危機とは、突如として起こりうるものである。
勝負に集中しすぎて、すっかりと忘れてしまっていた。
今、サードリコリスを狙う連中が街に潜伏しているという事実を。
その中で、千束はよりにもよってサードの恰好をして、それも単身でいたがためにその連中に拉致されてしまっていた。
普通ならばそんな危機的状況などに陥る女ではないだろう。だが今回は完全に油断しきっていたのである。
謎の男たちにワゴンに押し込められ、口にはガムテープを貼られ、両手には手錠をかけられてしまう。
そして男たちは走り出す。おそらく潜伏しているアジトへだろう。
そこでおそらくは拷問、情報を引き出すためにありとあらゆることをしてくるだろう。
「ったくDAってのは情報力が薄いのか? サードなんたらってのを単身で野に放つなんてよぉ」
「今この街じゃあDAの武装した女子高生が幅を利かせてますからねぇ、余裕綽々なんでしょうよ」
「ふんっ。東西から身寄りのない女子供攫って兵士として改造してるなんて、どっちが悪党かわからんよなぁ?」
そう男たちが車内でしゃべっている。
そんな中、後部座席で拘束されている千束が、必死にもがいている。
「むー! むぐー!!」
その千束を見たリーダーらしき男が部下に指示を出す。
「おい」
「へーい」
そして指示された男が、千束の口に貼ってるガムテープを思いっきりはがすのであった。
これで千束は口が利ける状態になる。だが手錠をされているため両手は使えない。
それに加え、男たちは銃を所持している。実弾が入っている銃、またもや裏で仕入れたと思われる代物だろう。
「ぷはっ!」
「気分はどうだ? せっかくだからなんかしゃべってもらおうかと思ってな。気が変わったんなら組織の情報の一つや二つ話してくれたら手間が省けるんだけどなぁ」
「あ、あ……」
「それとも何か? この危機的状況に怖がって泣いてくれてもいいんだぜ?」
そう男たちは優位に立っているのか、千束に圧をかけびびらせようとする。
圧倒的不利な状況に、千束がワナワナと震えている。まさか、さすがにこの状況では千束も恐怖というものを感じているのだろうか。
そんな千束から出た第一声が、これだった。
「あ、ありがとーーーーーーーーー!!」
「はいぃぃぃ!?」
なんと拉致されて不利な状況である女から出た第一声が、予想だにしない感謝の叫びだった。
なぜ? 今にも殺されてもおかしくない状況で? どうして感謝が口から出てくるのか。
男たちはどうしてかさっぱり理解できないでいた。
「いやぁ! 正直あの後どう逃げればいいか悩んでてさぁ。まさか都合よく拉致してくれておまけに車まで出してくれるなんて! マジ最高! マジ感謝!!」
「……」
千束から浴びせられる感謝の数々に、男たちは戸惑っている。
そう、あの錦木千束がこの状況を危機的状況だなんて考えるわけが……。なかったのである。
改めて今回の勝負のルールに関して振り返ろう。移動手段において、"公共の乗り物が使用できないルール"。そして"一般人に迷惑をかけてはならないルール"。
この二点に絞って考えた時、現在の状況は、"その二つには引っかからない"のである。
乗り物は公共のものではなくテロリストが運転するもの、そしてテロリストは一般人とは到底思えない。迷惑なんてかけてはいけないなんてことはない存在だからである。
つまり千束にとっては、運よくルールの裏を突く逃走手段になり得るのである。
今にも殺されそうな状況? 千束にとってそんな恐怖はみじんもないだろう。だっていざとなったら拘束されてようが移動中だろうがテロリストを殲滅できるポテンシャルがあるからである。
そんなこと、テロリストの連中は知る由もないのだが……。
「ど、どういうことだ? お前、サードなんたらって組織の兵士じゃねぇのか?」
「うん、私サードリコリスじゃないわよ? 逆にそのリコリスから追われてるのよ、リコリスの中でも最悪とされるファーストリコリスに」
千束のその言葉を聞いて、男たちは考える。
リコリスの順列に関しては、男たちの情報にもある。
サードは量産された一般兵。一人では巨漢一人を倒すくらいの力は備えているが単独で状況を変えられるほどの力はない。群れを成して意味のある一兵士にすぎない。
セカンドはサードを純粋に強化した兵士。単独で数人を相手できるほどの能力を有し、専用のラジアータと呼ばれる兵器を運用できる。
そしてファーストは、セカンド以下を遥かに凌駕した兵士。いや、彼女たちは兵士という枠では収まらない、人型兵器とさえ呼称されるリコリスのトップに立つ存在。
その戦闘能力は、武装した軍隊の一個小隊を単独で殲滅できるともされている。まさに少女の形をした災害である。
そんなファーストに追われていると千束は言うのだ(※男たちは千束とたきながしているくだらない勝負のことなど知る由もありません)。
「まさか、DAに潜入している別の組織の構成員だとか?」
「それがファーストに追われてるってことは、よほど重大な情報を入手でもしたのか?」
男たちは勘ぐる。
千束がこの状況下で機転を利かせて適当を述べている可能性も考えられる。だが組織の下っ端がこのような状況でそれだけの度胸を図太さを持ち合わせているだろうか。
そして次の可能性が、DAの敵対組織の構成員がリコリスに成りすまして潜入しているのがバレて、よりにもよってファーストリコリスに追われている可能性。
実際はどっちも違うのだが、というか内容がくだらない追いかけっこの勝負なのだが、普通に考えて災害級のファーストと追いかけっこをしているなんて思いつきもしないだろう。
「……おい女、とりあえずこの場で知っている事、隠していることを全部話せ」
「それは言えないよねぇ」
バコッ!!
男にそう言われ千束が口を濁すような言い方で誤魔化そうとした時であった。男は容赦なく千束の頬を思いっきりぶん殴る。
逆らうものは女子供であろうと容赦なく手を上げる。それがテロリストだ、この世の悪である。
自分と相手の序列を無理やりわからせるには、暴力が手っ取り早いのである。
殴られた千束は口の中を切り、血が口から滴り落ちる。
「言えない、じゃあねえんだよ女。今この場でてめぇの生殺与奪は俺らにあんだよ、状況を考えてしゃべれや。誤魔化しもお世辞も通用すると思ってんじゃねぇぞクソが」
そう千束に言葉の圧をかける男。
そして殴られた千束は、それにより怯むわけでもなく、怯えるわけでもない。取り乱すわけでもない。
だが、怒るわけでもない、呆れるわけでもなく。
ギロッ……
千束は、自分を殴った男の方を一瞥した。
「!?」
千束に睨まれた男は、先ほどまでの優位はどこへ消えたのか。
その一睨みで、全てをわからせられるほどの恐怖が自らに一瞬よぎる。
恐怖を感じるのではない、恐怖を与えられるのである。
その目線から浴びせられるのは、千束と、男の格付けである。
勝つ負けるとかではない、生き物としての格の違いだ。
男には、千束が一人の女ではなく、車内でとぐろを巻く巨大な蛇の怪物に見え始める。
人の力では到達できないその領域を、嫌というほどに理解させられる。
(の、呑まれる。この女は普通じゃねぇ。このままじゃ、俺ら全員こいつに呑まれる……)
自分が上だと確信し、手を出した相手が、自分如きでは絶対に敵わない相手だと強制的に理解させられる恐怖。
それは睨まれた男一人だけに注がれるもの。他の連中はまだ、千束の底知れぬ存在感に気づいていない。
気づいてしまったのは、主犯格の男ただ一人だけである。
「はぁ……。はぁ……」
「おい、なに息切らしてんだよ。女殴って興奮でもしちゃった?」
「……いや」
恐怖を味あわされた自分の体験など知らず、他の男は軽口を叩く。
このままどうなる。アジトに連れ帰ったところで千束をどうにかできるだろうか。
いっそこのまま車から降ろして逃走した方が良いんじゃないだろうか。男はそう決断してしまうほどで。
「……DAと関係ないってなら拉致っても意味ねぇし、とりあえず女をそこらへんに捨てっぞ」
「え? なんか知ってるかもしれませんよ?」
「いい、とりあえず車を止め……」
「いやーーーーーーー! このまま私を連れて逃げてぇー!!」
当然千束としてはこのまま道の途中で車から降ろされるなどたまったものではない。
タイムリミットの6時までに男たちには逃げてほしいものである。
そんな千束の事情など男たちは知る由もないため、この女が何を言ってるのかやっぱり理解できずにいた。
「わかったわ。隠していることを話す。だからとりあえず6時くらいまでは車を走らせて」
「なんで6時よ……」
「それは……。ちび〇る子ちゃんが始まるから」
「今日土曜日だぞ……」
千束が適当な理由を口にし6時まで車で逃げてもらおうように懇願。
男はすぐにでも千束を野に放ちたいと考えているが、しかし隠していることというのも気になる。
それに千束の言うことをとりあえず聞いていれば千束がすぐさま暴れることもないだろうと考え、車は走らせ続けることに。
「んで? てめぇなんでファーストに追われてるんだよ? まずそれを話せ」
ファーストに追われている理由。
男にとっては千束から先ほど浴びせられた圧もあり、ファーストに追われるほどの何かを持つと勘ぐる。
そして千束から語られる。まさかたきなと勝負をしていることを素直に話してしまうのだろうか。
「……実は」
「ごくり……」
「私は将来、抵抗軍の指導者になるとされているらしく。そんな私を抹殺するべくDAが未来から現代に送りこんだ殺人アンドロイド。それが私を追っているファーストリコリスの正体で……」
「どっかで聞いたことあるなそれ!!」
千束が説明した内容は、あきらかに某映画の内容とほぼ一緒のもの。
当然鵜呑みにするような内容ではないだろう。あからさまな適当なものだろう。
普通に考えてありえない話である。……半分くらい?
「ふざけてんのかお前!!」
「ふざけてないんだって! 君たち冗談だと思ってるかもしんないけどあいつと戦ったことないからわからないだけなんだって! 間違いないあれは未来から私を抹殺するために送り込まれたアンドロイドなの! 映画と違うのは見た目がシュ〇ルツェネッガーじゃないことだけなんだよ!!」
「……笑えねぇよその冗談」
どうにも千束の言動からは冗談には聞こえないほどの真実味のある迫真さを感じる。
まぁ噂に聞いているファーストリコリスの実力はかなりヤバイとのことだから、ひょっとしたらそう感じるほどの代物なのかもしれない。
千束が将来抵抗軍の指導者になるかどうかはさておいて、とりあえずター〇ネーターばりにやばいやつに追われているというのは事実なのだろう。
今のところ全然千束から有益な情報を得られていないのもまた事実である。
そして車に乗ってる別の男が、その内容を聞いてこう口からこぼした。
「つまり。DAがスカ〇ネットだった……?」
「合わせなくていいんだよ!!」
助手席に乗っていたその男はたまたま映画好きだったということもあってか、千束の話に合わせてきたのである。
だがとうぜんDAはスカ〇ネットではないし、リコリスは少女型アンドロイドではない。
「……ねぇ、今何時?」
「どうしてそんなに時間を気にする。……まぁいいや、6時ちょっと前、5時50分くらい?」
千束が男に時間を問う。
返ってきた返答が、6時もう手前というものだった。
つまりあと10分で、この逃走中対決は千束の勝利で終わる。というかこの状況下で千束は勝負のことしか頭になかったらしい。
今のところたきなが現れる気配はない、千束は今も車で移動中。
普通に考えるなら、千束の勝利はほぼ確実。なのだが……。
(あと10分逃げきれば私の勝利か。だが……。なんだろう、これは予感? それとも予期? このまま順当に勝負が決する? 本当に?)
千束は考える。このまま勝負の決着があっさりとついてしまうのか。
あの井ノ上たきなが、最後の最後まで何かをしてこないまま、千束が勝利してしまうのか。
千束はこの勝負の結末に納得できるか。あと1度、何か起こりうるのではないか。
それは予感ではない、予測ではない。……予期である。
千束はどこかで臨んでいるのだ。たきなが最後の最後まで、自分に抗い、勝ちに来ることを。
これではまるで……。
(……私、たきなさんとの勝負を楽しんでる?)
どこかで常に厄介だと感じていた。勝負など、ただ億劫でめんどくさいものだと。
だが今こうして、彼女との勝負に対し、自分は高揚しているのだ。
勝負を楽しみ、本能で勝利を欲している。そう、井ノ上たきなとは、千束をそこまでさせてくれる相手なのだと。
改めて自覚する。だからこそこのまま終わるわけがない、終わってたまるかと、どこかで期待していたのだ。
そして、その時は突如として訪れる。
「……なんだ? 何かが逆走してきやがる」
「!?」
運転している男が目撃するもの。
それは、こちらの車に対して何の抵抗もなく真っ向から逆走してくる単車。
その単車は間違いない。千束には見覚えのある。
「あのカワ〇キのエリミ〇ーターは!」
どこかで待ち望んでいた自分がいただろう。
それは自分を追ってくる追跡者。けして捉えて逃しはしない。
千束の最大の好敵手、最強のリコリスの姿であった。
「ぶつかってくるぞ!」
「かまわんひき殺せ!!」
そう男たちのワゴン車とたきなの単車がぶつかる。
ぶつかる寸前、たきながバイクから飛び降りる。
飛び降りた結果。空のバイクは男たちのワゴン車にぶつかり。
そしてたきなは、ワゴン車のフロント部分にしがみつく。
なんという身体能力。その後たきなは左手でワゴン車のルーフに手をかけ身体を支え……。
ガシャン!!
なんと右手でフロントガラスを思いっきり殴って叩き割り、ワゴン車のハンドルを掴み思いっきり舵を切った。
それによりワゴン車はガードレールに思いっきりぶつかり停止する。
これには男たちはおろか、千束でさえ言葉を失い口をあんぐりと開けて驚愕していた。
「な、なんだこいつ……」
戸惑っているのもつかの間。
今度はたきなはワゴン車の後部席のドアを掴み。
なんとそのまま思いっきり後ろに引っ張りドアを破壊する。
その一連の行動を見て、千束は心の中で改めて思った。
(こいつやっぱりアンドロイドなんじゃ……)
ひょっとしたらひょっとするかもしれないが……。
呆気に取られている千束を目視するたきな。
その千束の頬には、先ほど男に殴られた傷が。
それを確認して、たきなが怒りを露わにしてこう口にした。
「……一撃食らったんですか? 私以外のヤツから?」
「恋愛ドラマみたいなこと言うね」
どっかで聞いたことのあるセリフを言うたきなに千束がツッコミを入れる。
そんなやり取りをよそに、部下の男の一人がたきなに向かって銃を構える。
「ぐっ! 死ねリコリス!」
「あ、あぶなーい」
銃を今にも撃とうとする男の背中を、千束が思いっきり蹴り飛ばした。
それによりバランスを崩し車から落ちる部下の男。それを一瞬のためらいも戸惑いもせず自分の銃で男を撃つたきな。
それは実弾ではないが、当たれば一撃で大の男を気絶させる程の威力を持つ。
たきなの持つ銃。ラジアータ:シオンの威力は絶大である。
それからすぐさま、車に乗っている男たちが一斉に車から降りる。
どさくさ紛れて千束も車から降りるが。
バンッバンッ!
「あわわわ! こ、ここまで来て負けてたまるかい!!」
案の定弾丸は全て避ける。
両手が使えない程度では逃げる千束を銃弾は捉えることができない。
「このリコリス。その女しか狙ってねぇ!」
「もう事情なんてしったことか。やっちまえ!!」
そう言って男たちは銃やらナイフやら取り出して応戦するが。当然たきなには何一つ適う要素が無い。
たきなは銃もナイフも恐れない。向かってくるならばそれに対し冷静に、冷徹に対処するまで。
千束のように超近距離で避ける反射神経こそないが、銃弾に恐怖が無いならば一定の距離があれば避けられる。
そして男たちに反撃。弾を食らえば気絶。男たちも銃弾を食らわないように応戦。
男たちはざっと8人ほど。だがたきなは一人で次々と片付けて、だが狙いはあくまで千束一人に絞る。
千束は男たちを盾に防ぐは避けるわ。そのせいで男たちはどんどん継戦能力を失っていく。
(もうあと少しで6時になるだろ! それまで逃げれば……)
(もう時間はわずかしかない、その前に仕留めて……)
「「私が、勝つ!!」」
もうリコリスを狙っているテロリストなど眼中にない二人。
二人がそれぞれ自分のポテンシャルを最大限発揮して好き勝手暴れているだけ。
――そこには信用も、信頼もない。
だがそれだけで数多の猛者が敗れていく。怪物の領域は怪物しか立ち入れない。
(……)
男たちはもうほとんど動けない。
千束もたきなも、互いのことしか認識していない。
それが、無敵とも思えるたきなに、大きな隙を作った。
たきなが銃を構える。その時だった……。
グサッ!
「!?」
男の一人が、動けないふりをして隙を伺っていた。
そしてたきなが背を向けたのを好機として、持っていたナイフでその背中を思いっきり刺した。
「ぐっ……」
たきなはすぐさま後ろの男に銃を向ける。
だがその瞬間、主犯格の男を含める他二人の男が放った銃弾が。
たきなの左肩と腹部に命中する。
「がっ!!」
背中にナイフ、銃弾2発。さすがにただでは済まない致命傷。
たきなはその場に倒れた。
それを目にし、千束は呆然とする。
たきなの身体から、赤い血が地面に広がっていく。
「はぁ……。はぁ……。ったく、武装した連中をよそに油断してっからそうなるんだよ」
その後、残った男たちで千束を囲む。
千束はその場から動かない。起こった事態に動揺しているのか。
それとも、自らのこの後の運命を受け入れてしまったのか。
「おい女。やっぱてめぇもこの場で殺すわ。てめぇは危険すぎる」
そう言って男は千束に銃口を向けた。
銃口を向けられ、千束は深いため息を吐いた。
「はぁ~」
「んだ? 死ぬのを前にしてあきらめのため息か?」
そう男が千束を皮肉る。
その男の言葉に対し、千束はあの車中と同じ目線を、男に送った。
男は再び戦慄する。千束の目を見て動じるが、銃口は千束に向けたまま。
いくら千束が怪物だったとしても、銃で撃たれれば誰だって死ぬ。もしくは再起不能になるだろう。
結局最後に勝つのは武器だ。そう、思っていたのだが。
「違うよ。私がため息をついているのはね……」
「あぁん!?」
「……この程度でファーストリコリスに勝ったと勘違いしてる、お前らの頭に心底呆れてるんだよ」
バンッ!!
突如として銃声が響きわたった。
そして男の一人がその場に倒れる。
「な、なん……で……?」
そんなわけがない。あってたまるかと男が視線を、血まみれの少女の方に恐る恐る向けた。
その銃声は、たきなの持つ銃からだ。
ありえない。ナイフ1刺し、銃弾2発。
それらの致命傷を受けながら、その少女は大量の血を身体から流しながらも立ち上がり、冷徹に男たちに銃を向けている。
「ば、ばけも……」
そしてたきなは残った男たち全員を打ち倒した。
普通ならば動けるはずもない。死んでいてもおかしくないほどのダメージ。
だがたきなは動く。それは己が兵士だからだ。このような事態においても、戦い続けることのできる兵士だからだ。
それはもう普通ではない。普通、当たり前、そんな価値観などとうに置いてきた。
異質、異端。DAが生み出した最高傑作とも評される。神の力を持つ千束に、唯一対抗できるとされる悪魔の力を付与された少女。
その少女が、千束をまっすぐ見る。血を吐き、血を流し、それでも千束への勝利を渇望して。
そんなたきなの表情を見て、千束はつい、恍惚な表情を浮かべてしまう。
それが、自分という存在に向けられたものであると認識する。
「――あぁ、綺麗だな」
心の底から出ただろう。たきなを称賛する感想。
今千束が抱いているのは好意なのか、それはわからないが。
たきなが自分に向ける敵対心が、対抗心が。心地よかったのかもしれない。
銃を片手に今にも倒れそうな身体で千束に向かっていくたきな。
そんな彼女に対し、千束は淡々と、こう告げた。
「たきなさん。もう6時過ぎてる」
「……」
そう口にする千束に、目を見開くたきな。
すでに、勝負のタイムリミットは超えていたのである。
6時までに千束に1撃入れられなかった場合、たきなの負けである。
この勝負、錦木千束の勝利となるのである。
「……」
目を見開いたまま動かなくなってしまったたきな。
ショックを抱いているのか、現実を直視できないでいるのか。
ひょっとしてそのまま倒れて死んでしまうのではないか。千束が思わずそう思ってしまうような状態だった。
「……自己修復プログラムでとりあえず傷口は塞がってきてるからとりあえず問題は無さそうね。身体の傷より心の傷の方が大きそうだけど」
たきなが受けた傷は、己の身体の機能による大方修復されてきているようで、命の別状はないらしい。
だがそれ以上に、ここまでの手を尽くして千束に勝てなかった事実。
たきなはそれを受け止め切れていない様であった。
さすがの千束も、フォローを入れざるを得ないと思ったのか……。
「ま、まぁその。今回はさ、いつ私も負けてもおかしくないってくらいやばかったよ。ほんと! マジで負けるかと思った!!」
「……」
「お、落とし穴に関しては流石にやりすぎたかなっておもってるよ! でもそれだけ私も負けたくないなって思ったし、やっぱり私がこれだけ本気にならなきゃいけないのは、たきなさんの強さがあってかな~。って思って……るよ?」
と、千束なりにフォローを入れているが、たきなはマジで動かない。
そう思っていたが、たきなはようやく足を進める。
そのまま千束の方へと向かっていき。そして、千束を思いっきり押し倒した。
ドサッ!
「た……。たきな……さん?」
「アッ……。アァ……」
なんというか、完全にたきなはやばい状態になっていた。
もう自我が無いというか、周りが見えておらずまともに声も出ないほどに。
そして心のままに、千束に銃を突きつけた。
勝負は終わっている。だが、たきなの千束への対抗心だけが、身体を突き動かした。
「あの~。たきなさ~ん? もう勝負は終わったのよ? いやわかるよ? 負けて悔しいのはわかる。でもこの期に及んでまだ私に1撃食わらせようとしているのはもうそれは私への当てつけなんじゃないかな~? ちょっと? あらら目が完全にイっちゃってるよ。視点もあってないし、本能のまま私を撃とうとしてるわ。困った困った。私は回避力は神がかっているけど防御力は人並みよ? 当然君の銃弾1発食らったらただではすまない。けど、あら~力が強すぎて振り払えない。押さえつけられちゃって銃口が零距離で、わかったわかったたきなさん、ほら勝負に勝って試合に負けたって言葉があるじゃない、だから今回は引き分けってことでいいよ、そもそもこの勝負ルールからして私有利だったs」
―――翌日、喫茶リコリコにて。
「たきなさ~ん。そろそろ機嫌直してくださいよ~」
「ぷーい」
勝負の後、なんやかんや無事だった千束は流れのままテロリストを殲滅した手土産を持ってDA学園に戻る。
楠木教頭からは「あなたにしてはめずらしく厄介ごとを引き受けてくれちゃって、どういう風の吹き回しですか? 別に給料は上がりませんよ」なんて皮肉を言われてモヤっとしつつ。
肝心のたきなに関しては、負けた影響か千束の大人気なさすぎる抵抗に腹が立ったのか機嫌を損ねてしまい。
これに関しては事情を知らない人たちからなんとかしろと催促され、どうしていいかわからない千束は喫茶リコリコにたきなを連れてきた。
「だからあの時負けときゃよかったのに……」
喫茶店にいたクルミが言うあの時とは、喫茶リコリコでのことだろう。
あの時に関しては確実に千束が落とし穴なんて個人にしか知り得ない切り札を使って見苦しく逃げなければ、あの時点でたきなが勝っていた勝負だった。
その後もヒーローショーを好き勝手改変するとかテロリストの車を移動手段にするだとか、大人げないにもほどがない手段を使って結果的に千束は勝ってしまった。
たきなとしては、今回は直情的ではなく、普段はやらないであろうありとあらゆる手段で臨んだ勝負。
故に負けたことが悔しかったのだろう。千束の大人気なさすぎる手段への怒りと、勝てなかった自分への情けなさで機嫌を完全に損なってしまったのだ。
「いや~。ついつい負けたくないあまりやっちゃったんだも~ん。確かに一瞬は負けを覚悟したさ、だけどやっぱり勝ち誇るたきなさんの顔思い浮かべたら対抗心抱くじゃ~ん」
「むっすー」
「あ~もう! 別の怒らせるとかそのつもりはなくて。も~うずっとこんな状態なんだよ~。助けてくれ~」
((シュ〇ルクとフェ〇ンみたいだな……))
機嫌を直してくれないたきなとそれに手を焼く千束の今の関係性は、ミカとクルミには某漫画の男女に見えたとかなんとか。
これに関してはどっちが悪いとも言い切れないが(やや千束が悪いが)、いつまでもこの状態というわけにはいかないだろう。
クルミはため息をつき、少しばかりフォローを入れてやるかと、たきなに声をかけた。
「まぁまぁ狂犬ちゃん。僕も気持ちはわかるさ。昔こいつと喧嘩した時に僕もブチギレてこいつを3つ隣の街まで一日中追いかけまわしたことあるけど結局捕まらなくて、しばらく口きいてやらなかったんだけど耐え切れなくなった千束が泣きついてきて他のやつまで巻き込んで僕が悪者みたいになっちゃってさ。本当悔しいよね、ただでは勝てない相手だってのはわかるんだけどさ、強い以上に逃げ足が速いっていうかさ、化け物じみた反射神経と動体視力マジでどうにかなんないかなって思うこと多々あるよ」
「……」
そうクルミがたきなにフォローを入れると。
たきなは思いっきりクルミに抱き着き、抱えていた気持ちを吐き出し始めた。
「クルミさんわかります! ほんっとこいつのこの飄々とした表情で銃弾避けるたびにイラつく!! ほんっと卑怯すぎるんですよ! いったいどうやったら攻撃当たるのかって!それで勝ったら大人気なく勝ち誇って、もうそれが腹立って腹立ってーーー!!」
バキバキバキ!
「痛だだだだだだだだだ!!」
「……」
相変わらず力が強いのか抱きしめられたクルミの身体の悲鳴と口から出る悲鳴が同時に聞こえる。
その光景を千束とミカは黙って見ることしかできず。
その後、ミカがこんなねぎらいを口にした。
「とりあえずまぁ、今回は名勝負を繰り広げたということで。私が1品御馳走しようじゃないか。千束のおごりで」
「なぜ私のおごり!? 勝ったのワシやぞ!!」
ミカは勝負の検討を称えてなんでも1品作ってくれるとのことらしい。千束のおごりで。
千束は納得できずにいるが。だがそれでたきなの機嫌が直るならやむなしか。
そういってたきなにリクエストを聞いたところ。
「……喫茶リコリコ満漢全席」
「あるか! ここ中華料理屋じゃないわ喫茶店だぞ!!」
まるで中華料理屋のパーティーメニューのような1品を口にするたきな。
それを聞いてミカが白い頭巾を頭に装着しやる気を出す。
「かしこまりました……」
「あんの!? え!? ちょっとまっていくら!?」
「1人2万円になります」
「たっか!! ちょっとたきなさん今回はやめよ! わかったスペシャルリコリコラッシュハイパーデラックスパフェ(定価3000円)で手を打とう。満漢全席なんて食べられないでしょ?」
「むっすー」
「あぁもうやめなさいよそうやって頬膨らませるの!!」
そうやって千束をある程度困らせて満足したのか、たきなは最終的にスペシャルリコリコラッシュハイパーデラックスパフェ(定価3000円)で妥協することに。
「う~ん。おいし~い」
「……」
結果的に満足して機嫌も直したたきな。
最終的に勝負勝った感じもしなくなり、複雑な気持ちになる千束。
そんな千束に、クルミが声をかける。
「でもまぁ、なんやかんやいい気分転換になったんじゃないのぉ~?」
「うっ……。ま、まぁ……」
「もう今のお前とあそこまで勝負できるのなんて狂犬ちゃんくらいなもんじゃん? また勝負してあげたら?」
そうクルミに言われて、千束は口元を手で隠し。
少しばかり恥ずかしがるように顔を赤らめて、ボソッとこう呟いた。
「ま、まぁその。たまになら……。勝負して……あげても?」
その千束のつぶやきに、たきなはニッと笑みを浮かべて。
「よーし! じゃあ今すぐ勝負しましょう!!」
「はぁ! いやだよまたあの時みたいな内容の濃すぎる勝負するの!!」
「なにで勝負します!? じゃんけん以外で! 今度こそあなたの負ける顔をみなさんに見せてあげますよ!」
「ひ……。人の話を聞きなさーーーい!!」
二人の熱い勝負は、まだまだ続くのであった。