「え~。ということでまあ急遽リコリスに体験入隊することになりました。錦木千束ですよろしくお願いしまーす」
救援要請があった30分後。
いつものビシッとした黒スーツからサードリコリスのベージュ色の制服に着替えた千束が現場に到着。
到着するや否やなんかこう半分やけくそな感じを出してその場にいるサードリコリスたちの前で敬礼する。
到着した千束の姿を見るや否や、サードの子たちは下手なことやっちゃったかなぁといった微妙な表情を浮かべこう感想を口にした。
「……救援要請をしたらチートすぎる最強の助っ人が同じサードリコリスの制服を着て現れた件」
「新しいライトノベルのタイトルか何か?」
サードリコリスのリーダー格の子は若干この状況に戸惑いながら、世間で売れてそうな人気作みたいなタイトルをつい口にし、それに千束がツッコミを入れる。
そこにいるサードの子達は内心「お前みたいなサードリコリスがいてたまるか」とか思っていそうな雰囲気である。
千束の実力なら当たり前のようにファーストリコリスの赤い制服を着飾っていてもおかしくなさそうだが。
楠木曰く「ファーストの制服は実力だけで着ていいほどの代物ではない」というので(と言いながら半分は千束が調子に乗るのが癪に障るため)サードの制服を着るしかなくなったのである。
「その。あれでしたら部隊の指揮権全部先生に譲渡しますけど……?」
「あぁそういうのは現役の君たちがやるべきでしょ。おじさんはもう昔に引退した身さ。今思えば懐かしいなぁ、そうあれは私がかつてフランスの百年戦争で」
「いやあの先生そもそもリコリスですらないはずなんですが。てかフランスの百年戦争ってなに?」
なんかリコリスの制服を着てやっぱり調子に乗ってしまっているのか千束が適当なことばかり口にして今の自分に酔ってしまっているようである。
そんな千束を目にしてサードたちはどうにも戸惑ってしまっているようで。逆に現状どうするべきか困っている始末。
指示役が作戦を立て直しを考える必要もあるだろうか(もう作戦も減ったくれもない気もするが)。
そんなことを考えているサードの指示役の元にこっそりとある人物が助言を割り挟んだ。
その背景に気づかない千束は、そろそろ作戦の実行の時間であるため指示役に指示を問う。
「して? 作戦はどのようにするの?」
「え? えぇと……。まず先生が先陣を切って建物内に入ってもらいます」
「なるほどなるほど! してして!?」
「我々は建物の外で全員待機します」
「なんでやねん!!」
なんと千束にとっては予想外すぎる。大胆にも千束に全任せするという豪快な作戦が指示役の口から飛び出たのである。
ちなみに今回の状況の全容を説明すると。現在いる建物内に人質を取った犯人グループが10人ほど。それもナイフや実弾銃を所持している者もいる極めて危険な状況である。
実際に人の生命に関わる状況が発生した場合はセカンド以上のリコリスを含めたチーム構成をしなければならないのだが、今回そこらへんの情報に不備が見られたとのこと。
この国のこの
そのような者達に対抗するために、リコリスのような強化された兵士の存在がこの街では裏付けられている。
そしてリコリスが粛清した者達をこの国の民として扱われない東西に送り付け処分する"クリーナー"と呼ばれる者たちも存在し、それらはDAグループと裏で繋がっているのである。
というように、中央に決してのさばってはいけない。おそらくは東西から中央に流れてきた通称:
「ちょっとちょっとー! ダメだってそうやって私みたいのが救援で来たら全部強いもの任せにして楽しようとするのは良くないよ!! 自分たちの成長に繋がんないよ!?」
「いやその……。ファーストリコリスの助言では。それが一番最適解だって……」
「ファーストリコリスの助言?」
そうサードの子は千束から目線を逸らしながらそう口にした。
ファーストリコリスの助言。その単語を聞いた瞬間に千束はものすごーく苦い顔をした。
その目線の先に、タブレットを片手に千束をじぃーっと観察している井ノ上たきながいたからである。
そしてさっき千束が自分語りをして視野が狭くなった瞬間に、たきながサードの指示役に先の内容を言うように仕向けたのであった。
「あんのクソたきなさん余計なこと吹き込みやがって! ダメだよあんなリアルぼっちの言うことなんか聞いたら!! 集団戦なんて無縁で友達一人もいないんだよ!?」
「私はファーストリコリス。ありとあらゆる戦場を経験している経験豊富のリコリスです。数多くの修羅場を仲間を信じて的確に指揮してきた実績が物を言います」
「おめぇまともに指揮なんてしたことねぇだろ!!」
たきなは最強である自分一人いれば大抵の物事は解決し、他の戦力や助けなど一切無用と啖呵を切るほどの一人軍隊であるが。仲間を信じてとか言ってるがどの口が言っているのか。
こんな時に限ってファーストの立場を振りかざしてそれっぽいことを言ってサードリコリスたちを納得させてしまっており。その無茶苦茶なやり方に等々千束もブチギレた。
ということでそんなファーストリコリスの助言ならば間違いないとサードリコリスが思ってしまったのだから、先ほどの作戦はほぼ実行に移されることだろう。
「わかったよわかりましたよ。まぁ生徒の安全を守るのが先生の役割というわけで? はいはい」
千束はとりあえず自分がリコリスたちの教師であるという立場を自分に言い聞かせてこの場は無理やり納得すると。
次に千束はサードの子達に作戦を遂行するために必要なあるものを要求する。
「その。武器とかは何が揃ってるの? 大剣でも太刀でもハンマーでも槍でも弓でも一通り使いこなせるけど。その~。銃ってやつを使ってみたいんだけど。誰か貸してくれないかなー」
千束はこの機に憧れの銃を使ってみたいなーという安い考えを表情に浮かべた。
そんな彼女を目にして、たきなは今度は千束に対してわざとらしく姿を見せびらかせ、それこそわざとらしくサードの指示役の所に足を運んで、その指示役の耳元に顔を近づけ。
「ごにょごにょごにょごにょ」
「おいごらぁぁぁぁぁ!! また変なこと吹き込んでんだろやめろそれ!!」
内容は千束に聞こえないようにわざとらしくだけ指示役にファーストとしての助言を行う。
指示役はそれを聞いてかなり戸惑った様子だったが。まぁファーストリコリスの言う通りだからと、一応その通りに千束に指示を出すことに。
「えぇと先生の武器なんですけど。これしかなくって」
そう言ってサードの指示役は、千束にバールを一本手渡した。
「これ一本で敵陣に一人に突っ込めってか!?」
なんということか、無情にも千束に手渡されたのはそこら辺に堕ちていたバール一本。
バールとは確かにおもっくそぶん殴れば致命傷にもなりうる。一部界隈ではファンタジー世界の聖剣にも匹敵する武器と扱われる代物であるらしいよ。
だが現実に考えるとそれは武器ではない。丸腰の相手には脅威となるであろう代物であることは確かだが今回の相手は銃も所持しているので、銃弾飛び交う中バール一本で(笑)……とはいかないだろう。
最も、それが普通の人種に当てはめるのなら。
そこにいる錦木千束は、目の前で放たれた高速の銃弾を涼しい顔で躱すことができるほどの人並外れた超越した反射神経を持っているのである。
「だからといってこれ一本で敵全員倒して人質解放しろってどう考えても無謀でしょこれ!!」
「ごにょごにょごにょごにょ……」
「だからそれやめろや!!」
千束がさすがに作戦の内容に対して不服を申し立てると。
それに対して再三たきなが指示役に耳打ち。
今度は何を言わせるのだろうか。
「……わかりましたよ。できないならできないってはっきりと言ってください(※あくまでたきなに言わされてるだけです)」
「言ってきまーす(怒)」
と、千束がここで何をどう言われれば動く気になるかをたきなは理解しているためか、掌で躍らせるかのように最善の指示を耳打ちした。
その結果千束はもうやけくそ気味にバール一本担いで恐怖渦巻く戦火へと一人で突撃しに行ってしまった。
そしてその(普通の人間視点で考えたら)無謀な行動の果てに、どうなったかというと……。
『な!? なんだこのガキ!? う、うわあああああああああああああああああああ!!』
『バール一本で嘗めやがって。こっちには裏ルートで仕入れた銃がってぎゃああああああああああああああ!!』
『助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』
と、本来ならば建物内にいる罪なき一般人から聞こえるであろう叫びが、まさかの犯人グループの男たちの声で外まで聞こえる始末。
そしてモノの数分で、千束は本当にバール一本で。息を切らさず一撃もその身にダメージを受けることなく数十人の敵を建物外に放り出し。
あれほど緊迫した空気はどこへやら。あっさりと人質解放の条件を整えてしまったのだ。
「パンッパンッパンッパンッ(ひと掃除終えて手を払う千束)」
「おーーーーーーーーーーーーー(千束の偉業を目にして称賛を浴びせるサード一同)」
一人一人洗練された戦闘能力を有するリコリスが集団でかかっても難を要する今回ほどの作戦を、単騎であっさりと遂行する人外じみたスペックを見せつける千束。
もうこいつ一人でいいんじゃないかな。なんて声も所々から聞こえてくる始末。
こうして結局のところ楠木やたきなの思い通りに千束が使われてしまったところで。
「二手に分かれて、人質を安全に非難する組と犯人グループを拘束、クリーナーに引き渡す用意をする組に分かれて速やかに動いてください」
「了解しました! ファーストリコリス!!」
「最後はお前が全部持ってくんかい!!」
千束が一人で稼いだ手柄さえ全てたきなが持っていったところで今回の作戦は終了。
不憫すぎる千束。まぁ社会で使われる優秀な人材というのは、使われている限り不憫はついて回るのである。
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翌日。
「ふわぁぁぁぁぁ……。よく寝た~」
結局あの作戦の後、千束は学校に戻ってきて残っている書類仕事を全て片付けた。
その最中も細かくたきなにちょっかいを出され続け(課題のためという名目にて)、心も体も疲弊し自宅のアパートに戻りそのまま熟睡。
そして今日は日曜日。リコリスに与えられた課題の最終日。
そのため当然たきなは今日も千束の所へ来るだろう。それはどうあがいても阻止できないため。
千束はあらかじめ「今日一日はバトル禁止」「来るのは構わないけどアパートのドアを蹴破らない事」を条件として言い聞かせておいている。
そこは課題のために協力してもらっている立場のため、たきなはきちんと守るだろう。根は真面目な生徒なので。無礼は千束にしか働かないけど。
「10時半か。てかあいつ来ないねぇ~。飽きたかどうでもよくなったか?」
時刻は昼前の10時半。
たきなはまだ千束のアパートを訪れない。
確かにたきなは一度寝ると中々起きないことで有名ではあるが、この時間は正直言って寝坊といっても差し支えない時刻。
それとも千束の言う通り本当に飽きてしまってどうでもよくなったのであろうか。
「まぁいいやどうでも。カーテンでも開けて日光を部屋の中に入れましょう~」
そう言って千束は部屋のカーテンを開ける。
そして外を見渡すと。普通の人ならばなんということのないいたって普通の景色。
だが千束の眼の良さは、カーテンの向こう側に広がるその景色の違和感を見逃さなかった。
普通の人なら認識できない距離とその場所から、千束に送られるその視線。
そう、たきなが向こう側の建物を陣取って、双眼鏡で千束を観察していたのである。しかもあんパンを食べながら横に牛乳という張り込みスタイルである。
「……」
シャッ!(カーテンを閉める音)
千束はたきなが遠くからこちらを観察していることを認識し、速攻で部屋のカーテンを閉め、そして部屋の電気をつける。
そして何気なく部屋の中を一周見渡した。
それも、普通の人ならばけして気づくことのない普段と変わりない部屋の中の光景。
インテリアや家財道具、部屋内の装飾全ては普段のまま。
だが千束の眼の良さは、本来普通の人間が気づかないであろう数ミリ単位の誤差の違和感をも感知する。
一つその違和感を抱いてしまえば。もう部屋で何が起きているかは想像に難くない。
「……部屋の掃除でもするかー☆」
そう千束は、セリフを読むかのように自分に言い聞かせるように一音跳ねたような声質でそう口にする。
そしてわざとらしく鼻歌を歌いながらキッチンへと移動。
たまっていた食器を洗剤で洗いながら、下の棚から小さい包丁を取り出す。
プ~ン(何か小さい虫のようなものが飛んでいる音)。
「あー。包丁すっぽぬけたー(棒読み)」
そう千束はわざとらしく言いながらその跳んでいる物体めがけて小さい包丁をぶん投げた。
それは的確に物体を切り裂き、そして天井付近の壁に包丁が刺さる。
すると壁に設置していた何かに包丁が当たり、設置されていたものがパラパラと床に落ちた。
跳んでいた物体、設置されていた何か。それらが床に落ちると、それは機械の破片であった。
跳んでいたものはハエサイズの小型ドローン、設置されていたのは隠しカメラである。
千束はそれを肉眼で確認すると。表情は笑顔、だが内心は怒りを抱きながら。
そのまま部屋の掃除と題して、部屋の中に仕掛けられていた他の隠しカメラ。さらには盗聴器まで仕掛けられていたため全てを肉眼で確認し一つ一つを取り外しゴミ袋に詰めていく。
結果的に隠しカメラ20台、盗聴器5つがいつのまにか千束のアパートに仕掛けられていたのである。
そして全ての隠しカメラと盗聴器を取り外し、パンパンとなったゴミ袋をアパートの外へ出しに行くためアパートの扉を開ける。
すると、扉を開けたらそこにはたきながあんパンを食べながら立っていた。千束は両手に持っていたゴミ袋を床に落とし。
「正々堂々来たらどうなの!?」
千束はそうたきなに怒鳴り散らした。
怒鳴られたたきなはというと、反省の色も見せずにこう言い返した。
「錦木千束を対象とする情報収集の課題ですので、真っ向から出向くのもおかしいとおもいましてモグモグ……」
「あんパン食べながら会話するのやめなさい! あのねたきなさんね、これを世間的になんて言うか知ってます!? ストーカーって言うんです! やめてもらっていいですか!?」
「なんで私があなたをストーカーなんてしないといけないんですか? あなたはバカなんですか?」
「マジこのくそこんの……!!」
一方的に課題と評して付きまとい、一方的に部屋の中を荒らし、そして一方的な物言いで千束を押し通そうとするたきな。
千束はもう怒り心頭、堪忍袋の緒が切れる寸前ではあるが、ここで変に切れ散らかしてもたきなの思い通りになるし、下手にこのまま「じゃあ勝負でケリとつけましょう」とか言われたくなかったため必死にこらえました。
千束は煮え切らない感情を抱きながらも、上着を取り出し外出する準備をした。
「どこに行くんですか?」
「私から色々情報を聞き出すんだろ? 部屋内を滅茶苦茶にするようなやつを部屋の中にあげたくない。街中の飲食店にでも言ってじっくり話でもしようか」
そう言って千束はでかける準備をする。
当然たきなはついていこうとする。
そのたきなに対して、千束は一度歩みを止め、たきなの方を見て。
何かを指差して、こう言った。
「……ただのお出かけにそんな物騒なもの持ち歩くつもりか?」
「え?」
「ラジアータだよ。銃はいらないだろ。私の部屋に置いていきなさい」
「……」
千束に言われたまま、たきなは自身が持つ銃――ラジアータ:シオンをしぶしぶ千束の部屋に置いていくことに。
こうして二人は街中の飲食店へと向かった。
バスに乗り数分、街中につき適当な飲食店に入る。
いったいどんなことを聞かれるのかと思いきや。
店内にてたきなは、頼んだジュースを飲みながら特に口も開かずだまっている。
「……お前課題とか心底どうでもいいと思っているな?」
「どうせ私の知りたいような重要なことは教えてくれないんでしょう?」
「別に重要なことじゃなくてもいいでしょ。趣味とか、好きな食べ物とか、好きなファッションなどなど何気ないことを聞いてくれれば」
「趣味は映画。好きな食べ物はお団子。極度のスーツマニア。心底どうでもいいあなた個人のデータは頭に入ってますよ」
「……お前、本当に私のストーカーじゃないだろうね?」
「だからあなたの個人的な趣味趣向は心底どうでもいいと言っているでしょう? 組織の協力者としてのあなたの最低限のデータを閲覧しただけですよ。でも……。親族や生い立ちについては記載はありませんでしたね」
「ほら、ならそういうことを訪ねてみたら? まぁ最も……。私には12歳より前の記憶がないわけだから。本来の両親のことやどこで生まれ育ったとかなどは私自身もわからんさ。育ての父親と呼べる人は"いた"けどね」
「……」
そうたきなが聞いてもいないことを千束はべらべらと自己語りし始めた。
最も千束自身の境遇や昔のことは、この社会の犠牲者とも呼べるリコリス達と変わりないほど不幸と呼ばれるものであることはなんとなく察しがついていた。
当然そんな会話をしていても空気が重苦しくなるだけなので、たきな自身も、そういう話を普通の顔で聞いていられるほど無頓着な人間ではなかった。
「……なら課題と趣旨はずれるかもしれないけど、逆に私がたきなさんに質問してもいい?」
「なんですか?」
「あなたの推し……。って言ったらまた違ってくる話になってくるから。その、あなたが生きてきた中で尊敬する人、尊敬していた人って誰か一人くらいいないの?」
「……」
基本誰も信用せず、自分の力だけで物事解決し続けてきたたきな。
そんな彼女には、本当に誰も信用する人間や、尊敬する人物はいないのだろうか。
ついそんなことを思ってしまい、逆に千束が質問をすると。
「……いますよ。それは、私の家族です」
「うっ……」
「います。というか"いました"というか。優しかったお母さん、お父さん。そして……」
そして。その言葉の続きを口にしようか迷いながら、たきなは千束に視線を向ける。
そう。彼女の尊敬するべき大切な家族は。もうこの世にはいないのである。
彼女にとって優しく、偉大な両親は。無情にも家事によってこの世を去った。
死ぬ最後の最後まで、両親はたきなを思い続けた。
そしてたきなだけが生き残った。その最後の光景までは命を散らさずにいたのだが、たきなが助かったのを見届け、事が切れたかのように命尽きたという。
リコリスとなった少女たちの大半は家族を失っている。家族が亡くなった、家族に捨てられた。世の中の不条理が若くしてその身に降りかかり。
それでも、この理不尽な日常を生きるために、そこにいるのである。
「……その、悪いことを聞いた?」
「気にしてませんよ。もう私の心に、その悲しみは残っていませんから」
「……ちょっとお手洗いに行ってくる」
そう千束は、まるでその場の空気の重さに耐えかね、逃げるかのようにトイレへと足を向かわせた。
何気ない質問で完璧な地雷を踏んでしまった。ただでさえ自分に対して好感度が低い相手に対して。
そしてトイレ内で鏡を見ながら、自分の頬を叩いた。ここは逃げるべきではなかったと、自分に言い聞かせるように。
「バカ野郎私! なぜそこで視線をそむけてしまったんだ!! そんな態度でたきなさんがいつまでも心を開いてくれるはずなんてないだろう!!」
相手は自分を敵視し、排除すべき悪だとも断言するほどに心を閉ざしている相手。
だがいつまでもそういうわけにはいかない。たきなは生徒で、千束は教師なのである。
正義の組織の戦闘員である彼女と、かつて街を戦火に陥れた悪の親玉である自分。その関係に違いはないだろう。
だがそれでも、それ以前に千束個人として、きちんと彼女に向き合い、そして分かり合うために努力をしなければならないんじゃあないのか。
今は手を取り合い世の中を正すため、力を合わせるために、少しでも互いに歩み寄らなければならないんじゃあないのか。
「……そうだ。今回の課題だってそうだ。私は偏見でたきなさんがまた私を困らせようとしてるだけ(※それは本当のことです)だと彼女を無下にしてしまっていた。だが違うだろ、こうやって多く語り合う機会なんてそうはない。こういう時こそ、少しでも互いを理解しあう時なんじゃあないのかよ私よ!」
と、そう自分に言い聞かせ、改めてたきなの所へと戻る千束。
そうだ。たきなが千束を困らせ、執拗以上に攻撃を加え、ちょっかいをだし、嫌悪し、悪口を弾丸のように浴びせるのだって、きっと心のどこかに寂しさを感じているからに違いない。
だがそれに臆してどうする。そんなことなど大人の余裕で優しく包み込んでやればいいことなんじゃあないのかと。
そう自分を鼓舞し、先ほどの食事席へと戻ると。
そこにたきなの姿はなく、頼んだジュース代だけが寂しくおいてあった。
「いねーしあいつ!!」
結局は千束個人が歩み寄りたいと本気で考えているだけで、たきなは心底千束とは分かり合いたくないと思っているのかもしれない。
だからこそ薄情だし無礼なのかもしれない。心から湧き出る不快感を抱きながら、先ほどの大人の余裕とやらはどこへ行ったのやら。
しかたなく千束は残りの飲食代の会計を済ませ、そのまま一人アパートに帰ることに。
「……ジュースくらいおごってあげるよまったく。てかたきなさんどこへ行ったんだ?」
千束はそんなことをつぶやきながら。問題はたきながどこへ消えてしまったのかということに視点を向けた。
また自分を困らせてやろうという薄情な行動なのか。それとも別に用事ができたからなのか。
そんなことを考えていると。どこかからか一般人の叫び声が聞こえてくる。
「きゃーーーーーーーーーーーー!!」
「……いやーな予感」
この街で何かが起こる。そうなれば出てくるのか正義の執行者。
その当たり前すぎる方程式が、千束の嫌な予感を確信へと帰る。
悲鳴の先にかけつけると。そこにはナイフを所持した男を、たきなが一方的に叩きのめしている光景が見えた。
ナイフはたきなの左手の掌を貫通している。だがそれによりナイフを男から奪い取ったたきなが、高圧的な表情で男を見下す。
掌に刃物が刺さったうえで、痛み一つ感じていない。
「く、来るな!」
「……あなたたちのようなゴミがのさばっているから、周りの無力な人たちに危険が及ぶ。その状況を一方的に生み出し、その上でお前は自分の保証ばかりを考えている」
「ふ、ふざけるな! お前ら中央の人間だけが当たり前のように平和な毎日を送りやがって! この国は内戦のせいで、俺たち東西の端くれは毎日生きるのも必死なんだよ! なんで同じ国の人間同士なのに、こんなにも格差が生まれる!?」
そう男が自らの思いを主張するが。
そんなことなどおかまいなく、たきなは男の頭を踏みつけ、ひれ伏せる。
「黙れ。それが平和を脅かしていい理由になんてならない。この街で、この国のこの世界ではお前たちのような悪人は存在してはいけない。故に私たちが存在している。その罪の数々によって当たり前を奪われた私たちが、これ以上の悲しみを生まないために」
「た、助け……」
「ちっ……。銃を錦木千束の家に置いてきたばかりに。ならばその場で拘束して……」
たきなは普段ならば自らの銃で対象を始末するのだが、銃を千束の家に置いてきたためその場での執行ができない。
ならば敵を無力化し本部に要請、そのまま敵を中央から追放、東西に位置する主要機関への収用へと繋げるのが得策か。
そのためにたきなは敵を無力化するため、一方的な暴力行為に及ぶ。
そんな中、かけつけた千束がたきなの肩を掴み、たきなの行為を止めた。
「な、なにを?」
「……」
止められたたきなは千束を睨みつける。
一方で千束は、明らかに怒りをたきなに向けていた。
その怒りの理由を、たきなは理解することができない。
「お前何やって……。くそっ!!」
千束がたきなを止めたことにより、敵は自由になってしまう。
そして人質を取るため、周りの人間を巻き込もうともがき始める。
「くそ! くっそーーーーー!! こうなりゃ一人でも道ずれにしてや……」
「動くな!!」
「!?」
そう千束が敵をその眼で捉え、そう一言叫ぶと。
その敵は、本能に従ったかのようにその場から動けなくなった。
例えば、普通の人間が街中を普通に歩いていたとして、そこに大きなツキノワグマが目の前に現れたとしよう。
その時、熊を目の前にして普通の人間はその場から咄嗟に判断し、動くことができるだろうか。
言い方を変えれば、普通の人間が強大な力を持った熊に、"勝てる"と判断できるだろうか。
そして逃げ切ることが可能だろうか。そう、それが人としての本能。本能が目の前の生物より自身が下等だと認識させられてしまえば、それはもう従うしかない。
錦木千束はアダムズの人間。人の理を逸した存在。人という種が進化した新人類とも言える存在。普通の人間が到底適うと認識できる存在ではないのである。
そして千束は動けなくなった敵の近くに歩みより、そして優しく声をかける。
「あなたの苦しみはわかる。けれど罪は罪。きちんと償って……」
「うっ……」
その千束の声を聴いて、男は膝から崩れ落ち、そして眠るように気絶した。
その数分後、本部のリコリス、連携しているクリーナーたちがかけつけ男は捉えられた。
千束は、たきなの腕を強くつかみその場から連れ出し。
そして離れにある公園のベンチにたきなを座らせ、左手を処置しようとする。
そんな千束に対し、手を振り払うたきな。
「別に処置なんていりません。リコリスプログラムの自己修復機能を使えば数分足らずで傷口が塞がります。私たちは傷を負っても戦い続けられる兵士。そういった無駄な処置は必要ないんですよ」
「……ふざけるな。そんなの知ったことか。私は、私は!!」
「――自分を大切にできないやつは、大嫌いだ!!」
そう千束はたきなに対して、本気で怒りをぶつけた。
それは今までとは違う。ちょっかいを出されたとか、悪口を言われたとか、嫌がらせをされたとか。そういう怒りではなく。
純粋に、ただ心から。今目の前にいる井ノ上たきなという少女の行いが、許せなかったことの怒りである。
「……なにを」
「あの時、周りの人たちがどういう顔をしていたか君は覚えているか?」
「そんなの、そこにある悪を排除できれば。自然と周りの人間は助かる」
「いや違うな。ナイフで刺されながら、それでも表情一つ変えずに、機械のように敵を叩きのめすあなたに、周りの人たちは恐怖していた。それでは、ナイフを振りかざしていたやつとやっていることが一緒だよたきなさん」
「あ、あなたは私たちの行為を……。リコリスを侮辱するんですか!?」
「なにがファーストリコリスだ。何が正義の味方だ。君のあの行為は正義の味方なんかじゃない。あれは――"悪の敵"だよ。暴力によって無力な人たちを恐怖させていることに変わりはない」
そう千束はたきなに諭す。
暴力による暴力の鎮圧。その行為の果てを、千束は嫌というほど思い知っている。
そしてその行為を、彼女たちは子供の身でありながらも、それを大人たちに言われ、やらされていたという壮絶な過去。
それはリコリスも同じなのか。かつての自分たちよりも壮絶な過去を持ち、世界から居場所を奪われ、その上で間違った世界に抗う少女たち。
痛みを知るからこそ、同じく他者に痛みを与えても良いのか。彼女たちが願う平和とは、それは痛みによる清算なのか。
千束はそうは思わない。いや、そうあってはならないと考えている。だからこそ、彼女はリコリスたちの教師としてそこにいる。
「……あなたの言っていることはめちゃくちゃだ。それこそあなたが過去に行った行為でしょう? 私たちは違う。あなたのような悪にはならない!」
そう言って、たきなはその場から走り去ってしまう。
そんなたきなを見つめ、そして改めてどうしようもない現状に呆れ、ベンチに腰掛ける。
そして深いため息をつく。
「はぁ~。言い過ぎたかなぁ。あ~もう、なにもあんな言い方しなくったって……」
つい口から出てしまった。大嫌いという言葉。
そんなこと、大人が子供に浴びせていい言葉ではなかった。選ぶ言葉としては間違っただろう。
たきなが行っためちゃくちゃな行動。だがそれ以前に、千束は自身が傷つくことを恐れず、己の身の安全など度外視する彼女の姿勢に、心底腹が立ったのである。
千束はかつて戦いに明け暮れていた時も、仲間や部下には一貫して「自分を大事に」という言葉を送っていた。
誰かの犠牲により成り立つ正義や平和には価値がない。そこにあなたがいなければ意味がない。そう千束は常々思っていた。
だからたきなが、自分にとってはうっとおしい存在だったとしても。脅威だったとしても、自分のことは大切にしてほしい。
そう思っていたから、あんなにも怒り、あんな言葉が出たのだろう。
ベンチで千束が打ちひしがれていると、先ほど去ったはずの足音がこちらの近づいてくる。
「……」
「……どうしたの?」
どこかへ走り去ったはずのたきなが戻ってくる。
先ほど傷ついた左手は、すでに傷が塞がっていた。
これがリコリスが得た恩恵でもあった。この再生力こそ、彼女たちが倒れずに戦い続けられる証拠である。
まだ何か言い足りない事でもあったのだろうか。今度は何を言われるのだろうか。
そう千束は思いながら、たきなはそんな千束の横に座る。
「?」
「……課題。まだ途中ですから。このままではレポートなんて書けません。私はまだ、あなたについて何一つ知ってすらいない」
そう、たきなは本心からではなさそうな、義務的な口調ではあったがそう千束に対し口にする。
その言葉を聞いて、千束は乾いた笑いが口から出た。
自分について何一つ知らない自分。それは課題によるものではあるが、たきなは千束について、何か一つでも理解をしようとしている。
それが伝わり、千束は改めて先ほどのたきなへの対応を反省した。そして、やはり今は小さな一歩でも、彼女について歩み寄らなければならないと感じた。
「……そうか。理由がどうあれ、私はうれしいよ」
「……」
千束のその言葉に、たきなは何を思うことはない。
ここから、何を話したらいいのか。
いや、その前に自分が今彼女に、井ノ上たきなにどう思っているかを話しよう。
そして、どうしていきたいかを、伝えてみようかと思った。
「君が私のことを何も知らないように、私も君のことを何一つ知らない。今まで、知ろうとすらしなかったんだ。あの日街中で君の強襲を受け、私と君は本気の死闘をした。あのことがあったから、完全に袂を分かつことになったのかもしれない。でもそんな君と私は今こうして同じ組織にいて、志を同じくしている。でも、君は私のことを何一つ認めようとしない。そんな君に、私は関わることを避けていたのかもしれない。――たきなさん、最初は小さな一歩でもいい。くだらないことでもいい、簡単に仲良くなるなんてできないのはわかる。だけど、今回のことを最初の一歩として、少しずつ認め合うことってできないかな? 私は、君と仲良くなりたいって思ってる。敵視されるのは結構悲しいことだからさ、だから!」
「Zzz……」
たきなは、寝てた。
「……なんで君はいっつもこうなのかなぁぁぁぁぁぁぁ!? 私が一生懸命話してんのに隣で気持ちよく寝やがってこのくそたきなさんんんんんん!!」
この感じだと千束の長セリフの割と最初の方からたきなは一切聞いていなかった物と思われる。
千束の必死の思いの本のひとかけらもたきなには伝わっていないことだろう。悲しいね、現実って非情よね。
「もう知らない! たきなさんなんて知らないもん! 私はお前をここに置き去りにして一人で家に帰るから。ばーか! ぷんぷん!!」
千束はめっちゃ怒ってその場にたきなを放置して家に帰ろうとする。
たきなは簡単には起きそうもなく熟睡している。
こんな公園のど真ん中に、寝ている女の子を一人置き去りにしていいのだろうか。いい大人が、無責任に。
おい千束。置いていくのかい? 寝ている間にたきなに何かあったらどうするんだい?
どうなんだい? たきなを一人置き去りにして行ってしまうのかい?
おい千束! たきなを一人置いていくのかい!? 置いていかないのかい!?
どっちなんだい!?
置いていーk
「わかったよもうわかりましたよ!! 責任持って私の家まで連れていきますよそれでいいんでしょ!?」
何か謎の言葉に導かれるように、千束はたきなを背中に背負って歩き出す。
そうだよな。一人の教師として生徒を一人置いて無責任に家に帰れないよな! 偉いぞ千束!!
「うるさいな! あぁもうなんでこんな目に!! 私ばっかり大変な目にオヨオヨオヨ~」
そう千束は自身の不憫さに嘆きながら、たきなを背負って長い道のりを歩きだすのであった。
そのかわいそうな背中におぶさられながら、たきなは何か夢を見ているようで、こう寝言をつぶやいていた。
「……おねえちゃん」
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錦木千束についてのレポート。
色々と先生について回って、改めてこう思いました。
―――あなたには負けない。負けたくない。
「……あっそ」
そう短く書いてあったレポートを見て、千束もまた、闘争心のような物が湧き出たという。