聖夜の夜、12月はクリスマスの時期。
それは子供たちがサンタクロースからのプレゼントに願いを込め、寝静まる夜。
そんな子供たちの夢見る夜でさえも、リコリスには休息の夜はない。
現に今、寮の自室で寝ていた一人の少女の元に、忍び寄る謎の影が……。
ガシャン! バキン! ドゴッ!!
その襲来者に気づいた少女は、咄嗟に反応し自室にあった木刀でその襲来者を返り討ちにしようとする。
対する謎の襲来者はその反撃を軽々と避け、少女が持つ木刀を蹴り飛ばし手から得物を離す。
手から得物がなくなった少女は、拳を握り襲来者に殴りかかろうとするが、その襲来者はそのパンチも軽々と避け。
そして少女の足を払い少女を転倒させ、担いでいた己の得物を少女に振りかざす。
それは、たくさんのモノがあふれんばかりに入っている、白い袋だった。
「てめぇ、何者だ……」
少女――春川フキはその襲来者に問う。
そして謎の襲来者の全貌が明かされる。
その姿は、赤い帽子の赤い恰好をした、ひげを生やしたどうにも珍妙な見た目をした者であった。
「いやいやいやいや!! いきなり乱暴はいかんでしょ!! よく見てよ私だよ私!!」
そうフキに自分ですと指を指して暴力行為をやめてほしいと懇願する人物。
珍妙な格好をした人物の正体は、フキのクラスの担任である千束であった。
「……んだよ先生かよ」
その正体が千束であったことを確認してなお、苦い表情をするフキ。
特に信頼をしている相手でもないため、安心や安堵という感情が表に出てくるわけでもないご様子。
そのそっけないフキの反応に、しょぼんとする千束。
「先生かよとはまたそっけない。それに、この格好を見てそんな反応しかないのはちょっと寂しいんじゃないの?」
千束は今自分がしている格好に対してのフキの反応が、どうにも薄いように思えた。
このクリスマスという時期、赤い恰好にひげを生やしたフォルム。
これはどう見ても世間的に有名なアレであった。だがフキはそれを指摘されてもどうにもいまいちピンと来ていないようで。
「恰好って……。不審者の恰好をして寝ているところを襲ってそれに対して対処できるかの抜き打ちの訓練のつもりか?」
「んなことするか! じゃなくて!! 不審者じゃないでしょ!? 世間はクリスマ~スでしょ!? それでこの赤い恰好に白いひげを生やした人物が来たら100%あれでしょ!?」
「赤い恰好にひげ……。あ~、あの配管工の!!」
「違う!! それも世界的に有名だけど!!」
フキは千束のその格好に対して、世界的に有名なゲームのひげのおっさんだと思ったらしくそう答えた。
確かにあれも千束が今しているであろう恰好のおっさんと同じくらい有名なおっさんなのはじじつなのではあるのだが。
「サンタクロースでしょ! 普段頑張っている生徒たちのために夜寝ているところにプレゼントを順番に渡しているの!!」
千束は自分がリコリスの皆に対するサンタクロースであると発言する。
そんなサンタの存在に、フキは首をかしげる。
「プレゼント? なんで誕生日でもないのにそんなのくれるんだよ? またなんか企んでやがんなてめぇ」
「はぁ~ん!? クリスマスを知らないのかね君は!? 全世界の子供たちが聖夜の夜には寝ている間に靴下にプレゼントを届けてくれるっていう善良なおじさんだよ!?」
「……あぁ、うわさでは聞いたことあるな」
「フキさんも小さいころにもらったことくらいあるでしょ!?」
「……小さい頃は施設にいたからそんなのもらったことねえよ」
「……」
千束は当たり前のようにクリスマスのことを語るが、孤児であり、施設育ちのフキにとってクリスマスというのはとても遠い話なのであった。
なんだか知らないうちに湿っぽい話になりそうだったため、千束はすぐさま話をそらそうとする。
「と、とりあえず! 私はサンタさんなので、プレゼントあげます!! この前さりげなく朝のホームルームで今自分が欲しいものアンケートしたでしょ!? それでフキさんが書いていたやつ!!」
それは今から数日前、千束が朝のホームルームで本人はさりげなくと思ってやったであろうアンケート。
千束は頻繁に授業とは関係ないことを生徒たちに聞いたりアンケート用紙に書くようにと渡したりするのだが、それがその一つ。
そしてその目的は、クリスマスとはなじみの浅いリコリスの皆に、せめてものクリスマスと思い千束が各々プレゼントを用意するためのモノであった。
一人ひとりアンケートに沿って第三候補まで書いてもらい、そこから予算的に一番買って渡せそうなものを数十人分、千束が自腹でわざわざ用意したのである。
ちなみにフキが書いたものは読みたい本であったため、それの第一候補のモノをフキに手渡した。
「……これついこの間書店で買っちまったよ」
「あちゃ~。アンケート取ってから日が経ってるもんなぁ」
「まぁでもタダでくれるってんならもらっとくよ。ありがとうな配管工のおじさん」
「サンタクロースだっての!!」
フキは千束をサンタだとは認めない様子であった。
その後フキは千束を追い払い、寝床につこうとするのだが……。
「んじゃ私は寝るから、プレゼント配りとやら頑張ってくれや」
「……い~や、せっかくだからフキさんにも手伝ってもらおっかな☆」
「あぁん!? なんでや!?」
「私に対し反撃したにも関わらずあっさりと捌かれたからそれのペナルティとして」
「……」
このタイミングで、千束はフキの反撃の甘さに対して(というか千束が強すぎるだけなのだが)勝手にペナルティを設定し、サンタ事業を手伝わせることに。
フキは心の底から断りたいところだが、ペナルティとされてしまっては断ることもできず。
しぶしぶ千束の手伝いを行わなければならない羽目に。
「……なにすりゃいいんだよ」
「まず、これを着てちょうだい」
嫌がるフキに対し、千束はカバンから衣装を取り出しフキに着させる。
サンタクロースの相棒といえばそう。
それは全身がトナカイになるトナカイスーツであった。
最後に鼻を赤く染めればフキトナカイの完成であった。
「あらあら可愛いわフキさ~ん!! 千束サンタにぴったりのトナカイさんd」
「怒怒怒怒怒ーーーーー!!」
「ぎゃーはははは! 悪かった悪かったから木刀振り回すなーーー!!」
その千束のどこかしら馬鹿にしたような態度にフキはブチギレ先ほどよりも殺意が増した木刀さばきで千束に襲い掛かる。
案の定それも千束にあっさりとあしらわれてしまい、怒り心頭の中千束のトナカイとなってしまった。
そして大量のプレゼントを持たされ、二件目の寮室へ。
次は蛇ノ目エリカの寮室であった。エリカが欲しがっているものは手品セットであった。
エリカはいびきをかいてぐっすり眠っていた。
普段からリコリスの慈善事業で街で大道芸のステージなどを依頼されているエリカは、クリスマスのステージということで朝から夜まで大忙しだったため特に疲れていたのであった。
「ま~ぐっすり寝てらっしゃることで。どこぞの誰かさんと違って警戒心もゼロでお可愛いこと」
「てめぇマジで後ろ気をつけろよ。油断したところブチ〇してやるから……」
「まぁまぁトナカイさん寝ている良い子のところで物騒なこと言わんでくださいましよ」
サンタの存在を微塵も信じていない警戒心丸出しのフキを皮肉る千束。
完全にトナカイに寝首をかかれようとしているサンタになってしまったが、千束は余裕なのか熟練の経験なのか油断の隙を見せようとはしない。
そしてエリカの枕元に、エリカが欲しかったプレゼントを置こうとした時であった。
「おい起きろエリカ! クソサンタがプレゼントくれるってよ!!」
「ちょっとちょっとちょっと!!」
なんと寝ているところにプレゼントを届けるというのに、フキはエリカを起こそうとし始めた。
その行動に千束が必死に止めようとする。
「なんで寝ているのに起こすの!?」
「あん? なにってプレゼント渡すんだから起きてもらわないとだめだろ。寝ているところ勝手にプレゼント置いて帰ったらそりゃお前ただの不法侵入だろうが」
「それがサンタクロースなの!? てか不法侵入とか言うな!! 事実だけどもうちょっと夢のあるようなこと言いなさいよ!!」
どうやらフキはクリスマスがどうだとかサンタクロースがどうだとかの習わし自体を知らないようであった。
寝ている子供を起こさないように靴下に勝手にプレゼントを置いて帰る白いひげを生やしたおっさん。と文章に起こすと確かに不法侵入であることは事実なのではあるのだが。
改めてクリスマスとサンタについてフキに説明をする千束。だがもう遅いのか、エリカは目を覚ましてしまった。
「う~ん。な~にフキちゃん、なんかあったの~?」
寝ているところにプレゼントをバレないように渡さないといけないのだが、もう完全にそれができなくなってしまった。
「ほら起きちゃったじゃん」
「あ~。つまりサンタがエリカにプレゼントを渡すためには、エリカが寝てなきゃいけないんだな」
「???」
どうやらフキはサンタのルールを理解したようであった。
なにがなんだか現状を理解できていないエリカ。
そんなエリカのところに、フキトナカイは木刀を持ってエリカに近づき。
フキはエリカの脳天めがけて木刀を思いきり打ち付けた。
「ぎゃん!!」 バタッ
その結果、エリカはダメージの衝撃で気絶。
理不尽に起こされ、そして理不尽に眠りにつかされるかわいそうにもほどがあるエリカ。
「ほら、これでいいんだろ? さっさとプレゼント置いて次行くぞ」
「えー」
こうしてエリカの部屋にプレゼントを置いて、千束サンタとフキトナカイは去って行った。
これは尚更、下手に寝ている生徒たちを起こしてはならない、千束サンタは心からそう理解した。
なぜなら生徒が起きてしまった場合、フキが強引に木刀で生徒を気絶させて眠らせてしまうからだ。
そんな危険な目を生徒に合わせるわけにはいかない。次からより慎重に千束サンタはプレゼントを配った。
これにより想定していたよりもだいぶ時間がかかってしまったが、いよいよ残すはあと一人。
といったところで、千束サンタのでかい袋は空になっていた。あと一人、残っているはずなのだが。
「さ~て、時刻は4時を過ぎようとしている。予定よりも時間かかっちゃったなぁ。これにてサンタ事業はおっしまい!! 帰ってホーム〇ローン2でも見ながら酒でも飲むかなぁ」
「おい待てやクソサンタ」
しれっと帰ろうとする千束の襟をつかんで返そうとしないフキトナカイ。
「あらどうしたのケビン」
「誰がケビンじゃ。一人残ってんだろうがよ」
「え? 嘘ぉ? もう全員配ったぞぉ~」
そうしらばっくれる千束。
だが千束がプレゼントを配らなければならない生徒は、もう一人いるのである。
それが今千束の目の前の寮室にいる人物。
201号室。井ノ上たきなと表札に書いてある。つまり残っている生徒は、たきなである。
だが千束はどうにも、その部屋には入りたがろうとしないのである。
「いや~。だって袋の中は空だよ~。たきなさんは何も欲しがらなかったってことじゃないの?」
「……袋の中は空だが、たきながほしがっているプレゼントはそこに存在するだろ」
そう口にするフキは、千束の胸元を指差した。
千束が回収したというアンケート、それをいつのまにか奪っていたフキは、たきなが書いたアンケートを千束に押し付ける。
そのたきなが欲しいプレゼントの第一候補にはこう書かれていた――『千束先生の命』と。
「……」
「ほら先生、たきなが起きるまで待っててやれよ。そしてさっさと殺されてやれよ」
「いやいやいやいや!! なに普通なことのように言ってんの!? 死ねと言われて死ぬやつがいるかバカ!!」
「ちなみに第二候補は『千束先生の心臓』って書いてんな。取り出して枕のそばに置いてってやれよお前の心臓」
「いやいやいやいや!! 心臓なんて取り出せるわけないでしょうが!!」
「心配すんな。心臓がなくなった後奇跡的に生きてたら人工心臓代わりに入れてくれるよう手配しとっから」
「人工心臓なんていらんわ!!」
千束は心臓に異常なんてこれっぽっちもないのだが、たきなのために人工心臓に取り換えろと無茶を言うフキに千束は全力で拒否をする。
というわけで、たきなが望むプレゼントは千束サンタ的には絶対に渡せないものであるため、たきなだけは例外的にサンタ事業が行えないというのが現状なのである。
だがそれでは教師として生徒に対し平等で接するという理念に反することも事実ではある。
そのためフキは嫌がる千束を無理やりたきなの寮室まで引きずり込んだ。
案の定たきなはぐっすりと眠っていた。
「はい手を後ろに組め、縄で縛るから」
「はっはっは。プレゼントは千束先生で~す。好き放題してねってなるかバカ!!」
「仕方ないだろたきなはお前の命欲しがってるんだからもうそれしかないだろ」
「それしかないってなに!? 目を覚ましたら私が部屋の中にいればいいってなら拘束する必要なくね!?」
「身動き取れたらお前たきなから逃げだせるだろうが。安全にかつ完全に殺せるようにするためにはお前の身動きを完全に封じるしかねえだろうが」
必死に嫌がる千束、そんな千束を縛り付けようとするフキ。
まずい、このまま部屋の中で争っていてはたきな起きてしまう。
いくら千束が異様な強さを持っているとはいえ、フキとたきな――二人の赤服(ファーストリコリス)を相手にしては千束でさえタダでは済まない。
しかしどれだけ部屋の中で物音を出しても、たきなは一向に起きようとはしなかった。
「zzz……」
「……死んでんじゃないの?」
「いや、こいつ神経が図太いからちょっとやそっとのことじゃ起きねぇだけだよ」
たきなはぐっすりと深い眠りについていた。
確かに鍛え抜かれたリコリスとしては、そういう場面で危機を察知すればすぐに起き上がり反撃に転じる技能は備わっているのだが。
どうやらこの状況はたきなにとっては危機でもなんでもようである。
そんな寝て起きないたきなを見て、千束は悪い顔をして、デスクからマジックペンを取り出し。
「ぐっすり寝ちゃってまぁ。顔にラクガキしちゃる」
「……」
自分の命を狙っているという相手に対してもこの仕打ち。
こんなんだから命だの心臓だのを狙われるんだと、フキはあきれ顔で千束のその所業を見つめる。
結局千束に顔にラクガキをされても、たきなは起きることはなかった。
「さてと、起きる気配もないし帰るかなぁ」
「ひっでぇ……」
このままでは寝ている女子高生の部屋に勝手に侵入して顔にラクガキをして帰って行くだけのタダのクソ野郎でしかない千束サンタなのであった。
「私の命以外で何が欲しいか後日たきなさんに聞いといてよ。別の形でちゃんと渡すからさ」
そう、しれっと千束がその場から立ち悟ろうとした時。
フキが千束に聞こえるようにこう呟いた。
「にしても、普段は気に食わない面だが。寝てるときは本当に綺麗だよなこいつ」
「ん?」
「元々整った端正な顔立ちだし。こんなたきなの顔なんざそう滅多におがめるものでもねえぞ」
そうフキが誘うようにつぶやくと。
千束は引き返し、たきなの寝ている顔を見に向かう。
そして改めて(ラクガキをした後ではあるが)たきなの寝顔を見て、千束は優しそうな表情を浮かべ、笑みを浮かべる。
「……普段からこんな風に敵意もない顔してればいいのにさ」
そう、千束が心から思ったことが口から出た、その時であった。
ガンッ!! バタッ……
それは後ろからの奇襲。この時この一瞬、この瞬間――千束は油断を解いたのであった。
それをフキは見逃さなかった。狙っていた。待っていた。
思いっきり木刀を千束の後頭部に振りかざし、千束を気絶させる。
そして冷たいまなざしで千束を見下ろし、くだらなさそうにこう吐き捨てた。
「……メリークリスマス、クソサンタ」
――――翌日。
「……う~ん」
朝方、たきなが眠りから目を覚ます。
普段と何ら変わりのない朝のはずである。
だが横に目を向けると、そこには……。
「ん"ーーーーーーーーーーーーーー!!」
縄で縛られ、口をガムテープで塞がれた千束サンタが置いてあった。
その千束の姿を見て、どうにも言えない表情をするたきな。
そしてそんな千束には一切触れず、洗面台に向かうたきな。
その後、洗面台の方から大きな音がする。
ガシャーーーン!!
なにやら鏡が割れたような音がした。
自分の今の顔を鏡で見て、ことの全てを読み取り怒りのあまり拳で鏡を割ったものと思われる。
その後、怒りをあらわにして寮室から外へと出ていく。
寮室の外からはプレゼントに喜ぶ生徒の声から、たきなの姿を見て笑う生徒の声まで聞こえてきた。
それから、数分ほどして。
ブロロロロロロロロ!!
とてつもない物騒な音が寮室に近づいてきた。
その正体は――たきなが手にしたチェーンソーの音であった。
たきなは外へ出て、資材置き場からチェーンソーを取りに行ったのであった。
「む"ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
そのたきなのスプラッタ映画も真っ青なごとくホラー顔を目にして、縛られていた千束は絶叫。
だがガムテープで口が封じられているのか叫び声がごもる。
チェーンソーの音を高らかに鳴らしながら、たきなは千束の方へと迫りゆく。
そして、冬の寒さすら凍り付かんとする声色で、たきなは千束に対し口を開いた。
「先生……。懺悔をする時間を与えましょう。時間は5秒。5秒ではっきりと私に謝罪の言葉を述べてください」
「むごー!!む"ーーーーーーーーー!!」
「5、4、3、2、1、0。ほう……私にこれだけの屈辱を一方的に合わせておきながら懺悔の言葉すら口にする気はないと」
「ん"ーーーーー!! む"ーーーーー!!」
懺悔の言葉を口にする気がないというより、ガムテープで口を封じられているから謝罪を口にできないというのが事実である。
というかたきなはそれを理解した上で、千束が謝れないのをわかって許しを乞えといったわけであるが。
そしてたきなは千束の口のガムテープを思いっきりはがす。
「ぷはっ! すいませんでしたたきなさん!! 私が調子に乗ってました許してくださいお願いします!! なんでもしますから許してください!!」
「私は私が与える5秒以内に懺悔をしろと言ったんですよ先生……」
「お……お慈悲を……」
「慈悲などありません。ゆえに、その命で……私の怒りを鎮めてください」
「あ……あぁ! いやぁ!! ちょっとMATTE!! ま……」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!」
聖夜の夜が明けたころ、千束の叫び声が美しくDA学園の寮内に響き渡り、聖なる一日の始まりを祝福したのであった。