【ウマ娘SS】マンハッタンカフェがコーヒーの淹れ方を解説します   作:木下望太郎

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マンハッタンカフェがコーヒーの淹れ方を解説します(前編)

 

(ドアに取りつけた鐘が鳴る音)

 ……いらっしゃいませ。ようこそ、カフェ・マンハッタンへ。

 ……え? 「トレーナー室に勝手にドアベルをつけるな」って? ……いいじゃないですか、ここはカフェ・マンハッタン。私とアナタと……時々あの子、それだけの秘密の店です。

 

 ――「やれやれ、次はしゃれた看板でもぶら下げるのか?」「日替わりメニューをチョークで描いた、立て看板でも出しておくか?」って。

 ……そんなことはしません、隠れ家的な店ですので。知る人ぞ知る、知らない人は誰も知らない秘密の店。看板なんて……でも、いいかもしれませんね。たとえば店名も何もない、鉄板細工の小さな黒猫。それだけが目印の、珈琲香る静かな隠れ家。

 さ、ご注文をどうぞ。今日のメニューはこちらに――

 

 え? 「飲み物のメニューじゃなく、俺は今日の練習メニューを伝えたいんだが」? 「カフェ、君だって走りの技術を高めたいはずだ。あの子とやらに追いつけるように」

 ……そのとおりです。ですが、神経を研ぎ澄まして一本一本を走る……その瞬間の前に、こうした時間も必要ではないでしょうか。

 それに、私の走りを見ている間。私の淹れたコーヒーを、飲んでいてくれたらと思ったので。

 

 ……どうしたんです、ため息なんて。

 ――「君の淹れるコーヒーは美味い、それは確かだ」「俺がいつも飲んでた、どでかい瓶入りのインスタントはいつの間にか湿気っちまった」「だがまあとにかく、これからは大事な時期だ。練習時間はいくらあっても足りないぐらいだ」

 ――それは、そのとおりですが。

 

 ――「だからこうしよう」「俺が君に走り方を教えるように、君は俺にコーヒーの淹れ方を教える。そうすれば、君がコーヒーを淹れることに時間を割く必要はなくなる」

 ――「君のウォームアップ中に俺が自分でコーヒーを淹れて、練習を見ている間に飲む」「時間いっぱいまでの練習が終われば、君のクールダウン中に俺がコーヒーを淹れて、君に振る舞う。それでどうだろう」

 

 ……私は好きです、アナタにコーヒーを淹れるのが。

 ……でも、アナタが淹れてくれるコーヒーに、興味が湧いてきたのも事実です。

いいでしょう。では、少し時間をいただいて。ドリップコーヒーの淹れ方について、お話しすることにします。質問があればどうぞ。分かる範囲でお答えします。

 

 

 

 結論から言っておきます。コーヒーを淹れるのに、難しいことは何もありません。

 本当に大事なことはたった3つ。

 

1、 『新鮮なコーヒー豆で』

2、 『好みの焙煎度合いのものを』

3、 『豆の状態で買って、淹れるときに粉に挽く』

 

 ……これだけです。この3つさえ守っていれば、必ず美味しいコーヒーが出来ます。むしろ、どうあがいても不味くはなりません。

 もちろん4つ目の要素として細かな技術はありますが……それはささいなことです。たとえるなら、新鮮なにんじんは調理せずかじっても美味しいものです。逆に、腐りかけるほど傷んだにんじんでは……どんな技術を尽くして調理しても、良いものにはならないでしょう。

 ええ、技術についてもお話ししますが……本当にこだわり出すと、これはプロの領域です……私自身、全てを理解しているわけではありません。なので、基本的なことだけをお話しします。

 

 ドリップのために必要な道具ですが、これもごくわずかなものです。

 

『ドリッパーとペーパーフィルター』

『電動コーヒーミル』

 

 コーヒー豆と、湯を沸かす設備の他はそれだけです。これも技術と同じように、細かいところにこだわれば多くの道具が必要になりますが……とにかく、本当に必要なのはそれだけです。

 

 

それでは、一つずつお話ししていきます。

 

1、『新鮮なコーヒー豆で』

 飲み頃のコーヒー豆は、焙煎(ばいせん)――、生の豆を炒って火を通すこと――の『翌日から約一週間まで』のものだそうです。

 もちろんこれを過ぎても飲むことはできます。ですが、飲み頃の期間に淹れたものは本当に別格です。

 新鮮な豆を粉に挽いてお湯を注ぐと、膨らむんです。粉が、大きな泡が立つようにまぁるく。そこから立ち昇る深い香り……。もちろん、味わいもキリリと立っています。

 この時期を過ぎたものは、どうしてもぼやけた味になってしまいます。

 

 ――「で、どうやって見分けるんだ、新鮮な豆を?」

 

 ……実際のところ、店頭の商品を見て鮮度を判断することは困難です。

 なので、一番いいのは。新鮮なものしか売っていない場所で買うことです。『自家焙煎のカフェで小売りの豆を買う』……これが間違いないです。

 

 ……どうしたんです、頭を抱えて。

 

 ――「自家焙煎のカフェ? 結局専門店に行けってのか」「それだけのためにわざわざ時間を割くだって?」「とんだ手間じゃないか」

 

 ……そう、ですか。カフェのために時間を裂くことはできない、そうおっしゃるんですか。カフェのために手間などかけたくないと。どうでもいいと……カフェの、ことなんて。

 

 ――「違うんだ、そうじゃない」「誤解するな、カフェのためならその、いくら時間を割いても惜しくはない」「カフェのことは本当に……大事に思ってる」

 

 ……? アナタがそこまでのコーヒー好きだとは思っていませんでしたが……そう言ってくれるなら教えがいがあります。そうだ、もしかしてコーヒー自体ではなく喫茶店の雰囲気が好き、という感じですか? 

 

 ――「いや、違、待、その……」

 

 ……?? どうしたんです、おかしな顔をして。まるで、タキオンさんが豆鉄砲を食らったみたいな顔。

 ――「……そいつは珍しい見世物だな」「俺も鏡で見たいぐらいだが……いいんだ、授業を続けてくれ」

 

 ……? では、そうしますね。

 一般の小売店やスーパーで販売されているものは、工場で焙煎し、その後出荷、搬送して店に並ぶ、という手間を経ています。この時点で焙煎後一週間を過ぎている可能性もあります。やはり、焙煎所から直に売ってもらうのが一番いいです。

 カフェの他にも、自家焙煎しているコーヒー豆専門店もありますし、焙煎工場で小売りしてくれる場合もあります。そうした店で、最寄りのものを探してはいかがでしょうか。

 

 買ってきた豆は、できるだけ温度変化が少なく、日光が当たらず、湿気の少ない状態で保管して下さい。

冷蔵庫に入れておいても良いですね。が、あまりにおいの強い食べ物のそばには置かない方がよいでしょう。消臭剤として使われる炭と同じように、においを吸収してしまう可能性があります。ジップバッグに入れた上で缶に保存すれば、密閉できて良いと思います。

 

 

 次に、

2、『好みの焙煎度合いのものを』

 これは単純に、自分の好みの味を知っておくということです。

 

 え? 「なるほど、読めたぞ」「君がよく口にしてる、キリマンジャロだのブルーマウンテンだの、グァテマラ、ブラジル、マンデリン……」「そういう呪文のような言葉を並べ立てて俺を困惑させたいんだろう」?

 

 いいえ。そうしたコーヒー豆の産地や品種、確かにそれは魅力的な響きの呪文ですが。全て忘れて下さい。

 なぜなら、そこまで必要な情報ではないからです。

 コーヒーの味を直接的に決めるのは。産地ではなく『焙煎の度合い』です。

 

 ――「おいおい、君らしからぬ矛盾した発言じゃないか」「最初に言ってなかったかい、技術より素材が全て、みたいなこと」

 

 ……確かに素材は重要、ではあるのですが。それは主に『味や香りの品質』の問題ですね。『味の方向性』――苦味が強いか、それとも酸味が強いのか――を決めるのはやはり、第一に焙煎度合いです。

 

 それに多くの場合、それぞれの品種の豆は、その品種の良さを最大限に引き出す度合いの焙煎がなされています。

 なので、結局のところ。この産地の豆の特徴はこれで、あの産地の特徴はそれで……と、いちいち覚えておくよりは。

 『深く煎()った豆はよく焦がされて苦い、逆に浅い煎りのものは苦みが少ない。そして自分の好みはこれ』と、大ざっぱに覚えておく方が遥かに実用的です。

 

 もう少しだけ詳しく言います。コーヒーの焙煎度合いと味わいは、ざっくりと分けて

『浅煎(あさい)り』=『酸味が強く苦味は弱い』『スッキリとしたキレ』

『中煎り』=『浅煎りと深煎りの中間』『バランス』

『深煎り』=『苦味が強く酸味は弱い』『ずっしりとしたコク』

というものです。

 

 一度、カフェなどで浅煎りのものと深煎りのものを飲み比べて、好みの方の豆を買うようにするといいと思います。両方とも気に入らなければ中煎りで、さらに細かく探れば中浅煎り、中深煎りといった選択もできますね。

 

 焙煎度合いの見分け方は単純に、深く煎っている豆は黒に近い焦げたような茶色、浅い豆は明るく白っぽい茶色。まあ、専門店なら焙煎度合いの表示がされているはずです。それを見れば早いですね。

 

 ……え? 「前に君が(サポートカードイベントで)飲んでた、グァテマラの何たらロースト」「あれはどの煎り具合なんだ」?

 

 ……フルシティローストのことなら。深煎り、もしくは中深煎りに分類されることもあります。焙煎度合いには他にもシナモンロースト、ハイロースト、フレンチロースト……そうした細かい名称もありますが。これも、覚える必要はないでしょう。

 

 ――「なら俺も、そのローストから試してみるよ」

 ……そう、ですか。いいですけど……でも、他の煎りも試して下さいね。

 

 次に行きます。

3、『豆の状態で買って、淹れるときに粉に挽く』

 唐突にお聞きしますが。切り分けたリンゴと皮を剥かない丸ごとのリンゴ、長く保存できるのはどちらですか? 

 

 ――「何だい急に」「そりゃ丸ごとの方だ、切ったのなんてすぐ茶色くなっちまう」

 

 そのとおりです。

 コーヒー豆はその利便性から、粉に挽いた状態で市販されることも多いのですが。それは切り分けたリンゴと同じ、剥き出しになった中身がいくらでも酸素と触れて、酸化して――剥いたリンゴで言えば茶色くなって――しまいます。

 それを防ぐために、コーヒー豆はできるだけ豆の状態で買い、淹れる直前に粉に挽きましょう。

 

 そのために重要なのが。最初に言った必要な道具『電動コーヒーミル』です。

 

 ――「そいつは妙だな」? 「あるだろうほら、手回し式のミルってのが、童話の『大どろぼうホッツェンプロッツ』に出てくるようなのが」「君のようなマニアなら、そっちが大好物だと思ったがね」

 

 ……かりこりかりこり、ぱりぱりかりこり。確かに、手回し独特の豆を挽く乾いた手応え、立ち昇るコーヒー香。静かに響く、ハンドルの軋みと豆の砕かれゆく音。そうしたものを味わう時間というものは、大きな魅力を持っています。

 

 が。本当にいつもいつも、その静かな時間を用意できるでしょうか? コーヒー一杯飲むのに何分間も豆を挽いて、その間は何もできない、そんな時間を? 

 

 電動ミルならその点は安心です、細めに挽いても1分とかかりません。価格も安いもので3千円ほど。一つ選ぶなら、間違いなくこちらです。

 とはいえ、小さな手動ミルならアウトドアで使うという選択肢もありますね。その辺りは使う方次第でしょう。

 

 ……一応、裏技を教えておきます。電動ミルにせよ、いちいち挽く時間がないときというのも往々にしてあるでしょう。

 そういうときのために、細めに挽いた粉をジップバッグに入れて、冷凍庫に保存しておくと良いと思います。さすがに挽き立てより香りは落ちますが……3週間程は十分に保ちます。

 

 豆の挽き方ですが……粗く挽けば酸味が、細かく挽けば苦味が引き出されます。もちろん、味の大部分は豆の焙煎度合いによりますが。

 粗挽きにした粉はザラメ糖ぐらいの大きさの粒。中挽きはザラメ糖とグラニュー糖の間ぐらいのザラッとした粉、細引きはグラニュー糖と上白糖の間ぐらいの粉、というのが目安ですが。あくまで目安です、細かいところまでは気にせずに、好みの挽き方を探してみて下さい。

 

(ドリップ編へ続く)

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