※オリウマ娘注意です。
登場人物
フラッシュアデリナ
【挿絵表示】
誕生日:4月28日
体重:おおよそ理想
身長:159センチ
スリーサイズ:87・58・86
学校の授業が終わって、その放課後。
「1・2・3・4……」
あたしはバ場に座り込み、本格的な走り込みの前にストレッチをしていた。
世間の慣習にしたがって放課後、なんて言ったけど、この学園に通っていたら放課後なんて概念はないに等しい。
一応トレセン学園はフツーの中学・高校と同じように、国の定めたカリキュラムに沿って授業が行われてはいる。
だけど我々ウマ娘からすると、授業が始まる前とその後のトレーニング、それにレースが自分の本分という感じだ。
実際大学への進学は、レースの成績で結構進路が変わる。
母が言うにはG1ウマ娘にもなると、日本の私大なら推薦状1枚でどこでも合格できたりするらしい。
ただうちのお母さんは、レース引退直後に父とドイツに飛んでお菓子作りの修行を始め、その修行中に結婚してあたしを出産(小学校入学前には戻ってきたけど、一応帰国子女なんだよね)。
で、今は日本に戻ってきてお菓子屋さんをやっているという変わり種だから、それが本当のことかは分からない。
まぁ、今のあたしには縁遠い話だ。
さて、ストレッチも終わったし、トレーナーが来るまでウォーミングアップ的に軽く走り込んでおくか、と思ったときだった。
「お、フラッシュちゃん。がんばってんね」
ニヤニヤと笑いながら、二人のウマ娘が声をかけてくる。
髪の短いのと、意地悪そうなツリ目の二人組。
「……お疲れ様です」
あたしはその二人に顔を見せないよう、頭を下げてから苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
彼女たちはクラシック級を走っているウマ娘で、つまりあたしの【センパイ】たちだ。
「この間のレース見たよ。4着とか5着とかだっけ?」
ツリ目のほうがニヤニヤ顔のまま、あたしにそう聞いてくる。
どう聞いても、その声は応援や励ましに聞こえない。
この人達があたしに話しかけてくるときは、いつもこんな感じだ。
だいたい、あたしのことを【フラッシュちゃん】なんて呼ぶ人は2通りしかない。
初対面で悪気なしにあたしのことをそう呼んで、『できればアデリナと呼んで欲しい』とお願いした人と、それを無視する底意地の悪い奴だ。
あたしは別に悪目立ちするようなことはしてないつもりだし、彼女たちに失礼なことをした記憶もないのだが、入学以来なぜか目をつけられて、ことあるごとにこうして絡まれている。
こんな意地悪なパイセンはできれば無視したかったが、そうもいかないのが体育会系の辛いところだ。
「……はい。4着でした」
「4着?4着かぁ……この時期に未勝利で入着が精一杯とか、結構ヤバイんじゃない?」
髪の短い方が心配を装ってそんなことを言ってくる。
表情を見ればどんな意図であたしにそんなことを言っているか、誰でもわかることだろう。
「恐縮です。自分なりに頑張ってはいるんですけど」
あたしはただただ、この二人が早く自分の視界から消えてくれることを祈るばかりだった。
「あんた、確かエイシンフラッシュさんの娘さんでしょ?そんな成績で大丈夫なん?親御さん、何も言わない?」
「……」
この二人は未勝利・プレオープン・オープンとすでに3勝を挙げており、重賞にも出走している実力者だ。
外から見れば華やかそうに見えるウマ娘の世界も、所詮は女子校の部活の一形態に近いもの。
当然こういう【意地悪な先輩方】も、一定数存在する。
あと、トレセン学園に所属するウマ娘たち独特の【カースト】問題もある。
学園内では一応、勝っているレースなどでの上下関係はない、という建前はある。
ただそれは結局建前でしかなくて、ウマ娘とて勝負の世界に生きている身。
競走成績が自分の立場に影響を与えないなんてことが、あるはずない。
あたしたちウマ娘のカーストは年齢やジュニア・クラシック・シニアという階級よりも、勝ち数や勝利したレースの格が重要視されているのが現実だ。
……未勝利というカーストの最下層にいるあたしは、彼女たちになにも言い返すことはできなかった。
「いやーでも、G1ウマ娘の子で秋もそろそろ終わるというのに、まだ未勝利とか。しかも、お父さんがトレーナーでしょ?それだけ恵まれた環境にいて、一つも勝てないなんて……アタシなら恥ずかしくて学園にいられないわ~」
「ホントだよね。あ、でもそれぐらい強いというか、面の皮の厚いメンタルしてんなら未勝利ぐらい拾えるんじゃない?その後は知らないけど」
もうただただあたしを傷つけるためだけに二人は言葉をかわし、ギャハハ!と同時に不愉快な高笑いをあげる。
さらに調子に乗ってツリ目が続けた。
「同室の……なんだっけ?なんちゃらスター。あの子も未勝利だったよね?しかもひっどい惨敗続き。学園もちゃんと考えてるよね~。才能のない者同士、同じ部屋にしたってことでしょ。やっぱり、レース後は未勝利同士で傷のなめあいっていうの?なぐさめあってるって感じ?」
あたしが傷つけられるだけなら、まだ我慢できた。
でも、その言い草だけはどうしても許せそうにない。
……この場にいない親友のことまで悪く言われたなら、もうこいつら、ぶん殴っても良くない?
ってか、それで退学なら上等だよ!
と、握りこぶしを作って彼女たちがバカにした遅い脚で思い切り踏み出そうとしたときだ。
「お。どうやらまた、私のうわさ話かな?これはすまないね。G1・3勝ウマ娘と三冠ウマ娘が身内にいるにも関わらず、うだつの上がらない成績で」
『!!』
声をした方を3人で振り返ると、そこには一人のウマ娘が立っていた。
「ビワタケヒデさん……!」
髪の短いのが彼女の名前をつぶやいた。
ビワタケヒデさんはあのビワハヤヒデ・ナリタブライアンを姉に持つ、シニア級のウマ娘だ。
その実力は確かなもので、クラシック級の時にG3・ラジオNIKKEI賞を勝利している。
シニア入りしてからも重賞で着実な成績を収めており、間違いなく今のトゥインクルシリーズを賑わせている一人だ。
「まぁ、みんなの期待に応えられていないことは、申し訳ないと思っているよ。私の成績は到底、姉さんたちには及ばないからね。私は私なりに、一生懸命やっているつもりではいるのだが」
「え、いえ。その……タケヒデさんのことでは……」
さっきまでの威勢はどこへやら、先輩たちはキョドりながらビワタケヒデさんにボソボソとなにやら弁明している。
オープン戦勝ちウマ娘と重賞勝ちのあるウマ娘では、格にかなりの隔たりがある。
あたしがパイセン方に何も言い返せなかったように、彼女たちも重賞ウマ娘であるビワタケヒデさんには決して強く出られない。
そしてどこの世界でも、立場の弱い者に高圧的なヤツは、自分より立場が上の人にはめっぽう弱いものだ。
「……キミたちも色々とフラストレーションを溜め込んでいるのは、わからなくもない。が、後輩をいじめてウサ晴らししても仕方ないだろう。もうその辺にしておいてやってくれないか?」
パイセン方は『そんな、いじめなんて……』とぶつくさ言っていたが、結局それ以上は何も言わず、まるで逃げ出すようにこの場から立ち去っていった。
嫌なセンパイを追っ払ってくれたタケヒデさんは、笑顔でこちらに振り向いてくれる。
「……すまない、アデリナさんだったね。君たちの会話が耳に入ってきて、早く止めに入るべきだ思って急いでやってきたつもりだったが……。少しタイミングを逃してしまったようだ。友人のことまであのように言われては、君も悲しかっただろう。つらい思いをさせてしまったね」
「いえ、そんな……ありがとうございます」
なんとかしぼり出したお礼の言葉が、涙声で震えていないか心配になる。
ビワタケヒデさんが不出来な後輩のために、トラブるのも覚悟してわざわざこうして間に入ってくれたことが、あたしは本当に泣くほど嬉しかった。
あたしからすると、重賞を勝っているシニア級のビワタケヒデさんは文字通り雲の上の存在である。
こちらはもちろん彼女の顔と名前、それとだいたいの競走成績ぐらいは知っていたが、直接の面識があったわけじゃない。
そんなビワタケヒデさんがあたしの名前を知っていてくれていて、こうして助けてくれたのは……やっぱり、母の名声があるからなのだろうか。
「お互い、身内にすごいのがいると辛いものだね。私もジュニアのときは先輩たちに結構【可愛い】がられたものだよ」
「そんな……!ビワハヤヒデさんとナリタブライアンさんを比べたら、うちの母なんて……」
「そんなことはない。君のご母堂は日本ダービーと天皇賞という、日本を代表するG1を勝っていらっしゃる。それは本当に立派なことだ。君は、誇りに思っていい」
誇り。
あたしにとって母は、誇りなのだろうか。
「……ビワタケヒデさんにとって、お姉さんたちってやっぱり誇りなんですか?」
初対面の格上の先輩に、本当はこんなことは聞くべきではないのだろう。
ちょっと優しくしたら調子に乗りやがって、と思われたかもしれない。
それでも、あたしはどうしてもそのことを聞かずにはいられなかった。
彼女には、あたしの心中などお見通しだったのだろう。
ビワタケヒデさんはちょっとシニカルな笑顔を浮かべる。
「もちろんだとも。彼女たちは私の誇りであり、大いなる目標だ。今はまだ、彼女たちの域に届いていないことも当然自覚しているけどね」
「……なるほど」
失礼に取られかねないことを聞いておいて、あたしは本当につまらない、無難な言葉で相づちを打つくらいしかできなかった。
そんな自分が、ちょっと嫌いになる。
「ただ……」
「ただ?」
彼女は少し口ごもったが、今度はなんの含みもない笑顔をあたしに向けてくれて。
「ありきたりな言い回しになってしまうがね。姉たちは姉たち。私は、私だ。その誇りを胸に、私は私の競走人生を悔いなくまっとうしたいと思っているよ」
それだけいうと、ビワタケヒデさんはトレーニングの邪魔をして悪かったね、と言って手を振りながら去っていく。
あたしはそれを見送りながら改めてお礼をいい、彼女の言葉を自分に置き換えて反芻してみた。
母は母。
あたしはあたし。
お母さんは、あたしの……
「誇り、かぁ……」
どうなんだろう。
確かに小さい頃は、自慢のお母さんだった。
ダービーとてんのうしょうを勝った、すごいお母さん。
でも、初めて面と向かって母と比べられた中学生のあの日から、母はあたしの重荷になってしまった気がする。
「お、もうアップは済ませてあるようだな。感心感心」
そんなことを考えていると、定刻きっちりにあたしのトレーナー兼父親がトレーニングコースに現れた。
「あの後ろ姿は……ビワタケヒデさんかな。彼女となにか話していたのかい?」
普段はどこか頼りない感じだけど、変なところで鋭いお父さんだ。
ひょっとしたら、なにか不穏なものを感じ取ったのかもしれない。
「女の子のお尻見て誰かわかるって、なんか変態っぽい……」
「違う!俺だって一応トレセン学園のトレーナーだから、生徒の顔と特徴、それに名前ぐらいはある程度把握してるってだけだよ。いやもちろん、その娘の能力を図るために、下半身の筋肉とかを視認することはあるが」
「その言い方がもうヤラしいよね」
「じゃあもう、どう言えっていうんだよ……」
バカ話でお父さんの意識を違う方向へ向けることは、なんとか成功したようだ。
それならすぐにトレーニングに移ればよかったものを、あたしはつい、余計なことを聞いてしまう。
「ねぇ、お父さん。お母さんって、あたしの誇りなのかな?お母さんのこと、誇りに思ったほうがいいのかな?」
普段学園内やレース場などでお父さんと呼ぶと注意が飛んでくるのだが、今日はやっぱり何かを感じ取っていたらしく、そんなこともしなかった。
「アデリナ。誇りとかプライドとか、そういうものは人に決めてもらうものじゃない。自分が信念を持って真摯に生きていれば、自分の中から自然に湧いて出てくるものなんだと俺は思うぞ」
もう何十年もウマ娘のトレーナーをしているオヤジ殿は、そんなわかったようなことをいう。
わかったようなことだからこそ、それはきっと真実なのだろう。
「そんなもんですかね……うちのトレーナーも、たまには良いこというなあ~」
「まあ俺も一応、ウマ娘のベテラントレーナーだからね」
それはきっと、あたしぐらいの歳の子なら誰でも抱えるような、些細な悩みごとだったのだろう。
その小さな悩みごとを、父親の一言があっさり解決してしまってちょっと面白くなかったあたしは、足元のダートを軽く蹴飛ばしてやる。
小石一つ混じっていないよく手入れされたその砂たちは、風に乗ってバ場に散っていった。
つまらないことしてないでトレーニング始めるぞ、といさめてくるトレーナーを、あたしはちょっと見直したのだった。
読了、お疲れさまでした。
今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございました!
どこにいても、いくつになっても、人間関係というものには
悩まされるものですよね。
ただ、自分を救ってくれるのは、やっぱりそのめんどくさい人間関係だったりします。
よかったら次回作も、ぜひ読みに来てくださいね!