いていると時間を忘れて
書きふけってしまいますね…(笑)。
書いていて、とても楽しかったです。

よかったらまた、次回作も是非見に来てくださいね!


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