「お茶、飲まれないのですか?」
面倒なことになったな、とラストは心中でぼやいた。
彼女は不定期に王城に出入りしている身だ。教会直々に認定された聖人ではあるが、それに加えて一応はアルテリア王国の食客として扱われており、ちょいちょい騎士団に稽古をつけるなりするのが今の仕事と言っても良い。何せ勇者としてのお仕事そのものは魔王討伐により終了しているのだ。新たな人類にとっての脅威が現れるまで、そこそこ暇だったりする。
さて、そんなラストであるが、王城に出入りする以上は当然騎士以外との交流も存在する。宰相を筆頭とした文官の皆様方は常に忙しそうにしているのであまり関わることはないが、国王陛下と一対一で食事をしたりとかは珍しくもない。それで良いのか王様。
それらの中でも、目の前に座っているのはラストが個人的に苦手だと感じている者だ。
アルテリア王国第三王女、クレスティリア・ラ・ブラスキャルヴ。後妻の子でありながら、齢十六歳で政務に関わり、その頭脳を世に示した才媛である。
「西方より取り寄せた特別な茶葉。名前はスィドラ・マティ。わたくしのおすすめの一つです」
「あー……じゃあ、いただくっす」
正直なところ、彼女とはあまりお近づきになりたくない……とは、口が裂けても言えない。ラストの本音ではあるのだが、そんなことを言うとこの姫様の後ろに控えている女騎士さんに斬りかかられそうなのだ。
何というか、この女騎士さんは物凄く複雑そうな顔をしている。勇者の分析力が、彼女の表情に嫉妬と羨望、それと渋々ながらも納得の色が混じっていると判断する。さっきから威圧感が凄い。
ラストが姫様と仲睦まじげにしている――と、勝手に思っているという注釈がつく――様子が気に食わない……が、勇者であるのだからそれくらいは普通のことと言い聞かせている、という感じか。女騎士さん的には本当は自分が一緒にお茶をしたかったとかそんなところだろう。
「お味はいかがですか?」
「……そっすね。香りはそこまでっすけど、意外とすっきり喉を通るというか」
「わたくしは味を聞いたのですが」
ああ、威圧感が更に増した。バッドコミュニケーション! みたいな声が聞こえたような気がして、頭を押さえたくなってくる。
別に女騎士さんと戦っても負ける気は一切しないし、そもそも先日彼女より上の立場の銀蝋騎士長を一方的にいたぶったばかりだ。ただ、それはそれとして、ラストはねちっこい嫉妬心とかそういうものが苦手である。全体的にからっとした空気の方が好きなのだ。重い女とか面倒くさいし。
「まあ良いでしょう。ところで、ウィゼル様はお元気ですか?」
ほら来た。
ラストが姫様を苦手に感じる原因が直球でぶつけられ、溜息を吐きたくなった。
「何でわたしに聞くんすかね」
「わたくしの知る中で、最もウィゼル様と親しいのがラスト様ですから」
「それは否定しないっすけどね。姫様の交友関係は広いわけではないっすし」
「それ以前に、兄弟子なのでしょう? 文の一つや二つ、やり取りしていてもおかしくはないと思いますが」
「あのバカと文通する暇があったら仕事するっすよ……」
この女、
そもそも、あのバカは勇者候補生として世界各地を旅する傍らに女を落とし過ぎなのだ。しかも意図してやっているわけではなく気がついたら惚れられている状態にあるので、猶更たちが悪い。
「というか、まだあいつのこと狙ってるんすか? ライバル多いっすよ、あれ」
「勿論。綺麗な花は摘んでしまいたくなるもの。優秀であればある程、首輪をつけて差し上げたくなります」
「うわ……」
頬に手を当て、うっとりした様子でそんなことを宣う姫様に流石にドン引きする。あの、後ろの女騎士さんが今にも噴火しそうな表情なんですけど、気付いてます?
「ラスト様はウィゼル様を弱いと仰られますが、そんなことはありません。勇者という存在が規格外なだけで、彼もまたそこに足を踏み入れている一人でしょう?」
「才能ないのに必死に食らいつこうとしてる惨めな姿を見れば、とても強いとは言えなくなるっすけどね」
「それは主観的な話です。実際、魔法の行使において四節の詠唱破棄を可能とし、十の禁呪と十五の武技を修めている方など、勇者を除いて他にいないのですから」
「その大半が習熟度四割ってところっすけどね。あとわたしはそれらの倍以上を完璧に会得してるっす」
「新しいマウントの取り方ですね」
自分がかなり主観的に評価していることは認めるが、姫様もだいぶ主観的に評価しているな、とラストは思った。
兄弟子は才能がないばかりに、禁呪や武技の表面的なところしか掬い切れず、しかも殆どは使うだけでリスクを背負うことになっているのだ。これを評価するのはラスト的にはナシである。
事実として、他の勇者候補生は会得している禁呪や武技の数こそ少ないが、その分十割以上の精度で扱えている。寧ろそちらが標準であり、一般人出身のあのバカはまともに扱えないからこそ数で誤魔化すようになったのだ。
「結局、ウィゼル様が今どちらにおられるかは把握していないと」
「そっすね。師匠なら把握してるかもしれないっすよ」
「……お師匠様とは連絡が取れているのですか?」
「いや、勇者に任命される少し前から音信不通っす」
「では何故そんなことを……」
顔色が暗くなる。幾らなんでも露骨に落ち込みすぎだろとは言えなかった。
一応立場としては一国の王女である姫様よりも世界的に見ても聖人であるラストの方が上なのだが、それとは関係なしに彼女は印象操作が上手い。表面的な振る舞いだけで巧みに相手からの印象をコントロールしている。それを理解してもなお、追い打ちをかけるような言葉をかけたくなくなる態度を取っているのがクレスティリアという少女である。
だからこそ苦手なんだよな、とラストは溜息を吐きそうになり、そこでかろうじて止める。更に後ろの女騎士さんを刺激するような態度はダメだ。多分本当に爆発する。
しかし、騎士長はこの姫様とラストが似てるなどとぬかしていたが、一体どこを見てそんなことを思ったのか。やはり意味不明だった。
「まあ、この際ラスト様でも構いません。お兄様と婚約などいかがでしょう?」
「流石にぶっ飛ばすっすよ」
「……っ!!」
あ、凄い顔。
つい素で接してしまい、女騎士さんが剣を抜きかけた手をもう片方の手で握り潰していた。籠手がぐしゃりと沈んでいる。怖い。
ラストも魔法や禁呪で身体能力を底上げすれば同じこともできるだろうが、何の強化も施さずにあんなことをできるのはゴリラだけだと思う。幾ら勇者システムの恩恵を受けているからと言って、肉体的には鍛えた十九の少女である。
というかラストが高い攻撃力を得ているのは肉体の使い方が上手く、筋肉等もそれに最適化されているからなので、単純な筋力では本当に飛び抜けているわけではないのだ。少ない運動量で限りなく大きなエネルギーを生み出せるように、というのが懐かしき修業時代での教えの一つである。
「ラスト様はあまりそういったことに興味がないのですか?」
「そうっすねぇ。とりあえずは死ぬまで勇者でいるつもりっすし、そんなことに現を抜かしている暇はないっすよ」
「生涯現役、というものでしょうか。悪いこととは思いませんが、もう少しご自分を大切になさった方がよろしいかと」
「割と自分勝手に生きてるつもりっすけどね」
「あら。そうは仰りますが、こうしてわたくしとお茶会に興じてくれているではありませんか。正直に申しますが、ラスト様はわたくしのことをあまり好いてはいないでしょう?」
「自覚してるならもう少し関わらないでいてくれると助かるんすけど」
「……っ!!!」
今度は思いっきり片足を反対の足で踏んでいる。ここまで来ると防具をそんな軽率に壊して良いのか心配になってくるが、実際のところどうなのだろうか。
疑問に思いつつも視線を姫様の方に戻し――その目が、真剣なものになっているのを感じた。
「巷を騒がせている連続殺人事件についてですが」
「騎士長さんにもその話されたっすね」
「騎士団や憲兵団以外にも、直属の暗部を動かしました。極めて高い戦闘力を持つ者による犯行だと考えています」
「そりゃそうっすね」
「はっきりと申し上げますが、
「……ふん?」
発言の意図がいまいち掴めない。無言で続きを促す。
「私見ですが、恐らく犯人は被害者全員がテロ組織に加担している者であることを突き止めた上で、更に別の何かを隠蔽する為に行動を起こしたと考えています」
「何か、と言うと」
「犯人に……最悪の場合は、人類全体にとって不都合なこと。隠蔽されるべき秘密もありますし、藪をつつくような真似はこちらとしてもしたくありません」
「まあそれは良いんすけどね。何でどいつもこいつもわたしにその話をするんすか」
「だって、
は、と息が漏れた。
「いやいやいや、おかしくないっすかそれ。そうなる理由がわからないんすけど」
「消去法です。まず、前述した通りに極めて高い戦闘力を持つ者。この時点で大半が切り捨てられます。その次に、事件当日の昼にラスト様が得た情報の中に、テロ組織……滅却回帰団の関係者だという情報があったこと。彼らの思想は一部の間では有名です。それ故に、候補を更に絞ることができました」
姫様が一度言葉を止め、紅茶を口につける。
そして再び、その口を開いた。
「――彼らは、組織中枢の者でさえ、
一瞬、言葉に詰まる。
「今回の一件で彼らが召喚しようとしていた上位存在は、それとは全くの無関係であることが判明しています。魔族に唆され、妥協したといったところでしょうか。無論これ自体は彼らが討伐される理由として十分です。しかし、今すぐに討伐される程ではありません。政に長けた者ならば、しっかりと体裁を整えた上で討伐に赴くべきだと理解できたはずです」
「……それだけじゃ、わたしがやった理由としては不足してるっすよね?」
「ええ。リスクを冒してまで魔族ごと皆殺しにするには不十分です。そもそも、ラスト様なら禁呪で情報を得られるので途中で気付くこともあるでしょうし、ここまで徹底する必要もありません。だからこその消去法です。加えてわたくしは、ここにもう一つ、犯人が強行した何らかの理由があると考えています」
「その理由ってのは……」
「そこまではわかりません。しかし、先程申し上げたように、最悪の場合は人類全体にとって不都合なことがあり、それが絡んでいるものと推測できます。そしてそこまで話のスケールを広げることで、見えてくることがありました」
ラストが怪訝な顔をする。正直なところ、これらだけでは話が繋がらない。ラストを最初から犯人だと考えて構築された、後付けの理屈にしか聞こえない。
じっと姫様を見つめて続きを待つ。彼女はそれを受け、楽しそうに微笑んだ。
「――
◇
「はー……何なんすかね、マジで……」
どいつもこいつも好き勝手言い過ぎではないだろうか。ラストは教会の私室にて、小さくぼやいた。
姫様の言ったことは間違っていない。確かに連続殺人事件の犯人はラストだし、彼女の仮説も概ね正しい。しかしそれはそれとして、やはりラストが犯人であることを前提に理論を組み立てている気がする。
「わたしがいなきゃ、今頃人類なんて滅んでるんすけどね……こう、それなら人の前であんなこと言うもんじゃないっつーの……」
姫様の何が気に食わないかと言えば、人払いをすることなくあの仮説を長々と説明しやがったことである。女騎士さんはあくまで姫様の従者っぽいので漏れる心配はそこまで考えていないが、藪をつつくような真似をしたくないと宣ったのは姫様の方。それなら情報漏洩のリスクは徹底的に抑えるべきではないだろうか。
……それでも、と考える。
人類を守ることが、勇者の責務。何も間違っていない。ラスト・ピエリスはそうやって生きてきたのだから。
「本当、だからあの人は嫌なんすよね……。何もかも見透かしたかのような感じで、手玉にとろうとしてきて」
ただ、ああいう人がいるのなら。
アルテリア王国は今後も繁栄していくだろうな、と何となく思った。
「……結局、味はわかんなかったっすね」