「あなたは、どうして戦うの?」
魔王軍幹部、七魔公の一人――人形遣いのアリスが問う。
魔王軍の中でも極めて高い地位にいる彼女は、それに見合った実力を持っている。一言で言ってしまえばとても強い。もう本当に強く、正直こんなのの相手なんかしたくないというのがラスト・ピエリスの本音だった。
ラストは勇者だ。イン・ヴィオラ聖教会に正式に認定された二十八代目勇者である。それはもうとても偉い、聖人として名を連ねる、歴史の教科書にも載るような人間だと自負している。
「んー……戦う理由、っすか」
ポリポリと頬を掻いて唸る。
ぶっちゃけこんな問いに素直に応じる必要などないのであるが、それはそれとして連戦に次ぐ連戦で疲れ切っているラストとしては少しでも休みたかったので渋々応じる。いや、どちらかと言うと休む大義名分ができて嬉しかったりした。
「勇者って、まあ、とっても大変なお仕事なんすよね。いやまあ知ってるとは思うっすけど。実際、丁度今で七魔公一夜連続狩り六戦目とかとち狂ったイベントの真っ最中っすし? 本当、教会のお偉いさん達ってわたしに休ませるってことをしないんすよねぇ。ブラックも良いとこっすよ」
というか七魔公を全員狩り終えたら魔王城直行で側近諸共魔王をぶち殺してこいとか言われているのだ。勇者パーティはもうはぐれてどこにいるのかも知らないし。少なくとも教会直々に聖人認定を受けているはずの聖女と賢者は無事だろうが、それならそれでこっちを手伝って欲しい。ソロで極めて高い戦闘力を誇る七魔公を全員殺した後で魔王討伐なんて正気の沙汰じゃない。
正直な話、身体中は痛いわ手に力は入らないわ精神的にも限界だわでもう戦いたくない。それなのに戦うのが勇者の責務なせいで逃げられない。四方八方を囲まれている。まさに地獄だった。
「でもわたし、地獄を誰かに背負わせる趣味は持ってないんすよね。なんで、まあ、こう……それなら自分で頑張らなくちゃ? みたいな。いやうん、顔も知らない誰かだとしても、その人に地獄を背負わせるのもそれはそれで酷じゃないっすか」
「わたしには、よくわからないわ」
「所詮魔族っすからねぇ。じゃなきゃ世界征服とか人間狩りとか、そんな馬鹿げたことしないっすよ」
「ひどいわね」
「お前達には言われたくないセリフっすねぇ、それ」
平然と町一つ落として人間牧場とかやっているような畜生にだけは言われたくなかった。
魔族は人類の敵だ。相容れる相容れないの問題ではなく、本能レベルで人類との共存を否定している。
そしてそれを殺すのが人間である。殺られる前に殺れという脳筋思考によって、なんと魔族は人の目についた瞬間に衛兵や騎士を呼ばれて数の暴力に屈するのがお決まりとなっている。ぶっちゃけ事実上の蛮族であり、正義とか悪とか考えるのが馬鹿らしいとラストは常々思っている。まあ、思っているだけで結局は自分もその一人なのだが。寧ろ勇者と言う役職上、積極的に魔族を殺しまわっているのが現実だ。わたしは蛮族だった……?
「まあ、
「勇者って、そんなシステムなの?」
「というか勇者システムも聖女システムも賢者システムも、他にもいろんなあれこれ、根本的には全部同じっすよ。結局は……って、これ機密っすね」
「あら。じゃあ、魔王様に伝えれば、大喜び?」
「いやいや、それはないっすよ。だって、お前はここで死ぬんすから」
「そうなの?」
「そっすよ。お前はここで、私が殺すっす」
幾多の戦場を共に駆け抜けた愛剣を抜き、魔王のしもべに向けて。
錆色の乙女、ラスト・ピエリスは宣言する。
「さ、お仕事開始っすね」
◇
アルテリア王国。精強な騎士団を持ち、他国に王の武勇を轟かせている強国。
その王城の一角で、一人の少女があくびをしていた。
「なまじ優秀な分、こっちから特に言うこともない。ぶっちゃけ退屈っすね」
錆色のミディアムストレートと空色の瞳が特徴的な少女だった。
彼女に与えられている称号は数多い。
中央魔法学院主席、元勇者候補生。
イン・ヴィオラ聖教会認定、二十八代目勇者。
最優の勇者。
錆色の乙女。
当代の勇者であり、現人類最強と言っても過言ではない少女――ラスト・ピエリスは、座っている車椅子を揺らしながら騎士達の訓練を眺めていた。
「陸上戦に特化した猟犬騎士。空中戦対応の天馬騎士。海戦無敗の海竜騎士。武技と魔法を一体化させた戦術を好む降魔騎士。ぜーんぶ、優秀過ぎてわたしに口出しできる感じじゃなさそうっす」
「当代の勇者にそう言ってもらえるのは嬉しいが。それでも、君と比較すれば戦闘力は一回り……いや、四から五つくらいは落ちるだろう。勇者とはそういう存在だということを考慮してもだ」
「そうは言っても、騎士長さんは教会のシステムのオリジナルになれるくらい強いっすよね。わたしと良い勝負できるんじゃないっすか?」
「光栄だな。否定もしない。だが、やはり君と戦えば負けるだろう。そういう運命にあるはずだ。違うか?」
「まあ、それはそうっすけど。訓練とかだと、案外負けたりするもんすよ? わたしも、あのクソバカ間抜け天然朴念仁兄弟子に負けたことあるっすから」
「随分な言い草だな」
王家直属、全ての騎士団の上位に位置する銀蝋騎士――その長、通称『騎士長』が肩を竦める。
「いやいや、本当に頑固でバカで弱っちい癖に諦めることをしないようなアホで、挙げ句の果てに自分の地位の高さとか気にしたことないようなバカっすから」
「バカって二回言ったか?」
「本当にバカなんすよ。完全に流れ作業になってたのをメタ読みされただけっすけど、それでも負けたのが恥ずかしいくらいにバカで弱っちい最弱の勇者候補生なんすよ、あいつ」
「あれは最強の間違いじゃないか?」
「全然。才能ない癖に努力だけで必死にしがみついてるんすよ、あれは。飛び越えられない壁の前で一生反復横跳びしてるのがお似合いのアホっす」
「本当に辛辣だな」
「まあ、わたしはその壁を跨いで反復横跳びできる才能の持ち主っすけど? アルス=マグナもわたしが持ってるわけっすし、あいつがわたしに追いつけるなんてことは一生かかってもありえないっすね」
「マウントの取り方が斬新だな……」
勝手にヒートアップしていくラストと、淡々と受け流していく騎士長。奇妙で下手な漫才のような光景だった。
ところで、と騎士長が口を挟む。
「身体は大丈夫なのか? 決して回復しているわけではないんだろう?」
「んー、そっすね。回復してるしてないというか、そもそももう回復しないっすよ。あの一日で禁呪を使い過ぎた反動っすね。呪詛が蓄積し過ぎて、あの日を境に
「時が……捻じれた?」
「ええ。未来で負った古傷は癒えなくて、昔の真新しい傷が身体を蝕む……って、教会の人らは言ってたっすよ」
「何て?」
「変な表現っすけど、それが一番的確らしいっす。事実としては、今のわたしは全身の骨と肉に微細な古傷が刻まれていて、その上で常に傷ができ続けている。同時に、それ自体は過去の傷だから治ってるんすよね。
あの日から生理も来てないんすよねー、と続けるラストに騎士長が噴き出す。年頃の娘が気軽に使って良い言葉ではないだろう。そんなことを平気で口に出せる彼女の心の方が心配になった。
「多分寿命もいかれてるっすね。現状老いてる感じはしないっすけど、いつ死ぬかもわからないっす。……とまあ、そんなわけで今のわたしの身体はボロボロっす。ぶっちゃけ、指一本動かすどころか呼吸するだけでめっちゃ痛いっすね。
「……それは、幸いではないだろう。君は痛みに屈することすら許されないというのか。それが不幸でなくて何を不幸と呼ぶのだ」
「幸いっすよ。だって、わたしはまだ勇者なんすから」
平然と口にしてみせたラストに、騎士長が絶句する。
まさか、この娘は。
言葉が形を成さない。
呼吸が上手くできない。
そんな様子を見抜いたかのように、彼女は笑った。
「教会って本当ブラックなんすよ。まあ、その辺言うと勇者システム自体がクソも良いとこっすけどね」
「き、みは」
「魔法学院に在籍してる優秀な生徒を勇者候補生に仕立て上げて。勇者候補生から、体の良い上っ面の建前で飾った生贄を捧げるんす」
勇者システム。
イン・ヴィオラ聖教会が確立した、人類を脅かす敵を討滅する為のシステム。これに選ばれた者は勇者として、教会の認定を受けた聖人として、魔王や邪神といった類の存在を討つ使命を課せられる。
「正負同値の法則と類型近似の法則は知ってるっすよね? この世の不幸と幸福はイコールであるってあれと、姿形が似たものは性質も似てるってやつ。両方とも魔法に通じる法則っすけど、これって勇者システムにも適用されるんすよ」
「…………」
「つまり、
この使命は絶対ではない。何の因果か、勇者という英雄に討たれることなくその生を終えた人類の敵も存在する。そもそも認定されても本人の同意がなければ勇者としての業を背負うことはない。
では、何故この少女は勇者になったのか。
騎士長には、それがわからなかった。
「さ、辛気臭い話はここまでにして、お仕事の話をしましょ。流石に騎士団の方々は優秀っすけど、もうちょい伸ばせるところもあるっすからね。個人の資質に合わせてわたしの会得してる武技を身に着けたりさせるっすよ」
「……いや待て。君の会得している武技って、一子相伝の奥義とか秘境での修行を果たした者だけに教えられるようなものばかりだろう」
「はっはっは、その辺はアレンジすれば良いっすからね。砕鬼とか、使いどころは難しいっすけど完璧に扱えればかなり強くなれるっすよ?」
慌てる騎士長にラストが笑う。よいしょ、と立ち上がり、痛みに渋い顔をするも、傍に置いてあった木剣を手に取る。
軽く三度振るい、その長さと重さが自分に合っていることを確認すると、騎士長に向けて突き出す。
「ほら、騎士長さんも構えて欲しいっすね。軽く打ち合いといきましょ」
「さっきの話を聞いて、できる気もしないが」
「そんなの気にしなくて良いっすよ。……じゃ、こっちから行くっすよ」
ふわりと舞うかのようにラストが跳ぶ。いや、最早それは飛翔しているようなものだった。
天高く跳び上がり、
空中で縦に一回転しての袈裟切り。呆けていた騎士長だが、経験によって瞬間的に戦意を呼び起こし、同じく木剣を構えてそれを受け流す。続く踵による回し蹴り。左腕で弾き上げ、その動作から流れるような動きで逆手に持ち直したラストの切り上げをバックステップで躱す。
「今のはどうやってるんだ?」
「大気を循環する魔力を足で捉えて蹴ってるんすよ。魔の歩みって名前がついてるっす」
「成る程。意味が分からん」
自分も同じく跳び上がり、落下しながらの急降下突き――サイドステップで避けられる。ならばと足先に意識を集中させ、感覚を研ぎ澄ませて大気を蹴る。できた。軌道を変更した突きがラストの肩に突き刺さるその瞬間、彼女は身体を倒し、回転扉のようにして受け流すと同時に蹴りでの迎撃を行う。
即座に身を屈めて躱し、足払い……逆さまだから手払い? を見舞う。ラストは手だけで飛び跳ねて避け、宙に浮くと同時に貫手を放つ。直後、二人の間の小さい空間が爆ぜ、二人の距離を強引に離した。
「やればできるじゃないっすか。ちなみに、今のはその応用っす」
「……正直自分でも驚いている。今のは魔力を炸裂させたのか?」
「正解っす。魔力を捉えるってことがどういうことか、理解できたようで何よりっすよ」
ああ、身体が痛い。ラストは嘆息する。
軽く動かすだけで肉は裂けているのではないかと思うような激痛が走る。骨は構成する要素一つ一つに直接杭でも打たれているかのようだし、眼球は内側が爛れているかのように熱い。耳鳴りは酷いし頭の奥は刃物で切り刻まれているかのようだ。
それでも、こうして動けることに、ラストは喜びを覚える。
わたしはまだ戦える。
わたしはまだ不要な存在ではない。
死ぬのならばせめて、戦場ではなく床の上で。勇者の責務をやり切って老衰で死にたい。それで、あのクソバカ兄弟子の墓の前で「もう死んでるの? 弱っちいっすねぇ」と煽るのだ。
ああ、そうだ。
あいつにだけは、この業を背負わせたくない。
「一つ聞いて良いか」
「なんすか?」
「どうして君は、勇者となり、その責務を終えたはずなのに、今もこうして戦うんだ?」
誰かにも言われたっすねぇ、それ。そんな考えがぼんやりと浮かぶ。
色々な人に聞かれた気がする。最初に聞かれたのは……師匠だっただろうか。
それでも、返す答えは変わらない。たとえ何度聞かれようとも、わたしはこう答えるだろう。
「わたし、誰かに地獄を背負わせる趣味は持ってないんすよ」
https://twitter.com/pokky502/status/1523508113441128448
HITSUJI様に描いていただきました表紙絵となります。
ハーメルンの方が書きやすいのにカクヨムで書いて投降をこっちでしているよくわからないムーブ