リコリス・リコイル~3年D組の千束先生   作:トッシー00

13 / 40
第9話です。


第9話:千束が風邪をひいた

「ごほっ! ごほっ! げほぅっえ!!」

 

 今日、千束は風邪を引いた。

 朝起きたら身体が異様に怠く、熱を測ったら38.9℃もあった。

 社会人として体調管理は大切で、熱が出たら当然仕事は休まなければならない。

 ましてや学校の教師としては、下手に学校に出勤してきて生徒に風邪を移しては大変なのである。

 そして仕事を休むためには上司に連絡をしなければならない。連絡をする上司は、あの厳格かつ千束に常々厭味ったらしく絡んでくる楠木教頭である。

 千束は心から電話をしたくなかったが、意をけして電話をすると。

 

「あら、風邪をひいたんですか?(笑) いつもやかましくて元気と頑丈なのが取り柄のあなたでも風邪をひくんですねぇ(笑笑)。あなたが風邪をひくくらいなんだから菌もよっぽど強いんでしょうね、学校に来られるとみんな移るんで今日は家で休んでてください(爆笑)。まああなたなら明日にはすんなり治ってるでしょう、お大事に(哀)」

 

 と、一方的に罵声を浴びせられ電話を切られる千束。

 通話終了後に「あのババアマジで殺したろかな」と8割ほどマジで殺意を抱きつつ、だが体調管理を怠った自身の責任なのも事実なので悔しさを噛みしめながら床に就く。

 時刻は昼を過ぎたあたり、食欲もわいてきたところだがこんな時に限って簡易食品を切らしてしまっており食べるものがない。

 とりあえず仕事休憩中であろうクルミに電話をして仕事終わりに補給物資を買ってきてもらう約束を取り付け、水分をこまめに取りつつ身体を休めることに。

 

「あー暇だぁ。どうせなら映画でも流しながら寝落ちでもするかぁ?」

 

 と、千束がテレビで映画を再生しようとした、その時であった。

 

 ピンポーン♪

 

 そう玄関のチャイムが鳴った。

 誰か来たのであろうか。クルミにしてはさっき連絡をしたばかりなので早すぎる。というかクルミは仕事中。

 最近はネットで買い物もしていないので配達でもないだろう。ならば一体誰が来たのだろうか。

 千束は辛い中上体を起こし立ち上がり、インターホンまで近づきカメラを確認すると。

 

「げっ! 井ノ上たきな!?」

 

 なんとカメラに映ったのはたきなの姿であった。

 彼女は学校の生徒で本来なら授業中なのだが、ファーストリコリスの独自権限で授業を自己判断で免除できる。

 そもそも彼女は基本授業中は寝てばかりいる。だが成績はクラスでトップであり、全教科テストは常に満点。

 どのタイミングで勉強しているのか、それとも素で頭がいいのか。

 とまあそんな話はさておき、たきながここにいるということは、自己判断で授業を抜け出し千束の住むアパートに来たということ。

 だが問題は、なぜ彼女が授業を抜け出してまで風邪をひいている千束のところへ来たのかということ。

 

「なんであいつがこんな時に私のところへ……。まさか弱っている今なら私を始末できると……」

 

 千束はたきなが今この状況で自分の家に来た理由を模索するが、考えられるのはそれくらいしかなかった。

 学校ではたきなはことあるたびに千束に勝負を挑んでくる。何かあれば絡んできては奇襲をかけ、ほかの生徒の迷惑も考えず最終的にははた迷惑なバトルに発展する。

 たきな的には特機戦力ともいえるファーストリコリスである自分を軽々しくいなし、それでもって人を小ばかにした千束の態度がいつも気に食わず、小言や罵声を浴びせたりするほど彼女をライバル視している。

 そんな千束が今風邪をひいて弱っているとするなら、勝ち目があると踏んで家まで押しかけてきたのだろうか。それくらいしか自分のところへ来る理由がないのである。

 

 ピンポーン♪

 

 千束が色々考えこんで玄関を開けないからか、またチャイムが鳴った。

 

「めんどくさいなぁもう。居留守使おう居留守」

 

 風邪をひいて家にいるのが分かっている状態で居留守など無意味なのは承知の上だが、千束はたきなを無視することに。

 

 ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪

 

 玄関を開けない千束に対し、たきなはチャイムを連呼する。

 

 ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪ピンポーン♪ピンどがしゃーん!!

 

「!?」

 

 そして数十回ほどチャイムが連打されたあたりで、痺れを切らしたたきながドアを蹴り破り千束の家の中に入ってきた。

 

「お邪魔します先生。というかチャイムを鳴らしたらさっさとドアを開けてください、無駄にドアを壊す羽目になっちゃったじゃないですか」

「ドアを壊す羽目になっちゃったじゃないですか、じゃないよ! ドアが開かないからって他人の家のドアを壊したらだめでしょうが!? 修繕費だれが払うのこれ!?」

「まあ細かいことは気にせず、とりあえず消毒スプレー撒きますね」

「は!? なにその巨大な消毒スプレー!? ってちょっと! 家の中でそんなもんまき散らすnぎゃー!!」

 

 たきなはそう一方的に言って、巨大な噴霧器で容赦なく千束の家の中で消毒スプレーをまき散らした。

 そんなたきなの凶行を風邪で弱っている中一生懸命止めようとする千束。

 家内の備品や電化製品、リネンなどが消毒されビショビショになり、無理した千束も汗だくでビショビショになり。

 千束の息が上がり動けなくなるまで疲弊した辺りで、噴霧器が停止する。

 

「ふう、これでとりあえずアパート内の菌は消毒されましたね」

「ぜ~は~! げほっ! げほっ!! 貴様いったい……げっほげっほ! な、なんのつもりだぁ」

 

 すっかり疲弊しきって床に手をつき息を切らしもがく千束を、何の悪気もありませんといった表情で見下ろすたきな。

 そんな千束に対して、たきなは表情一つ変えず、当たり前のような口調でこう言った。

 

「なんのつもりって、先生のお見舞いに来たんですよ」

 

 お見舞いとは……。千束はそれを聞いてこの子はお見舞いという言葉を理解しているのかなと心の中で思った。

 お見舞いは宿敵が弱っているところを襲撃することではない、風邪なので寝込んでいる相手のところに訪れ慰める行為のことである。一般的にはそういう意味である。

 

「お見舞いって。なにさ攻撃をお見舞いするって意味のお見舞い?」

「風邪をひいた相手を心配しに行く方のお見舞いですよ。先生は時折バカみたいなことを言いますね」

「……お見舞いに来た場合そういう相手に対して軽々しい罵倒はするもんじゃないんですよたきなさん。というかお見舞いに来た相手の症状をより悪化させてますけどお見舞いに来た意味って今現状あります?」

 

 千束の問いかけに対してたきなは相変わらず一言無駄なことを多く付け加えて皮肉めいた答え方をする。

 だがそんなことより、たきなはどうやら風邪をひいた千束を看病するためにお見舞いに来た、と本人の言葉から察するの目的はそのようである。

 来て早々ドアを蹴破り、アパート内を消毒液まみれにしたことはすでに起こってしまったことではあるが、これでもたきなの目的な千束のお見舞いなのである。

 とりあえず千束は熱を測る。熱は現在39.5℃。案の定熱は上昇している。

 

「ずいぶんな高熱ですね。安静にしていた方がいいですよ先生」

「誰のせいだと思ってやがんだ。てかこの状況で安静にしてて安全が保障されると?」

「……なんか警戒されてますね。別にこんな時に勝負しましょうなんて言いませんよ」

 

 たきなのいたって普通に口から出るその発言に対し、千束はそりゃ警戒するでしょうねと、心の中で思いながらも口には出さなかった。

 

「仮にお見舞いに来るとしても、なんで君なんだよ。君は私のことが嫌いなのでは?」

「楠木教頭に先生の様子を見に行ってみましょうかと提案したところ。「あぁそれはぜひ行ってあげなさい、たっぷりといやがら……。一日でも早く治るように看病でもしてくるといい」と言われまして」

「今あのババア嫌がらせって言おうとしなかった?」

 

 やっぱりいつか痛い目を見せてやろう。千束は楠木教頭に対しそう心の中で改めて思った。

 そしてたきなの千束のお見舞いはどうやら義務的なもののようである。

 そんなお見舞いならむしろ来なくてもいいのにと千束は思ったが、堅物でまじめなたきなを追い返すのは大変だろうし、今はそんな体力も千束には残っていない。

 その後たきなに言われるがまま布団に寝かせられ(そんな布団も消毒液でビショビショ)、たきなはキッチンの方へと向かっていく。

 ビニール袋から買ってきたであろう食料類を取り出しキッチンの上に置き始めた。まさかと思い、千束はたきなに確認する。

 

「まさか君、なんか食べるもの作ろうとしてる?」

「はい、先生なにも食べてないんでしょう?」

「……」

 

 お見舞いに来た相手が病人にご飯を作る。文字にするといたって普通のことのように感じる。

 だが普段学校で千束を敵視しているたきなが弱っている千束にご飯を作る。と書くと色々勘ぐるものが生まれてくる。

 主にやられてもおかしくないのは、なにか毒的なものを盛られることだろうか。

 千束は油断をしているわけではないが、風邪をひいているためたきなに対して抵抗できるほどの体力がなく仮に毒入りの何かを食べさせられるとしてもあっさり受け入れるしかないのである。

 そんな千束の視線を感じたからか、たきなは呆れの表情を浮かべ千束に向かって。

 

「毒かなんかを盛るんじゃないか、なんて考えてるでしょ先生」

「ぎくっ!?」

「……私はそんな卑怯な方法で先生に勝っても意味がないんですよ。ファーストの名を持つものとして、いずれは正攻法で先生を負かして見せますよ」

 

 そのたきなの言葉に強い意志には、千束は嘘偽りを感じることなくすぐさま納得をした。

 リコリスは街の治安を守る者。強大な戦力を有し、それと同じくらい己の使命とあり方に強大な矜持を抱いている。

 場合によっては手段を取らないこともあるが、基本的にはまっとうな方法で相手とやりあう。

 それでもって己が強さを証明する。それがリコリスとしての彼女なりのプライドなのである。

 と、たきなは作ってるのはどうやらおかゆのようであった。漂う匂いを嗅ぐ限りはいたって普通のおかゆ。

 数分後、おかゆができあがりたきなが千束の近くへと持ってきた。

 

 そのおかゆは、なんとも禍々しい紫色をしてボコボコと泡を立てていた。

 

「さあ先生、おかゆができましたよ」

「なんかボコボコいってんだけど!? つか色やべえんだけど!?」

 

 さきほどまでの調理工程はなんだったのか、たきなが持ってきたものはおかゆとは名ばかりの邪悪なにかであった。

 時々様子を遠目で見ていた千束であったが、調理工程におかしい部分はさほど見当たらなかったはずである。

 

「えーと。たきなさんもしかして、メシマズ系キャラですか?」

「失礼な。リコリスは戦闘訓練だけでなく日常を生きていく上で必要かつ災害時に備えての生活支援訓練も受けます。ああちなみに、最初に作ったおかゆがちょっとうまくいかなくてこれ作り直したんですよ」

 

 と、たきなが作り直す前のおかゆがあるということでそちらに目を向けると。

 そっちはいたって普通の鮭がゆであった。

 

「けど千束先生の弱り具合ではふつうのおかゆではあまり効果がないかなと」

「そっち食べさせてくんないかな!?」

「こっちの方が効果がありますよ。身体の芯からあったまりますよ」

「あのさ!? 看病することを理由にしてやっぱりちょこちょこ嫌がらせしようとしてるだろお前!?」

「……さあちーたん、口を開けてください。ほらあーん」

「あーんじゃねえよ! 今の間はなんだ!? てかちーたんって私のことか!?」

 

 千束は頑なに口を開けようとせず、たきなは変なあだ名で呼びながらおかゆという名の邪悪を無理やり千束に口に放り込もうとする。

 結局いつもやっているような取っ組み合いになりながら、当然弱っている千束はたきなの腕力には勝てず。

 最終的には折れて謎のおかゆを口の中に放り込まれる。

 

「むぐっ! うーーーーー!! ……うん? 全然おいしい」

「だから普通に食べられるおかゆだって言ったじゃないですか。無駄な体力を使いましたね」

「なるほど、見た目より中身の女だってアピールかな?」

「先生? 余計なことを口にしない方が今は身のためですよ?」

 

 そう言ってたきなは持ってきた銃型ラジアータ『シオン』を千束の頬に押し付け笑顔で脅しつけた。

 そしておかゆを全部食べ終わり、夕方も近くなってくるといった時間帯。

 満腹感もあり、たきなとのやり取りもあってか疲れが見え始めたのか眠気が出てきた。

 風邪薬を飲み布団に横になれば、きっと明日にはよくなるだろう。

 

「その、なんだ。色々思うことはあるが、今回のことは素直に感謝します」

「別にあなたの感謝なんていりませんよ。早く良くなって、そして私の勝負を受けてください」

「……あのさ」

「なんですか?」

「たきなさん、ひょっとして学校に私がいないのがつまらなかったりする?」

「……」

 

 千束が冗談交じりにそう言うと、たきなの変化しない表情が、少しだけ口角が上がったような気がした。

 どうやらその千束の問いは図星のようにも思えた。

 たきなは基本クラスでは浮いている。ファーストリコリスとして圧倒的戦闘能力を持ち、同じリコリスの仲間からも非常に恐れられている。

 それでもって高校の三年間で一切他人に対し心を開かず、傷ついた仲間に対しても冷静で感情をあらわにしない。

 最強のリコリスであるがゆえに孤独。

 戦闘マシーン、人の形をした兵器――そう蔑まれ彼女はD組では友達が一人もいないぼっちなのである。

 そんな彼女にとって、錦木千束という存在は、たきなにとって対等にやりあえる数少ない人間であるのも、認めたくはないが事実なのである。

 

「なーんだたきなさん、私にかまってほしかったのね☆」

「……やっぱり来るんじゃなかったです」

 

 最後の最後でいつものように千束に子ども扱いをされ、たきなはそんな彼女に嫌悪感を抱く。

 あとは寝て休むだけなので、もう帰っていいと千束はたきなに伝えると。

 

「いえ、看病は相手の気が休まるまでするもの。こんな中途半端に帰るわけにはいきません」

 

 ここにきて彼女の真面目さが、あっさりと帰ることを許してはくれなかった。

 

「いや、別にいいって」

「ならせめて眠りにつくまで本でも読み聞かせしましょうか」

「わたしゃ子供か。えーとつまりあれか、世間で言うASMRってやつか?」

 

 千束の言うASMRとは自律感覚絶頂反応という。

 視覚や聴覚への刺激によって、主に頭部から背中にかけて生じるゾクゾクするような感覚を指しており、ASMR動画を視聴してリラクゼーションや安眠などのポジティブな影響を及ぼすと言われている。

 子供のころに親の子守歌や絵本を読んでもらうことで寝落ちするといった現象もそれによるものに近しい。

 要はたきなは千束に対してそれを行い寝てもらおうしているようである。

 

「まあいいや。たきなさん美声ですもんね。CV:若山〇音の読み聞かせなら気が付いたら眠れていそうだわ」

 

 CV:若山〇音がどうかはさておき、下手に断ってもたきなは帰ろうとしないためたきなのASMRを受けることに。

 読み聞かせをするとのことだが、いったいどんな話をするつもりなのだろうか。

 

「ではちーたん、御本を読みましょうね」

「だから子ども扱いすんなっつってんだろ。てかちーたんなんて呼ばれたことないんですけど」

「これはですね、心臓を人質に取られている一人少女と、その少女の心臓を取り返そうと必死なもう一人の少女のお話なんですが……」

「どっかで聞いたことあるなその話」

 

 これは、とある塔でのやりとり。

 赤い服の少女は、生まれつき心臓が弱かった。

 その少女に、生きるために必要な人口の心臓を提供した大人がいた。

 だがその大人は、赤い服の少女が自分にとって理想の殺人者にするため、あえて不完全な心臓を与えたのである。

 迫りゆく死の恐怖を植え付け、行きたければ命の恩人である自分を殺し、完全な心臓を手に入れろ。

 それが男のねらいであった。だが心優しい赤い服の少女は、男を手にかけることはできない。

 だが赤い服には親友の、紺色の少女がいた。

 紺色の少女は赤い服の少女にこれからも生きていてほしい、例え冷徹な殺人者となり果てようが、恩人をその手にかけようが心臓を手に入れ生き続けてほしいと。

 紺色の少女はその願いに妄信し、猛進し、赤い服の少女ができないなら自分がその男を殺すしかないと。

 紺色の少女は男を睨む。それは儚い願いを叶えようとする必死さ、大切な友人をこんな目に合わせた男への強い憎しみと殺意。

 紺色の少女は銃を取る。そして男を撃とうとする。赤い少女がそれをわが身で止めようとする。

 だが紺色の少女はそれでも止まらない、願いと殺意、二つが込められたそれが、口から声にならない悲痛な叫びとなり、空間に鳴り響く。

 

「心臓が逃げる!! うわあああああああああ!!」

「待て待て待て待て待て!!」

 

 と、たきながその紺色の少女の声にならない悲痛な叫びを己の言葉のように叫んだところで千束が待ったをかけた。

 

「どうしたんですか先生?」

「あのさごめん、話はすっごい面白いの。なんなら続きめっちゃ気になるし。でもね、読み手の感情移入がすごすぎて眠りに入られないの」

 

 元を考えると、これは千束が寝るためにたきなが話を読み聞かせるという主意で始めたものである。

 だが地の文から登場人物のセリフを口にするたきなの感情移入があまりに迫真すぎるせいで千束は全く眠ることができない。

 眠ることができない以上この読み聞かせに意味は成り立たないのである。どれだけ話に奥深さがあり、魅力があろうともである。

 

「一応聞いておきますけどこれ、たきなさんの実体験か何か?」

「うーん。私であり、私ではない誰かの実体験でしょうか」

「意味が分からないんだけど」

 

 よくわからないことをいうたきなに千束もよく理解をすることができなかった。

 というわけで読み聞かせではASMR効果を発揮できないため、次の手を考えることに。

 

「したらさ、CV:若山〇音で耳元で色々囁いてくれるだけでいいよ。新人賞も取ったんでしょ、美声だよ」

「よくわかりませんが。ただ囁けばいいんですか?」

 

 千束に言われるがまま、たきなが千束の耳元で囁き始めた。

 

「ざ~こ、ざ~こ」

「なんでメスガキ風!? こんな時まで罵倒じゃなくて人が気持ちよくなるようなこと囁いてよ!」

「なんであなたを褒めたり崇めたりしなきゃいけないんですか? バカなんですかあなたは」

「お前なっっっ!! お前は私の看病をしに来たんだろうが、なら相手がどんな人間だろうが気分を良くさせてこそでしょう!?」

 

 なにやらホストに通う女性客みたいなことを言い出した千束。

 たきなは千束のその言葉を聞いて頭を抱えた。

 

「うっ……」

「なぜそこで悩む! リコリスは使命に準ずるんだろ? そんなこともできないんじゃDAが誇る最強のリコリスの名が泣くなおい」

「むっ……」

「君の使命は私という病人を気持ちよく寝かせること。だったら聞いてて不快になることではなく、気持ちよく眠られるようなことをいいなさい」

 

 いったい自分でも何を言っているのか、千束は自分でもよくわからなくなっていた。

 そして真面目なたきなはそれを聞いて、少し頭を整理し。

 改めて千束の耳元で囁き始めた。

 

「……千束先生はえらい。大変な仕事を毎日頑張れてえらい」

「おぉ」

「千束先生はかっこいい。皆があこがれる最高の教師です」

「あぁ……。いいよ、その感じ!」

「(気持ち悪っ……)毎日お仕事ご苦労様。教頭にいびられ、それでも生徒たちのために必死になって、偉いえらい。千束先生は頑張ってます」

 

 ――数分後。

 

「おーい千束~。水分とかレトルトとか色々買ってきたぞ~。つうかなんでアパートのドア壊れてんだこれ」

 

 昼過ぎに連絡していたクルミが仕事を終え、補給物資をもって千束のアパートにやってきた。

 そして壊れたドアに気を止めつつ、アパートの中へ入ると。

 

「……よしよし、お仕事辛いねぇ千束ちゃん。社会人は大変だね~」

「うわーんママー!!」

 

 たきなにお母さんプレイをされて子供に返っている千束がそこにはいた(というかASMRからどうしてそんな風に変わっていったのか)。

 それを目にしたクルミは、白い表情を浮かべ。

 そんなクルミに気が付き、千束は我に返って焦り狂った。

 

「ちっ! 違うんだクルミ!! これはその、ASMRがね!!」

「おじゃましました~」

「違うからねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 こうしてクルミはとんでもない誤解をしたまま物資だけを置いて逃げるように帰って行った。

 

 ――ちなみに後日。

 

「フキさ~ん、なんかたきなが風邪ひいたらしいっすよ~。あいつでも風邪ひくんっすね~」

「いったいどこから超強力な菌をもらってきたんだ?」

「……」

 

 たきなはがっつり千束から風邪を移されていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。