肌寒さが残る春の夜空には、三日月が光を帯びている。
すでに日は暮れ、街中には仕事終わりのサラリーマンが、どこか飲める場所を探している時間帯。
そんな時間帯に、学生がうろうろしていれば大抵補導されるか、悪い奴らに絡まれるか。
ほら、今も一人夜に街をうろうろしていたからか、悪い漢連中に囲まれている。
囲まれているのは女子高生。その周りを歩く一般の人々は、かかわらないようにと見て見ぬふりをしている。
助けは来ない。警察等が運よくそこを通りかかるといったことがなければ。
ので、男たちはニヤニヤと笑みを浮かべながら女子高生を囲み、圧をかけるのだ。
囲まれ、今にも襲われそうになっているその女子高生は、今自分に置かれている状況に恐怖をしているだろうか。
それともあきらめの感情を抱いているのだろうか。ただ腕を組み、目をつむってじっとしている。
「おいお嬢ちゃん。俺らちょうど一緒に遊んでくれる娘さがしててさぁ」
「JKだし結構かわいいじゃん。黒くて長い髪だし。こりゃああたりだなぁ」
男たちはその女子高生を見て、容姿の良さに上物を掴んだと喜んでいる。
男たちの数は10人ほど。対してその女子高生は1人。
警察がこないように誰かが見張っているともなると、男たちの人数はさらに多いと思われる。
こうなっては、その女子高生はなにをされるか、どのような目に合うかは、もうわからない。
すくなくとも、あっさりと事件が起きずに解放されるとは思えない。
だが、その女子高生は冷静だった。変わらず腕を組み、目をつむって黙っている。
まるで、何かを待っているかのようであった。
「……おい、さっきからこいついっさいビビりもしないぜ」
「肝がすわってんなぁ。周りにゃあ誰も助けに来るわけでもないってのに」
そんな男たちの会話が繰り広げて数分。
男たちの一人が、女子高生の肩に手をかける。
「てなわけで嬢ちゃん、俺らがいいところへ連れて行ってやるよ」
と、女子高生をそこから囲み連れ出そうとした瞬間だった。
女子高生の目が見開く。周りにはだれもおらず、この状態は男たちと女子高生のみの空間となった。
……はずだったが。
「おーい。君らよーい」
静寂な空間を、陽気な明るい声が切り裂いたのがその場にいる全員に伝わった。
その声に不快感を抱いた男たちが、一斉にその声の主の方へ振り向いた。
そして声の主は、状況を知っているのか理解しているのか、軽い口調で男たちに言う。
「こんな遅い時間に若い女の娘囲んじゃってさぁ。怖がってるじゃんやめたげなよぉ」
「なんだてめぇは?」
その軽口の主に男たちはにらみつけ反応。
そしてその声の主を見て男たちはどうにも言えない表情を浮かべた。
そこにいたのがガタイのいい男でも、警察関係の人間でも、格闘経験のあるような人物でもない。
怖いお兄さんたちに声をかけ、女子高生を助けますといった風にあらわれたそれが……。ただの普通の一般の若々しい女性だったからだ。
その白い髪をした陽気な、黒いスーツを着た女性は話をつづける。
「なんだてめぇは? じゃあないよ。なんですかあなたは? が正解だろう?」
と、一方的に色々言っては、男たちを強引にかき分け女子高生の元へ行く。
その動き、流れがあまりにも自分勝手すぎていたのか、男たちは止めるでも威嚇するでもなくただ見ていた。
当然、今被害を受けようとしてる女子高生も、女のその行動に目が点になっている。
その表情は、助けが来たことへの安堵……というものでもなかった。
「あー! やっぱり君DA学園の生徒だ!! その制服の形パンフレットで見たんだ!!」
女がそうどこか嬉しそうな跳ねた声色で言うのである。
その女子高生は確かにDA学園と呼ばれる学校の生徒である。
女子高生はその女の言葉に、どうにも微妙な表情を浮かべその女を見やる。
なぜなら女子高生は、その女と面識がないからである。面識がない人が、自分の学校の制服を見て嬉々としているのが不思議なのであった。
「ん~。でもパンフレットでは制服色は黒だったような。君の制服の色は赤色……」
「おい女。俺らを無視してんじゃねえよ!!」
そう、女の言葉を遮るように、放置されていることを怒るようにいよいよ女に対し持っていたバッドを振りかぶる暴漢。
そんな暴漢の一撃に対し、見るまでもなくその身をうまく屈んで華麗によける。
そしてそのまま流れるようにその男の脛を蹴って男を転ばせる女。
「うごぉ!!」
男は綺麗にその場から倒れこむ。
その状況を、男たちが認識するには数秒の時間を有する。
状況を理解できていないその隙を見て、女は女子高生の手を掴み。
「さぁ、にげるぞぉ~」
「!?」
そう、女子高生の手を引っ張り、その場から二人で逃げおおせた。
そして街のはずれ、店が並ぶ道の入口の方まで逃げたところで、女は女子高生の手を離した。
その一連の流れが楽しかったか、スペクタクルと感じたのか、女は女子高生に対し豪快に笑って見せた。
「あっはっは~! どうにかあのやばい場から逃げられたねぇ~! いやぁ物事ってのはやってみないとわっかんないもんだね☆」
あの絶望的な状況でも嬉々とし、逃げたとしても余裕を崩さないその女。
一見して破天荒。もし万が一男たちに襲われていたら、自分も被害者になっていたかもしれないのに。
かかわらなければいい物事に自ら突っ込んでいき、そして汗一つかかずに華麗にあの場を脱出せしめた手腕。
破天荒という言葉がしっくりくるであろうその女に、女子高生はというと。
助けてもらったという感謝の意も、その場から助かったという安堵の表情もなく。
女が自分を助けてくれたことに対し、なんの感情も抱いていないといった唯々無表情をつづける。
そしてそのまま、頭を下げるわけでもなくだまってその場から立ち去ってしまった。
「ありゃりゃ。お礼の一つくらい言ったっていいじゃない」
そう女が頭をかいて女子高生が向こうの方へ行ったのを見届けたのち。
さきほどの男たちが、女の元へと追いつく。
「はぁはぁ……。てめえよくもまあ余計なことしてくれたな!!」
「よく見りゃ結構美人じゃねえか。だったらてめえが代わりに!!」
今度は対象を女子高生からその無謀な女に切り替えた男たちは、女に一斉に襲い掛かろうとする。
そんな危機的な状況でも、女は余裕を切らすことなく。
面倒なことになっちゃったなとだけ心の片隅で思いながら、その男たちの方へ振り向き。
「やれやれ……」
そうため息交じりで、つぶやいたのだった。
――――――それから数時間後、場所はとある喫茶店へ移す。
すでに営業時間が過ぎた。街のはずれにある喫茶店。
店の扉には『CLOSE』の看板がかかっている。
店の中では、店長の色黒の男性が、食器やテーブルなどを拭いていた。
そしてその中で喫茶店の関係者ではない金髪の小柄の女性が一人、テーブルでスマホゲームをやっていた。
そんな中で、外の『CLOSE』の看板を無視して、一人の客が入ってきた。
「がらんごろ~ん。"錦木千束"、ただいま帰還いたしました~」
それは、さきほど街で男たちともめていた女だった。
どうやら男たちとのいざこざは、"無事"解決できたようであった。
そんな千束の来店に、店長の男と金髪の女性がその姿に目を向ける。
「おかえり、千束」
「おーっす」
二人に出迎えられ、金髪の女性が座るテーブルの席に腰掛ける千束。
そして営業時間外にもかかわらず、紅茶を注文する。
「おじさ~ん。紅茶1つお願いしま~す」
「はいはい。というかもう営業時間終了してますよお客さん……」
「細かいことは気にしないでいいでしょ~? 私の実家みたいなもんなんだし~」
と、気楽に言う千束に、この喫茶店の店長である"ミカ"は、千束に紅茶を提供する。
そして紅茶を摂取した千束の元へ、店内で飼われている黒猫が千束の近くへと寄ってくる。
その黒猫に、千束は目を輝かせて抱き上げる。
「おー! "ヨシマツ"~!! 元気だったかぁ~!!」
「にゃー」
「うんうん相変わらずかわいいなぁ。ああそうだぁ。お土産あるんだ~。コンビニの猫缶だけど~」
「にゃー」
千束と頬をすりすりし合ったのち、この"喫茶店リコリコ"の飼い猫であるヨシマツは猫缶を食べ始める。
そのやり取りののち、店内で千束を待っていた金髪の小柄の女性、"クルミ"が千束に話しかける。
「予定より遅かったな千束。30分前にはここについているはずだけど」
時刻は21時を回ろうとしていた。
クルミの言う通り本来ならより早く千束は喫茶店についているものであるが。
そのクルミの問いかけに、千束はニヤッと笑みを浮かべ答える。
「いやぁここへ来る前さぁ。人助けしちゃった☆」
「人助け?」
「可愛い長い黒髪の女の子がさ、男たちに囲まれてたんだよ。なんかやばそうだったからさ、助けたりしてたら遅れちゃったんだ」
「ふ~ん。その男たちも"不運"だったな。お前に絡まれて」
「絡んできたのはその男たちだよ。私なんも悪くない。最終的に10人そこらで襲ってきたからちょっとだけ手を下したけど」
「はっはっは。その男たちすんごい"不運"だったな」
千束が楽しそうに語るその出来事に、クルミはご愁傷さまと言わんばかりに白~い目で聞いていた。
そんな楽しい会話のさなか、店に設置されていたテレビでこんな話題が取り上げられていた。
話題の内容は、『この国で一番住みたい街ランキング』といったものであった。
そして様々なランキングで、1位に選ばれたのが、千束たちがいるこの街であった。
「3年連続1位。さすがはいまこの国で一番治安がいいと言われている街ですねぇ~」
テレビの司会者が言う、この国で一番治安がいいと言われている街……というワード。
千束達が暮らし、喫茶リコリコが店を構えるこの街とその周辺は、世間ではまさしくその通り、この国で一番治安がいいと言われている。
さきほどのようなことなど些細な出来事、日中は素行の良い住民たちがあふれかえっており、交通事故件数もぶっちぎりで少ない。
小さな犯罪も見当たることなく、町にたむろしている不良、チンピラ、荒くれ物も滅多に現れない。
それがいったい、どうしてこのようになったのか。この平和な街に過ごしている平和な住民は、知る由もない。
いや、知る必要もないのであろう。結果として平和で過ごしやすく、そこに理由など必要ないのだから。
「平和ねぇ。ついさっき平和とは言えないようなことが起こっていたけど……」
そんな千束の皮肉めいた言葉にクルミが返す。
「些細なことだろ? あれだよ、裏でやばいやつを処理してる処刑人みたいなやつがいるんだよ。10年前、"どこかの誰かさん"みたいな英雄面したやつがいるんだろ」
「……」
「女の子がナンパされてるなんてのはなんてこともない。"10年前"はそれこそひどかった。今こそ平和ボケしてる連中だらけだからもう忘れ切ってしまってるだろうが。あの電波塔事件、電波塔決戦か? あれはぶっちゃけ死者が出たっておかしくなかった。そう、あの場に"千手観音"と呼ばれた伝説の英雄がいなけr痛っ!!」
そう長々とエピソードを口遊むクルミの言葉を止めるように、クルミの脳天に軽くチョップを食らわす千束。
頭を両手で抑えクルミが千束を横目で見る。
「なにすんだよぉ~」
「10年前は10年前。今は今でしょ? 私たちは今を生きている。錦木千束は今を生きる女よ。過去は振り返らないものよ」
と、かっこつけて言う千束。
そんな千束を見て、ミカは優しい表情を浮かべ千束に言葉をかける。
「ふっ……。だからこそ、この街に"戻ってきた"んだろ?」
「……そうだよ、おじさん」
そのかけられた言葉に、千束は柔らかい声色で答える。
その後話題は、千束の現状について移る。
「そういえば千束。明日から勤務だったか?」
「そうそう! 数年前に新設されたばかりの新学校、DA学園!! ダメ元で応募したら通っちゃってさぁ~」
「よかったな。教師になってから、ずっとこの街で働くことを願ってたしな……」
「本当は"アラ高"がよかったんだよ。でも数年前に廃校になったらしいし。私の母校が……」
明日から千束はこの街の学校で教師をすることになる。
勤務先は新設されたばかり、今何かと話題のDA学園。
就職率、教育環境が高水準とされており、入学希望も毎年多く倍率が高い。
俗にいうエリート校である。教師生活が浅い千束にとって、就職できたのは奇跡という言葉が一番型がハマるだろうか。
そして千束が廃校を惜しんだアラ高――"アラン機関高等学校"は、色々あって数年前に廃校となってしまったとのこと。
「ま、楽観的過ぎてふざけまくって速攻クビにならないことを祈るよ」
「クビになってたまるか。金〇先生のように生徒たちに愛されるグレートな教師になってやる」
「いろいろ混ざってんだよそれ。ていうかドラマの見過ぎなんだよ基本的に……」
クルミのツッコミをよそに、千束はカバンから白い箱を取り出す。
そこからはおいしそうな匂いが漏れ出ていた。
「てなわけでさ。私の就職祝いで皆でケーキを食べましょう!」
「自分で買ってくんのかよ。何ケーキ?」
そうクルミが千束に質問すると……。
「パインケーキさ! おいしそうだからこれにした」
そう千束がパインケーキを切り分け、3人でケーキを食べるのであった。
――To be continued