プロローグ~錦木千束、学園教師です。
ガラガラッ!
「この街も変わらねぇな!」
開幕早々、教室に入ってきては教壇に立ち、いきなり意味も分からないことを大声で生徒たちの前で言うこの女性教師。
アラサー手前にしてはかなり若々しく、いい大人とは到底思えない子供っぽさを残している。
そんな彼女の名前は、錦木千束というのです。字にすると一回で変換できないめんどくさい名前なのです。
ついでにいうと、性格もめんどくさいのです。でも情熱にあふれている、そんな生徒想いの先生なのです。なので多少のことは許してほしいのです。
とまあ、代わり映えのしない街のことなどどうでもよいことで、彼女は教師である以上、生徒の前で教鞭をとらなければならない。
意味の分からない行為は、まじめな生徒にとっては迷惑なだけでして。
「先生、意味わからないこと言ってないでさっさと授業してください」
そう先生の意味の分からない行動に対し興味一つ、反応すら見せずにしれっと流すようにそう言ったのは、ここDA学園3年D組の生徒、井ノ上たきなである。
きれいな顔立ちとすらっとした長い黒髪をしたその少女は、喜怒哀楽一切の感情をも封じた無の目線でそこに立っている白い髪の教師を見るのです。
たきなにとっては、その教師に対し意味のある感情を向けることすら、無駄な疲労になることを知っているからである。
そんなたきなの反応に、教師千束はゆっくりと拍手をする。小ばかにするような口調をたきなに返す。
「はいはーい綺麗な塩対応ありがとうございましたたきなさん。いや~君のそういうつめた~い反応も、教師生活にとってはスパイスの材料に……」
「先生まったく意味が分からないです」
千束の返しに対しても、たきなは一切の感情を抱くことなく冷静に対処をするのです。
これには千束も、多少面白くない表情をして。
「おいおい先生は悲しいですよ。いつも冷静に粗雑に教師を扱うクール系美少女が、まれに見せるツンデレチックなユーモラスな反応こそが、人間の本能を刺激するんだよ。ユーモアがないのはだめだ。なくてもいいのは君のそのぺったんこな胸だけでいい」
「先生マジでぶっ飛ばしますよ」
冷静なたきなも、さすがにコンプレックスの一部にちょっかいを出されるとムカつきを露わにした。
これに対し、ようやく乗ってきたかと千束は不敵に笑みを浮かべた。
「教師に暴力をふるう気かね君は。確かに君は暴力的だけどムカつく大人は殴ってしまえとかいう精神を植え付けた覚えはないぜよ私はおろろろ……」
「いちいちうるさいですよ。まあ殴ってもそのいつまでも大人になれないめんどくさい性格は治らないんでしょうけど」
「おいおい誰がいつまでも大人になれないだぁ? 私はもう立派なレディだよ。年齢は……言うと悲しくなるから言わないけど」
「27歳にもなってそんな振舞いしてる人を立派なレディとは言いませんが?」
「言うと悲しくなるって言ってるでしょ!? なに人の年齢勝手にカミングアウトしてんだこらぁ! セクハラで訴えるぞこの!」
「思春期の少女の胸をぺったんこぺったんこ連呼する大人が何をいっちょ前にセクハラとかぬかしてんですか!」
と、教師と生徒は言い争いを始める。それを聞いて周りの生徒は止めるでもなく慌てるでもない。また始まった……とあきれるばかりなのです。
このままでは授業にならないため、千束はいつものごとく、もう皆が聞き飽きたであろう提案をするのです。
「よっしゃもう先生キレましたよ。こうなりゃいつものごとく、バトルでケリをつけるしかねぇな」
「望むところですよ。今度こそけちょんけちょんに負かしてまともに授業しかできない身体にしてあげましょう」
そう、教師千束と生徒たきなのバトルは、この3年D組の名物……もとい、恒例行事となっているのです。
そんなバトルの開幕宣言を耳にして、奥の方で並んで机に座っている生徒――春川フキと乙女サクラはこんな会話をしていた。
「サクラ、どっちが勝つか昼飯賭けるぞ」
「おっ、いいっすねフキさん。じゃああたしは千束先生が勝つにカツサンド賭けるっす」
「わかった。じゃあ私は千束先生が勝つに焼きそばパン賭けるわ」
「いや賭けになってねぇ笑」
賭けをする、とは言ったもののどちらもたきなに票を入れようとしない。
というにもこのバトル、ほぼ大体千束が勝つのである。
今までいろんなバトルをしてきたが、なぜか千束はめっちゃ強いのです。
「したらどうすっかな。じゃあ我慢対決にしよう。私がたきなさんに罵詈雑言浴びせるから、たきなさんは3分我慢で来たらたきなさんの勝ち。我慢できないで手を出して来たら私の勝ちっつうことで」
「立派な大人の教師が生徒に罵詈雑言浴びせる大人げないゲーム提案してきたよこいつ……。わかりました受けて立ちましょう、あなたの子供じみた語彙力の無さを3分受け流せばいいだけでしょ?」
と、千束の提案で今日のバトルの開幕のベルが鳴る。
内容はどうにも千束が有利すぎる気がするが気にしてはいけないのです。
そして始まったと同時に、千束は到底立派なレディとは思えないテンションでたきなを口撃し始めた。
「やーいぺったんこ~。たきなのぺったんこ~。ぺったんこ~ぺったんこ~ぺったんぺったんぺったんk」
バキィ!!
3分どころかわずか30秒で、たきなの渾身の拳が千束の頬に直撃した。
それから数時間後、職員室にて。
「え~ん。ほっぺが腫れちゃったよぉ~」
職員室にて、おもいっきりたきなに殴られた千束が泣きながら治療を受けていた。
そんな千束の頬に消毒液を塗るのは、このDA学園の保険医である中原ミズキ先生である。
「我慢しなさいよ。というか話を聞く限りどう考えてもあんたが悪い一件じゃないのよぉ」
ミズキ先生の言うことは誰が聞いても正論でしかなかった。
千束はたきなに殴られ痛い思いをしたが、泣くほど痛がるくらいであまり反省の色が見えていないようであった。
そんな千束に対し、DA学園教頭の楠木が、険しい表情で千束に詰め寄る。
「千束先生。同学園の教師ともあろう立場の人が、生徒ともめごととは……。とても見過ごせない問題ですね」
「う……。すいません楠木教頭」
「謝り方も心がこもっていない反省の誠意も感じられない。教師なんてやめてどこか田舎で農作業でもしたらどうですか? 私どもはいつでもあなたをクビにできるんですよ?」
と、楠木教頭に説教をされ、さすがの千束も思うところがあったようで。
改めて、反省の誠意を口に出し、楠木教頭に謝罪をする。
「ちっ、おっさんみたいな顔しやがって腹立つなこの鉄仮面がよぉ(申し訳ございません、以後気を付けます)」
「口に出してる言葉と心の中の言葉逆だけど!?」
やっぱりちっとも反省していない千束なのであった。
結局楠木教頭はぷんぷん怒って持ち場へと戻っていくのでした。
こんなふうに、一日一日なにかが起こるDA学園。
そんなひと時を締めるように、ミズキ先生が千束にこう言った。
「まぁ、千束先生もたきなのことが心配で仕方がないから、ちょっかいを出すってことでしょ?」
そのミズキ先生の言葉には、千束は言葉を詰まらせ、否定しきれないといった表情を見せるのでした。