――ショッピングモール。それは街の人たちの憩いの場。
買い物からグルメ、レジャーまで幅広く多くの人に愛されているところである。
そんなショッピングモールにも、制服を着た女子高生がちらほらと見かける。
その中でベージュ色の制服を着ているのは、サードリコリスである。
リコリスの中では最も下のランク、いわゆる一般兵である。少しひどい言い方をするならばモブである。
一人ひとりの戦闘力は低いが、数で勝るそれがサードである。
そんなモブの一人、眼鏡をかけおさげの髪形をした、そばかすが特徴的ないかにもモブなサードリコリス。
テーブル席に付き何やら小説を読んでいる。けして任務をさぼっているわけではない、一般人にまぎれていつ起こるかわからない事件に備えているのだ。
故に目立ってはいけない、地味でなければいけない。それこそがモブ魂、モブ道である。
そんなモブの塊であるサードリコリスに、紺色の制服を着た女子高生、セカンドリコリスが話しかけた。
「……なにしてるんですか? "先生"」
「!?」
そのセカンドは、モブのサードリコリスを指して先生と言ったのであった。
そう、地の文がやたらモブであることを主張してバレないように配慮していたが、バレてしまってはしょうがない。
そこにいる地味なおさげのサードリコリスは、変装した千束である。
「……せ、先生って違いますよぉ。私は地味なサードリコリスですぅ」
「ふ~ん、たきなに先生がなんかリコリスに変装してるって教えちゃおうかな」
「あー! わかったわかったそうです先生です! だから余計なことしないで頂戴蛇ノ目さん!!」
そういじわるそうに言うセカンドリコリスは、蛇ノ目エリカであった。
たきなやフキと同じD組所属のリコリス。彼女も大概地味な見た目であるが、仲間内からは隠れた実力者扱いされることもある。
「ってことは、変装している理由はたきな関連か。また喧嘩でもしてる?」
「……その口ぶりではたきなさんの指金では無さそうか。いや、勝負中」
「……仲良いよね」
「そう見えるなら一度眼科にでもかかることをおススメしますよ」
エリカは白い目でそう揶揄する。確かに二人は暇あれば勝負をしているので周りから見れば仲良くしているように見えなくもない。
たきなはどう思ってるのかわからないが、千束からすれば迷惑しているのが実際である。
「しかしサードに変装だなんて、先生って弱そうに見えて実は強いって設定好きでしょ?」
「いやぁそれは正直嫌いじゃないよ? サードの制服なのは教頭がサードの制服しか支給してくれないんだもん。私の実力ならファーストにだってなれそうでしょ?」
「まぁ能力の基準値はクリアしているし、でも目立たないってことを考えるなら偽装サードリコリスでいいんじゃない? C組の諜報部には結構偽装サードいるらしいよ」
エリカの言う偽装サードとは、中身はセカンドやファーストだがあえてサードリコリスの制服を纏って活動をするリコリスのことである。
俗にいう実力詐欺というやつである。だが色で区分けできないため独自行動になりがちで、よほどの実力を伴っていない限りは許可が出ずらいとのことである。
「蛇ノ目さんも似たようなものでしょ? 元ファーストだって聞いたけど」
「私の場合はセカンドに降格したの。させられたというか、まぁ色々あったんだよ。でも今となっては感謝してるよ、私はあのままだったら感情の無い殺人マシーンになっていたかもしれないし、化け物になりかけていた自分でも、大事に想ってくれている人たちがいたんだなって思い知らされたし。捨てることができないものがたくさんあった。だから私は化け物になることができなかった」
「いい友達に恵まれたんだね」
「……うん」
千束の言葉に対し、誇らしくそう返したエリカ。
彼女は化け物になれなかった。兵士としては組織に対して結果に答えることができなかったが、個人としては捨ててはならないものを守ることができたのである。
だが、それと同時に捨てることを強制されたものもある。同じ時期にリコリスになり、自分とは異なり完全なる怪物と成り果てた友達。その隣に立つ資格を失ったことである。
「そういえばサードで思い出したけど、先生気をつけた方がいいよ」
「何の話?」
「今サードリコリスを主に狙っている連中がいるらしくて、だから基本的にはサードはセカンド以上と行動してもらってる。単独でうろうろしてたらすぐに目を付けられるかもしれないからね、まぁ先生の場合は逆に捕まってくれた方が組織的にはラッキーなんだろうけど」
「なにさ人を囮みたいな扱いしちゃって」
「ウサギだと思って捕まえたら超巨大な毒蛇だったみたいな」
「ひっどい例え」
そんな会話を交わしつつ。
ショッピングモールを歩いているとエリカの元に指令連絡がかかってくる。
こんな流れ、1話前にもあったような気がするが細かいことを気にしてはいけない。
「はいもしもし? え? わかった。私に任せて」
と、電話はすぐに終わり。
そしてエリカは千束に急遽こんなお願いをする。
「先生。実はこれから私たちが担当するヒーローショーがあるんだけど、急遽2名ほど別の任務に派遣されちゃってさ。変わりに出てくれない?」
「え? でも私ここに長居はできないんだけど……」
と、そう千束が断ろうかと考えた時であった。
よくよくこの状況について整理してみると。
ヒーローショーに出る。ヒーローショーは着ぐるみを着て行うという。
着ぐるみを着る。つまり着ぐるみに身を隠せるということ。
まさか逃げ回っている千束が、着ぐるみを被ってヒーローショーに出ているだなんてたきなは思ってもみないことだろう。
これは時間を稼ぐチャンスなのではなかろうか。
「そっか、確かにたきなはいつどこに現れるかわからないし……」
「やろうか」
「掌返しはや……。どうしたの?」
「着ぐるみに隠れてやり過ごす作戦開始なのだ」
「安直……」
そう言って、千束はサードリコリスに変装したままエリカにヒーローショーが行われるところまでついていく。
エリカにはとりあえず周りの仲間には自分が千束であることは伝えないことを口約束する(そこから何があってたきなに伝わるかわからないから)。
そして数分歩いた先に、ヒーローショーが行われるステージがあった。
ついてすぐに台本を確認。千束は速読が得意なので1分もせずに台本を把握。
開演までわずかな時間。そこで千束は思い出す。そういえば二人別の任務に回されたと。
ということはもう一人助っ人でこなければならないのでは、だとしたら開演まで間に合うのだろうか。
「エリカ! もう一人見つかった!!」
と、心配をよそにもう一人見つけたらしい。
そういってステージの裏に通されたその人物を見て、千束は絶句した。
「なにやら大変みたいですね。私でよければお手伝いしますよ」
その物腰柔らかな口調、凛とした声色。
サードリコリスが憧れてやまない赤色の制服。
そう、再び千束の前に現れた。井ノ上たきなである。
急に現れた彼女に、エリカは驚きの表情を見せた。
「た、たきな?」
これはなんという偶然か。
いや、偶然にしては出来すぎではないだろうか。
千束は変装してまでたきなから逃げてここまでやってきたのに、たきなにあっさりと見つかりそうになっている。
今更余談だが、なぜ千束がサードリコリスに変装しているのかであるが。
喫茶リコリコを後にした後、千束は一度アパートに帰り(リコリコからは近いところにある)。
念のためリコリコ内で服か何かに盗聴器などをつけられてはいないかを確認。目に見えるところにはないが念のため服を着替え。
その際リコリスに擬態した方がたきなに見つかりにくいであろうこと、そして他のリコリスの目があればリコリスに擬態している自分に攻撃をしにくいことなどを踏まえこの作戦に至った。
模擬戦やレーティング戦といった訓練を除き、私用でのリコリス同士の争いはご法度とされている。
つまり周りの人たちが二人が勝負中であることを知らなければ、誤解を生む行動になってしまう。それを千束は狙ったのである。
なので現状、たきなは千束のすぐ目の前に現れたが、簡単に手出しはできない状況となっている。
(私また嵌められた……?)
ちらっとエリカの方を見る千束。
だがエリカは戸惑っているような表情を浮かべているため、エリカはたきなと裏で繋がっているということは無さげ。
しかしこの状況を偶然と言い切るにはなんとも。千束は困惑しつつも、冷静に対処を開始した。
「して、もう一人はもう見つかったんですか? 二人足りないとのことですが」
「え、えぇっと……。この子なんだけd」
と、流れのままエリカが千束の方に指を指す。
千束はというと、咄嗟に自分に宛がわれた配役であるひつまぶし大臣(ヒーローショーの悪役)のぬいぐるみを速攻で装着し自分の姿を隠していたのだ。
(対応はや……)
エリカはその千束の頭の回転の速さに感心しつつ。
エリカ的には特にたきなに手を貸す道理はないため(たきなの実力を知っているからこそ力を貸す必要はないと考えている)、そのまま千束が変装していることは隠しておくことに。
そしてたきなはぬいぐるみに身を隠している千束に近づく。まさか周りの目を気にせずなりふり構わずこのまま攻撃をするつもりだろうか。
だが仮にも千束は変装している。ぱっと見すぐバレるとは考えられない。前回はあっさりバレたけど。
「すいませんね忙しい中、井ノ上ですよろしく。お名前をうかがっても?」
「た、高安です(今決めた)」
千束はとりあえず思いついた高安という偽名を甲高い声で名乗ってその場をやり過ごすことに。
というより前回と変わらず自分の苗字から連想させるような苗字をわざわざ選ぶあたり、それは千束の拘りなのだろうか。
「そうですか。よろしくお願いしますね。貴景勝さん」
「高安です(甲高い声で)」
たきなは本心かわざとかわからないが、これまた同じジャンルの名称で高安(千束)の名前を間違える。
というか間違え方が露骨すぎる。これは間違いない。
(間違いなくバレてやがる! てかどうやってこの状況を作った!? 二人欠員が出たって言ってたよね? まさかこいつファースト権限使って裏で手を回して……。それ以前にこいつ、なぜ私がこのショッピングモールにいることを突き止めたんだ!? 蛇ノ目さんはおそらく無関係なんだろうけど、状況が上手く出来すぎている)
千束は頭の中で高速で状況を整理する。
おそらくたきなは千束の変装を見破っている。そしてこのショッピングモールにいることも筒抜けだろう。
偶然であることを考えるより、状況を顧みて全ては必然、そう仮定して推理した方が賢明なので千束はそうして考える。
変装を見破ることに関しては前回の取材の時と同様匂い(たきな曰く)やら雰囲気で速攻見破ったのだろう。というかそれ以前にエリカにも速攻バレたので、ファースト関係者は千束の変装を速攻で見破る術を持っているのだろう。
だが不可解なのは、たきなはどうやって千束の居場所を特定したか、ということ。
それに関してはゆっくり考えを巡らせることもできない。そして次に、この後たきなが何を仕掛けてくるか。
ヒーローショー中は言ってしまえば二人の勝負のクールタイムである。だとしたら、ヒーローショーが終わった後に仕掛けるつもりか。
色々千束は考えを巡らせるが、もうヒーローショーが始まる。
国民的人気アニメ、かば焼きマンのヒーローショー。
かば焼きマンをやるのはたきな、敵役のひつまぶし大臣をやるのは千束である。
『やめるんだひつまぶし大臣!』
『わっはっはー! 私を止めて見せろかば焼きマン!』
と、コテコテのヒーローショーは始まって中盤。
当然ショーの最中に銃をぶっ放すといったことはしてこない、できるわけがない。
千束はきちんと役をやりつつ、考えを巡らせ続けた。
(さて、とりあえずヒーローショーは佳境に入る。終わったすぐに手出ししてくるかもしれないから油断はできない。おそらく攻撃を仕掛けてくるのはショーが終わってすぐ後、それか私を捕捉し続けてリコリスが周りにいなくなってからの不意打ちか……)
千束はあらゆる可能性を考えつつ。
だがその間もヒーローショーは続いていく。
(とりあえずショーにも集中しないと。えぇとこのあとはいつもの流れでかば焼きマンのかば焼きが汚れて力が出なくなる。そのあとわさびちゃんが新しい顔を届けに行く、元気百倍かば焼きマン。まぁいつもの流れか。そしてその後にいつも恒例のかば焼きパーンチからの、ひーつーまーぶーしー! で終了か)
子供は単純なものを喜ぶ。だからヒーローショーの流れなどこんなもので良いのである。
その流れは昔から変わらない。だからこそ世間に愛され続けてここまできたのである。
……さて、先ほど千束が頭の中で語ったヒーローショーの流れであるが。
お気づきだろうか。この何気ないいつもと変わらぬ愛され続けているこのくだり。
そこにさりげなく隠されているのだ。たきなのとんでもない計画が。
(……ん? ちょっと待て、何かが引っかかる。かば焼きマンが力が出なくなって、わさびちゃんが力を貸して、復活したかば焼きマンがパンチする。かば焼きマンがひつまぶし大臣に攻撃をする。……たきながかば焼きマンで、私がひつまぶし大臣だから。…………!?)
……時すでに。
千束は、たきなの術中にハマっていたのである。
気づいた時にはもう遅い。この千束の敗北が確定するヒーローショーはもう始まってしまい、終わりが近づいているからである。
この逃走中対決は、逃げた千束にたきなが一撃を与えたらたきなが勝利するルールである。
そして現状、ヒーローショーにて最後の局面、ヒーロー役のたきなが、敵役の千束をパンチするという展開が来る。
このパンチ、千束は避けることができない。
当たり前だ、この攻撃は、"ヒーローショーの台本で決まっている"ことだからである。
つまりたきなのパンチは千束に確実に当たる。当然ルールにもある通り台本による攻撃も攻撃、当たれば千束は負ける。
この領域内のたきなのパンチは、千束に確実に当たる必中効果が付与されているのである。
(領〇展開みたいになってるよ!?)
某漫画の必殺技みたいな状態になってしまったこのヒーローショー。
ヒーローショーを舞台に、自分と相手をヒーローと敵役に見立て、ヒーローの攻撃は確実に悪役を撃破するルールを付与する領〇展開。みたいな感じだろうか。
ということでたきなの攻撃はこのままいけば、千束に確実に当たるのである。さあ千束はどう対応するか。
(なんか面白いことになってきたなぁ……)
舞台袖で見ていたエリカも、すっかり二人の勝負に夢中になっていた。
その他の観客や関係のないリコリス達は、二人が今も勝負をしている最中なんぞ知る由もなく。
(非常にまずいぞ! 何か、何か手を打たなければ!)
千束は対抗策を考えるが、この状況、手の打ちようがあるのだろうか。
下手のヒーローショーは中断できない。観客、見ている子供たちがかわいそうだ。
当然千束は子供たちを悲しませるなんてことはしないしできない。だが勝負にも負けたくない。
考えに考えた末に、千束は勝負に出ることに。
(ええいままよ! ちょっと無理やりすぎるけど!!)
『くらえひつまぶし大臣! かば焼きパーンチ!!(勝った!!)』
そしてたきなの勝利を確信したかば焼きパンチ。
それがひつまぶし大臣にヒットする寸前で、パンチが食らってもいないのにひつまぶし大臣がその場で倒れた。
『じ、持病が!!』
(あるか子供番組でそんな設定!)
急に台本とは関係のないことをし始めた千束。
そんな彼女の突拍子の無い行動にエリカは内心ツッコミを入れる。
そして千束の暴走にたきなは突っ立ったまま。驚きか呆れか、だがこれは千束にとってはチャンスで。
『かば焼きマン。確かに私のような悪役は、お前達正義にやられるのが当たり前のことだろう。なぜなら私が悪でお前が正義だからだ、正義か悪、この世の中は二つに分かれるしかないだろう』
『……』
『だがこの状況、武器も持たず苦しむ私を攻撃するお前を、周りの観客は正義と認めるだろうか? 無力が悪ならば、力は正義だろうか? お前達は、それで本当にいいのか!?』
(なんか難しい話始まっちゃったなぁ……)
とにかくよくわからないが、ヒーローショーはすっかり千束の一人舞台になっていた。
この無茶苦茶な流れに、舞台袖にいたエリカ含め他のリコリス達もどうしていいかわからず戸惑っている。
そしてたきなも、無茶苦茶なアドリブに惑わされそうになったが、このままでは攻撃を当てる最大のチャンスを逃しかねないため。
『わ、わけのわからないことを。正義の鉄槌だひつまぶし大臣!』
と、たきなも無理やり攻撃をしようとするが。
だがその光景を見て、周りの観客(主にちびっこたち)がここで動き出した。
「ひどいぞかば焼きマン!」
「そんなのヒーローじゃないぞ!」
『!?』
と、すっかり千束に乗せられたちびっ子たちが、かば焼きマンを批判し始めたではないか。
そう、それが千束の狙いだった。ヒーローの真髄は何ぞやという話である。
(思いのほか上手くいったぞ! たきなさん、君は確か毎週日曜日ニチアサを欠かさず見ていると噂で聞いている。つまりヒーローというものに対しての理解が深い。子供たちが認めないものがヒーロー足りうるか? それはヒーローと言えるかな? 故にこの状況でヒーロー役の君が攻撃を強行なんてできるわけがない!!)
これは喫茶リコリコの時の意趣返し。
千束は周りの観客を味方に付けたのだ。その場の即興のアドリブだったが、なんかわからないがちびっ子たちは上手く乗っかってきてくれた。
世のちびっ子たちが認めなければそれはヒーローではない。弱きものを一方的に攻撃するものをヒーローとは呼んでくれない。
だからたきなはこの場合、悪役を攻撃する権利がない。それはたきな自身のヒーローに対しての、救世主に対しての価値観とこだわり、深い思い。
たきなのその思いにすら付け込んだ、千束の姑息な一手であった。
『かば焼きマン、今回は和解といかないか? 時には暴力ではない、話し合いというテーブルで解決したい』
『ぐっ!?』
そして二人は熱く身体を抱き合った。
こんなに近くにいるのに、無防備なのに、たきなは千束を攻撃できないのである。
(こんな! こんな密着した状況で、今にも一撃与えるなんて簡単な状態で!!)
これにはたきなもさぞ悔しいだろう。もう本当にあと一歩だったのだ。
今回の勝負、たきなは真正面ではなく、思慮深くより複雑な作戦を練りに練って千束に勝ちに来ている。
だからこそ喫茶店の一件にせよ今回にせよ、出し抜く千束に対して、届きそうで届かない勝負に対しての苛立ちが募る。
こうしてヒーローショーはなんかよくわからないが上手いことまとまり、観客も満足な状態で終了した。
「お疲れさまでした~」
(くそ、周りのリコリスの目も気になるけど、こうなったら不意打ちで)
舞台裏。
たきなはもうダサくてもリスクを負ってでも、ここでやるしかないと腹をくくる。
上手いことこの場で千束に一撃を与える。そして勝つ。そう思って拳銃を取り出そうとしたところ。
「あ、井ノ上さんはこの後かば焼きマンの恰好で観客との写真撮影あるから残って」
「え?」
「高安さんはこのまま帰ってもいいよ~」
「あ、わかりました♪(嬉々とした甲高い声)」
ここでたきなに誤算が発生した。
たきなはヒーロー役だったため、ちびっ子たちとの写真撮影をしなければならないのだ。
対して千束はお役御免。このまま悠々と逃げることができる。
こうしてショッピングモールでの一幕も、千束に軍配が上がった。
その後すぐさま自転車を止めている駐輪場に向かう千束。
だがたきなが先に手を打っており、そこにあったのは破壊された自転車があり、メモが貼ってあった。
『後日店長さんには新しい自転車を弁償しますとお伝えください』
「……」
これで千束は確信した。
たきなには、自分の居場所が筒抜けであるということが。
偶然なわけがなかった。たきなは、何かしらの方法で千束の居場所を感知、特定したのである。
「だとしたら、いったいどうやって……」
自分の身の回りに盗聴器や発信機がついているとは考えにくい。
一度アパートに帰った時に身の回りのものは全て確認した。それでも発信機がついているなんて状況、千束相手にはありえない話である。
ドローンなどを使って追跡した形跡もない。そもそも千束には感知され対策されるだろう。
「ありえない、なんてことはありえないか。ならばいっそ、私に発信機がついている。それを前提として推理してみよう。問題は、"どこで私に発信機をつけた"か。考えられるのはもう、リコリコの時しかない。いやアパートでって線はあるか? 最初に勝負を申し込まれた時はそもそもルールなんて決めてなかったし、まあ逃げる私を追うためにつけたとも考えられるが、だが身に着けている衣類にはそれらしきものはついてなかったし、そもそも、今私はリコリスの恰好をしてるし……」
――千束は考える。
いつ、どうやって、どのようにして、自分に発信機のたぐいをたきながつけたのか。
チャンスは2回あっただろう。自分のアパートの時、喫茶リコリコの時。
前者はほぼないとして、ならばやはり、喫茶リコリコの時に発信機を取り付けた。
そしてリコリコでのやり取りを思い出してみる。
「クルミの車でリコリコに来て、クルミが発信機を所持していて私につけた? まぁそれはないとして。その後私は席に付いて上着を椅子にかけた。さりげなくその時に発信機を取り付けたのか? だがその可能性を真っ先に考えて家に帰った時に上着は調べたしそもそもその上着は身に着けていない。あとはなんかおじさんがサービスで出してくれたケーキを食べた後、ランチセットBが届いてそこからたきなさんとのやり取りが始まった。その間で私に発信機を取り付けるとしたら……」
と、ブツブツと言葉に出しながら状況を整理していく千束。
喫茶店に入店してから、ランチセットBが届くまでの間。その時間が自分が一番隙を見せた時間。ならもうその間しか考えられない。
その間に起こったやり取り、出来事、会話の一つ一つを思い出し。そして千束は、ミカと交わしたこのやり取りに着目する。
『あぁそうだ。料理が来るまで前菜と言ってはなんだがこれでも食べて待ってなさい』
『え!? いいのこれ食べても? 注文してないのに』
『サービスだ。あとこれは今日臨時で来てくれたバイトの子が作ったものなんだ。おいしいからお客さんにタダで振舞ってるんだ』
これは入店して席に付いた後すぐに千束とミカが交わしたやり取り。
久しぶりに会いに来た千束を喜ばせるために頼んでもいないケーキを振舞う。太っ腹すぎる。
そして気になるのはここ、バイトの子が作ったもの。
そのバイトというのは、十中八九たきなのことを指しているだろう。
つまりあのケーキは、たきなが手ずから用意したもの。それを千束はなんの疑いもなく口に入れている。
「……うーん」
たきなが用意したものにあっさりと手を付けている場面はここしかない。
千束は考える。そして一本、あるところに電話を入れた。
それはDA学園のC組。criticalのC組。別名"諜報部"。
千束は独自の回線でそのC組に電話をかけた。
『もしもし? これはこれはD組の錦木様。諜報部に何かご用事でも?』
「あの、お聞きしたいことがありましてですね。その、発信機とかって詳しいです?」
『はい、私どもは諜報活動が主ですので』
「例えばなんですけど、対象にバレることなく"体内に発信機を仕込む"術とかってご存じです?」
千束が考えに考え付いた結論。
それは、対象の体内に発信機を仕込む。そんな絵空事だと思われそうなものであった。
ひょっとしたら「なに言ってんだこいつ」とバカにされるようなことを自分で言っているかもしれない。
だが可能性の範疇として、千束が自分に発信機が仕込まれているとするなら、それが真っ先に考えられることだった。
その疑問に対して、C組の部署から返ってきた回答がこれ。
『えぇ、"可能です"よ』
「!? く、詳しく教えてもらってもいいですか!?」
なんと、もしかしたら速攻ビンゴを引いたかもしれない千束。
これ次第では、疑問が確証に変わるだろう。
『リコリスの体内には、本人たちの潜在能力や情報処理能力を最大限まで引き出すプログラム、リコリスプログラムが組み込まれているのはご存じですか?』
「それは……。聞いてます」
『リコリスプログラムはナノサイズのマシンプログラム。脳や神経や細胞に干渉し少女を兵士化する薬物です。その中には、ナノサイズの発信機型のものも体内に組み込まれております』
「ほうほう……」
『特に我々諜報部の諜報活動において、例えばそうですね。ハニートラップというやつでしょうか。対象とリコリスの※※※行為。※※だったり※※※の行為を行った際に対象の体内にリコリスの※※を通じてナノサイズの発信機を寄生させる。リコリスも年頃の少女、※※目的で※※※な行為を目的に手を出す輩も多いですからね』
「すいません伏字多すぎて何言ってるかまったくわからないんですけど……」
この伏字を全部文章に起こしてしまうと間違いなくこの小説にR-18タグが付いてしまうため、読者の皆様に想像をゆだねたいところ。
千束にはもちろん内容は全部聞こえており、顔を真っ赤にしてつい誤魔化そうとしてしまった(本人曰くこういう話題は苦手な方らしい)。
「えぇとその、そういう行為以外で……(ボソッ)。た、例えばその、飲食物に混ぜて対象にそれを摂取してもらうとかは?」
『そういう方法もありますね。唾液、血液、※液。それらを食材に混入させて対象の口に運ぶとかでしょうか』
「唾液と血液だけでよかったとおもいますよありがとうございますおかげで解決しましたそれではー」
千束はこれ以上C組の職員の話を聞くに堪えなかったため、ある程度の確証を得たと同時に電話をバッサリと切った。
そう、つまりはこういうことである。
千束が食べたあのケーキはたきなが作ったとされるケーキ。
そしてたきなは、そのケーキの生地か何かに自分の唾液、または血液にナノサイズの発信機を含めたものを混入させ、千束に食べさせたのである。
つまり千束の体内にはたきなの体内にあるナノサイズの発信機が寄生している状態。だからたきなは千束の場所を特定できた。そういうことである。
「……」
千束は神妙な面持ちですこしばかり腹部をさすった。
よくわからないこのなんともいえない感情はいったん置き去りにして、すぐさまここから逃げなければならない。
写真撮影はもうあと少しで終わってしまう。そうなればたきなは千束を追いかけにまたくるだろう。
そして場所が特定されている以上、逃げた先はバレバレ。自転車を破壊され、あちらには単車がある。
移動手段は確実にたきなの方が有利。時刻はもうすぐ5時を回る。
1時間、移動手段のない千束と単車を持ってるたきな。今からたきなの単車を探して細工する時間はない。
車などのたぐいは使えない。一般人に迷惑かけないルール、公共の乗り物は使えないルールが邪魔をする。
逆にクルミの自家用車のように、ルールの外を突くような方法ならば車も利用できるのだろうが。
「何か手は、何か……」
そう千束が考え込む。
それはあまりにも無防備、隙だらけである。
今にも自分を狙っている輩のことに、気づくことができないほどに。
千束の近くに、ワゴン車が止まる。
そして千束に対して数人、男たちが襲い掛かる。
「むぐっ!」
口をふさがれ、体の不自由を奪われ。
そしてそのまま、千束は何者かの連中に、車で連れ去られてしまった。
勝負の決着まで、残り1時間。
逃げる千束、追うたきな。
――果たしてこの勝負の、結末はいかに。