クルミとサクラが死闘を繰り広げている中。
一方、DA学園本校舎とは別のところにある裏校舎にて。
そこは学校のイメージとは程遠い、訓練所のような施設のあるところ。
表あるところに裏があるとは言ったところ。新設された学校という場所を隠れ蓑にした、優秀な兵士を育成する機関。
総称してDAグループ。リコリスたちはそこで教養を学ぶ傍ら、日常に蔓延る悪人を断絶するための戦闘訓練を受けている。
ちょうど今第1訓練室から出てくる少女が一人。
厳しい身体運動をした後だというのに、涼しい顔をしているのはフキであった。
彼女は3つの区分に分けられているリコリスの中でも、最高位の赤色を与えられたファースト。
他のリコリスとは一線を画す戦闘力を所有する特機戦力とされる少女である。
「ふぅ……」
フキは一息を付き、置いてあるスポーツドリンクを摂取。
そして休憩室のベンチに座り、瞑想を行うが。
どうにも集中しきれていない様子がうかがえる。
まるで何かに対し、そわそわしているようにも思える。
そんな中で一人の人物が休憩室に入ってきた。
その人物は、表向きは学校の教頭とされ、裏の顔は彼女たちの教官を務める人物。
千束達を誘い出した張本人、楠木である。
「はかどっているようだな、フキ」
「楠木……教頭……」
冷徹なまなざしを向ける楠木に対し、フキは小さく一礼をする。
リコリスにとって楠木は絶対的な権限を持つ上司、彼女の元で厳しい訓練の日々を送っている。
一礼するフキを横目に、楠木はタブレットに目を通しながらその近くのベンチに腰を掛けた。
そしてフキを改めて目にして、茶々を入れるようにこう声をかけた。
「……何か気になっていることでもあるか?」
「……いえ」
そう聞かれたフキは、顔に出ていたのかと改まったようにそう返した。
フキは確かに気になっていることがあった。そう、猪突猛進し今にも千束達に殴り込みに行っているサクラのことである。
普通ならば、セカンド筆頭格の彼女がピンチに陥ることなどあまりないことなため基本は放任している。
だが、今回のこの任務に関しては、フキはサクラでさえ荷が重いものだと感じていた。
それがなぜそう思うかという明確なものがわからないまま、なんとなく……である。
だが人間、そのなんとなく、嫌な予感をする時というのは、何かが起こりえるものという。
フキのように、あまりそういう予感をしない人間がする虫の知らせ的なものは、なおのこと嫌な空気を作り出す。
そんな中で、情報伝達を任されていたリコリスが、楠木とフキがいる休憩室に入ってきた。
「今、報告の方よろしいでしょうか?」
かしこまったように言うリコリスに対し、楠木は涼しい顔を浮かべ「どうぞ」と一言。
そしてリコリスが口を開く。
「セカンドリコリス、乙女サクラがラジアータ―ハルシャギクを使用しました。ラジアータ本体と接続状態にあります」
「ほう、錦木千束にラジアータを使用したのか。まあおおむね予想通りではあるが」
「そ、それが……」
楠木のその返しに対し、報告係のリコリスが一瞬詰まったように報告を止めた。
その反応に、楠木は違和感を、フキはそのわずかで嫌な予感を加速させた。
「サクラはターゲットに対してではなく、その"連れの人物"と交戦し、ラジアータを使用したみたい……なんですけど」
その報告を聞いて、楠木はあまり驚かなかった。
一方でフキは、その報告と同時に苦い表情を浮かべた。
サクラが交戦しているというターゲットの連れに、覚えがあったからだ。
「……その連れの人物についての詳細は?」
「その、交戦している相手は……」
「――ウォールナットか?」
質問をする楠木に対し、口ごもるリコリスの言葉を遮って、フキがそう口にし言葉を遮った。
それを聞いて、リコリスは、データにはそう記載があることを捕捉する。
その報告を受けて、楠木はそれでも眉一つ動かさずに、左手を口元に近づけ何かを思い出すようにボソッとつぶやく。
「……あの"神童"か。剣術競技の道を外れ、暴力の道に堕ちた。……今もなお、暴力のために刀を振るっているのか」
「……ウォールナットをご存じなのですか?」
楠木のそのつぶやきに対し、フキが楠木に尋ねる。
楠木は報告係のリコリスを下げさせ、フキに語って聞かせた。
「……今から十数年前のことだ。総合剣術競技の大会でとある女子中学生が頭角を現し、名だたる猛者たちを無双のごとく打倒し、業界では神童とまで呼ばれるまでになった。当時私も総合剣術競技に席を置いていた身の上だが、私のところまで話題が轟いていたほどだった」
かつて楠木は、総合剣術競技と呼ばれる競技にて、業界ではそれなりに名が通ったほどの実力の持ち主であった。
引退をした後でも弟子になりたいという若手が後を絶たないほどの人物であったそうだが、その彼女でも一目置いていたほどの神童と呼ばれたその女子中学生。
楠木はけして弟子など取るつもりもなく、そもそもとして他の剣術競技の選手に対し興味を抱くような人格でもなかったが、そんな彼女でも興味を持たざるを得ないほどの実力を持つ少女であったという。
「だが上がり調子だったその少女の選手生命が壊れたのは中学3年生の最後の夏の大会だった。この大会で優勝間違いなしと噂され、いずれは世界にも通ずる大物にもなると予感されたその大会で、その少女はその実力を疎んだ他の学校の生徒の妨害を受け、それにより他校と揉めた結果暴力事件を起こしてしまってな、その結果剣術競技連盟から除名され、その後はまあ……。散々な人生を送ったとか、なんとか」
「……その女子中学生が、もしかして」
「私も目をかけていたのだがな。それが錦木千束と共に行動しているとは、そうか……。彼女も"アランチルドレン"だったか」
そんな女子中学生の話の後、新たなワードが楠木の口から出てくる。
そのアランチルドレンというワードに対し、フキがまたしても興味を抱く。
「アランチルドレン……ですか」
「あぁ。気になるか?」
楠木は、まるでフキがそのことに興味を抱き質問をしてくることを待っていたかのような、誘うかのような口ぶりでそうフキに問いかける。
フキは首を縦に振る。もしかしてそれこそが、今回の錦木千束討伐任務の全貌に繋がるものではないかとフキは睨んだのだ。
「……今から約10年前、今なもう存在しないアラン機関高等学校という学校が存在していてな。そこでは国が支援を行うほどの優秀な人材と、それとは真逆の人の道を外れた、掃き溜めの中にいるクズの中のクズと呼ばれた悪童たちが同時に在籍し、そして間引きされていた」
「……どうしてそんなことを、優秀な人材だけを集めればよかったんじゃ」
「その学校の関係者曰く、"人間は誰しもが祝福を与えられている"という言葉を掲げていて、優秀であれそうじゃないであれ、人間には等しく使命を与えられていると説いた」
それこそがアランが掲げる指標であった。
そして優秀な人物にはより優秀になるための環境を、その陰にかくれ日の目を浴びない掃き溜めの連中には居場所を与え、扱いの違いを明確にした上にて、あたかも「こうもなりたくなければ優秀であれ」という教育を、学校の大人たちは生徒に施したのである。
そう、掃き溜めの中のクズの使命とは、優秀な人材が優秀となるための肥やしとなることこそが、使命なのであった。
当然そんな扱いをされたクズたちは黙っているわけはない。
だが居場所を奪い追放すると社会で何をしでかすかわからないから、その犯罪者予備軍とも言えるそいつらを居場所という牢獄での監視をする目的もアランにはあった。
そのひどい扱いを行う大人たちに当然クズどもは反抗する、反論する、反逆を企てようとする。
そこで、大人たちはこう考え、行動した。
「そんなある日、アラン機関が外部の人間を招き入れた。その人物はどうしようもないクズどもを見て、クズどもにこう言葉を吐き捨てた。「その暴力と悪逆性を、我々と街の民のために使いなさい」とな」
「……」
「ただただ喧嘩に明け暮れるだけでは生産性がない、無駄な暴力は社会にとって害しかない。ならばその力を行使し、この一帯のエリアを暴力で支配しろと。それを大人たちと街の民たちの利益とするならば、どれだけ暴れても、どれだけ悪逆を尽くしてもかまわないとその人物は言ったらしい」
その時代、暴力に飢えていたのは何もアランだけではない。
アランを中心とし、かつてこの街は国で最も危ない街とも、危険すぎる場所とも言われていた。
そんな街で平気な顔をして、平和をうたう住民などいるはずもない。暴力に縁のない一般人は、暴力に怯えなければならない毎日。
ならばこそ、その街に巣くう暴力と、そうではない普通の一般人を間引きする必要があった。
そう、それこそがアランに巣くう掃き溜めのクズに与えられた役割だ。街に蔓延る暴力を、より強力な暴力で支配し、全ての悪を担う組織として大人たちに飼われることであった。
「まあ、それを一方的に大人に命じられて、はいわかりましたと素直に従うクズどもではないだろう。そこで、クズどもを統率し、支配できる存在。暴力を封じ込めるより強大な暴力をと、その大人たちは、そのクズどもの中に一人の生徒を派遣したんだ」
「生徒……?」
「"その集団を凌駕するほどのスペックを有する力を持ち、それらを支配しきれるほどのカリスマ性と才能を持つ存在"だよ。クズどもは大人たちには真向な形では従わない、大人たちはそんな連中に足元をすくわれないように、同じ目線に立てる生徒を。けして暴力に屈さず、それでもって全てにおいてかなうはずもない優秀な生徒。神に祝福された才能を持つ存在――"アダムズギフテッド"を」
「!?」
「優秀な人材とクズの両立。その真価はそこにあった。それがアラン機関を中心とした大人たちによる計画。暴力と平和の間引き、"アランチルドレン計画"だ。まあ最も、色々と支障をきたす欠陥もあったらしいが……」
それらが、楠木がフキに語り聞かせたアラン機関の在り方の、ほんの一部分にすぎない逸話であった。
そしてその話を聞いて、フキは思考を巡らせる。
そう、そのアラン機関の計画には、千束とクルミは深く関わっている。
そんな連中に、あり方が類似しているリコリスを宛がおうとする何か。
フキの中で、今回のミッションに対して不可解であったことに対する空いたピースが、徐々に埋まりつつあった。
なぜわざわざ楠木は、フキに答えを示そうとするように、その話を語り聞かせたのか。
そんな中、楠木の元に一本の連絡が入る。
「もしもし私だ。あぁその件か、すでに井ノ上たきなを錦木千束の元へと向かわせている。良質なデータが取れることを祈っているよ」
「……?」
「最強のアダムズギフテッドと最凶のファーストリコリス。その二つが相争ったらどうなるのか、私も興味があるのでね……。私も後ほど現場に向かうとする」
そう何者かと通話し終え、楠木は電話を切る。
そして現場に向かう準備をするため、フキのいる休憩室から出ようとする。
そんな楠木を、行ってしまう前にどうしても確認したいと、フキは言葉をかけ楠木の足を止めた。
「……教頭、もしかしてあなたは、サクラがこうなることを。"負けるのが分かっていて"わざと行かせたんですか?」
そのフキの質問に、楠木は冷徹にもこう答えた。
「ふっ。人間、挫折もまた成長の糧となろうよ」
「あ、あなたって人は……!!」
「そう怒るなフキ。そもそも貴様、この件には興味がないのではなかったのか? あの時私が貴様に命じた時、素直に貴様が行っていればサクラは敗北の負い目を浴びることもなかったのかもしれないぞ?」
「それは……。あ、あぁ……」
そう少し意地が悪そうに楠木はフキに言葉を浴びせた。
こうなっては、フキはサクラの安否を、そしてこれから起こる事柄が気になって仕方がない。
最も、フキがこうなることすら、楠木にとっては織り込み済みだっただろうか。
「あなたも行きますか? 錦木千束のところへ」
「……」
「……ならばすぐに支度をなさい」
フキにとって、錦木千束は一般人だった。
そう、それはリコリスとして、争いから遠ざけなければならない。
だがもう、千束も、ウォールナットも。リコリスを中心とした新たなる争いの歯車に組み込まれてしまっている。
ならばこそ、フキはリコリスを率いる者の一人として、今行われていることの顛末を、見届けなければならないのである。
「……ウォールナット。もしお前が、サクラを傷つけるのなら、私は」
そう、一人の女に対しての、執念を内に燃やして。